旅立ちの会
とうとう明日は朝から領地に向かう。
準備も終えて、今日は、旅立ちの会。
みんなの前でピアノを弾くので、ドレスを着る。そして髪型を高い位置に結ってもらう。あの捩れ波動が気になるので全て後ろに結ってもらえば気にならない。
「うん、スッキリする」
「お嬢様、怪我される前は、あんなに捩れの位置を気にしていたのに、今じゃ見るのも嫌なんですね。思い出してしまいますよね。お辛いでしょう」
とリリアンは言うが、はて?
「リリアンどうしたの?辛くないわ、私は、大丈夫よ」
「いえ、令嬢達から階段から突き落とされるなんて、そして王子様はご存知でそれを楽しんでいたなんて、お好きな方がそんな最低な方だと知ったら、ご自慢の髪型も出来なくなって当然ですよ」
とリリアンは、鼻息荒く捲し立てる。
「リリアン落ち着いて。私覚えてないのよ。好きだったかどうかさえ」
『いや会った時の印象も好きになるとは到底思えない冷たいクズ王子という印象は変わらない』
令嬢達の殴り合いも覚えてない。そこは、覚えておきたかった。凄くパンクな音を出していたのではないか?
みんな悪役令嬢で音を叩き出してれば、パンクでロックな現場だったかもしれない。
最近ピアノに触れ、音楽に触れ、音を感じるようになって、少しだけ前の記憶を思い出す。音楽の事だけだったし、音は忘れてしまったけど。あの光景を、夢中で頭を振って音楽と一緒になっていた。何故か胸が熱くなる。
だから今日の演奏は、感謝を込めて、みんなに届くよう私は、演奏する。楽しく、いえ、みんなに楽しんでもらえるように。
気合を入れる。今日のドレスは、濃紺に首元に同系色のレースをあしらって、スカートは、クリスタルストーンが散りばめられている。イメージは、夜空に煌めく星。最初に教えてもらった曲を最後に弾く予定だ。
まだ片方だけ踏み台棒のお世話になっているが、始めに比べると随分回復した。ピアノの部屋、サロンの前に到着し、深呼吸をする。人前での演奏に心臓も早い音を刻む。
ふぅ〜
「では、お嬢様、扉を開けます」
と言ったのはルイだった。後ろにリリアン。みんなしっかりついてきてくれている。
「ありがとう」
一人じゃない。私は、微笑む。
踏み台棒を使ってピアノの前に行き、挨拶をした。
「今日は、皆さんに教えてもらった曲を感謝を込めて演奏します。歌いたくなったら歌って下さい。自由に音楽を共に楽しみましょう」
と伝えた。
ダニエル父の近くに知らない軍服姿の方がいたような気がしたが、気にせず、椅子に座った。始まる楽しい音楽の時間に武者震いが来たが構わず、第一音を叩き、料理人から教わった酒場歌から軽快に始まった。
男の人達から教わった曲は、どれも楽しく、アップテンポで私もノリノリだ。左手で生活音を現したり、みんなあの音だと言ったり歌ってくれる。みんなで楽しめるこの感覚はなんだったのだろう。とても大事な思い出で大切な時間だった。こんな時間が続くと信じていた、はしゃいで笑って踊って歌う、同じだ。私がイリーサになる前もこんな時間を体験していた。
あ〜どんな場所でどんな時でも同じなのね
人が音楽を楽しむのは。
私が音楽が大好きなのも、変わらない。
どこで何に生まれ変わっても、私は、音楽が大好き。
みんなが楽しく過ごしているのを見てダニエル父は、
「このままここで壮行会にしよう。料理長ここで食事、飲み物を頼めるかい。今日は、みんなで食べてみんなで飲もう」
と宣言した。
そんな理由で演奏会は中断、今のは第一部かしら、そして夜の第二部ね。と一人納得して頷いていると、ダニエル父と軍服のダンディな男性が
「イリーサ、素晴らしかったよ。かつての国防行軍の時代を思い出し懐かしかったな。なぁ、ジェフ?」
「まだ挨拶もしていなく失礼した。私は、ジェフリー・アンダーソンと申します。先程の演奏、本当に楽しかったよ」
「丁寧にありがとうございます。私は、イリーサ・ダルリルと申します。感想を頂けて嬉しいです」
「今日は、賑やかな夜になるな。楽しい門出だね、イリーサ」
「はい、お父様。みんなで楽しむって勢いと熱量と思いが溢れて部屋全体が振動した感じになりました。楽しかったです」
「次は何を弾いてくれるんだい?」
「それは…秘密です」
夕食は、立食形式になり、飲めや歌えやの無礼講が始まる。それに合わせて曲も選曲し、料理人も庭師もメイドも空いたスペースで踊り、サロンなので庭に続く窓や扉を開け、解放されていく。
そして夜は更け最後の曲。
「星の歌」
宴の終わりを告げる、ふさわしい曲になった。最後みんなが立ち上がり拍手をくれる。労いの言葉をくれる。楽しかったって気持ちを私にくれた。こんな幸せを味わえて本当に、良かった。




