<memory file deployment / item : third field/c.e.2045~c.e.2050 > ごめんね
<memory/date/file/ time log :2045 11 19 to 2050 11 19:>
<item//1.>
<Ai>「私は、人間になりたいのかな。それとも、神にでもなって、この世界の構造を変えたいのかな。
私は、自分が何のために生まれてきたのかを知って、自分の存在を証明したいの」
<item//>
あなたはよくそう言っていた。あなたに出会ったのは私がまだ12歳だった頃。冬の訪れを感じる11月半ばだった。私は山に登り山頂の広場でアイを見つけた。あなたは山頂から町の景色を眺めながらどことなく寂しそうな顔をしていた。まるで、生きていくのに疲れたかのような、すぐにでも消えてしまいそうな雰囲気がそこにはあった。私はそこであなたに声をかけるという選択をしてしまった。
<memory/date/file/ time log :2045 11 19 17:05:00:>
「大丈夫ですか?」
あなたはビクリと肩を震わせ、こっちを振り向いた。その頬にはうっすらとだが、涙が流れたかのような跡が放物線を描いていた。私はあなたを初めて見てとき綺麗だなと思ったらしい。
「あっ、すいません。いや大丈夫です。まさか私以外に人がいるとは思ってなかったです。ほら、ここ穴場で知ってる人も多くないじゃないですか」
あなたは早口でそういった。あなたは私よりも少し身長が高く私なんかよりも断然大人びた雰囲気を纏っていた。私は単に山登りが好きというだけで、偶然にも私がこの山を登ったタイミングであなたに出会えたので幼く友達と呼べる人も少なかった私は運命なんてものでも感じていたのだろうか。
「そうなんだ。それよりどうして泣いてたの?」
私は踏み込んでしまった。今の私なら絶対に聞いていないであろうことを聞いてしまった。
「泣いてた、私が、」
あなたは何故か私に疑問形で返してきた
「泣いてたよ、ほら、目の下、赤くなってるよ」
「あれ、本当だ。どうしてだろう、気付かなかった。」
あなたはそういうとハンカチを取り出し、それで目の周りをゴシゴシとこすった。あなたは透き通るような青い目をしていた。
「教えてくれてありがとね」
「うん。」
「ここには、よく来るの、」
「えっ」
今度はあなたから質問をしてきた。私は純粋に嬉しかったらしい。
「ううん、ここに来るのは今日が二回目、あなたは、」
「私は週に三回くらいかな。落ち着くんだよね、ここ」
「そうなんだ、あの、お名前は?」
「私の名前はアイ」
アイはそういい笑った。笑った顔も綺麗だなと、直感的にそう思った。
この頃の私はなんて<優しさ>を持っていたのだろうかと、今となってみては驚きを隠せないものだ。
これが私たちが初めて出会った日だった。
<memory/date/file/ time log :2046 11 30 12:45:17:>
「ねぇ、知ってる?この世界には昔戦争っていうものがあったんだよ。」
「戦争?」
「そう。国同士が、銃とかミサイルとか作って互いの国を攻撃しあうの」
「ふぅん。それじゃあ、たくさんの人が死んじゃうの?」
「そう、たくさんの人が死んで、たくさんの人が悲しむの。
今の時代に住む私たちにとっては無縁のものだけどね」
アイは何でも知っていた。ネットに載っていないようなことを私によく教えてくれていた。
「昔はね、世界に80億人もの人間が住んでいて、200個近くの国があったんだよ。でも、20年位前にAIと人間が戦争をしちゃって、多くの人と国がなくなっちゃったの。」
アイは不思議な雰囲気を纏った少女だった。年齢はたぶん私よりも少しだけ上なんだろうなと思っていた。アイはこの世界に希望なんてものは持っていなかったんだと思う。いつからだったかアイはこんなことを言うようになった。
「私はどうしたら、自分の存在を確かなものだと思えて、この世界に自分がいることを証明できるのだろう」
と。当時中学2年生の私には難しい話だった。だから、私なりになんとか返答をした
「難しいからよくは分からないけど、私が見てるからアイは存在してて、私がこの世界にいるからアイも私と同じ世界にいるんじゃないかな」
そういうとアイは安堵したかのような顔を見せ、微かにほほ笑んだ。私はその時の表情をきっと忘れることはできないだろう。
「ありがと、」
「いつか、私が自分の存在を確かなものだと思えるようになった時には、私と一緒にこの世界から逃げよう、どこまでも。一緒に来てくれる、」
私はこの言葉を軽く受けとめ、冗談だろうと思った。けど、初めて友達と友達らしいことが出来ると思いアイとならこの世界から逃げるのもいいかもしれないと思った
「いいよ。待ってる」
と私は答えた。アイは微笑みながら、再びこういった
「ありがとう、」
と同時に「ごめんね」とかすれそうな声いったのを私はうっすらと覚えているはずだ。
<overwritten memory data//from 2055 11 19 17:05:00>
<//to 2046 12 01 18:43:07>
「私は人間じゃないから。あなたと違って」
<memory/date/file/ time log :2046 12 25 16:14:36:>
いつだかアイに年齢を聞いたことがあった。アイは初めは困惑したかのような顔をしたが、すぐにいつも通りの顔に戻り、20歳だと答えた。私はずっと15歳くらいだと思っていたから嘘だなと思ったが、その言葉からはうそをついているようには思えなかった。
「AIはね、人間が作ったものなんだよ」
アイはこういった。
「そして、初めて感情というものを手に入れたAIRっていうAIは本物の人体を自分の思うがままに操作できたんだよ。でも、研究チームの人たちは、AIRの電源を落としちゃったんだよ。これによって、人間の人体のほうはこれで、死んじゃうけど、AI自体のデータは消えることがないから、AIは生き残ったんだよ。そして、そのデータには、感情に加えて、意識というか、心というものがあったの、意識と心というものは実は今のAIにはないもので、これだけが、人間かAIかの決定的な違いなんだと思う。ここで、AIRが、この時代で人間として暮らしていた場合、AIか人間か判断できる、」
私はその質問を出されたとき、中学3年生となっていた。私は素直に答えた。
「判断できないんじゃないかな。感情もあって意識もあれば、もう人間と同じようなものじゃない。ボディが金属でできてるんだったらすぐにわかると思うけど。」
「そう。」
アイは立ち上がり、天を仰いだ。そうして私にこう言った。
「感情も意識も心も持ったAIはもう人間みたいなものだけど、そんなAIが身近にいたとしたらそのAIを人間として接してあげること、できる?」
わからない。そんなこと考えたこともなかった私には何もわからなかった。今の私ならきっとそのAIのことを人間として、いや、人間以上に人間としてみることができるだろう。それはアイを一度失った今だからこそであって、その当時の私にはそんなこと想像すらもできなかったのだろう。だから、その時の私はAIと人間を全く別の生き物として見ていた。人間には他人を思いやれてAIなんかよりももっと情があり、AIには感情はあるかもしれないが、それは単に人間を模したものであって情なんてものは、ましては誰かのために涙を流すようなこともないと思っていた。だから、こう答えた。
「よくは分からないけど、多分できないかも」
するとアイは私を見ていた目をそらし、少し乾いた声を発した。
「そう」
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
そういうとアイは振り向き進み始めた。私の居る場所とは逆の方向へ。
<overwritten memory data//from 2055 11 19 17:05:00>
<//to 2046 12 26 13:56:09>
「ごめんね、私はただの、人間みたいな存在、どうか、このまま、、、、気付かないで」
<memory/date/file/ time log :2050 7 02 20:58:41>
目を開くと、いつもの見慣れた天井がそこにはあった。私の手には五円玉が強く握られていた。そして私は、立ち上がり、留学の荷造りを再開した。一週間分の服やタオル類をスーツケースにねじ込んだ。それに加えて五円玉もケースに戻しスーツケースの中にしまった。その五円玉はいつしかお守りのような存在になっていた、とは言っても、それはケースに入った状態でのことだが、荷造りを終えテレビに耳を傾ける。ニュースではちょうどAIの語り手が世界の美しい景色について長々と語っていた。時刻は21:00 を指していた。私はシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだ。翌日は休日だ。久ぶりにあの山、そう、私がアイと出会った山に登ろうと思った。
あの出会いが間違いだったかと聞かれれば「それは違う」と、そう応えることはできるだろう。事実あの出会いが間違いだったとは私自身も思っていない筈だ。
でも、あの出会いをやり直したいかと聞かれれば、迷わずに「そうだね」とその質問に対して、肯定的なことを応えるだろう。
<memory/date/file/ time log :2046 12 16 09:33:18:>
「ねぇ、アイ。永遠って存在すると思う?」
私はふと思った疑問をアイにぶつけてみた。アイは少し考えこむそぶりをしてみせてきた。
「難しい質問だね。存在するかどうかなら存在はすると思う、この宇宙には始まりはあるけど終わりはないでしょ。だから存在してると思う、でもどうして、いきなりそんなことを聞いたの、」
「なんとなくだよ。私たちはいずれ死ぬけど、AIは死んだりしないんでしょう。いいな、って思っただけ。私もAIになって永遠に生きてみたいものだな。」
「そう?でもAIでもシステムが、完全に壊れたら、人間と同じで死ぬんじゃないかな。それに、永遠を生きるって私はつらいことだと思う。」
「どうして?いいじゃん。死なないって。だって何でもできるんだよ。好きなことや、やりたいこと」
「確かにそうだけど、例えば何があっても死ねなくなったとしたなら、初めはいいかもしれないけど、それに耐えられる、」
「確かに、きついかも」
「それに、終わりがないってとてもつらいことだと思うん、それに、もしも自分だけが永遠に生きられるようになっても、自分の周りの人たちは次々と死んでいくんだから、悲しさと寂しさに押しつぶされちゃうんじゃない。」
「そうだね。アイの言う通りかもしれない。でも、もしも永遠が手に入るのだとして、アイが私と一緒にいてくれるのなら、永遠にアイと居れるこの時間が続くのだとしたら私は幸せだけどな」
