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「生き物」(2/5)

 翌日。俺たちは陰気に朝食を済ませた。聞いた話では、ここは飢饉のはずだったから、自分たちが食べる分の食糧は各自の荷物として持ち込んでたんだ。

 みんな寝不足で機嫌も悪かった。あの恐ろしい悲鳴を聞いたあとじゃあ、それも無理はない。


 気は進まなかったが、村長との約束もある。俺とカールは村の広場に向かった。アリウスも連れて行きたかったんだが、怖がって、外へ出たがらなかった。あいつには留守番させるしかなかったよ。


 村の広場にいく道すがら、村人たちの一団にすれ違った。彼らが手にしているのはシャベル、鎌などの農具に加えて、太いロープもあった。ロープには、何かの生物の体液と思われる黒いシミが浮かんでいた。

 何に使うのだろう? 何か不吉な予感がした。

 広場の目立つ場所で、村長が待っていた。


「こっちです。よろしくお願いします」

 村長は相変わらずの礼儀正しさだ。軽く会釈すると、彼は俺たちについてくるように言った。行先は村長の家らしき、一回り大きな民家だ。

 その入口の脇には、見覚えのある物体が積み上げられていた。


 昨日俺たちがもってきた麦袋だ。

 すべて、開けた形跡がない。麦は一粒たりとも食べられていない。

 俺とカールは顔を見合わせた。やはり、ここは飢饉ではないのだ。依頼主が嘘をついて俺たちを呼んだということなのか。


「ささ、こちらです。村の主な者が集まっております」

 入口を抜けて案内されたのは、広めの部屋だった。恐らくは村の行事や会議に使われる場所なのだろう。そこに、年配の者を中心に、数名の男たちが待ち構えていた。粗末な椅子が置かれていて、テーブルはない。円座を組んで話し合うのがここの会議のやり方のようだ。


 村の男たちが、歓迎の言葉を口にする。だが、俺はそれに応じず、代わりに尋ねた。

「最初に確認しておきたいが、麦の袋が手つかずなのは何故だ?」

 男たちは口を閉じ、きょとんとする。

 一方で、村長はすぐにそれらしい回答をした。

「麦の配布ですが、これも今から話し合うことにします。私の一存で配っても、不公平になるのではないかと思いましたので、急がなかったのです」

「ということは、食料に余裕があるのか? ここは飢饉だと聞いたが、それにしては村人の顔色が良すぎはしないか? ギルドが食糧援助を決めたのは、そうしないと餓死者がでるかもしれないと懸念していたからだ。依頼内容に嘘があったのか?」

「嘘ではありません。依頼をした時と、今とで、状況が変わってしまったのです」

「何があったんだ?」


 村人の一人が前に進み出た。

「村長さま。ゴブリンが襲ってきてから、今までに起きたことを、順にお話ししましょうや。冒険者さまが疑問に思われるのも無理はない」

 この提案に、他の村人たちも賛同した。その声に圧されたのだろうか。村長は、俺たちを含む全員に座るように命じて、ゆっくりと事件の顛末を話し始めた。


 そもそもの事件が起きたのは1か月ほど前だ。

 村では麦の収穫が行われ、麦袋が作られた。村はこの半分を領主に年貢として納め、残りを市場で売って現金に変える。こうしてこの村は生計を立てている。

 ところが、麦袋を運搬するために荷車に乗せたところに、図ったかのようにゴブリンどもが襲って来た。不意を突かれた村人は逃げまどい、その隙に、ゴブリンたちは荷車ごと麦を持ち去ってしまった。

 ここまではギルドへの報告通りだ。

 危機に陥った村は、ただちにギルドへ救援依頼を出し、一方で、近隣の森へと食料の調達をする人員を派遣した。

 だが、普段は畑を耕している人間が、慣れない手つきで狩りをしても、山菜を探しても、一向に食料は集まらなかった。ゴブリンがいつ再び襲ってくるか分からない状態で、神経をすり減らす日々が続いた。

