修羅場
いったい何を願えばああなるのだ?
女性は、女性だったものは、腐敗し崩れかけた身体を引き摺りながら家事に勤しんでいた。痛みを感じていないのか? それとも、脳が正常には… いや、そもそも、あれは…
「町長、神の場所を教えてください!」
町の南側にある山の麓、町から伸びる長い下り坂の先に入口はあった。神の奉られる場所はどこも同じ作りになっている。入口からは慣れた手付きで、いや足付きで走った。町長もなんとか付いてくる。
「神よ、聞きたいことがある!」
「……願いを言うがよい…」
「子供らは何を願った? お前は何をした? 教えろ!?」
「……答えよう…」
二週間程前、子供たちが泣きながら現れた。母親が病気で死んでしまったと。子供たちは願った。生き返らせてほしいと。しかし、それは神でも叶えられない願いの一つだ。子供たちは更に泣いた。泣き叫び続けた。ふと、一番上の姉が言う「生き返る以外に、母をこの世に留めておく方法はないか?」と。真ん中の兄が言う「体が死んでしまって不可能なら、違う体にすれば…」一番下の弟が言う「もう、痛いのや苦しいのは無くしてあげたい!」
「その結果がアレですか!?」
つまり、あの母親は生き返ったのではない。痛覚や嗅覚などを遮断し、そういう体に調整した上で魂を再び乗せたということだ。そして、彼女の立ち振舞い。視覚や思考など全てを狂わせて、自身がゾンビであることも認識させていないということになる。
「なら、子供たちは… 子供たちも?」
「叶えた願いはそれだけだ…」
その言葉に二人、顔を見合わせる。
「なんだって? じゃあ、あの子供たちは…」
「ほら、やっぱり町長来てた」
「母さんが言ってたんだよ。お客さんが来たって」
「バレちゃったね。最初からお願いしとけばよかった。失敗失敗」
後ろに子供たちがいた。神の語りが遅いせいで、子供たちの帰宅時間になってしまっていたのだ。そしてこの語り口、ちゃんと理解したうえで生活しているということになる。理解したうえで、母親と共に在るために狂うことを選んでしまったのだ。
「神様、お願いします!」
子供たちが叫ぶ。
「神よ! 子供たちを眠らせろ!」
子供たちの願う言葉よりも早く願いを言い、その場に眠らせる。危うく記憶を改竄されてしまうところだった。願い方次第では、どこまで変えられるかわかったものではない。
「ふう… で、どうするのだ? この子たちは…」
「私に任せてください。悪いようにはしませんから」
心配する町長をなだめ、神の前に立つ。
「神よ、あらためてお願いいたします」




