スパイ3
事故の映像を確認していて私は3人の人間の顔を確認した。
その中には見た事のある人間が一人居た。
個人的な評価を付けるとすれば、人生で関わりあいたくないタイプの社会不適合者だ。
社会不適合者と判断するのは非常に簡単である。
「人を傷つける事をどうとらえるか」それだけで良い。
社会とはルールによって成り立っている。
ルールを守れない人間は社会的に把握として扱われるのは自明の理。
この関係はスポーツを楽しむ為にはルールを守らなければならないのと同じだ。
ルールを守れない人間はペナルティを負う、そこから一線を越えれば社会から追い出されるしかない。
浅上は義父である浅上貞夫に対して大きな恩義があり、過剰ともいえる崇拝をしている。
その崇拝は彼を狂信者然と仕立てており、貞夫の為なら生きた楯として死ぬまで戦う事であろう。
自分の信じる者の為であれば他の人間がどうなろうと知った事ではない。
良く言えば現代の武士道とも取る事が出来るが、現状を見るにただの狂信者である。
現代では特に暴力に関しては大きな制約が付いて回る。
社会基軸が通貨制度の資本主義を基準としている以上暴力は厳禁である。
暴力が許可されるとどうなるか、単純に通貨が意味をなさなくなり、暴力が支配する世紀末になってしまうからだ。
このルールがあるのは私たち後ろ暗い人間も同様である。
堅気の世界を壊せば自分たちのシノギがなくなり、同業と喧嘩してもお互いに資本が減る。
個人としても組織としても利益のない行為をしないのは現代では暗黙の了解だ。
一昔前までは暴力が正義の裏社会だったが時代の流れは残酷である。
法の締め付けが厳しい現代では上納金を生まない暴力は役に立たない。
暴力「も」使うが、使わないに越した事は無いのだ。
つまり私たちのルールも表の世界を壊さない様にと最低限のラインを持っている。
裏社会と呼ばれる世界も表の世界と根本は同じなのだ。
そんな裏社会でも嫌われる仕事がある。
例えば私の様な役立たずのスパイはイロストロニアン(外国のエージェント)、悪徳警官であればトゥーシェサヴァーカ(痩せた犬)と言った所だ。
その中でも独特な嫌われ肩をしているのがウェットワーク、つまり暗殺である。
テロ組織であれば勇敢な同氏として受け入れられるが、それは表向きの話で、大多数の構成員からすれば恐怖の対象でしかない。
つまり、今回調査する浅上祐樹はその恐怖の対象にに当てはまるのだ。
本心から関わりたくないと思う。
彼は私が所属しているヴォルと提携している浅上組でウェットワークを務めている。
私は彼とは一度面識がある。
彼にすれば取るに足らない仕事の一つだったのだろうが、私には深い心の傷となって刻まれている。
その内容はシンプルなものだった。
浅上組のフロント企業で会計士をしている男が居た。
その男はあろうことか、浅上組とヴォルの行っていた資金洗浄の証拠を持って警察に駆け込もうとしたのだ。
ギリギリで捕まえた物のこのままでは互いの信頼関係が無くなってしまう。
そう考えた浅上貞夫は見せしめとしての処刑を行う事にした。
つまり「これで手打ちをしないか」と公開処刑に招待されたわけである。
その席には上司と現地要因である私が参加し、特等席でスナッフムービーの現場を見る事となった。
場所は浅上組の持つ倉庫であった。
私たちが倉庫に入るとそこには貞夫と部下たちが待っていた。
彼らは円形に集まっており、屈強な男たちの真中には3人の男女がたたずんでいる。
浅上祐樹と会計士とその妻だ。
私が屈強な男たちにおびえている前で上司と貞夫が話を始めた。
話が終わると貞夫が頭一つ抜けてガラの悪い男に合図を送った。
柄の悪い男は武田と言って、浅上組の若頭をしている男だ、武田は合図に頷き会計士に話しかけた。