 追い詰められた村人たちは、ある解決方法にたどり着いたという。


「解決方法? なんだそれは?」

「はい。良い食料があったのです。お陰で、我々はこんなにも健康です」

 村長は笑顔で両腕の力こぶを見せつけた。他の村人たちも、微笑みながら、さりげなく自分の筋肉を誇るようなポーズを取っている。

「その……食料っちゅうのは、なんなんだぁ?」

 カールが気味悪そうに尋ねる。

「村の者たちが、ずっと食べることを拒否してきたある生き物がいるのです。我々はそれを捕え、思い切って食べてみました。最初は一人。次に二人、その次には十人、二十人。今は村人の全員が、その食べ物の魅力に取りつかれているのです」


 村長の言葉を聞いて、村人たちが次々に立ち上がって、その「食べ物」の話をする。

「味も滋養も素晴らしいのです」

「なぜもっと早く食べておかなかったのかと、後悔しているほどでして」

 何がおかしいのか、村人たちは朗らかに笑った。だが、あまりにも明るすぎる。何か、ヤバイ薬でもやってるみたいだ。

 こんな話に付き合ってはいられない。俺の口調も、自然と投げやりになる。


「ギルドにはあんたたちが代わりの食料を見つけたと報告しておくよ。だけど、その生き物ってのは、なんなんだ? 今日、ここに来る途中ですれ違った一団がいたけど、アイツらは、その生き物を狩りにいったのか?」

「狩り? そうですね、そのようなものです。美味しいからといって食べつくしてしまっては困るので、一日に食べる分は決めています。彼らは夕刻には戻ってくるでしょう。ただその生き物はとてもグロテスクなので、お見せするのは、ご容赦していただきたい。いずれ、その生き物の一部を使った料理をご馳走しますので、このときにでも説明を……」

 村長は笑顔でそう言うが、俺はもう限界だった。


「もったい付けするな! 今はまだ駄目とか、いずれまたとか、そういうこと言い出す奴は、たいていいつまでたっても意味深な言い方で引き延ばすんだ」

 そうだ。冒険者という奴は、どういうわけか、こういう遠回しでもったいを付けた話をする奴に縁がある。

 さっさと単刀直入に要件を言えと言うんだ。


「ああ、申し訳ないです。謎めいた言い方をするのが趣味でして」

 村長はそう言って頭を掻いた。嫌な趣味だな。他の村人がこう言ってフォローした。

「その楽しさ、わかります。他人の知らないことを知ってると、優越感があるんですよね」

「そうそう。相手が理解しそうで理解できないギリギリの情報を与えて、右往左往する様子を眺めていると、えも言われぬ快感が……」


 ザクッ

 俺は村人どものすぐ目の前の床に剣を突き刺した。

「簡潔にたのむわ」


 このあとは、すみやかに話が進んだ。やはり暴力は良い。

 村人たちは謎を引っ張ることができないことが不満らしく、大胸筋をぴくぴく痙攣させて不服申し立てをしていたが、かまやしない。あの思わせぶりな台詞をこれ以上聞かずに済む。


 今日の狩りに行った連中が戻り次第、問題の生き物を見せてもらえることになった。

 で、それまで俺たちはゴブリン退治に向かう。その成果が上がっても上がらなくても、俺たちは夕飯時には戻ってきて、謎の生物の正体を確かめる。


 ゴブリンどもの居場所についても怪しい場所をいくつかピックアップしてもらった。森の奥にある、今は使われていない猟師の小屋とか、熊がいた洞窟とかだ。

 それで、いったん家に戻って準備をすることにした。もちろんアリウスも拾っていくつもりだった。


 家の入り口は開けっ放しになっていた。不用心だな。外に出るのを怖がってたくせに、アリウスの奴め。

 だが、入り口から奥を覗いたところで、異常に気が付いた。

 アリウスがいなかった。






誤字報告ありがとうございます。

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