学生1
大学に来たのは良い物の、講義は休講だった。
掲示板を見るとどの講義も休校だった。
休校の刑事の横には実験の見学会の張り紙があった。
「興味のある生徒は是非見学に来てください」と描いてある。
手書きで書いてあって中々味のあるポスターだ、嫌いではない。
特にちょこちょこ書かれている不気味なキャラクターが魅力的だ。
このポスターを見て先日の講義中に教授が話していたことを思い出した。
「世界的にも全く新しい実験を本学科の先輩が行うよ、来週は実験で大学のほとんどの講義が休講になるから覚えていてね。」
そう言われた事を全に忘れていた。
周りを見ても誰も居ないのはみんな休みを楽しんでいるからだろう。
私の先輩たちがメインで行うようだが、別に興味は無いので関わらない様にしよう。
しかし、暇である。
全講義A判定を目指し真面目に登校したものの無駄になった。
何よりマンションに帰ってもやる事が無いので時間を潰す事にした。
みんなきちんと掲示板を見ていたようで誰も居ないのがさみしさに拍車をかける。
関わる人間は多いのだが、人間関係が面倒で日ごろ蜜に連絡を取って居ないのが仇になった。
やる事も無いので誰も来ない喫煙所で校舎を眺めていると話しかけられた。
「ヘイ!!浅上お前も間違えて学校きたん?」
「田上先輩お疲れ様です。」
話しかけてきたのは一つ上の田上先輩だった。
口元にキャスターを咥えて火を付けながら手をあげアピールしている。
面倒見が非常によく後輩からの信頼も厚い女性で、私にも話しかけてくれるいい人だ。
何より一人で喫煙所でタバコを吸って居ると良く話しかけてくれる。
「その通りですよく分かりましたね。」
「講義室で30分待ってても誰も来ないから確認したらこれだよ。」
「流石先輩っすね、人が居ないのに違和感なかったんですか?」
「ノリで生きているからね!!」
彼女は話しながらベンチにドカッと座り、足を組んで背もたれに体重をかけた。
男前な返答と態度に尊敬の念を抱かざる負えない。
少し話をすると掲示板のポスターの話になった。
「良いポスターだったろ?書いたの私だぜ!!」
あの独特なポスターを描いたのは先輩の様だ、邪悪なマスコットが非常に素敵である。
「後輩がプロジェクトリーダーでね、挨拶と差し入れしたからもう帰ろうと思ってね。」
「先輩は相変わらず顔が広いですね。」
「あそこのリーダーやってる子は、唐澤って言うんだけど友達居ないから面倒見てるんだよ。」
「相変わらずどこにでも首突っ込む人ですね。」
「HAHAHA,所で君は実験の見学に行かないのかい?今からでも間に合うだろう。あそこの部屋さ」
先輩はグラウンドの向こう側に見える建物を指さした。
先輩が指示する部屋からは窓から昼間だというのに明かりが漏れていた。
少し不思議な色で銀色?いや虹色だろうか・・・言葉にできない色に発行していた。
「なんか光ってますね?」
「多分アーク光だな。きっと溶接でもやってるんだろ。」
「へー電磁誘導ってアーク発生するんですね。」
「そりゃもう電気だしな!!」
私も先輩も工学部ではある物の専門以外はからきしの残念な人間だった。
こぼれ出る不思議な魅力のある光だが、同時に恐怖を感じた。
「あまり興味が無いのでもう少ししたら帰ろうと思います。」
「そうか、まあ私も帰る予定だし飯でも行こうか。今日は私が奢るよ、君にはキャ!!」
先輩の話が終わるか終わらないかと言う所で激しい爆発音が聞こえた。
眺めていた校舎の窓が全て爆ぜる。
爆発は大きく窓という窓がはじけ飛び、破片が私たちの足元まで届くほどだ。
まるで映画のワンシーンの様だ、平和な日本では想像できない光景である。
人は理解できない事が起こると固まると言うがまさにその通りだった。
瞬間的な爆発にあっけにとられたが、吸って居た煙草を太ももに落としたショックで我を取り戻した。
現場の方を見ると爆発の後に火は上がっていない。
初めてみる光景で被害の想像がつかないが、もしかしたら生きている人が居るかもしれない。
そう感じた私は先輩に向かって叫んだ。
「先輩は消防と警察に連絡をお願いします!!」
先輩はまだ呆然としていたが、はっと意識を取り戻し携帯を取り出した。
それを見るか見ないかと言う所で私は煙草を捨てて現場に走った。
爆発現場につくと酷い光景が待っていた。
壁が内側から焼けて真っ黒な焦げ跡が残っている。
確認をすると瞬間的な高熱だったのか表面だけ真っ黒に焦げていた。
休講で誰も居なかったのが幸いしたのかは分からないが野次馬はいない。。
通常通り学生が居たら大変なパニックが起こっていただろう。
年の為近くの水道で水をかぶり中に入った。
火の気は無いようだが服を顔に巻き簡易マスクとして使う。
どの通路もどの部屋も何か強い熱源があったのか均等に熱で破損をしていた。
