三人目の母とカフェで
「私が預かりましょうか?」
カフェで向かい合い座っていたスーツを着た女性に、晴夏はそう提案した。
彼女は晴夏の父、匠の三人目の妻、弥生だ。
弥生は驚いて晴夏を見つめ、そして困惑した顔をする。
「来週から一週間だけですよね。私の大学はまだ夏休みなので。アパートは優弥君の小学校から10分位の所にありますし、バイトのシフトもちょうど入ってないですし」
晴夏は、彼女の表情を見て、義理の弟になる弥生の連れ子、優弥を預かると言ったことを後悔していた。
だから、弥生が口を開く前に晴夏は彼女の顔から目をそらし、アイスティーのグラスに浮かぶ氷を見つめながら、自分が提案した理由を弁解するかのように並べ立てる。
「…晴夏ちゃんは、優しいのね」
弥生は、少し間を置いてそう呟いた。
「いえ。……一緒に暮らしたことも無いのに、変なことを言ってすみません」
困っているようだったから、つい預かると口にした晴夏だが、弥生とも優弥とも一緒に暮らしたことはない。
匠と弥生が籍を入れたのは晴夏が大学に進学し、アパートで独り暮らしを始めた一年前のことだ。
そして、弥生は3ヶ月前から匠とは別居している。
今日、こうして向かい合っているのも、弥生が匠と話しをしたいと呼び出したものの、匠に急用が出来たため、繋ぎとして晴夏が来ているに過ぎない。
晴夏が来る意味など無いのだが、匠に行くように頼まれ、特に用事もなかったので、晴夏は言われるがまま、ここに来ていた。
弥生は項垂れたままの晴夏に慌てて首を横に振った。
「違うの、ごめんなさい。心配してくれてありがとうって言いたかったのよ。今、ちょうどシッターを雇おうと思って探しているところだから心配しないで」
ゆっくりと顔を上げた晴夏に、弥生は優し気な顔を向ける。
しかし、晴夏はまだ伏し目がちに申し訳なさそうにしている。
「ごめんな、遅くなって。晴夏もありがとう」
そんな二人に向かって、颯爽と匠は現れた。
匠は、晴夏の隣にさっと座る。
「二人だけなんて気まずかったよな」
そう言って見つめて来る匠に、晴夏は首を横に振った。
「ううん。そんなことないよ。私、これから5限目があるから」
「そっか、じゃあな。金は払っとくから」
「うん。じゃあ、弥生さん、さよなら」
「晴夏ちゃんとお話し出来て嬉しかった。またね」
晴夏は、弥生に笑みを向け頭を下げると、外へと向かう。
ガラス張りのドアを開けると、まだ蒸し暑い夏の風が晴夏を包んだ。
晴夏は深く息を吸うと建物の隙間から見える真っ青な空を見上げた。
夏の空を見るたびに、晴夏は思う。
自分の名前の意味である、この澄んで晴れ渡った夏の空が、嫌いだと。