過去語り
13年前、まだ瓊杵が少年だった頃、彼の友人たちは兄弟がいることが多かった。学校が終われば家に帰り父の研究の手伝い。それはもちろん楽しかった。だが、同じ夢を持つ友人が欲しいと常々思っていた。どうせならずっと一緒にいられる兄弟が。それは決して特別な思いではなかった。ある日、文献を解読した父が
「どうやら隣村の近くにも神の祠があったらしい」
と言った。少年はチャンスだと思った。神を研究し数々の悲劇の記録を見てきた。自分ならば同じような間違いはしないという自信があったのだ。数日後の夜、こっそりと家を抜け出し祠へと走った。
「さすが父さんだ!」
解読した通りに、その場所に洞窟があった。草で覆われ、注意深く見なければ通りすぎてしまっていただろう。蔦を掻き分け中へと進む。神の力なのか、祠までの道は光の差し込まない洞窟なのに明るい。
「これがあの失われた…」
少年が感心していると、間もなく祠に着く。中には御簾が垂れており、その向こうに人影が見える。
「あの、あなたが神様ですか?」
「そうです…」
「お願いがあります。聞いてくださいますか?」
「言ってみるがいい…」
「私は、兄弟が欲しいのです。私は神の研究をしております。私と夢を同じくする、共に学び共に成長出来る弟が欲しいのです。お願い出来ますか?」
「願いは叶えた…」
少年は、その言葉に喜んだ。母が妊娠した、もしくは妊娠する。そう思ったのだ。少年は神に感謝して家路を急いだ。しかし、帰宅した少年を待っていたのは衝撃の出来事だった。
「君… 誰…?」
少年とそっくりの、同い年くらいの少年がそこに立っていた。
「おかえり、兄さん」
少年はそう答えた。「共に学び共に成長出来る…」神は同い年で同じ頭脳レベルの人間を与えたのだ。騒ぎに両親が起きてくる。パニックになる。そして、両親の対応がパニックを加速させる。
「どうした? 二人ともこんな遅くに何をしているんだい?」
「また朝が待てずに探検? ほんと兄弟揃って、いえ、親子兄弟揃って困ったさんなんだから」
母が笑う。少年は青ざめた。記憶の改竄も行われている。神の力の及ぶ規模の大きさに、そして自分の考えの浅はかさを恐れた。そして、再び神の元へと走っていた。
「神よ! さっきの願い…」
取り消して欲しい。そう願おうと思っていた。しかし、あの弟の存在はどうなる? 改竄された記憶と共に消えるのか? ほんの一瞬の命… 自分の愚かな満身と欲望が生んだ… 自分の記憶も消えるのか? 命とは、そんなに簡単に…
「さっきの願いで生まれた私の弟、彼を… 赤ん坊から、胎児からやり直しさせることは可能だろうか?」
「……可能だ…」
「彼を、彼として、その生命、その存在そのままでのやり直しだ。本当に可能なのか?」
「成長の後、全てが今と同じとなることはないだろう。だが、魂と呼ばれるモノ、それは同じだ…」
その言葉に意を決する。
「ならば、頼む」
「その願い、叶えた… お前の母親は、間もなく出産するだろう…」
「そうして再び生まれたのが世理須です」
「なんで弟じゃなくて拾ってきたと?」
「後で知ったんですが、記憶の改竄は家族だけだったんです。隣人から見れば、なんの前触れもなく生まれた子供。異様に見えるでしょう。両親も間もなく事故で亡くなってしまったので、そういう道を選びました」
「いつかは…」
「それは… お答えしかねます…」
ジジジ…
油が少なくなり、ランプの灯が消えそうになる。それを合図のように三日月は出ていった。
「今は失われた神、産土箒神の最後の奇跡。私の助手であり、友人であり… 大切な弟… もうしばらく封印させていただきます。来るべきその日まで…」




