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禁断の塔(4/5)

 冗談じゃない。まったく冗談じゃない。

 翌日の朝、準備を整えた俺とカールは、森の中を急いでいた。後ろからは、案内役の村人数名が続いている。今回は、村長も同行していた。


 アリウスが行方不明になった原因は複雑だった。村人が食べていた「生き物」は、村人の姿を見ればわかるとおり、筋肉増強の効果がある。

 アリウスの貧相な身体を見た一人の村人が「あの人にも、健康でたくましい身体を手に入れて自信をつけて欲しい」と親切心を抱いた(迷惑にも)。

 それで、その村人は、俺とカールがいない隙をついてアリウスを訪問したという。「生き物」の料理を手にして、だ。

 気持ちの悪い料理を見せられたアリウスは、抵抗したという。


「当たり前だろうが。アリウスの奴は、ここを人食いの村なんじゃないかと疑ってたんだからな」

「それで、アリウスは食べずに逃げたんだべ?」

 俺とカールがそう言うと、件の村人は、こう答えた。

「いいえ。無理やりですが、アリウスさんの口に突っ込みました」

「無茶苦茶をするな!」

「話をややこしくしてたのはお前だったんか!」

「私たちと同じになれば、きっとわかっていただけると思ったんですよぉ」


 村人の顔は、表面上は申し訳なさそうにしていたが、どことなく自分のしたことを自慢しているような、自分の正しさを確信しているような雰囲気を醸していた。

 駄目だ。この村は狂っている。


「それで、アリウスは村を逃げ出し、それから復讐のために狩場に現れたのか?」

「どうするだよ? ここな村人に非があるっつうても、暴力はご法度だべ」

 カールが心配するのも当然だ。正当防衛以外の一般人への暴力行為は、固く禁止されている。アリウスは冒険者としての資格をはく奪されるかもしれない。


……え? 俺が床に剣を刺したのはいいのか、だって? 知るかよ。タダ飯食ってガタガタ言うな。


 で、俺は思ったね。

 これ以上ややこしくなる前に、アリウスを止めよう。

 ゴブリンだのなんだのは、その後で片づければいい。


 後ろから村長の声がした。

「そろそろですよ。みなさん」

 カールと俺は棍棒を手にした。普段は剣で戦っているが、剣ではアリウスを殺してしまう。俺たちは昨日の夜のうちに、手近な木材を削って棍棒をこしらえていた。アイツが抵抗したら、殴って制圧するつもりだった。

 木々の切れ目から、目的地の建物が見えてくる。木々と蔦の浸食を受けて、半ば崩壊した石造りの塔があった。

「あれが、禁断の塔です」


 村長が昨日簡単に説明してくれた。

 かつて、この村の近くに塔を建造して、研究に明け暮れていた魔法使いがいたらしい。その魔法使いは、生活に必要な食料を、ときどき村まで買い付けに来ていたという。

 彼がある日からぱったりと姿を見せなくなって、50年が過ぎた。塔の周辺は荒れ果て生活の痕跡がなくなっていたが、怪しい人影が目撃されたため、いつしか「禁断の塔」と呼ばれるようになったという。

 長年にわたり、村人は塔には近寄らないようにしていた。

 状況を変えたのが、今回のゴブリン騒ぎだった。

 食料確保の必要に駆られた村人は塔の周辺まで足をのばし、そして、そこにいた人型の「生き物」が、良い食料になることを知ったという。

 その結果が、あの異形の村というわけだ。


 俺たちは塔に近づいた。荒れ果てた道の真ん中に何かが積み上げられているのが見えた。

「おお、あれは盗まれた麦袋ではないですか!」村長が嬉しそうに笑った。村人たちが麦袋に駆けよろうとするのを、俺は両腕で止めた。周辺の木々に、何か奇妙な果実のようなものがぶら下がっていることに気が付いたからだ。