何もかもが強い熱であぶられたようにコンクリートの表面は均等に黒く、ガラスなどの無機物は表面はケイ素が溶けガラス質になっている。
この建物はコンクリート打ちっぱなしの作りである。
壁や床に使われているポルライドセメントがところどころ爆ぜていた。
これはコンクリート爆裂と言われ、熱でコンクリート内部の水分が気化し爆発する現象だ。
夏場のバーベキューで割と良く見られる現象でもある。
またガラス表面が溶けている事にも注目してほしい。
ケイ素の融点は1410度、つまり瞬間的とはいえこれを超える温度が建物を襲ったという事だ。
そんな地獄の様な環境に晒されたせいか倒れている人たちはみな全身に酷いやけどを負いこと切れ、驚いた状態のまま固まっているようだった。
しかし不思議なことに、何故か室内が真っ黒なだけで何処もボヤすら起こっていない。
1000度を超える環境に晒された証拠があるにもかかわらず火の気がないのは不思議である。
私は次々に部屋を走り回り、扉を蹴り破った。
どの室内も死屍累々と言った様子で、通路同様に死体が転がっている。
なん部屋もお暗示状況を見ると生存者の存在は絶望的に感じた。
最期に入った部屋は田上先輩が指さした部屋だった。
この部屋も黒くはなっている物のもちろんボヤすら起こっていない。
通路同様に真っ黒に焦げたような跡と表面が溶けガラス質になった部屋があるだけだった。
他と同様に黒こげになった死体が転がっている。
しかし、この部屋には一つだけ違う点があった。
大きなキャビネットが転倒していたのだ、そこからはうめき声が聞こえる。
急いでキャビネットを持ち上げるとその下には白衣を着た青年が倒れていた。
全身にやけどを負って何かの破片が刺さり服は皮膚と癒着している。
キャビネットのガラスかもしれない。
下手に動かすと火傷と癒着した皮膚が剥がれるかもしれない。
だが、このような状況の中放置するのも危険だ、彼の体が心配だが一緒に脱出してもらうほかないだろう。
急いで脱出しなければと彼を担いで廊下に出た私の横には白い服を着た少女がいた。
いつの間にいたのかは分からないが居るものは仕方が無い。
今日の実験の参加者の子供だろうか?
こんな場所に子供を放置する方が問題である。
「きみ、大丈夫かい?名前は?」
そう聞くと何を聞かれているのか分からない様子で首をかしげる。
「お父さんやお母さんはどうしたんだい?」
また首を傾げた。
外からサイレンの音が聞こえた。
救急と消防が来たのだろう。
流石、田上先輩である。
「ここは危ない、一緒においで」
私が手を差し出すと彼女は握り返した。
気持ち体温が低いように感じるがキット冷え性なのだろう。
私とと少女が建物の外に出ると屋外にはパトカーと消防車が入っていた。
「君、大丈夫か!!」
と消防車から降りてきた消防士から聞かれた。
「私は大丈夫です。中でこの子と彼を保護しました。酷いけが人が一人います。」
伝えると救急隊員が単価を準備し、火傷をした男性は迅速に救急車に運ばれていった。
流石プロの仕事だ、鮮やかな手際とチームワークには尊敬の念を隠しきれない。
さて、次の連絡だ。
そばにいた消防官に話しかける。
「この子の保護もお願いします。」
俺は保護した子供を消防官に引き渡そうとした。
「おとうさんと一緒」
少女はそう言うと俺のズボンを握って離さない。
困った事に私は彼女も居ないし未婚である。
一足飛びに大きな子供が出来てしまったようだ。
「お兄さんも困ってるから一緒に行こうね」
と近くにいた救急隊員が促すも少女は足から離れない。
これは人生に3度あると言われるモテ期が来てしまったようだ、手を出したら手が後ろに回ってしまうが。
「お兄さん、病院まで一緒にお願いしてていいかい、」
消防官からお願いされ、少女と一緒に救急車に向かった。
あんな光景を見てしまっているのだ、余裕のある人間が手を貸すのは人としての道理だろう。
この子の年齢は10歳くらいだろうか、私が同じような状況になったら発狂してしまっても仕方ないだろう。
「お兄さん落ち着くまでこの子と一緒にいてくれないか?」
断るわけにもいかず少女と救急車に入った。
「一旦君らを病院に運ぶけれど、君は大丈夫だろうけどその子の保護者への連絡先を教えてもらいたいんだが分かるかい?」
横に座っている少女に話しかけると、俺の太ももをポンポンと叩きながら言った。
「お父さん」
困った事に知らない内に子供が出来たようである。
彼女すらいないのに子供が出来るなんて実質聖母マリアと言っても良いだろう。
消防官は困った顔で言った。
「お兄さんごめんだけど病院まで一緒に来てくれないかい。」
救急隊員としても取りあえず病院に連れて行かない事には話が進まないのだろう。
こんな事に時間を使わせてしまっては申し訳ない。
ひとしきり確認はしたが、もしかしたらまだ助かる人が居るかもしれないからだ。
