一家団欒
日曜日は雲一つない青空が広がる晴れの日だった。
朝から公園へ行くと、匠と優弥は公園の遊具で遊び、晴夏と弥生は少し離れたベンチからそれを眺めていた。
「さっきも言ったけど、本当にありがとう」
改めて礼を言われた晴夏は、弥生に一週間の出来事を話した。
優弥がとても良い子だったこと、優弥と名前の話をしたことを話すと、弥生は嬉しそうな悲しそうな複雑な顔をした。
「そう……。匠さんには話したことがあるんだけど、優弥の名前はね、昔付き合っていた人の名前と私の名前から一字ずつとって付けたの」
弥生は少しずつ、自分のことについて話し始めた。
当時、弥生は付き合って長かった恋人の子を妊娠したが、それを知った恋人は堕ろすように勧めてきたという。
「でもね、私は産みたかった。可愛い我が子をみたら彼も気が変わるって信じてたの」
しかし、恋人は逃げるように音信不通になってしまい、弥生は一人で育てると決めたそうだ。
「本当は、違う名前にしようと思ったんだけど、お腹の中にいる時から優弥と呼び掛けていたし、それ以外の漢字もしっくりこなくて」
「優弥、素敵な名前です。優しい子になって欲しくて付けたのかなって、嬉しそうに言ってましたよ」
晴夏が静かな声でそう言うと、弥生は口をきつく結び、涙ぐむ目を隠すように顔に手を当て頭を垂れた。
「……本当に、どうしてみんな、こんなに優しいのかしら」
晴夏は、慌てて弥生を見ないよう目をそらすと、代わりに楽しそうに遊ぶ匠と優弥を見つめた。
耳には弥生の震える声が聞こえてくる。
「あの子、全く手がかからないの。シッターさんもびっくりするくらい。本当は、甘えて我儘を言う歳なのに、私に遠慮して、いつも良い子でいようとするのよ」
それは、晴夏も感じていた。
晴夏と一緒にいても、とにかく迷惑がかからないように、他人に対して気を使っているようだった。
「だけど、そんな我慢している優弥を見ても、手がかからず楽が出来て良かったと思ってしまう自分がいて……」
弥生が深く息を吸う音が聞こえた。
「……。匠さんと付き合って直ぐに結婚したのは、優弥が小学校に入るタイミングで結婚したかったからなの」
「はい。聞いています」
「急な話だったのに、匠さんは、嫌な顔もせずに頷いてくれた。私がいない間、匠さんに優弥を預けて仕事出来るし、小学校でも両親がいれば優弥も変な思いをしないと思って」
晴夏は、口振りから弥生が自分を責めているとわかった。
「自分勝手でしょう?そんな自分に嫌気がさして、別居したいって言ったの。なのに、仕事で都合がつかないからと優弥を頼んで。それでも、匠さんは変わらず優しいまま」
「父は、そういう人なんです。でも……」
弥生が顔を上げたのを感じ、晴夏は横を向いた。
目に涙を溜めている弥生に、晴夏は困ったように笑う。
「父のことを少しでも好きでいてくれるなら、どうか別居しても離婚はしないで下さい。それだけで、家族がいるだけで、父は嬉しいんです」
「……。やっぱり、晴夏ちゃんも、私を怒ったり責めたりしないのね」
すみません、と晴夏は言うと、弥生は首を横に振って思い切り良く立ち上がった。
「匠さんと交代して優弥と遊んでくるね 」
「いってらっしゃい」
弥生が二人の元へ走って行き、代わりに匠がベンチへとやってきた。
晴夏は、少し迷ったが、先ほどの会話を匠に話した。
「弥生は、自分に厳しくて、難しく考え過ぎてると思うんだ」
匠は、優弥と遊ぶ弥生を見てそう言った。
「もっと、気楽で良いのにな。そう思ってるってわかってて、俺がそうしたくてしてるのに。優弥だって、母親の喜ぶ顔が見たくてそうしてるんだから、素直に嬉しいと褒めてやれば、それで良いのに」
「私、お父さんが頼りないと思われて別居してるのかと思ってた。ちゃんと、これからも一緒にいてあげて下さいって言っといたよ」
晴夏の言葉に匠は吹き出す。
「お前が俺の親みたいだな」
匠の朗らかな笑みにつられて、晴夏も笑った。
遊具からは、優弥が楽しそうに弥生を呼ぶ声が聞こえてきた。