「なんだぁ、ありゃあ?」

 カールが怪訝な声を出す。その正体はすぐにわかった。

「ゴブリンどもだ。ゴブリンどもの死体が、木からぶら下げられている」

 誰がこんなことを、と言いかけたところに、その「誰か」が姿を見せた。

 塔の入り口から、背の高い男が腰をかがめて出てきたのだ。

 男は腰に手を当てて仁王立ちとなり、俺の顔を見るなりこう言った。

「サムソンさん。ゴブリンはボクが片づけておきましたよ」


「アリウス?」

「ありゃあ、アリウス? なんか背が伸びてねぇか?」

 そうだ、その通り。アリウスは、体格が八頭身となり、しかも筋肉大盛りになっていた。誰もその姿を見て魔法使いだとは思わないだろう。

 顔だけは眼鏡童顔のままなので、正直キツイが。


「あれがアリウスさん? すごい!」

「すごいですよ! ゴブリンも瞬殺だったんですね!」

「素敵です! 輝いていますよアリウスさん。見込んだ通りです!」

 村人どもがキャーキャーと俺たちの後ろで黄色い歓声を上げた。お前らはいいんだよ黙ってろ。モブのくせしやがって。


「アリウス。これはいったい、どういうことだ?」

「サムソンさん。ボクはこの身体を手に入れたあと、森に向かいました。本当に腕力が身についたかどうかを知りたかったんです」


 アリウスは右手を天に掲げ、そして、何かをつかみ取るように拳を握り締めた。おかしい、あいつは若いとはいえ「そういう年頃」はとっくに過ぎているはずなんだが。


「森の中で耳をすませばゴブリンたちが遠くで喋る声が聞こえました。すぐに巣の場所はわかりました。ボクは魔法ではなく、この肉体でゴブリンの集団に立ち向かい、制圧したのです! パンチも、キックも、投げ技も、ギルドにいた格闘家の動きを真似してみただけですが、すべて思いのままでした。ボクはもう貧弱なボウヤではないのです!」

 昨日、森で見かけたゴブリンの死骸は、アリウスが投げ飛ばしたのが落ちてきたわけか。

 そんなもん予想できるかよ。


「あー、それは、良かった。よくやったアリウス」できるだけ刺激しないように、俺はゆっくりと声を出す。「麦も確保したし、ゴブリンの死骸もある。これで依頼は達成だ。帰ろうぜ」

「嫌です!」

 きっぱりとアリウスは答えた。

「ボクはゴブリンを倒したあと、この塔に遺された、魔法使いの研究記録を調べました。かつてここには、無名の天才がいたのです。あの『生き物』は、彼の遺産でした。ボクはここで『生き物』の研究を引き継ぐつもりです。そのためには、これ以上残った『生き物』を食べられては困るのです! 昨日、村の皆さんを追い払ったのは、これが理由です!」


 アリウスが村人をボコったのは、復讐じゃなくて「生き物」の保護のためだったか。

 納得したようなしないような。


「サムソンさんも、カールさんも、村長さんも、もう帰って下さい! そして、当分ここに近づかないで下さい。麦は戻ったのだから、これで暮らしていけるでしょう?」


 うわあ……面倒くさい。


「アリウス……おめえ、とうとうイカれただか?」

 カールが口をあんぐりと開けてそう言うと、アリウスは目をキラキラさせながら、こう応じた。

「違います! ボクは目覚めたのです! 『生き物』の栽培技術を完成させて、この世界にいるすべての貧弱な同類に、素晴らしい肉体を与えるのがボクの使命だったのです!」


 いい加減にしてくれ。

 問題の「生き物」を食べると、肉体が筋肉質になって八等身になって、ついでに、使命とやらに目覚めるのか。アリウスに無理やり「生き物」を食わせた村人と同じような奴になってしまったのか。


「何一つ、ボクは間違っていません! サムソンさん、カールさん、お世話になりました。冒険者ギルドには、依頼成功と報告して大丈夫でしょう。お手数ですが、ボクの除名手続きをお願いします。ボクはギルドにお金も借りてないから、受理されるはずです、それから――」


 アリウスがここまで話したところで、すぐ近くで何かの足音が聞こえた。

 なんだ。不吉な予感がする。

 恐ろしい力を持つ敵が、近くにいる。

 まだアリウスは高説をぶっているが、アイツの背後で、塔の影から、人型の何かがヌッと姿を見せた。


 人型。

 確かに人型に見える。腕もあれば足もある。胴体もあり、直立している。首があるべき場所には首はなく、代わりに緑色の葉っぱのようなものが生えている。そして何より恐ろしいのは、胴体に付いた虚ろな両目と、口らしき穴だ。身長は2メートルくらいか。

 あれは一体、なんだ――?


「アリウスさーん! 後ろ! 後ろ!」

 村長が叫ぶ。

 アリウスは振り返り、その人型を見るや、ファイティングポーズを取る。

「あれが見えますね? サムソンさん、カールさん。あれが、村人たちが食料にしていた『生き物』ですよ」

 俺は、浮かび上がる既視感を口に出した。

「おい、アリウスよ。あれは、ものすごくデカいし、動いてるけど、ひょっとして……」

「多分、サムソンさんの推測通りですよ。あれは、移動できるマンドラゴラです。品種改良した魔法使いは『マッチョマンドラゴラ』と命名していました」


 マッチョ……マンドラゴラ?

 あんなのを食べようと思ったのか、村人どもは。


「そんな馬鹿な」

「アイツには知能があり、自分を食べようとしている敵が理解できます。塔の魔法使いは、自衛できるマンドラゴラを作ろうとしました。栽培中のマンドラゴラが森の動物に食べられてしまうケースが相次いだからです。しかし、品種改良が上手くいきすぎた結果、魔法使いは自分が育てたマンドラゴラに殺されてしまったようなのです」

「そんなの、絶滅させた方が良くないか?」

「とんでもない! 薬効を考えれば、危険性を考えても十分価値があります! それに腕と足をへし折ってしまえば、制圧できるはずです!」


 アリウスはジャンプすると、マンドラゴラにキックを放った。雷光のような鋭い蹴りだ。しかし、マンドラゴラは機敏にそれを避け、空中のアリウスに裏拳を決めた。アリウスは身体をくの字に折り曲げて弾かれたが、木に叩きつけられる直前に態勢を立て直し、着地する。

 アリウスはつかみかかり、マンドラゴラもつかみ返し、両者、がっぷりと四つに組んだ――


「駄目だ。悪夢だ。悪い冗談だ。オラ、もう帰りたいだ」

 カールが泣きそうな声を出す。俺も同感だった。こんなの、ギルドにどうやって報告すればいいんだ?


