居酒屋での会話
居酒屋のドアを開けると店内の賑わう音が耳に飛び込んできた。
匠は、真っ先に「いらっしゃいませ」と声をかけてきた店員の指示に従い、カウンターに腰を下ろした。
「ご注文は何にしますかぁ?」
赤い口紅が良く似合う店員に、匠はノンアルコールビールを頼むと、辺りを見回した。
「今日って、晴夏は働いてる?」
「お知り合いですか?」
個人で経営するこの店は、新規の客より常連が多い。
店員は、見慣れぬ客の言葉に、不思議そうに首を傾げる。
「俺、晴夏の父親。君ってもしかして、頼りになるっていう先輩の紗良さん?」
店員、紗良は、匠の言葉に満面の笑みを浮かべた。
「晴夏ちゃんのパパ!?若いですねぇ。そう、私が紗良です」
紗良はカウンターの奥にいる店長に声をかけた。
「陽介さん、ノンアルコールビール一つ。あと晴夏ちゃん何処にいますか?」
「ノンアルコールビール一つね。さっき真樹くんと二階の団体さんとこ行ったよ。直ぐに降りて来るんじゃないかな」
紗良は頷くと、匠を見つめた。
「晴夏ちゃんが私のこと頼りになるって言ってくれてたなんて嬉しいなぁ。パパさんは、お仕事帰りですか?」
「いや、これから仕事。その前に晴夏の顔を見たくて店まで来ちゃった」
「何のお仕事してるんですかぁ?」
匠はシェイカーを持ち振る仕草をする。
「もしかしてバーテンダーですか?格好いいですねぇ」
「ありがとう。駅前のバーにいるから、晴夏と一緒に今度飲みに来てよ」
屈託なく笑う匠に、紗良も笑顔を返すと、二階から降りてくる晴夏が見えて手を上げて晴夏を呼んだ。
「晴夏ちゃん、お客さんだよぉ」
晴夏は紗良を見た後、カウンターに座る匠を見て驚いた顔をしながら、近寄って来た。
「どうしたの?」
「晴夏の働いている姿を見たかっただけ。これから仕事だから、直ぐに帰るよ」
カウンターに片ひじで頬杖を付き、にやにやとイタズラをする子供のように笑う匠に、晴夏はため息を吐いた。
「制服似合ってるな。でも、晴夏ならバーテンダーの制服も似合うよ」
「それは、一緒に働きたいってこと?」
「いいね。晴夏と一緒に働けたら嬉しいなぁ」
匠は優しい笑みを浮かべ、呆れた顔をする晴夏を見つめた。
匠と晴夏から離れた紗良は、晴夏と一緒に階段を降りてきたバイトの真樹が、不安そうに晴夏たちを見つめているのに気が付いた。
「どしたの?」
「……あの人、誰ですか?」
「ああ。あれは――」
紗良は言いかけて、にやりと笑う。
「仲良さそうだよねぇ。晴夏ちゃん、ああいう年上がタイプなのかなぁ。真樹くんは晴夏ちゃんと同い年だっけ?」
真樹の息を飲み体を強ばらせる姿に、紗良は笑いを堪えるのに必死だ。
二人のやり取りを見ていた陽介は見かねて紗良を諌めた。
「紗良ちゃん、真樹くんを苛めない。これ運んで」
「はぁい。真樹くん、ごめんねぇ」
紗良は真樹の背中を軽く叩いた後、ノンアルコールビールを受け取り、晴夏と楽しそうに喋る匠の元へ運んで行く。
「……陽介さん。女の人って、やっぱ年上の男が良いんですか?」
「いや。好みの問題だろ」
「晴夏ちゃんも、そうなんですかね?」
真剣な眼差しで質問してくる真樹し、陽介は肩
をすくめた。
「いやいや、本人に聞いて。でもまぁ、晴夏ちゃん、しっかり者だから年上の方が気が合うかもね」
「やっぱり……」
「告白しても無いのに落ち込むなよ。ほら、お客さん来たよ」
紗良より強く背中を叩かれ、真樹は親しげに匠と話す晴夏の方を気にしながらも、入ってきた客を案内するためにドアへと向かった。