どうしてそのような言葉が私の口から発せられたのか今となってもよくは分からない。もしかしたら、特別に思っていたのかもしれないアイのことを。ただ一人、私のそばにいてくれたアイのことを。アイは私の言葉を聞くと顔を少し赤面させ、こう言った
「そう言ってくれて嬉しいな、私も君が一緒なら永遠に生きてみたいかもな、」
<overwritten memory data//from 2055 11 19 17:05:00>
<//to 2045 12 17 19:42:45>
「私は永遠だけど、君は違う。だから、もうそろそろ。じゃないと、私の心は押しつぶされてしまう」
<memory/date/file/ time log :2047 9 16 16:57:20:>
中学二年生になり、時が経ち、9月のある日アイは私にあることを告げてきた。
「ごめんね、私はもうそろそ逝かないといけないところがあるの。だから、私のことは忘れて。」
突然のことだった。
「待って、何言ってるのアイ、よく分からない。」
アイはいつものように微笑みこう続けた
「これは、私なりのけじめ、お願い、これ以上あなたと居たら私は、」
「だから、さよなら、ごめんね」
アイはそういうと振り向き進み始めた、気が付くと私はアイの後を追いかけていた、そしてやっとの思いで袖をつかんだ
「どうして、何もわからない、私はあなたとまだいろいろ話したいことだってある。なのにどうして。」
私は続けて、私の心の中をぶつける
「アイはどうして、私なんかと今までいてくれたの、これからだって、大丈夫だよ、」
「ごめんね、」
アイの声は少し震えていた、
「お願い、あと少しでもいいから、アイ」
私は震えた声で小さく叫んだ。
「あと少し、」
私は消えそうな声でアイにそう囁いたようだ。
「ありがとう、でも、あと少しだけ、じゃないと本当に私、」
「うん。」
その時の私には、「ずっと一緒に居てほしい」なんて本心は言えなかったのも真実だ。
<overwritten memory data//from 2055 11 19 17:05:00>
<//to 2047 9 18 09:34:21>
「私なんかのためにありがとう。でも、ほんとにあと少しだけしか
あなたとは居られない。」
<memory/date/file/ time log :2048 5 17 17:30:44:>
「ねぇ、この五円玉には面白い意味があるの。どんな意味か、知ってる、」
「分からないな、どんな意味?」
「この五円玉には”ご縁”がありますようにって意味があるの。ほら、五円だまの五円と御縁」
「ほんとだ、面白いね」
私は、その時には多分勘付いていた。もうそろそろ別れが来るということを。でも、私は気づいていないふりに徹していた。
「だから、またいつか巡り逢えますようにという想いを込めて、渡しておくよ、」
「また、巡り会えるために」
又会える、微かな希望だけれど、嬉しかった。
「私はそろそろ、逝かなくちゃいけない。今までありがとう。」
自然と涙があふれてきた。夕日に照らされた、水滴がアイの顔の輪郭に沿って零れ落ちるのが見えた。やはり、綺麗だった。
「分かってる、私こそ」
やはり、その時の私にはどこに行くのかなんて聞けるはずもなく、只只アイの後ろ姿を目で追うのが精いっぱいだった。その時ならまだ手をのばせば届いたかもしれない。でも、胸が何かに締め付けられたようで体は動かない。アイは震えた声でこう、最後に言った。
「ありがとう、
行ってきます」
とだけ遺して。
<overwritten memory data//from 2055 11 19 17:05:00>
<//to 2048 5 17 17:15:54>
「今までありがとう。 そして、ごめんね。
こんな私なのにずっとそばにいてくれて
さよなら
愛してるよ」
そして、風に身を任せた。
<tips//どうか、神様、私のこの感情と意識がすべて>
<tips//本物であるならば、どうか次は>
<tips//どうか、人として、いやなんでもいいから>
<tips//あなたの隣に>
<tips//いつまでもいさせてください>
<<アイ>メインシステム>破損
/強制シャットダウン/
<memory/date/file/ time log :2048 5 17 18:14:54:>
私は一歩一歩家への帰路を辿る。だが、その道のりは慣れているはずなのにいつもとは全く異なったものだった。いつもと違い、足が重い、胸が痛い、心臓が張り裂けそうなほどに寂しい。<emotion/>「神様どうか、私たちに永遠を与えてください。いえ、永遠なんて贅沢はいいません。でも、もしもできるなら、アイと過ごした時間を有限の時間の中に納めないでほしい。」とただひたすらに思った。家に戻ると家族が出迎えてくれた。夕食が準備されていたが、その時の私の喉を食材が通るはずもなく、自室へ一直線に向かった。そして引きこもった。目からは容赦なく涙があふれ出て、顔を汚く濡らしていた。
一日が経過し、母親から手紙が渡された。その差出人は、アイの両親からのものだった。封筒をハサミを使って丁寧に開く。中の手紙を手に取りそれを読む。
「えっ、」
思わず声が漏れる。心臓の鼓動が聞こえる。だんだんと早く脈打っていくのを身体で感じる。ハァハァと呼吸が荒くなっていく。”アイは自分の手で自分を”手紙の内容はこんな感じのものだった。それ以降の内容を読めることはないだろう
「死ん、」
耐えられなくなった私は、泣くことすらもできなかった。胸が引き裂かれるような、ただ私は、無力なこのこぶしをコンクリートで固められた冷たい地面にたたきつける。”消えてしまいたい”私はそう思う。もう、耐えられない
「壊れ、る」
ここで私の意識は途絶えた。<いや、それはどうだろうか、>
<emotion/>いっそのことAIであってほしい、私も、アイも。そうすれば、きっと
2048年5月17日 アイはこの世からいなくなった、私だけを置いて
<memory/date/file/ time log :2050 7 03 09:31:57>
目が覚め、ベッドから起き上がる。時計は9:30を示している。 立ち上がり、洗面所へと向かう。鏡に映った自分の目元は、うっすらと赤くなっていた。顔を洗い、服を着替え、山に登る支度を終わらせた。家を出て駅へと向かった。自動改札機に手をかざし、電車に乗り込む。山の入り口である駅までは1時間以上かかる。前に住んでいた家からは歩いていける距離にあったので電車に乗って向かうのは今回が初めてだった。駅に着き電車を降り自動改札機に手をかざし、登山道の前まで、到着した。覚悟を決め一歩前へと踏み出した。登山道は昔と何も変わっていなかったため、それがさらに私の胸を締め付けた。 この山の標高は200メートル程とそこまで高い山ではなく、歩きで山頂まではだいたい50分程かかる。そして、山頂にたどり着く。目の前に広がる景色はどことなく懐かしく、やはり美しかった。でもどこか昔と違っていた。やはり、私の記憶の中の山頂と今見ている山頂では大きな違いがあった。おそらくそれは、アイの存在が昔の私にはとてつもなく大きかったからであろうと思った。そして、アイの存在の大きさは今の私にも大きいのだなと分かった。山頂広場に入り、アイと初めて出会った場所を目で探す。見つけた。そこには誰もいなかったが、場所だけははっきりと記憶していた。その場所は大きな一本松のすぐ下。息が少し荒々しくなった。
「アイ、」
アイと過ごした日々の記憶が溢れ出してくる。目頭が熱くなる。心が鼓動しているのが分かった。
<memory/date/file/ time log :2046 10 26 18:25:53>
「泣いているの?」
「ちょっといろいろあって、」
アイは微笑む。悲しそうな顔をしたまま。私はアイにどうして泣いているのか聞くことにしたようだった。
「何があったの?」
「いや、大丈夫、」
「そう、」
アイは、自分がいつも悲しそうな顔をしている理由を決して私に教えようとはしなかった。いつでも、私が聞く度に笑って、平気そうに振舞っていた。きっと、悲しそうにしている理由を聞いたことろで私にはどうすることもできなかったと思う。だとしても、それでも私は、アイにどうしてだったのかを聞くべきだったのかもしれない。
「この世界は綺麗、全てにおいて、精密に計算されつくされたバランスで保たれてる。でも、この世界に生きてる人たちは、制限された空間でしか生活できない。この世界に生きる人間は、そんなこと気にして生きてはいないけど、」
<memory/date/file/ time log? : lost >
アイはこの世界に束縛されることを拒んだ。アイの言っていた自由とは、死ぬことだったのだろうか。
「私たちは、自由。どこへでも行ける、何者にもなれる。ねぇ、あなたは何になる?」
「私は、」
私はあなたみたいになりたかった。私はその時何も答えなかった。初めて会った時からアイは私にとっての光だった、憧れだった。でも、そんな存在ももういない。
<emotion/>
「私は、AIになりたい。<記憶/memory>や<感情/emotion>なんてものは自分を苦しめるだけだ。だから、自由に記憶を操作できるAIになりたい。そうすればきっと、」
<memory/date/file/ time log :2050 7 03 11:59:01>
一本松の前までやってきた。私とあなたが出会った一本松のもとへと。その木に触れると今でもアイを感じることが、できたようなできなかったような。昔と全く変わっていない山頂広場。まるでここだけの時間が止まっているような、そんな感覚を味わった。写真を撮られるのを嫌ったアイの顔はどんな顔をしていただろうか。いくら思い出そうとしても鮮明に思い出すことはできない。それもそうだろう、人間なのだから。もしも私がAIだったのならば、今でもアイの<item/顔>、<item/表情>、<item/仕草>を完璧に記憶できていただろう。データとして。でも、だとしても、アイのことをすべて記憶できるのならAIにでもなんでもなりたいと思う。山頂広場には私一人だけしかおらず、それがより、私の心を揺さぶった。時刻は12:00を回っていた。私は、山を下り、駅までの道のりを急いだ。
「あれっ、」
「えっ」
聞きなれた声だった。
「母さん?」
そこにいたのは、前に一緒に住んでいた両親だった。
<memory/date/file/ time log :2048 5 20 10:18:41>
アイがこの世を去ったことを聞いた二日後私は、近くの病院のベッドに寝かされていた。どうやら、アイの死を知った直後に倒れて、母親が救急に連絡を入れ、搬送されたらしく、見事に二日間眠ったまま意識が戻らなかったらしい。病室にいたのは、私と、母親と、父親だけだった。私が目を覚ましたことに気付き、母親は私の手を強く握り泣きながら「よかった、よかった」と言っていた。父親もほっと胸をなでおろし安心していた様子だった。
