研究員2
目線を動かすと無機質な白い壁に天井、体はベッドに寝かされている事を理解した。
部屋の空気はアルコールや薬の臭いがする。
全身が熱く酷く喉が渇いた。
私は体を起こそうと思い体を動かした。。
いくつかの点滴のような管が体につながっていたが、問題なく起き上がる事が出来た。
周囲の空気やレイアウトから察するにここは病室だろう。
真っ白な病室に一人でいると不安が襲った。
何故ここに居るのだろうか、最期の記憶を振り返ってみる。
実験の際に現れた謎の泡が滑らかになり光り輝く光景、それが私の最後の記憶だ。
記憶を振り返り私は思い出した『私は焼かれた』のだと。
瞬間的な強い光、そして熱を感じて意識を失ったのだ。
皮膚から水気が無くなり、反りあがった表皮が真皮と割ける。
眼球は一瞬で乾き、視界が真っ白になった。
見えない目の前の光景で思い出せるのは泡立った「それ」の姿だ。
「それ」が個体として凝縮しようとした時点では私たちは動けなかった。
そして凝縮し、一つとなった「それ」を見る前に強い光と熱があった事だけは覚えている。
そこから先は記憶が無く、気が付けばここに居たのである。
私が今動く事が出来るのは本当に奇跡としか言いようが無いだろう。
どの様な経緯かは分からないが私は助かったようだ。
あんな状況でよく助かったな、としか言いようがない。
先程も確認したが、この部屋は個室で私しかいないようである。
他の研究室の皆はどうなったのだろうか。
みんなが無事なら嬉しいのだが、今の状況では確認する手段もない。
今まで人との付き合い方すら知らなかった私を受け入れてくれた人たちである。
社会に受け入れられない人間を人として受け入れる事が出来る。
言葉にすれば簡単だがとても難しいことをやってのけた人間たちである。
私よりよほど人として生きる価値のある人々だ。
私が生き残っているのだ、彼らも生きているに違いない。
みんな無事であればいいのだが。
そう考えていると部屋の扉が開いた。
看護師が入ってくるところだった。
点滴の交換に来たのだろう。
鼻歌を歌いながら入ってきた彼女は意識のある私を見て目を見開いた。
そのままあたふたとしながら慌てて医者を呼びに行った。
「せんせー!!唐澤さんが目を覚ましました!!」
本当に名前を呼びながら慌てて医者を呼ぶんだな、以前ドラマで見た事のある光景だが、私がこの立場になるとは思わなかった。
バタバタと慌てて入ってきた医者は私の体の検査を始めた。
何より目を覚ましたことに驚いているようだ。
私も記憶をたどった結果、今生きているのが不思議だと理解できる。
どんな職業より多くの生死にかかわる医者だからこそ驚きが大きくなるのだろう。
「よく分かりませんがどのような状況なのでしょうか?」
そう聞くと言葉を発したことに驚きを隠せないようだ。
火災現場において気管の火傷は症例が多く、後遺症で言葉を発するのは厳しい場合が多々ある。
当初全身が火傷を負っていた私は痴れべれないと思われていたのだろう。
医者はクリスマスのプレゼントを開ける子供の様な輝いた目で話し始めた。
「唐澤さん、落ち着いて聞いてくださいね?」
私は若干引きながら医者の話を聞いた。
「貴方は原因不明の火災に巻き込まれました。覚えていますか?」
「はい、実験の際に何かが起こった事は覚えています。」
「貴方が現場で収容された際、全身の9割以上にⅡ度の火傷を負っており、私たちは連絡を受けた際回復は絶望的と思われました。」
医者の目がカッと見開いた。
まるで見つけてはいけない知識に触れた狂人の様なテンションである。
「貴方の体は受け入れをした時に奇跡が起こしました。
搬送されてきた貴方の傷が物凄い勢いで回復していたのです。」
よく分からないが謎の力で生き残ったようだ。
原因が解明できれば医療業界の大きな革新になる事は間違え無しだろう。
工業と医療の違いがあるとはいえ、そんな革新に触れる事が出来たのであれば目を輝かせない訳は無い。
「よく分かりませんが、何故そんな回復が出来たんでしょうか?」
そう聞くと医者も不思議そうな顔をして答えてくれた。
「これは私の私見ですが、貴方の体に食い込んだ破片のせいだと思われます。
胸部に何かの破片が食い込んでいて青黒い根がはっています。
ですが、これが何かは私たちにも分かりません。」
私は服の襟を引っ張り、胸元を確認した。
確かにうっすらと青黒い根の様なものが蜘蛛の巣状に広がっている。
これまで一切見た事のない不気味な模様だった。
「この破片に関しては手術での除去も考えたのですが、搬送の時点で全身の内臓や神経との結合が複雑すぎて除去は難しいと判断しました。」
「そうなのですね、命が助かっただけでもありがたいです。」
医者に深々と頭を下げて礼を伝えた。
「いえ、貴方の体が頑張ったんですよ、唐澤さんが助かって本当に良かった。」
医者は右手を差し出し握手を求めた。
私も手を差し出しがっしりと握り合った。
この医者は患者一人一人の事を考えてくれているのだろう。
今初めて話をした人間にも命が助かった事を祝福してくれている。
とてもありがたい事だ。
功名心の塊のような医者に当たって居たら私は解体されていたかもしれない。
「唐澤さん、最期の検査をして結果が良ければ明日には退院できますよ。」
そう言うと彼は病室を後にした。
私の胸の破片を回収すれば医者として大きな功績が手に入るかもしれないというのに、
一切そのようなそぶりを見せないのは仕事にプライドを持っているからだろう。
私は看護師に連れられ検査室に向かった。
日曜までには次話投稿します