アパートからの帰り
夕食を食べたのち、匠は一人、アパートの階段を降りていた。
降りながら、晴夏のことを考える。
いつも人を避けることが多い晴夏だが、この季節になると、寂しさからか積極的に人と会おうとする。
だから、弥生にカフェに呼び出された際に、晴夏も誘った。
結局、急用で弥生と二人にさせてしまったが、出張の話を聞いて優弥を預かると言い出したのも、おそらく寂しかったからだ。
本人は自覚していないが、自分の誕生日と、産みの親である母が出て行った日が、この時期だからだろう。
弥生から呼び出されたのは、出張のあいだ、優弥を預かって欲しいという相談だった。
匠は、その際に晴夏に預かると言われたと話を聞き、自分も出来る限り一緒にいるようにするが、晴夏に任せてもらえないだろかと頼んだ。
そうすれば、寂しさが紛れるだろうと思ったからだ。
少しでも寂しくないように、晴夏の誕生日にはバイト先にも様子を見に行った。
本人は匠を煙たく思っているかもしれないが、たった一人の娘だ。
可愛くて、心配でしょうがなかった。
「なんで、俺に似たのかなぁ」
匠は思わず呟いた。
晴夏は、顔は母親似だ。
しかし、性格は自分に似ていると、匠自身も思っている。
自分より他人を優先してしまい、誰にでも穏やかに接しようとするこの性格は、八方美人や優柔不断とも言われる。
晴夏の一人目の母は、匠と離婚する際に、晴夏を連れて行くつもりだった。
匠への苛立ちから投げやりに聞いてはいたが、晴夏が付いていくと言えば、家を出るのを遅らせて晴夏の荷物をまとめただろう。
だから、新しく住むアパートを、晴夏が通っている小学校の学区から外れない場所から選んでいたのだ。
しかし、晴夏は付いていかなかった。
匠のために残った訳ではないとわかっている。
自分にそっくりなのだから。
それは、母親が匠に似た晴夏を見て苛立つことがないように。
匠が離婚に素直に応じたのも、晴夏の母親には、笑っていて欲しいと思ったからだ。
怒らせてしまうたびに性格を変えようと努力した匠だが、 余計に怒らせてしまうだけだった。
結婚した訳も離婚した訳も同じ理由。
お互い自分に無いものに惹かれ結婚したのに、そのせいで離婚したのだ。
「なんで、似たかなぁ」
匠は、アパートの入口で立ち止まり、晴夏の部屋のある場所を見上げると、再び同じ呟きを口にした。