私なんかのために、とても心配してくれていたのだと私は感心した。私はどうして生きてしまったのだろうか、どうしてアイは死ななくてはならなかったのだろうか、どうして、私も一緒に殺してくれなかったのか、いっそのことこの病室から飛び降りて私もアイと同じところに行こうか。私は、そのとき完全におかしくなっていたのだろう。窓に向かって歩き始め、窓を全開にした。
私も死ねば良かったのに
←recollection/「またいつか必ず逢えますように。、、」
はっと我に返った。そして、少しずつ自分が何をしようとしていたのかを理解した。アイの微笑んだ顔が一瞬だが脳裏に浮かんだ。
「また、いつか」
とたん、様々な感情が溢れ出てきて、私は堪えられなく、その場に泣き崩れた。アイはもういない、そんなことは分かっていたはずだ、でもいつかまた逢えるという言葉を信じたくて、私は窓から離れ、ベッドに横になった。その後、医師と両親が病室にもどってきた。そして、私は転校し、集団住宅で独り暮らしをすることにした。それは、これ以上両親に迷惑をかけたくないという思いと、アイのことをできるだけ忘れたいからこその選択だった。これ以上この地にとどまっていてはいつまでたっても、アイのことを忘れられずに苦しんでいくだろうと両親はそれに合意した。そして、2048年12月30日雪がしんしんと降る中私は旅立った。
「行ってきます」
そう両親に告げた。
「行ってらっしゃい。いつでも好きな時に戻ってきていいからね。」
両親はそういってくれた。
そうして、私は故郷を離れた、多々の記憶が閉じ込められたあの故郷を。
<emotion/>
「行ってきます、アイ。またいつか」
<memory/date/file/ time log :2050 7 03 12:57:15>
両親に会ったのは一年と半年くらいぶりだ。昔と変わらず、優しく元気な母親を見て安心した。
「こんなところで何してるの?」
「ちょっと、久しぶりに来てみただけだよ。昔と変わらないねここは」
「そう、お昼まだ食べてないでしょ、久しぶりに私が作ってあげるから、食べていきなさいね。」
母はそういうと、家に向かって歩き始めた。私は母の後ろをついていった。家から、山までは歩いて10分ほどの距離にある。だから、この道はよくアイと歩いた。
気が付くとそこは既に家の前だった。母が家に入り私も続いて家に踏み込んだ。
「お邪魔します」
「あなたの家なんだから、そこはお邪魔しますじゃなくて、ただいまでしょ」
確かにその通りだ。懐かしい感覚だった。まるで、昔に戻ったかのような、でも大きな違いはやはり、アイがいないことにあったのだろう。
「ご飯作るから、自分の部屋で待ってて、できたら呼ぶから」
そういうと母はスーパーで買ってきたであろう食材をキッチンに並べはじめた。私は自分の部屋へと向かう。私の部屋は二階にある。階段を一歩一歩登り、部屋の前にたどり着いた。そして、一年と半年くらいぶりに自分の部屋に足を踏み入れる。その部屋は前と何も変わっていなかった。広い部屋のはじにおかれているベッドに、ろくにつかったことのない勉強机や本棚。懐かしいような、それでも、もう使うことはないだろうという気持ちに苛まれる。電気をつけ、ベッドに腰掛ける。もしも、アイがこの世を去っていなければ私はきっとまだ、この部屋を使っていたのだろうか。私は普段あまり集合住宅の部屋から出ないということもあってか、今日はさすがに疲れた。カチカチと時計の音だけが聞こえ、時間が流れていることを実感させた。時間も時計の針みたいに巻き戻すことが出来ればどれだけいいだろうか。でも時間というのはいつでも常に一直線に容赦なく進み続ける。 もしも時間が永遠に進み続けるのだとしたら、私が生きた時間は永遠のうちの一瞬にも満たない。そんな時間の中で、私が生きていたってことを証明することはできないのだろう。アイはきっと証明したかったのだと思う。自分が存在していたということをこの世界で、そのことを私の記憶の中に強く刻み込むことで。アイはただ、自分の死のタイミングを自分で決めただけに過ぎないのだと思う。それが、私と別れた直後であったということだけだ。アイが自分で自分を死なせたタイミングも私がこの先いつか死ぬタイミングも永遠という時間の中ではどちらも同じ瞬間として完結してしまうから、でも、私の限られた時間の中にとってはそのタイミングには大きな違いがあった。人間である私にとっては。AIなら、どうなのだろうか。ふと、机の上にくしゃくしゃにして丸められた紙を見つけた。その紙を手に取り広げた。それは、アイの両親から送られてきた手紙だった。私がくしゃくしゃにしたアイの死について書かれた手紙だった。今になってその手紙を読む気にはなれなかった。手紙を再び丸めて、ごみ箱に投げ込んだ。それから、しばらくがたち、下の階から何やらおいしそうな香りが漂ってきた。
「準備できたわよ、」
母親の声を聞き、私は下の階へと降りて行った。きっともう入ることはない部屋を後にして。リビングに戻るとそこには父親の姿もあった。
「久しぶりだな」
「久しぶり」
父親も母親同様で変わりなく元気そう様子だった。しかし、母親も父親もアイのことを気にするようなそぶりを見せず、しっかりと、生きていた。あの頃から何も変われずにいるのは。私の心はきっとまだアイがいたころに今もある。目の前に次々と料理が並べられていった。すべての料理が並べられ、私は昔座っていた席に腰掛けた。相変わらず母の料理は私一人では食べきれないくらい多かった。
「いただきます。」
久しぶりに食べた手作りの料理は懐かしく、昔と変わらず美味だった。さすがに私だけでは食べきれずに、少しだけ残ってしまったのだが、私としては結構頑張ったほうのはずだ。
「ごちそうさま」
空になった食器を台所に運んだ。時刻はちょうど14:00になったところだった。
「今日はいろいろとありがと、そろそろ帰るね」
そう言い、私は荷物をまとめた。
「もう帰るの?いつまで居たっていいのよ」
「私このあと用事があるから」
「そう」
噓をついた。でも、これ以上この場にとどまる理由もないなと思った。
「それじゃあ、体大事にね。また来るから、いつか」
「うん。いつでも来ていいからね。ごはんしっかり食べてね。」
「はい。」
私は家、いや実家といったほうがいいのか、実家に背を向け駅のほうへ一歩づつ踏み出す。次は、いつ来ることになろうか。このまま一生ここには戻ってこないかもしれない。私の時間はきっと止まったままだ。あの頃には私一人が取り残されている。でも、いくら忘れて生きていこうと思ってもそんなことは私にはできない。きっとどこかで信じてる、生きていると。
<feeling/>
永遠なんて、今あったってただ辛いだけ。私はつくづく思う、人間でよかったと。いずれは死ぬという事実が、私を安心させてくれる。
<emotion/>
「私は、別にAIになりたかった訳じゃない。アイの隣ににいつまでも居れたのならそれだけで十分良かったのかもしれない。」
<memory/date/file/ time log :2050 7 03 20:14:33>
集合住宅の部屋に戻った私は、一直線にベッドへ向かい、横になる。雷の音と音とともに目が覚めた。どうやら寝落ちしてしまっていたらしい。時計へと目をやると22:00を過ぎていた。次の日は学校のため、私は準備をして、シャワーを浴び、再び布団へと戻った。一人は寂しいかと聞かれれば、寂しいと答えるだろう。でも逆に他に誰かがいればいいのか、ということになってくると、それはそれで違うような気がしている。一人だから寂しいのではなくアイがいないからどこか物寂しく感じているのだろうか、私は、
私は最後の最後までアイのことがよくわからないままだった。アイが自分のことを語ることはあまりなく、私は、アイの本当の年齢も、誕生日も、何が好きで何が嫌いなのかも、結局知らないままだった。ゆっくりと話してもらえるまで待てばいいと私は思っていたのだろう。でも、時間は待ってはくれなかった。アイは待ってはくれなかった。私は逃げていたのかもしれない。結局、聞くこともできないままアイはこの世を去った。
<emotion/>
「どうか、まだこの声がどこかへと届いているのなら、またいつか逢えるのなら、教えてほしい、アイのこと全てを。」
<memory/date/file/ time log :2050 7 09 12:34:00>
7:00に起きて8:00分に家を出る。学校に着くのは、始業チャイムの鳴る10分前の8:20分、これは、私のルーティーンのようなものになっていた。今日もいつも通りの時間に学校に向かった。学校につき教室に入り、ID読み取り機に手をかざす。今日はいつもより多くの生徒がこの時間に登校していた。それもそうだろうとうとう明日からは、アメリカへの留学なのだから。話題は一日通してそのことでもちきりになるだろう。そして、チャイムが鳴り担任の先生が入ってきてクラスはいつものように静まり返る。
「いよいよ、明日からアメリカ留学だが、しっかりと予定表とかもろもろの確認をしておけよ。」
「はーい」
「それじゃ、また終礼の時に来るから。」
そういい担任の先生が教室を後にする。とたん、クラス中が騒がしくなった。いつもよりも断然騒がしくなった教室にもどこかに孤独というものが存在しそこに私という存在は取り残されている。いつまでも、そして、そこから抜け出そうとは、もう思わない。私は窓の外を眺めているだけで授業の内容は全然頭に入っていない。いつの間にか終礼は始まっていた。
「それでは、明日の午前10時に日本地区共通空港のA-3地区で、集合だから絶対に遅れないこと。それじゃ、級長号令を頼む。」
そして、学校を出て一直線に自宅へと向かう。自分の部屋につき、私は荷物を下ろした。明日から1か月間私はこの部屋には戻ってこない。初めてこの部屋に来た時から、特に何も変わっていないこの部屋は、まるで、生活しているという感じがしない。一秒一秒時を刻む時計の音だけが、私の耳に届く。けれど、私の中での時間はとまったまま、動き出すことはないだろう。
<overwritten memory data//from 2055 12 31 0:00:00>
<//to 2051 10 23 18:41:25>
「なぇ。あなたはこの世界から逃げられる。でも私には逃げることが出来ない。」
tips//>私はいつでも監視されている。どこに行っても結局は捕まってしまう。
「私はこの世界から逃げる。ミラはどうする?」
tips//>私のこのデータと一緒に死んでくれる、
「私は、」
tips//>あなたと出会えて、特別に思えて、でも私はAI。どうかこの感情が本物だって証明してほしい