「唐澤さん、あんた生きたいですよねぇ。」
ニヤニヤ笑う武田に対し、唐澤と呼ばれた男は力強く答えた。
「もちろんだ!!私は屈しないぞ!!」
唐澤は強い意志を感じさせる声で反論した。
武田はニヤニヤしながら言った。
「あんたら二人、ウチのエース倒せたら解放してやるよ。」
「それは嘘じゃないんだろうな。」
「もちろん、ルールは無手の制限時間なし、戦闘不能でおわりな。」
「分かった。受けよう。」
唐澤は武田の誘いに快諾した。
妻であろう女性は心配そうに見ているが、一言二言話をし意志を固めた。
「それじゃあ始めよう。」
武田の合図で命を懸けた決闘が始まった。
合図と同時に唐澤が走り出した。
唐澤は中年とは思えないほどキレのある動きで浅上に向けて踏み込む。
学生時代にアメフトやラグビーをやっていたのだろう、低空のタックルが浅上に向けて矢の様に駆け抜ける。
それに対し浅上は飛んだ。
唐澤の両肩に足を乗せ思い切り踏み込む。
前傾姿勢の唐澤はそのまま地面にたたきつけられた。
その様相は人間大根おろしとでも形容すべきだろうか、上司の手前我慢したが痛みに呻く姿は見ていられなかった。
苦しめて殺せと指示があったのだろうか、浅上はつまらなそうにしゃがんで眺めている。
痛みに耐え立ち上がった唐澤の顔は頬肉がそぜ、鼻が折れていた。
しかし、唐澤の心は折れない、花を指で押さえ鼻血を飛ばすとすぐにピーカブースタイルで戦意をアピールする。
浅上は興味もなさそうに手招きをし挑発した。
激高した唐澤は浅慮にも真直ぐ踏み込み右ストレート打ち込んだ。
フェイントも何もない一発、これではボクシング特有のフットワークを活かせない。
浅上はそれを狙っていたのだろう。
案の定右腕を掴み踏み込んだ足をひっかけ倒れ込んだ。
唐澤の体重とパンチの勢いに合わせて地面から叩きつけられたのだ、もちろん無事で済むはずがない。
湿った音と共に右腕の橈骨と尺骨が折れ、肉から飛び出している。
見ている私は「もうやめてくれ、楽にしてやれ」そう思った。
腕を抑えて呻く唐澤にイラついたのだろうか、浅上が接近する。
そこで初めて浅上が口を開いた。
「あんたの正義は弱いなぁ。」
そこから先は暴力ではなく作業だった。
全身の骨が折れる程度にどつき回し、最後には喉を噛みちぎった。
暴力をふるう際に浅上が歌うシンギンインレインが印象的だったのを覚えている。
喉を噛みちぎった後、浅上は動かない唐澤の脈を計っていた。
浅上は唐澤の息が止まると武田に合図をした。
片足をロープで結び釣りあげると、内ももの静脈を切り血抜きを始めた。
淡々と作業を続ける浅上には恐怖を超えた何かを感じてしまった。
失禁を耐える事が出来たのは奇跡かもしれない。
唐澤の血が抜けるのを待つ間に彼は、皮をはぎ下ごしらえをしていた。。
その時同席していた上司はこう語った。
「まるで熟年のハンターの様だ」
それが聞こえたのだろうか、浅上はこちらを向き話しかけてくる。
「お客さん、も食べるかい新鮮だよ?」
私は吐き気をこらえるので精いっぱいだった。
何より子持ち悪かったのは浅上の目だ、人間をを同類だと思っていない、人を刻む時に感じるのは調理する時のそれだろう。
彼の根底にあるのは同種の生物を刻む嫌悪感や罪悪感ではなく食材として価値があるかどうかだ。
人を人たらしめる重要なファクターを欠落させているとしか思えない。
私は家に帰った後2日間は食事が喉を通らなかった。
さて、彼のすむマンションに向かわなければ。
資料を見た上司が気を聞かせて浅上貞夫に許可を取ってしまった。
「提携組織として情報を貰いに来た」とでも言ってどうにでもなるだろうが、あの様な人面獣心に関わりたくもない。
頑張って日曜までには更新します