 アリウスとマンドラゴラは互いの体重をかけて、相手のひざを崩そうとした。力ではかなわないのか、アリウスの身体が沈んでいく。

 だが、アリウスはスライディングをするように滑り込み、足を払い、マンドラゴラを巻き込んで地面に引き倒す。そして素早くマンドラゴラの右腕をロックし、背後を取り、絞り上げる。このまま腕を折るつもりか。


「いけません! アリウスさん! 近すぎます! アレが来ますよ!」

 村長が叫ぶ。

 アレって何だ。またまた遠回しな言い方しやがって。

 何かに気が付いたらしいアリウスは、腕を外し、マンドラゴラから遠ざかろうとする。


 だが、遅かった。


 間接を極められたマンドラゴラは、恐ろしい悲鳴を上げたのだ。至近距離にいたアリウスは一たまりもなかった。奴は倒れ、ブルっと身体を震わせたあと吐血し、動かなくなった。


 植物であるマンドラゴラは、地面から引き抜かれたときに恐ろしい「絶叫」を上げる。この「絶叫」は耳が聞こえる動物に対しては致命的な効果があり、良くて気絶、悪ければ死ぬことさえある。有効射程はごく短く、離れていた俺たちには、ただちょっと不快なだけで済んでいた。

 このマッチョマンドラゴラは、自分の意思で「絶叫」をコントロールできるわけか。


「簡単には倒せないってか? いくぞ、カール!」

「おう!」

 俺たちは武器を構えた。マンドラゴラはこっちに向かってくる。

 だが、こんな怪物をどうやったら倒せるのだ?


「サムソンさん、カールさん!」

 村長が後ろから声を出した。

「私たちもお手伝いします。奴が絶叫しそうになったら、合図をしてください! 私たちは、あの絶叫を封じる方法を知っています!」


 そうだ。村人たちは、マンドラゴラを倒して食べていた。なら、対処法があるはずだ。

 村人の一人がロープを手にして、マンドラゴラの背後に回る。村長を始めとする他の村人は、俺たちの後ろから「わー!」とか「おー!」とか大声を出している。マンドラゴラの注意を引くつもりなのだろう。


 マンドラゴラは目前まで来ると、右のストレート、左のフック、そして前蹴りを放つ。俺とカールはそれを回避し、あるいは武器で受けた。だが恐ろしく速く、重い攻撃だった。カールは蹴りを盾で受け止めたものの、態勢を崩されそうになっている。


「あっれぇ、強いぞ、こいつ」

 カールが毒づいた。村長が後ろで励ますように声をかける。

「大丈夫です。まともに戦ったらかなり強いですが、倒し方を我々は編み出しました。任せておいてください。そら!」


 村長の合図で、マンドラゴラの後ろに回っていた村人がロープを投げ、頭の葉っぱの部分に引っかける。そしてロープの反対側を、木に巻き付けた。

 なおもマンドラゴラは前進して次の攻撃を放とうとしたが、ロープに引っ張られて前に出られない。身体のバランスを崩して、転倒しそうだ。

 今がチャンスだ。


 カールが一気に間合いを詰めて、マンドラゴラの右ひざを棍棒で打つ。俺も左ひざを殴りつけた。かなり頑丈だが、重たい身体を支えるには細すぎる足だ。何度も殴るうちに、ヒビが入り、折れ曲がっていく。

 そのとき、マンドラゴラの口からヒューという空気を引き裂くような音がした。ヤバイ、これは「絶叫」が来るぞ。


「村長!」

 俺は振り向き、村長に「対処法」を求める。村長はうなずき、村人たちに何かをうながした。

「みなさん、準備良いですね? せーの!」


 ギョウェエエエエエエヱヱヱヱ!!


 なんだと思うだろうが、形容し難い声だった。そう、まるで人が拷問の末に殺されたような、悲壮感と苦痛を感じさせる恐ろしい響き――。


 その声は、村人たちの口から発されていた!

 いや、お前らが叫ぶんかい!


 同じタイミングでマンドラゴラも絶叫していたようだが、村人の絶叫で打ち消されていた。なんと、こんな対処法があったとは、知らなきゃ良かったなぁ。


 必殺の絶叫が空振りに終わったマンドラゴラは、間もなく両足を折られて制圧された。村人からロープを借りて、口も塞いでおいた。これでもう叫ぶこともできないだろう。

 やれやれだ。


 俺たちの、マッチョの村の冒険は、こうして片付いたのだった。




これで終わりじゃないですよ!

あと一話だけ付き合ってね!

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