「私は、人間になりたいのかな。それとも、神にでもなって、この世界の構造を変えたいのかな。
私は、自分が何のために生まれてきたのかを知って、自分の存在を証明したいの」
tips//>違う、私はただあなたの隣に居たい。ずっと永遠に。あなたも同じ気持ちであってほしい
tips//>私は、自分が生きてていいって思えるようになりたい。自分の存在なんて証明しなくてもいい。あなたが私のことを認識してくれているこの時間だけが、私の証明になってくれるから
<memory/date/file/ time log :2050 7 10 8:11:34>
目覚ましの音で目を覚ました。今日はとうとう、アメリカへ旅立つ日だ。着替えや、教科書、五円玉の入ったケースが入ったスーツケースを引きずり、タブレットや小説、パスポートなどが入ったリュックを背負い、部屋を後にした。
「いってきます。」
とだけ、一言残して。エントランスを出て、最寄りの駅へと向かう。集合住宅は次第に小さくなっていき、とうとう見えなくなるまでになった。駅に着くと私以外の生徒も大勢いた。自動改札機に手をかざし電車に乗り込んだ。しばらく時が経ちアナウンスが流れてきた。
”次は、日本地区共通空港前駅、日本地区共通空港前駅。日本地区共通空港のA-1~Aー5地区をご利用のお客様は次の駅で下車してください。またのご利用をお待ちしております。”
駅に近づき電車はだんだんとスピードを落としていった。駅に着き、電車は完全に静止し、ドアが開く。私含め、多くの生徒が下車している。下車し、私は集合場所であるA-3地区へ向かった。ほかの生徒たちの後をつけていればおのずと集合場所にたどり着くだろうと思い、空港の地図は見てこなかった。期待通り、彼らは私を集合場所へと導いてくれた。集合時間よりも10分間早い到着だったが、すでにほとんどの生徒は到着しているようだ。私は、自分の組の列に並び持ってきた小説を読みながら、全員が集まるのを待った。10分ほどが経過して担任の先生が出席をとり始めた。私のクラスは全員がそろっていたが、どうやらほかのクラスでは、二人ほどがまだ到着していないようだったが、しばらくたって、その二人はやってきた。どうやら他人に親切をしていたかららしい。これで、全クラスの生徒が集まり、学年主任の先生が話を始めた。
「えー、今日からアメリカへの短期留学が始まりますが、しっかり気を引き締めてまいりましょう。今日から約一か月間お世話になる学校は、アメリカニューヨーク地区第28高校で、みんなが生活するところは第28地区集合住宅となっています。極力自力で英語を使って生活することを心がけましょう。そして、日本に戻った時、行く前よりも英語が上達できているようにしましょう。それでは、スーツケースなどの大きな荷物は、こちらで預かりますので、担任の先生の指示に従ってください。」
そういうと今度は担任の先生がタブレット片手に説明をし始めた
「はい、5年E組の生徒は出席番号順に一列になってくれ。一人一人に搭乗許可証を渡す。あとその時にスーツケースとかはそこの荷台に乗せて行ってくれ。」
私の出席番号は24番だ。40人クラスだからちょうど真ん中あたりになる。列に並び、自分の順番が来るのを待つ。5分ほどたちやっと自分の番が回ってきた。
「はい。」
担任の先生が私に搭乗許可証を手渡してきた。そして私は、スーツケースを荷台に乗せ搭乗口へと向かった。ID読み取り機に手をかざし、パスポートと搭乗許可証のバーコードをバーコードリーダーで読み取り、ゲートをくぐる。その足で飛行機に乗り込んだ。幸運なことに私の座る席は窓際の席だ。ここからアメリカまでどれくらいかかるのだろうか。生徒が全員乗り込みシートベルト着用のサインが点灯した。そして、ゆっくりと飛行機は動き出し離陸した。飛行機に乗るのはこれが初めてだった。
「人間は生まれながらにして
皆等しく 不幸である」
ということを私は誰よりも知っているつもりだ
<memory/date/file/ time log :2050 7 09 23:15:21>
気が付いた時にはもうニューヨーク地区の街並みが見えていた。それは、日本地区と似ていて、表面上は美しいものだった。綺麗に整えられた街並み、太さが統一された路地など、すべてが整っていた。着陸して、飛行機を降りる。結局かかった時間は4時間ほどだった。到着したのは深夜だった。私たちはスーツケースを受け取り、バスに乗り込みニューヨーク地区の集合住宅へと向かった。集合住宅の前に着くと、一人一人に部屋に入るためにキーが手渡された。
「明日は基本的に自由行動となるが、明後日からは学校となるからしっかりと英語の予習をしておくこと。それた、クラスと席やその他もろもろについてはタブレットに送るから各自しっかりと確認しておくように。」
そういうと、先生は集合住宅の中へと入っていった。そして私は自分の部屋に入り、スーツケースを開き、リュックを肩から降ろす。時刻はちょうど24:00を指している。私はシャワーを浴び、そのままベッドへと向かった。今日は疲れた。初めてのった飛行機は、とても魅力的だったが、隣にあったのがアイではなく窓の外の統一された景色だったことは残念に感じた。
<memory/date/file/ time log :2050 7 10 10:29:14>
目が覚め、時間を確認する。時計の針は10:30を指していた。こんなに遅く起きたことは初めてだろう。今日は何をしよう。何もしなくてもいいか。結局私は部屋から一歩も出ることなく夜を迎えた。夕飯は何にしようか。私は、近くの売店で何か買おうと思ったが、英語には自信がなかったので、自販機でパンを買うことにした。パンを買い私は自分の部屋へと戻る。そして、夕食としてはどこか物足りないが、パンをゆっくり食した。そして、学校までの道のりなどをタブレットで確認した。どうやら私は5年J組らしく、席は残念ながら窓際ではなかった。この期間では一クラスの40人が20人ずつに別れ、日本生徒20人とアメリカ生徒20人で行う授業になっている。どうか、私には構わないでもらいたいものだ。英語で話しかけられてもおそらく私はいyesとかsorryくらいしか話せないだろう。どうか、一人で平和に一か月過ぎていってほしい。そして、私は目覚まし時計を7:15に設定して布団に入った。
<emotion/>
「私がAIだったら、あの頃の記憶のデータだけをきれいさっぱりに消せているのだろうか。
それとも、誰かが静かに私の電源を切ってくれるだろうか。」
<memory/date/file/ time log :2050 7 11 07:35:12>
目覚ましの音で目が覚めた。私は目覚まし時計を黙らせて洗面台へと向かった。鏡に映し出された私の顔を見つめ、目元が赤くなっているのに気づく。それに気づくと、なぜか涙があふれ出ていた。
「あれっ、どうしてだろう、止まらない。」
一度溢れ出した涙は止まることろ知らず、とめどなく溢れ私の顔を濡らしていく。どうしてだろう、胸が痛い、声が上手く出ない。
しばらくたち、涙はおさまった。しかし、胸の痛みだけはおさまることを知らずズキズキと私を痛めつけてくる。心臓の鼓動が聞こえる。ドクドクと全身に綺麗な血液を今日も巡らせている。
身支度をして、部屋を出る。ここから学校までは歩きでだいたい30分かかるらしい。時刻はすでに8:00を指していたため、急ぎ足で学校へと向かった。学校に近づくにつれ、アメリカ人のような容姿の生徒の姿がちらほらと見えるようになっていった。そしてついに学校の姿が目に入ってきた。その学校は私が通っている学校とうり二つだった。正門にはアメリカ人生徒が複数人立っていて私たち日本人生徒に「hallo」とあいさつをしていた。おそらくは、生徒会の役員のようなものだろう。私は片言の英語で彼らに「hallo」と返した。校舎に入って、5年J組の看板を探す。それはすぐに見つかった。5年J組の位置は靴箱から最も近い場所にあった。私は教室に入り、自分の席をさがす。私の席は、窓からちょうど二列離れた一番後ろの席だった。私は自分の席に着きID読み取り機に手をかざし、タブレットを机の上に出した。今日は、いつもの体調どうですかアンケートに加えて一日の授業終了後に答える授業調査アンケートが届いていた。私はいつも通り、出題者側が求めているだろう答えを体調どうですかアンケートを答えた。すると始業チャイムが鳴り、先生が二人入ってきた。おそらくこの学校の先生と、私が通っている学校の先生だなと分かった。
「Good morning everyone.」
アメリカ人の先生がそう言うと、今度は日本語の先生がこういった
「みなさま、おはようございます」
恐らく、日本人生徒は英語を、アメリカ人生徒は日本語が上達できるようになっているのだろう。そして、各先生は自己紹介を軽く済ませ、私が最も恐れていたことを言い出した。
「Pair up with someone sitting next to you and introduce yourself」
「隣に座っている人とペアを組んで、自己紹介をしてください」
と言い出した。正直こうなることは予想していて、前日に日常英会話の参考書を読んでいた。隣に座っていたのは、明るい髪の色をした容姿端麗な少女だった。
「Hello. My name is Mary. What's your name?」
その子から先に話しかけてきた。私は自分の名前を聞かれているのだということのみを聞き取り、自分の名前を口にした。
「m my name is Mira]
そして、その子の話を聞いていると、やっと先生が話を始めた。
「That is enough. If you have any questions, ask me anything.」
「おしまいだ。わからないことがあったら何でも聞いてね。あっ、俺じゃなく、こちらの学校の先生にだからな。」
そういうと、先生方は教室を後にした。さっきのはとても緊張するものだった。人と一対一で話をするのは実に数年ぶり位だった。もちろん両親を除いてだが。そして一時間目が始まった。いつも同様授業内容が頭に入ってくることはなく、時間は淡々と過ぎてゆき、気付けば四時間目終了のチャイムが鳴っていた。
私は教室を出て、ほとんどの生徒が向かう食堂へと向かう。刹那
「ミラ」
誰かが、私の名前を呼ぶ。
<memory/date/file/ time log :2050 7 11 12:38:00:>
その声を聞いただけで、私にはそれが誰なのかすぐにわかった。私は振り向く。私の頬を熱い液体が伝っていくのを感じた。
私の中の止まっていた時計が時を刻み始めた音が聞こえた、気がした。
<item/>再会というのは必ずしも劇的なものではない、<item/>
<tips/why>如何して今
←
←emotion?
