アパートで帰りを待つ
晴夏は、優弥がアパートに来るまでに済ませようと部屋を掃除していたが、思いのほか早く終わってしまい時間を持て余していた。
今日は匠の仕事が休みのため、小学校が終わったら匠が優弥をここまで連れてきてくれることになっている。
晴夏は、そわそわする気持ちを落ち着かせようと、紅茶を入れにキッチンへと行った。
匠以外にアパートに人を呼んだことなど、ほとんど無い。
匠は、何かにつけてやって来ては、そんな晴夏に「友達呼ばないの?」「彼氏作りなよ」と勧める。
匠は、誰にでも優しい。
誰にでも、だ。
一人目の母は、気の強いはっきりとした性格の女性で、匠のその性格を嫌っていた。
彼女にとって、誰にでも優しい匠はただの八方美人だった。
匠が何でも肯定することを、はじめは優しいと感じていたようだが、自分の意見を言えない気弱な人間だと詰るようになった。
晴夏が物心ついた頃から、彼女は匠へ怒ってばかりいて、晴夏を見ては何故自分に似なかったのかと愚痴をこぼしていた。
そして、ついに「離婚して」と発した言葉にさえ素直に頷く匠を見て、彼女は心底失望した様子で家を出て行った。
「あんたは、どうするの?」
家を出ていく時、何かのついでのように聞いてきた彼女に、晴夏は「ここにいる」と言った。
別に匠が一人なるのが可哀想だった訳ではない。
彼女はきっと、晴夏を見る度に、匠を思い出す。
そうして怒る彼女を見るのは嫌だった。
匠に怒ってばかりいた一人目の母だが、笑う時には本当に嬉しそうに笑う人だったから、もう怒らないようにしてあげたいと思ったのだ。
二人目の母は、愛するより愛されたい人だった。
匠の優しい性格をはじめはとても喜んでいたが、次第に匠が誰かに優しくするたびに怒り出すようになった。
そして、匠に不満を募らせ、最後には「私だけを見てくれる人が見つかった」と、他に男を作り出て行った。
晴夏のことは、娘というより同居人としか思っていなかった。
自分のことをきちんとすれば何も干渉して来なかったが、晴夏が匠と話すと機嫌が悪くなるので、彼女が家にいるときは匠には近寄らないようにしていた。
二人目の母は、とても寂しがりで可哀想な人だったと、別れた後に匠が言っていたのを思い出す。
入れた紅茶を飲みながら、ぼんやりと昔のことを考えていた晴夏は、インターフォンのチャイムが鳴り我に帰った。
インターフォンの画面で外の様子を確認すると、ドアを開ける。
そして、優弥の荷物を代わりに持った匠と、その横で少し恥ずかしそうにうつむく優弥に、晴夏は微笑んだ。
「おかえりなさい」