「わかりました。お願いします」
救急車は動き出した。
後部席で一息つくと、非現実的な環境から安全な場所に移動できた事で緊張が切れたのだろう。
冷静になった今、一気に汗が吹き出し急な疲れが肉体を襲った。
今までは急な状況に無理やり対応するため脳内麻薬でマヒしていたのであろう。
焼けた油と不完全燃焼の石油製品の混ざった頭の痛くなる悪臭、
恐怖に叫びながら全身の焼けただれた人間。
先程まで背負っていた炭化した皮膚、
彼の傷口から滲み出す滲出液で濡れる背中の感覚。
急激に喉が渇き視界がちらついた。
地獄絵図とはあの様なものをいうのだろう。
振り払おうとしてもより鮮明に思い出し狂気に飲まれそうになる。
叫びたくなるような衝動を我慢する為にギュッとこぶしを握り締めた。
「おとうさん大丈夫?」
少女が服を握り話しかけた。
「ありがとう。大丈夫だよ。」
お礼を言うと少女はニコニコしながら「良かった」と言った。
本心は嘘だが恰好を付けてしまった。
だが、この子はとても強い子だ、あの地獄絵図から帰還してこんなにも毅然としているのだ。
炭化した人間がゴロゴロと転がった火災現場で彼女も怖い思いをしたのだ。
年上の俺が取り乱したら彼女も泣き出してしまうかもしれない。
心を落ち着かせるためにタバコも吸いたかったが、子供の手前我慢することにした。
「君は大丈夫かい?」
そう聞くと少女は余裕をもってサムズアップを返してくれた。
予想外に明るい子だったようである。
あんな体験をしたのに強い子だ。
「所で親御さんは?消防官さんが知りたいそうだよ。」
そう聞くと先程と同じ様に俺の太ももをポンポンと叩き、
「お父さん」
と答えた。
この質問は話が進まない。
「君は何故あそこにいたんだい?」
そう聞くと彼女は首をかしげて聞き返した。
「お父さんは何であそこにいたの?」
少女からの質問に俺は驚いた。
しかし、こちらから質問を投げかけるだけでは会話にならない。
「学校に行ったら授業が無いって聞いてね、やる事が無かったからぼーっとしてたんだよ。
そしたら眺めてた校舎がいきなりピカって光ってね。燃え始めたのが見えてあそこに走ったんだ。」
少女は「はえー何言ってんだこいつ」という顔で見ている。
子供向けに話をしたつもりだったが効果は薄いようだ。
自分でも頭の悪さがうかがえる回答だがこれ以上の回答が思いつかない。
「でも、君を助ける事が出来たからよかったよ。」
そう言うと少女はニコニコ笑いながら俺の太ももをポンポンたたき続けている。
どうも褒めてくれているようだ。
不細工な子供ならムカつく光景なのだろうけど、
彼女がかわいい子でよかった。
「病院につきましたよ。」
予想外に早く病院につく事が出来たようだ。
「さて、お医者さんに診てもらおうか」
そう言って、彼女と病院に入った。
少女はこれと言った外傷も無く受け答えもはっきりとしていることから
一般外来と同じ扱いの様で少し待ったがつつがなく診察を受ける事が出来た。
ただ診察の際に少女が服を握って離さなかったので、引率をする事に成った。
状況が状況だっただけに元気とはいえ精密検査をする事に成った。
時間のかかる検査を待っている間、場所を借りて電話を使う事が出来た。
先輩に連絡をすると安心した声を聴く事ができた。
今回の火事は報道で大きく取り上げられたらしい。
助かったのは私と少女、そして全身火傷の彼、3人しかいなかったそうだ。
そもそも私は被害者では無いので名前は出なかったそうだが、今回の件で大学から家に連絡が入っていたようである。
とは言っても家からの連絡は無いので放任主義の過程なので放置されているみたいだ。
電話を切ると少女が走ってきて足にしがみついた。
ちょうど診察が終わったようで一緒に診察室に向かった。
「何も異常はありませんね、健康体です。」
お医者さんにお礼を伝え受付に戻ると話しかけられた。
「お疲れのところ申し訳ありません。警察ですが今回の件で少しいいですか?」
と手帳をもった二人組の警官に声をかけられた。
少女の件で向かおうと思っていたので丁度よかった。
「丁度よかった。これから向かおうと思っていたんです。」
そう伝えると若い警官が答えた。
「ご協力ありがとうございます。もしよろしければ署までご同行よろしいでしょうか?」
「私は大丈夫です。この子を預けたいとも思ってましたし。」
しかし、この子の体力は大丈夫だろうか、大人でもつらい一日だったのに子供の体力が持つはずはない。
こんなに色々な事があったんだ、きっと疲れているだろう。
と思ったが、あんなに色々な事があったにもかかわらず元気いっぱいの様だった。
診察から解放された反動の様に元気である。
「今から警察署に行くけど大丈夫かい?」
そう伝えると真顔でサムズアップを返した。
週末までには続きを書きます。