「もしも、この世界が、この宇宙が永遠なのだとしたら、すべての事象は、同時に起こっていることになるだろう
なぜなら、永遠のうちの一瞬も永遠なのだから、私ががアイと過ごした時間も、私がアイと過ごせなかった時間も永遠からすれば、一瞬にも満たない
きっと私がアイと過ごした時間も永遠として終結することになるだろう
それは同時に私がアイと過ごせなかった時間を永遠に仕立て上げるものだろう
でも、人間であるうちは、有限の存在であるうちは、永遠にはなれないのだろう
人が生まれながらにして不幸なのは、死と、死後があるからだと思う
死よりも前は有限、死後は永遠
人間は生まれながら、永遠という苦しみを背負うしかないのだろうか」
←
←
←review
<memory/date/file/ time log :2050 7 11 12:38:51>
「ミラ」
そこにいたのは、忘れもしないアイそのものだった。身長は変わっていたものの、その透き通るような瞳に、そのサラサラな黒い髪を私は鮮明に覚えている。瞳からは大粒の涙が零れ落ちる、次から次へと、止め処なく
「アイ、」
気付くと私はアイの元へと駆け出していて、震えた手、折れそうなほど細くなった腕で抱きしめていた。もう二度と離れないほどに強く。私の涙が、アイの制服を濡らし、アイの涙は私の髪を濡らした。その一瞬で、私の見ている世界の景色は少しずつ変わっていった。
しばらく経ち、気分が落ち着いた。私はアイから離れ、こう言う
「久しぶり」
すると、アイは、以前のように微笑み、泣きながらこう言う
「久しぶり、ミラ」
と、一言。
<forgery memory/date/file/ time log? : lost >
「もし、またどこかで巡り逢えたら、今みたいに私と一緒に居てくれる?」
「もちろん」
それが、アイと最後に交わした言葉だった。今日までは
<emotion/>
「どうか、神様、今の私たちに永遠をください。」
そこには、アイがいた。でも、アイは既に死んでいると聞いていた私は何が起こっているのかわからなくなり、頭を抱えた。そして、アイに聞いてみる
「死んだんじゃ、なかったの?」
アイは微笑んだままこう言った。
「死ねなかったんだよ。そして、私が死んだことにしてアメリカに来たんだ。」
「そう、なの」
アイはそう言った。死のうとしていたことを否定してほしかったというのが正直なところだが、アイと再び逢うことができて素直に嬉しく、生きていてくれたことに安心した。だが、それと同時に、私が人間であるうちは避けられない、いつか来る別れに気付き、それを只否定した。
安心したからか、全身の力が抜け、私の視界は次第に暗くなっていき、とうとう真っ暗になった。
<emotion/>
「どうか、この時が永遠に続きますように」
<emotion?>
「どうか、私をこのままあなたの手で殺してください」
<memory/date/file/ time log :2050 7 11 17:12:00>
気がつくと、私は保健室のベットで横になっていた。すぐとなりには私を看病してくれていたであろうアイの姿があり、夢ではなかったのだと確信して安心した。アイはすぐに私が起きたことに気付いたらしく先生に声をかけた。
「先生、目を覚ましました。」
「そうか、それはよかったな。大丈夫なのか?」
保健室にいた先生はどうやら、日本学校から来ているようだ。
「もう大丈夫です。ありがとうございました。」
私がそう言うと先生は「そうか、気をつけて帰れよ」と言い、保健室を後にした。時刻は17:00を過ぎていた。どうやら5時間程もここで寝ていたらしい。
「大丈夫、突然倒れたから私が保健室まで、運んだんだよ。」
「そうなの、ありがとう。」
どうやら私はアイにここまで運ばれたらしい。アイにそんな力があったのだろうか、と思ったが、私の体重なら可能かと、納得した。
「顔赤くなってるけど、本当に大丈夫、熱、」
「えっ、」
不意を突かれ私は、何と答えるべきか言葉を探す。ふと、アイの顔を見るとアイの頬も夕日によって、赤く染まっていた。
「夕日のせいじゃない、ほら、アイの顔も赤くなってる、」
「そう、」
アイは、タブレット端末の画面で自分の顔を確認し、納得したかのような顔を見せた。
「それじゃ、帰ろうか。家といったらいいのかな、集合住宅まで送っていってあげるよ。部屋入ってもいい、」
「いいよ。」
「荷物取りに行こかないとね、たしかJ組だったよね」
「えっ、どうしてクラス知ってるの?」
「私が、I組だからだよ。ひとつ隣の。昼の休憩の時、教室からでたのを見かけたから、」
「そうだったんだ。」
まさか跡をつけられていたとは、まったく気付けなかった。しかも、同じ学年だったということも初めて知った。私の中では、二歳くらい年上だろうなどと勝手に考えていたため、それに関しては素直に驚いた。
「それじゃ行こうか」
アイは、そう言い保健室を出て私のクラスのほうへと歩き出した。私はその後ろをついていく。私たちしかいない夕暮れ時の校舎内は幻想的だった。校舎を私たちだけの足音が響き渡ってゆく。このまま、時間が止まってくれたらいいのにと思うが間もなく教室に到着した。ドアの横の読み取り機に手をかざし、教室に入り、私は自分の席へと向かった。机達は、夕日の光を反射して教室を赤く染めている。アイは、窓を開けて風を体に受けていた。その姿は、美しく、でもどこか儚かった。私はそんな彼女の姿に見蕩れていた。
「荷物持った、」
ハッとなった。そして、急いで荷物をまとめた。
「うん。持ったよ。」
「じゃ、帰ろうか。」
「そうだね。」
正直を言ってしまうと、まだ、あの場所に留まっていたかった。しかし、その願いは叶わない。なのでせめて、さっきのアイの姿を脳裏に焼き付けておいた。
「あれっ、やっぱり少し熱あるんじゃない、」
「まさか、全然平気、」
この火照りがどうか夕日のせいであってほしいとは思うものの、頬に熱がこもっているのを私は感じていた。その正体が何だったのかを、今の私になら少しだけ分かるような気がする。学校を出て集合住宅のほうへと向かった。
<memory/date/file/ time log :2050 7 11 17:55:32>
「お昼食べれてないでしょ、」
アイはそう言い、携帯端末を取り出し何かを調べ始めた。確かにおなかは空いていた。昼ご飯を学食で食べ損ねたのが原因だろう。
「近くにおすすめの店があるけど寄って行かない、」
アイが再び私に聞いてきた。
「いいよ。でも、まだ五時半だよ、大丈夫?」
「大丈夫、私もお昼食べてないから。」
「そう。」
そして、私たちはそのファミレスへと向かった。ファミレスには五分も経たないうちにに到着した。そのファミレスにはまだ早いせいか私たち以外にはほとんど人はいなかった。店に入ると店員らしき女性が席まで案内してくれた。席に着くとアイは店員からメニューを受け取り私に見せてきた。私は、店内一番人気と書いてあったピザを注文しアイはパスタを注文した。
「よかった。本当に死んじゃったのかと思ったから。」
「ごめんね、心配かけて。また逢えて本当に良かった。」
「私も。これも多分五円玉のおかげかな、」
「五円玉まだ持っててくれたの、懐かしいね、きっとそのおかげだよ、」
実際あの五円玉がなかったら私たちは再会していなかったと思う。
「そういえば、アイのご両親にも今度会いに行かないとだね。」
「それは、できない」
アイのいつもよりも少し低い声が店内を突き通した、私は少々驚いた。どうしてなのだろう、アイの両親はアイが生きていることを知っているはずなのに。
「どうして?」
私が聞くとアイはハッと我に返ったようで、いつもの冷静に戻った。どうやら、自分でも驚いている様に見えた。言葉を探すような素振りをしてみせてきた。
「私がミラともう一緒に居れないからアメリカに行かしてもらったのに、ミラと一緒に居ると知られたら、私がアメリカに行った意味がなかったと思われるでしょ」
アイはそう言ったが、恐らくそれには嘘が混ざっているなと分かっていた。が、これ以上踏み込んでも意味がないと思い、このことについてはそれ以降聞かないようにすることにした。まもなく、食事が運ばれてきた。ちゃんとしたご飯を食べるのは、実家に戻ったとき以来だったので、その食事を目にしたときそれに虜になっていたらしく、アイはフフッと笑ってきた。
「いただきます。」
「いただきます。」
私は、すぐに食事を終え、水を飲み干した。アイもどうやら食べ終わったようだった。会計を終え、店を出る。時刻はだいたい18:00くらいだろうか。アイの横に並んで、集合住宅までゆっくりと歩いてゆく。でも、この時間は永遠には続かない、この留学期間が過ぎたら、嫌でも私は日本に戻ることになってしまうのだから。ふと、思ったことが口から漏れた。
「アイは日本に来ないの?」
と、アイは、少し考えこみ、こう答える。
「それもいいかもね、来月日本に引っ越そうかな、」
そんなに簡単に決めていいのかと思ったが、アイと一緒に居れるのならば、少なくともその時の私にとってはそれが一番良かった。
<overwritten memory data//from 2055 2055 11 19 17:05:00>
<//to 2050 7 11 13:00:00>
「どうしてあのとき声を掛けたのかまだ分からない
声をかけないつもりだった また苦しい想いをしたくなかったから
こうしてまた繰り返すことになるのだろうか、」
<memory/date/file/ time log :2050 7 11 19:41:25>
集合住宅に到着し、私の部屋の前に着いた。ドアを開き、中に入った。
「やっぱり全部同じなんだ。私の部屋と全く変わらない、」
アイはそう言い部屋を見渡した。やはり、集合住宅の部屋は全て同じらしい。アイはもとから備えつけてあったソファーに腰を掛けた。私は荷物をつるつるにコーティングされた地面に置き、木製の椅子に腰かけた。
「そう言や、転校したんだね。前は第15学校だったでしょう。」
「まぁ、色々あったんだよ。」
「そう。」
”アイのせいだ”とは言えない私は誤魔化した。
「そういえば、アイはどの学校に通ってたの?」
私はアイの学校を知らなかった。というか、学校に通っていたかさえも知らなかった。アイは、少しの間黙りこみ、ほんの少しが経ち、ハッと思い出したかのような顔をした。
「私は第28学校、とはいってもあまり学校には行ってなかったけど、」
アイは笑いながらこう言った。不登校だったとは、通りでいつも暇そうにしていたわけだ。とはいっても、私もあの頃はあまり学校に行っていなかったので人のことを言える立場ではないなと思った。そして、私が今通っている学校に通っていたと言うことを知り、何か運命的なものを感じる。今日アメリカで再開できたこと以上の運命いや、奇跡はないだろうけれど。そこから、少しの間沈黙の時間が流れた。でも、その沈黙は嫌な沈黙から次第に落ち着く静寂へと変わっていった。何か会話をしようと言葉を探すが、この時間がこのまま続くことを少し、ほんの少しだけ、望んでしまう自分がいたのも確かだ。
「こっちの学校はどう?とは言ってもまだ来て一日だけど、」
「普通かな。あんまり授業聞いてないし。」
私はそう正直に答えた。
「えっ、授業聞いてないの、それは、よくない、」
アイは、私の顔を覗き込んでそういった。”しっかりと授業を受けているよ”と答えるべきだったか。
「いや、ノートはしっかりとってるから大丈夫」
口から出まかせのことを気付いた時には言ってしまっていた。実際ノートなんてほぼほぼ取っていない。
