カリバニスト3
浅上祐樹はカリバニストであり変質狂だ。
己の信じる「正義」に執着する姿は同僚たちからも畏怖の対象とされている。
彼の信じる正義はとてもシンプルだ。
「自分が考える正しい行動をする」
これだけである。
普段の生活では非常にまじめで親切な好青年だが、仕事の際には同僚にすら恐怖される残忍な殺人鬼になる。
どちらも彼の素顔である裏表があるわけではない、どちらの仕事においても真面目にこなしているだけなのだ。
普段の生活では一般的な社会通念としての正義を行っているだけであり、殺人鬼としては一般的な社会通念としての正義ではなく彼自身の信じる正義を優先しているだけである。
それはどちらも彼の真じる正しい行いなのである。
かといって浅上は初めからそのようにゆがんだ正義の実行者だったわけではない。
それは彼の現在までの生い立ちを知れば分かる。
現在の彼は浅上組会長の浅上貞夫の義理の息子となっているが、それは組がつけた首輪の様なものだ。
彼は10代半ばまで健全な両親のもとで健全な育成をされた。
父親は自分を曲げない模範的な正義の警察官、母親はどんな罪も許さない平等で公平な方を信じる検事だった。
共に社会通念上正しい認識での正義を持つ両親から育てられ、家族仲も良く明るい家庭で道徳心と社会的な正義を学んだ。
強い意志と自己を持った両親に愛され育った彼は、両親の長所を受け継ぎ自分の正義を信じ曲げない人間となった。
彼の正義を愛する心は両親から受け継いだたった一つの遺産だったのかもしれない。
両親の指導の下、常に周りの手本となるようにふるまう少年に育った。
どんな団体に所属しても平等で公平だった彼は、自然と人を引き付ける魅力を持つ男になった。
成長し高校に入った彼は、入学当初からその実直な性格から内外問わずに評判の好青年だった。
さて、彼に転機が訪れたのは彼の17歳の誕生日だ。
誕生日と言う事も有り、普段忙しい両親は時間を作り家族で出かけた。
ショッピングモールでショッピングをし、レストランでの食事を行った。
彼にとって誕生日は年に1度のとても大切な日である。
何故なら普段忙しい両親が自分の為に休みを取り、家族で楽しい一日を過ごしてくれるからだ。
仕事が忙しい事も有り両親の帰りは遅くなることも多く、普段一人で過ごすことの多い彼にとって年に1度だけ訪れるこの日は待ち遠しい1日だった。
家族で楽しい時間を過ごし駅から歩いて自宅に戻る時の話だ。
自宅まで続く路地を歩いていると一人の男とすれ違った。
男とすれ違う際に父親が腹を抑えながら倒れた。
男は腹を抑えもがく父親の上に馬乗りになり何度も何度も突き刺した。
警官として鍛えていた父親だったが、手負いの状況では武器を持った男相手に無力であった。
男の狂行は父親が動かなくなった後も続いた。
動かなくなった父親に飽きたのか男は立ち上がり彼と母親を見つめる。
そして凶刃は、何が起こっているか理解できずに唖然とする母親を襲った。
父親の無残な姿に唖然としていた母親は何の抵抗をする事も無く凶刃に倒れた。
男は母親に対しても同じ狂行を行った。
両親を殺害した犯人は、標的を変え彼を襲おうと迫ったが、彼は逃げずに前に飛び出した。
予想外の行動に驚いた男は怯み動きを止めてしまう。
彼はその挙動そして生まれた隙を見逃さなかった。
駆け出した勢いそのままに金的、男の股下に足を振り上げた。
男は突然の痛みに身をかがませ体を震わせ、包丁を落とした。
彼は両手で男の頭を掴み、彼の前で大きく口を開け反りかえった。
背筋をフルに使い頭を振り下ろす。
彼の顎は男の気道と動脈を食いちぎり、男の喉からは血がドクドクと音を立てて流れ出す。
気道を食いちぎれた男は、ヒューヒューと悲鳴をあげながら絶命した。
彼が人を食った最初の出来事であった。
その後通報を受けた警察が見たのは、両親を並べ手を合わせる彼の姿だった。
そして、返り血で真っ赤に染まった彼の顔だった。
事情聴取の際、彼は犯人を殺したことについて「自分の信じる正義を貫きました」と答えた。
この事件は報道でも騒がれたのだが、余りにも凄惨な内容だったため「殺人犯と戦った高校生」とだけ報道された。
両親を襲った男は父親に捕まり母親に実刑を受けた男だった。
取るに足らない犯罪で捕まり、実刑を受けた男は離婚により家族を失っていた。
犯罪者として親戚からも絶縁された男は子供に合う事も出来ず狂ってしまった。
失う物のない男の恨みは自分を捕まえた浅上の過程に向いた。
そして家庭を調べる過程で幸せな家庭を見てしまった男は壊れてしまった。
その狂った妄執から壊れた男は倒れた二人に対して何度も切り付け殺害したのだ。
彼の行いに関しては「過剰防衛では無いか」とも言われたが、実刑を問われる事は無かった。
状況が状況であったことだけでなく、報道で「両親をの仇を打った高校生」と報道されたことや、普段の行いと信頼される人間性が功を奏したのだろう。
しかし、彼に対する周囲の反応は露骨な物であった。
身を守る為とは言え人を殺した人間に対する悪意を彼は一身に受ける事となる。
日本という安全な国で起こった殺人だ、幾ら正義の行いであろうと周囲に受け入れられるものでは無い。
何より彼を追いつめたのは両親の教えてくれた正義のもろさについてである。
今まで彼の根源を構成していたのは両親から教えられた正義であり、今まで正義を信条に育ってきたのだ。
彼の中で今まで積み上げられてきたものは音を立てて崩れていった。
何処にも居場所がなくなった彼は引きこもり、自問自答の末に壊れていた。
かくして天涯孤独の壊れた身となった彼を救ったのは浅上組の会長、浅上貞夫だった。
自己の画一が出来ない壊れた彼に貞夫は言った。
「君を救いに来た」
貞夫は祐樹を引き取り、自分の所属する「息子たち」という教団の教義を彼に伝えた。
教義を学び自分を救ってくれた貞夫を善とする事で自己の画一に成功した。
貞夫は彼の両親を否定する事は無く「正義を貫け」と背を押してくれた。
彼は両親から受け継いだ正義、教義と貞夫によるゆがんだ正義の二つを同時に抱え、いびつな善性の元浅上組の仕事に従事している。
次の日曜までには次回投稿します