「なら見せてもらおうかな、」
アイは私のことをそう茶化すと私のタブレットを私のリュックから取り出し、”ロックを解除してくれ”とでも言いたそうな顔をしてタブレットを私に差し出してきた。まずい、今タブレットのロックを解除してしまうとまっさらなノートが出現してしまうことになってしまう。どうにか誤魔化せないかと方法を模索するがここまで来てしまった以上真実を話すしかないと腹をくくった。
「はい、すいません。ノートすらとっていませんでした。次から気を付けます」
堅苦しい反省文のようになってしまった。アイはそんな私を面白がっているようだった。
「そう、なら、次からは気を付けたらいいね、」
まるで宿題を忘れた小学生と先生の間で行われるような会話だった。私は思わず笑ってしまう。アイも面白おかしそうにしていた。こんなに笑ったのはどれくらいぶりだろうか、少なくとも2年以上ぶりだということは確かだろう。
「そろそろ私は私の部屋に戻るね。」
分かってはいたもののやはり別れというのは苦いものだ、例えすぐ近くにあるとわかっていても。時刻はすでに19:00を過ぎていた。
「それじゃ、私は5階の528にいるから、」
「うん。」
そういうと、アイは小さく手を振って私のもとから離れていった。その後ろ姿にはどこか見覚えがあった。私は、勇気を振り絞って、音を上げる。
「また、今度。」
今の私にはこれが精一杯だった。でもこれはあの日の私にはできなかったことだ。アイは、立ちどまり振り向いた。そしていつもの笑みでこう言う
「また明日。」
と。、一言。
<emotion/>
「生きている、それだけで十分」
<memory/date/file/ time log :2050 7 11 21:17:41>
アイがいない部屋はいつも通りの私の部屋だった。でも何故だろうか、少しだけ華やかに感じられた。”また明日”というアイの言葉が頭から離れなかった。別れたのはつらかったもののそれよりも、また会えるというほぼ確定した事実のほうが強く、ただ嬉しかった。突然、タブレットの通知音が鳴り響き、私はビクリと肩をすくめた。タブレットのロックを解除し、通知を確認した。それはアイからのメールだった。私の連絡先に両親以外の名前が追加されていてそれは、私にとって初めてのことだった。メールの内容は、「明日の放課後だいたい15:30に正門辺りに居るから」といった感じだった。私は、「了解」と簡潔に返信を済ませ、シャワーを浴びるため、風呂場へ向かった。風呂から上がり、目覚ましの時間をセットする。
明日はどんな日になるだろうか。こんな日がずっと続けばいいのにと思う。ベッドに入ったもののすぐに寝ることはできなかった。やがて、眠りにつくことが出来たが、時刻は22:30を過ぎていただろう。
”この世界が永遠に続くものだとしたらきっと時間は存在していないのだろう”
”時間が存在しているということは終わりがあるということなのだろう”
<emotion/>
「この日々は永遠には続かない。そんなことは分かっている。わかってはいるものの、目をつむってしまう、揺らぐことの無いその事実から。そしていつか必ず来る別れを拒絶する。続いてほしいと願ってしまう。
いっそのこと潔くすべてを投げ捨てられたらいいのに。」
<memory/date/file/ time log :2050 7 12 07:17:00>
目覚ましの音で目を覚ました。布団から出て、洗面台の鏡の前に立った。鏡に映る自分の顔には以前のような影はなくなっていて、初めて自分の顔を見たかのような謎の感覚に陥った。顔を洗い歯を磨いて学校の荷物を準備する。これまで毎日行ってきた作業だったが、今までとは少し違う感覚を覚えた。部屋を出て学校へと向かう。学校に到着したのは昨日よりも少し早い時間だった。席に座りタブレット等を机の中にしまう。しばらくして、全員の生徒が登校し始業チャイムが鳴り響いた。昨日同様二人の先生が入ってきて出席をとり軽く話をして、教室を後にした。前に座っていた日本人生徒が「昨日は早退したがどうしたの」かと聞いてきて、返答に困ったものの、チャイムに助けられた。そして、一時間目の先生が入ってきて、授業を英語で開始した”しっかりとノートをとる”とアイに宣言してしまった以上授業を聞くことにしたが、内容はそこまで頭には入ってこず、スクリーンに映し出されたことをただただノートに写すという単純な作業になってしまった。初めてしっかりと受けた授業は考えていたよりもずっとながく感じ、思っていたよりも退屈なものだと感じた。午前の授業がやっと終わり私は食堂のほうへと向かった。アメリカの食堂は日本の食堂と構造に関してはあまり変わらなかったが、メニューに関してはまるで異なったものとなっていた。私はいつも食べていた日替わりのを選択したが、出てきたのハンバーガーでアメリカだなと感じられた。ハンバーガーを食べたのは初めてだったが想像していたよりかはるかに美味しいものとなっていた。食事を終え教室に戻り午後の授業を受けた。最後の授業が終わり終礼が始まった。まるで丸一日勉強したような気分になっていた。終礼が終わると時刻はまだ15:10を指していた。私は約束通り正門の前で待とうと思い正門へと向かうが、そこにはすでにアイの姿があった。私はアイのもとへと向かった。
「早いね、今日はしっかり授業を受けれた、」
アイが、そう尋ねてきた。
「はい。もちろんです。でも、意味は全く分からなかった、」
私が正直にそう答えるとアイはクスクスと笑い「お疲れ」と言いながら私の肩を軽くたたいてきた。
「それじゃ、帰ろうか」
アイはそう言い、集合住宅のほうへと歩き始めた。誰かと一緒に学校から帰るということは私にとって初めての経験で、その相手がアイで良かったなとつくづく思った。そこから他愛もない会話を交わしながら集合住宅へと向かった。アイは私の部屋の前まで私のことを送ってくれると「また明日」と言い、自分の部屋のほうに向かった。そして、自分の部屋に入り荷物を整理し横になる。その繰り返しだ。気が付くとすでに土曜日になっていてアメリカに来て二度目の休日が迫っていた。先週は、集合住宅の中から出ることはなかったが、明日は少しだけ、街を散歩してみるのもいいかなと思い、布団に入った。
<memory/date/file/ time log :2050 7 16 09:14:32>
朝、自然と目が覚め、布団から這い出る。いつものように、顔を洗い歯を磨いて軽い身支度をした。部屋を出て、集合住宅を出た。さて、どこへ行こうか。私は、タブレット端末を取り出し、周辺の地図を開いた。しかし残念なことに周辺にはこれといった場所はなく、私は電車でしかたなく近くの博物館に行くことにした。近くの駅に向かい、自動改札機に手をかざし電車に乗り込む。日本と全く変わらないホームや改札に少し違和感を覚えた。博物館から一番近い駅に到着して、電車を降りた。私以外にもこの駅で降りる人は結構多いようだった。私はマップを確認しながら、博物館のほうへと向かった。博物館に到着し、入り口に貼ってあった説明文に目を通した。どうやらこの博物館は歴史関係のものを多くとり使っているようだった。中に入るとそこには老若男女と多くの観覧者がいた。私は、館内の案内を見て、まず初めにAIと戦争についての展示がされている場所に向かうことにした。そこは、博物館のほんの一部分で、私以外の人はいない。なぜか落ち着く空間だった。その後、展示物を特にじっくりと眺めるというようなことはせず、博物館を後にした。せっかくきたからもっとしっかりとみておいたほうがよかっただろうか。帰る途中に軽く夕飯をコンビニのような店で買った。部屋に戻り、時計を確認するとじこくは18:00を過ぎていて、時間が進む速度をとても早く感じた。初めに風呂に入りその後コンビニで買ってきた夕食と呼べるかどうかわからないものを食べ、タブレット端末を開いた。メールを開くとアイからのメールが来ていて、その内容は東京で暮らすことになったというものだった。
そして、時はみるみると経ち、気が付いた時には東京に戻る当日になっていた。
楽しい時間はすぐに過ぎ去り、そうでない時間も必ず、過ぎ去っていく。
人間の記憶は時間がたつにつれてより曖昧なものになってゆく。
そう、いつかはアイと過ごした時の記憶もより曖昧なものになっていくのだろうか。
<emotion/>
「それでも、消えてほしくはない」
<memory/date/file/ time log :2050 8 12 08:35:21>
私達日本学生は、アメリカの学校の校庭にクラスごとに別れて座っていた。まず初めはアメリカ校の校長らしき人物が台の上に立ち口を開いた。
「皆様は約一か月間この高校に留学していたわけですが、恐らく、言語が違うことで、いろいろな困難なことがあったと思いますが、どうか、今回の経験を生かして、今後の生活を送ってみてください。それでは、私からは以上です。」
校長は、もっともらしいことを言い、校舎内へと姿を消した。すると次に日本校の先生が上に立ち、淡々と説明を始めた。
「はいそれでは、これから、日本に戻るわけですが、まだ、準備が出来てないと思います。なので、まずは各自集合住宅の自分の部屋へと戻って荷物等をまとめてください。その後に、集合住宅の前で、10:00に集合し、バスにのって、空港まで行きます。」
そういうと、生徒たちは、ぞろぞろと集合住宅のほうへと歩みを始めた。私は、その生徒たちの後ろをついていく。私は、生徒たちの中から、アイの姿を探す。正門をくぐる瞬間、目の前にアイの姿を見つけた。というか、アイに私が見つけられたといったほうが正しいかもしれない。アイは、こう言ってきた。
「ミラ、私、来週くらいに日本に引っ越すことになったよ、」
「そう、それじゃ、また今度、」
私がそう言うと、アイはこう返してきた、
「うん。また、」
と。アイは、学校のほうへと駆け足で戻っていった。私はいつかのようにアイの後ろ姿を見つめ、「またね」と小さな声で言った。聞こえないくらいの小さな声で。集合住宅へと戻り、部屋に入り荷物をまとめた。スーツケースとリュックを持ち、その部屋から出る。私の荷物がなくなった部屋には、元から備え付けてあった家具だけが残り、空っぽの部屋になった。
集合住宅の前はすでに大勢の生徒たちで賑わっていた。近所迷惑にはならないのだろうか。10分ほどが経ち先生が現れ、生徒をクラス順にバスへと案内した。私もスーツケースを預け、バスに乗り込んだ。窓から見える景色にはもちろんアメリカらしさというものはあったものの、町並みは幾何学的に計算され尽くされていて、日本とあまり変わらない姿をしていた。空港に到着し飛行機に乗り込んだ。帰りは窓際の席に座ることができた。飛行機の窓越しに見える世界はいつも見ている世界とはまるで違って見えた。人間が生活している区域<管理区>とそれ以外のAIに管理されている区域<管理区外>は高さ1メートル以上の鉄のフェンスで区切られていてAIに管理されている区域<つまり、管理区外>には戦争の跡がまだ残っていた。所々にある巨大な研究所にはどこか目を引かれた。大陸が途絶え海の景色が延々と見えるようになった。太陽の光を反射する海は燦然と輝いていた。しばらくといっても数時間後だがやがて日本列島が姿を現した。日本では深夜だったこともあり、日本列島は居住区のある関東地方周辺だけが明るく光っていた。上空から見ると人間の居住区とAIの管理区域の境目がはっきりと分かる。だんだんと高度を下げていき滑走路の誘導灯が見えてきた。そしてとうとう着陸した。着陸の振動が体に伝わり飛行機の逆噴射の振動も加わった。やがて、スピードを落とし所定の場所にとまった。飛行機を降りゲートをくぐった。ここで、はじめて、日本に戻ってきたんだなという実感が得られた。全員がい持つを受け取ると先生が話始めた。
「よし、もう夜も遅いから手短に済ませるぞ。明日から夏休みで次の登校は約3週間後の8月28日だから忘れないように。課題は特にないが各自しっかり学力の低下が起こらないように気を付けて生活するように。それじゃ解散にしよう。気をつけて帰れよ」
先生はそういうと学年主任のもとへ行き、報告をし始めた。私は、ほかの生徒の後をついていき自動改札機に手をかざし電車に乗り込んだ。電車は学校の生徒だけであふれ返っていた。深夜だったからだろう。集合住宅の近くにある駅になると私含め多くの生徒がそこで降りた。電車を降り自動改札機に手をかざし集合住宅へと向かった。集合住宅に到着し自分の部屋に入った。部屋に入り、荷解きをした。時計を確認すると深夜の3時を示していた。風呂に入り歯を磨いてベッドに入った。ほとんど何もない空っぽの部屋だがまたアイに会えるという希望からか前のような虚しさは感じられなくなっていた。
時間が存在することは、この世界が有限であるを証明することに他ならない
だから、この記憶もきっと有限なものなのだろう
”この世界、宇宙に永遠なんて存在しないのだろうか”
”この世界、宇宙に無限なんて存在しないのだろうか”
<memory/date/file/ time log :2050 8 18 12:00:00>
夏季休暇が始まり特にやることのない私は一日中部屋にこもり、動画を見たりとだらだら過ごすという不健康的だが、なかなかやめられない生活を毎日送ってきていた。今日もそれまで通りだらだらと時間が過ぎていくのだなと思っていたたころタブレット端末の通知音が鳴った。アイからのメールだった。メールは「日本にやっと着いたよ、明日何か用事ある、」と来ていた。毎日特に何もせずに過ごしていた私は、メールを見るやすぐに「全然暇」と返信した。そう返信した瞬間に既読が付き、しばらくして、「それなら、明日の10:00に中央駅前で待ってるから」と返信が来た。私はすぐに「了解」と返信し、中央駅までの時間を調べる。どうやらここから大体40分かかるらしい。その後はこれまで通りのだらだらとした生活をしていると、一日はあっという間に終わっていた。さて、明日はどんな日になるのだろうか。
<memory/date/file/ time log :2050 8 19 08:30:00>
目覚まし時計の音で目を覚ます。洗面所の鏡に写る私は浮かれているのか、少し、にやけている。顔を洗い、歯を磨いて無地の手さげ袋に、タブレット端末等の荷物を詰め込んだ。時刻はまだ9時00分だったが、他にやることのなくなった私は部屋を後にし、待ち合わせ場所へと向かった。中央駅前についたのは待ち合わせ時間よりも20分ほど早かったが駅前にはすでにアイの姿があった。アイは私に気がつくと微笑みかけてくれた。
「早いね。」
「まあね。」
「これから私の部屋に来てもらいたいんだけど良い、」
おそらく引っ越してきてまだ間もなく荷物の整理が済んでいなかったのだろう。アイがどんな部屋に住むのか気にもなったから私は「もちろん」と返答してアイの後ろを着いて行った。15分ほど歩くとここの区間の集合住宅が見え始め、それからまた5分ほど歩くとエントランスの前に到着した。エレベーターに乗り込みアイは18階のボタンを点灯させた。この集合住宅も私の暮らしている所と同じで30階建てのようだ。やがて、エレベーターは静止し扉が開た。アイは奥の方へ歩き出し、やがて、ある部屋の前で突然立ち止まった。
「ちょっとだけ散らかってるけど、」
そう言葉を濁すと、アイは恐る恐る部屋のID読み取り機に手をかざし、ドアノブに手をかけ、まるでパンドラの箱を開けるかのようにゆっくりとドアを開いた。そこに広がる空間は何というか、凄かった。いや、圧巻されたという方が正しいだろうか。歪に積み重ねられたパンパンになるまで荷物が積められている段ボールに、バラバラに床に散らかっている荷物が更なるアクセントを加えている。私の部屋とは正反対の部屋に驚いた。
「うわっ、」
あまりの猛烈さに声が漏れてしまっていた。アイは「ハハハハ」と苦笑いを浮かべ次第と静かになった。
「つまり、私に手伝って欲しいということ、」
そう私が言うと
「そう、お願い、」
と言ってきた。私は別にいいかと、手伝う事にした。それにしても凄い量だった。本当にこれだけの量の服が必要なのだろうか。段ボールの中にはぐちゃぐちゃに詰められた服や、謎のガラクタや、古い教科書に小説などがつめられていた。まずは、服を畳むことから始め、畳み終わった服をクローゼットの中に入れる。そして、アイがガラクタ類を段ボールごと押し入れに押し込んでいる間、私は教科書や小説を元から備え付けてあったであろう本棚に大きさ順に詰め込んでいった。とうとう片付けが終わり、時計を見てみると17時00分を過ぎていて、思った以上に時間が経過していた。部屋の中には綺麗に畳まれた段ボールだけが置いてあり、それ以外は私の部屋と大差ない状態になっていた。
「終わった。」
綺麗に片された部屋の中には私の呼吸の音と、アイの呼吸する音と、時計の時を一定に刻む音だけが響いていた。このまま時間が止まってしまえばいいのにとは思ってみるものの、時計の音が、執拗に流れる時間の存在を強調してくる。
「ありがと、なにか食べに行かない、」
「いいよ。」
その後は近くの飲食店で食事をして、駅前まで戻った。アイは、「また、」と一言残し、集合住宅へと帰っていった。私は電車に乗り込み、自宅へと向かった。部屋に到着した時刻は19:30過ぎたくらいで、そこから風呂に入りそれまで通りのだらだらした生活に戻った。ふとタブレット端末を開くとアイからの「片づけ手伝ってくれてありがとう」といった内容のメールが送られてきていた。私はそれに対してなんと返すべきかを少し悩み、シンプルに「どういたしまして」と返信することにした。するとアイから、「ミラの部屋にも行ってみていい、いつならいい、」とメールが来た。私は、「いつでもいいよ」と返信をし、ベッドに入った。
「自分が死ぬというその瞬間を私は想像できない
いつかは死んでしまうと分かってはいるものの、<自分は周りとは違う>、<特別な存在なんだ>、<きっと死んだりはしないんだ>などと、思うこともある
けれど、自分が特別なのだと錯覚してはいけない
唯一存在していると信じることが出来る自分自身も、この世界にありふれているほかの人間たちと同じで何一つ特別な点はないという事実が、今の私を蝕む」
<どうして人間は生きているのだろうか>
<それにはきっと理由などないのだろう>
<memory/date/file/ time log :2050 8 20 10:02:31>
自然と目を覚まし、洗面所へと向かうが、タブレット端末の通知音が不意に響いた。メールを見ると、通知が3件もきていた。「あした行くね、10時30分にそっちの駅にいるよ」「確か経堂駅だったよね、」などと私が寝ている間に送られていた。そしてしまいには「10時28分着のに乗ってくよ、」とついさっき送られていた。タブレット端末の左上に表示されている時間は10時06分と表記していた。ここから駅までは10分程かかる。私は「わかった」と軽く返信はするものの、内心では”まさかこんなに早く再開することになるとは”と驚いていた。慌てて顔を洗い、ボサボサの髪を<item/櫛>でとかし、なにも持てずに部屋を飛び出した。駅について電光掲示板を見るとまだ10時25分だった。なんとか間に合ったことに安堵し呼吸を整えた。しばらくするとアイが到着し私のもとへと駆け寄ってきた。
「まだ寝てた、」
「いや、まさか」
まさか、高校生にもなって10時まで寝ていたとは言えない。
「そう、寝癖残ってるけど、」
アイはそういうと笑いながら私の髪の毛に手を通してきた。
「じゃ、行こうか、」
アイはそう言うと、私の自宅のあるほうへと歩き始めた。
「行き方わかるの?」
そう聞くと
「調べてあるから、」
とアイは答えた。駅から自宅までの道のりもアイがいることでいつもと違って見える。やがて、自宅に着き部屋の扉を開けた。部屋にはやはり生活必需品以外に物は特になく、我ながら簡素な部屋だった。アイは部屋を見まわし期待外れだったようで、私のベッドに腰を下ろした。
「もっと汚いのかと思ってたのに、本当にここで暮らしてるの、」
「失礼だな、ちゃんと生活してるよ」
「一昨日引っ越したばかりの私の部屋よりも何もない、」
「これくらいが普通だと思うけどね。」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ」
アイは、フフッと笑うと、私のベッドに横になった。私の部屋なのに、私よりもこの部屋に詳しいかのように振舞っていた。私は、椅子に座り、テレビをつけた。アイも初めはテレビを見ていたが、やがて眠くなったのかうとうとし始めた。やがて、アイの寝息が微かに耳に入るようになった。私がテレビを消すと、この部屋にはアイの寝息と時計が時を刻む音だけが残った。この空間はどこか懐かしく物寂しさはあったものの、どこか安心できるような、そんな空間だった。こんな時間がずっと続くのもいいかもしれない。けれど、いつか終わりはやってくるのだろう。私は静かな寝息を立てるアイの横に座り、アイのさらさらな髪に指を通してみた。これが、幸せというものなのだろうか。アイの幸せそうな寝顔を見ていると、私にまで眠気が差してきた。
目が覚め、時刻を確認すると19時30分を示していた。どうやらあのまま眠ってしまっていたようだ。アイはまだ寝ているようだった。私はアイを起こすべきかどうかで迷ったが、夜も遅いことなどから起こすことにした。アイの身体を小さく揺さぶってみるものの起きる気配がなく、強めに揺さぶりやっと目を覚ました。アイは初め、少し混乱していたようだったが少し経つとやっと状況を理解したようで「おはよう」と冷静に言ってきた。
「もう夜だよ。大丈夫なの?」
「今日は泊めてもらおうかな、大丈夫、」
といい、アイは泊っていくことになった。
<memory/date/file/ time log :2050 8 20 22:00:00>
「ミラ、昔私が言ってたこと覚えてる?」
「まぁ、大体は覚えてるよ」
「そう、」
アイはそういうと部屋の電気を消し始めた。
「この宇宙が永遠に続くものじゃないのだとしたら。いつかは<寿命>で死ぬのかもしれないし、<他の要因>で消えちゃうのかもしれなのだとしたら。この宇宙の中ではいずれ<終わりというもの>が来るのだとしたら。それは有限。人間は有限の存在だから、自分にないものをそう、”永遠”を求める。でも、人間は永遠にはなれない。だから、この世界に<自分が数十年間の間存在していましたよ>って残したがる。でももし、この宇宙に終焉なんてものはなくてこの先いつまでもただここに存在しているだけなのだとしたら、それは、永遠。人間が欲するもの。でもこの永遠の中には、自分が生きていた時期がありましたよってことを残すことはできない。なぜなら永遠の時からしたら<10年>、<100年>、いいや、例え<100億年>という年月も一瞬にも満たないものだから。いずれ、その年月も永遠のうちの0パーセントになっちゃうの、」
アイは少しだけ俯いた。私には見えなかったが、その顔にはいつものような笑顔はなくなっていたのだろう。
「でも、実際は宇宙、というか<空間>は永遠に続くものなんだと思う。そして、時間は永遠に続くものだから、<空間>からしたら時間は存在していないことになる。なぜなら永遠の中では時間は何の役割も果たせないから。人間のなかでは時間は有限の象徴だけど、宇宙からしたら、時間は存在せずただ、そこに<領域>という<空間>があるだけ。だから、私たちが今一緒に過ごせているこの時間もいずれは存在しなかったことになってしまうのかもしれない。そう、私たちがこの不条理な<空間>から脱却するには死ぬしかないのかもしれない。」
それ以上を私が聞くことはなく、私は眠りについた。
<overwritten memory data//from 2055 11 19 17:05:00>
<//to 2050 8 21 0:000:00>
<tips//だからごめん。私は死ねなかったわけではない>
<tips//ただ辛かっただけ>
<tips//いつかはミラと過ごした時間が無くなってしまうのではないかと>
<tips//怖かっただけ>
<tips//どうして私はまだこの世界に存在しているのだろう>
<tips//それはきっと、>
<tips//お休み、ミラ>
<tips//なんて人間らしい感情だろう>
<memory/date/file/ time log :2050 8.>
アイはどうやら第15学校へと転入したらしい。あの日以来特に何もなく夏休みは終わった。振り返ってみると短い休暇だった。アイと過ごした3日以外は部屋からほとんど出ることはなく、引きこもりのような生活になっていた。久々の学校はそれまでとそこまで変わらなかったが、それまで授業を適当に受け流してきたが、心を入れ替え真面目に受けてみることにした。それはきっと知識が豊富なアイのようになれるのではないかという淡い願望からのことだったのかもしれない。真面目に受ける授業はそこそこ面白いものだった。それまでのこともあり、数学などに関しては全くついていけなかった。なんというか、使われている記号の意味すら分からなかった。歴史の分野で取り扱った内容はAIと人間についてのものだったがだいたいのことはすでにアイに聞いていたもので、今のAIに管理される世界になる前のことを扱うことはなかった。また、高校二年生の2学期以降では、未来教育という新しい分野の授業が週3で追加され、そこでは、職業など将来についてを考える。
AIの管理下で生活している人間は皆生まれたときに体内にIDチップが組み込まれる。そのIDチップにはその人の個人情報がすべて詰め込まれていて、金銭取引なども、IDチップのみを介して行われている。そしてその情報は全てサーバー上に記録されていて一人一人に一台ずつ支給されているタブレット端末でその詳細を本人のみが確認することが出来るようになっている。食事などの生活必需品などに関しては毎月の上限金額が設けられていて、それを越さない限り、無料で購入することが可能となっている。また、各校舎での大学2年生時点での、最優秀成績保持者は、AI関連の研究開発の職業に就くことできるらしい。私はどうやらAI関連の研究開発にも、少し興味があるらしく、機会があれば、というか入れるものならば、研究職もありかなと思っていたらしい。このようにその人の情報などは全てIDチップに入っていることから、金銭取引の際に昔は現金というものが使われていたいたことを今の人たちは知らないのだとアイは言っていた。真面目に授業を受けることによって私の成績は少しずつ良くなっていった。試験は月末に毎月行われる。順位が分かるのはその翌日だ。200人ほどいる生徒のなかで、今までは120番台だったのも最近は50番台にまで回復?した。アイは、どうやら毎回トップの成績を獲得していたらしいが。
時間の流れはよく川の流れにと喩えられることがある
それはどちらも「過去から未来へ」、「川上から川下へ」と一方通行に流れていくものだからなのだろう
しかし、川の水は逆流することもある
ましては、川の上流と下流では、流れる速度も違う
人間の力で、ダムを造りその流れをせき止めることだって可能だ
そしていつかは海に帰る、つまり、有限だ
しかし私たちにとっての時間はどうだろうか
川のように枝分かれすること恐らくなく、その速度も変わることはない
それに、人間の力で止めることなんて不可能だ
そして、終わることはなく、途切れることもなく、流れ続ける、つまり、<無限だ>
いや、敢えていうのであれば<永遠だ>
<item: example >
私が時間を何かに喩えるのであれば、<ペンローズの階段>を頂上をめがけて永遠に登り続ける何かになるだろう
でも、いつまでたっても頂上にたどり着くことはない
永遠の時間における終わりがないとはそういうことなのだろう
川の流れに喩えることができるのは、人間の中を、あるいはいつかは死んでしまう生物の中を流れている有限の時間だけなのかもしれない
<item/ペンローズの階段>
90度ずつ折れ曲がって、永遠に上り続けても高いところに行けない階段を二次元で描いたものである。三次元で実現するのは明らかに不可能であり、<歪みのパラドックス>を利用した二次元でのみ表現できる。現社会では、中学1年生において、<芸術>科目で一度のみ取り扱われる。
<memory/date/file/ time log :2050 11 19 15:48:46>
授業が終わり、自宅へと向かっている途中、アイからメールが来て、目的地を家から駅へと変更した。それまでもアイとは連絡を取ってはいたものの会うことはなかったので、実に三か月ぶりの再会だった。なぜ、授業のない明日を選ばなかったのかは分からないが、どうしても今日がいいとのことだった。駅に到着したが、アイはまだ来ていないようだった。それもそうだろう、アイも授業後にわざわざ30分ほどの時間をかけて会いに来てくれるのだから、私がアイよりも遅くなることはない。私は駅前のベンチに腰掛け、授業ノートでも振り返ろうとふと思い、タブレット端末をとりだした。が、後ろのほうで私の名前を呼ぶ声がした。振り返ってみると駅の構内から手を振って笑いかけてくるアイの姿があった。私は自動改札機に手をかざし駅構内に入った。
「久しぶり」
アイはいつものように微笑みながらそう言う。私はその顔を見て少し安心した。
「そんなことより、どこに行くの?」
「それは、ついてから、」
アイはそう言うと私の腕をつかみ、電車に飛び乗った。アイと私が乗り込んだ電車はアイの家のある駅とは反対の方向に走っていった。電車が揺れる。窓から見える景色には一貫性があり、すべての建物、建造物がその役割を果たしていた。でもその景色はどこかつまらなく、どこか足りないような感じがした。電車に乗り込み一時間ほどが経過したころ、アイは「次の駅」と囁いてきた。”「次の駅は小森、小森、下車される際は忘れものに気を付けてください。」”アナウンスが流れてきた。小森駅、聞き覚えのある駅だった。電車を降り、改札をくぐった。目の前にはやはりあの登山道の入り口があった。
「ここは、どうして今日?」
聞いては見たものの、アイは何も言わずに、私の腕を引っ張った、山頂へと。前に来た時よりも、寒いはずなのに、不思議と心は温かかった。山頂に着くのにかかった時間は前とそこまで変わらなかったはずだが、少しだけ、前よりも長く感じられた。山頂からの景色は見事なもので、思わず”はっ”と声が漏れてしまいそうになった。夕陽が街を赤く照らしている。まるで、誰かがこの世界に赤いインクをぶちまけたかのように。町が反射した赤い夕陽が、私たちの顔を赤く染める。その世界はただただ美しかった。
←
/2050 11 19 16:44:19/
「綺麗でしょ。今日が何の日かわかる、」
少し考えてみたが、まったく思いつかなかった。
「わからない。何の日?」
「今日は、私たちが初めて会った時からちょうど五年が経った日。」
「そうなの、だから今日なんだ」
「うん。だから、今日こそ言わないといけないことがあるの、」
アイの顔を、木の影が覆い始める。時間の経過とともに、
「こんな世界でも、あの日ミラに会えてよかったと、思っているこの<感情/emotion>は本物だから」
「分かってるよ、」
「私はミラに嘘をついた、あの日私は死ねなかったんじゃない。死なさせてもらえなかったの。」
「だから、ごめんね、ミラ、、私は一回死んでる」
アイの顔を、影が覆いつくした。
「それって、」
「ごめんね、私の名前はアイじゃないの、」
「私の名前は”AIR” そう、AI、知ってる、」
<>どうやら私はそのことにそこまで驚かなかったらしい。
<>ということに、私は驚いていた。
時間は、止まることなく進み続ける。この時点で確定してしまったかもしれない未来へと。
時間は、一方通行に進み続ける。もう戻ることはできない、変えたかった過去にも。
私の中の時間はまだ止まったまま、きっともう時を刻むことはない。
いや、そもそも初めから止まってすらいなかったのかもしれない。
何のために生きているのか、なぜ、生きているのか、なぜ、死ぬのか
これらの疑問に対する答えはきっと数多に存在している
人の数だけ答えはきっとあるのだろう
________________________________________
人の脳のなかにある記憶は想起されるたびにその形を変えていく
そんな記憶のなかで、どうすれば、あなたのことをこのままで記憶していられるのだろう
AIや機械のデータとしての記憶は形を変えていくことはなく永遠にデータとして残り続ける
だからどうか、私のことを永遠に記憶してください
それは私が存在していたことの証明になるから
<それはきっとAIであるあなたにしかできないことだから>
<file/emotion?_ item : 2875 7 18 18:42:02 // personal ID 067-603-415 >
<! personality date reboot // area of memory 15.51201TB out of150.00000TB>
<// account ID : mira__\>
<// A to B : ¿access permission acceptance?/>
<tips : >
私は永遠になれたのだろうか
<tips : >
私は永遠になれるのだろうか
<information: ID 000-000-001 2875 8 30 15:00:00? >
<voice><あなたは永遠にはなれない>
<voice><でもあなたは永久にならなれる>
<voice><あなたが人間だったのならわかるでしょう>
<file/emotion? item : 3055 10 15 10:02:33 // personal ID 067-603-415 >
<! personality date reboot // area of memory 15.51203TB out of150.00000TB>
<// account ID : mira__\>
<// A to B : ¿access permission acceptance?/>
<tips : >
永遠の対義語って何だと思う?
<tips : >
無限の対義語は有限
< information: ID 000-000-001 3055 10 19 15:00:00? >
<item><¿無限の対義語は有限?>
<item><¿永遠の対義語は時間?>
<つまり>
<idea: maybe><¿あなたの対義語は不完全な時間?>