冒険者ギルドのお役所仕事 〜夢見草〜
家紋 武範様主催『夢幻企画』投稿作品です。
『冒険者ギルドのお役所仕事 〜幻の薬草の種〜』と同一シリーズとなりますが、オムニバスなので、ここから読んでも、前作から読んでも大丈夫です。
今回もテーマの『夢』はアイテムの名前だけ! どうか気楽にお楽しみください。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「何故受理しない? 書類上は何の問題もないはずだが?」
「いや、しかし、その……」
受付でギルド職員コリグは書類に再び目を通す。やはり不備はない。しかし受理する事も出来ない。
(夢見草の専売契約なんて考えてもやるか普通!?)
夢見草。
高山に自生する植物で、その根から精製される薬には催眠・鎮痛効果がある。
手術や鎮痛に不可欠な物だが、怪物と鉢合わせする危険がある為、採取はギルドで一括して請け負っている。
それをギルドから全て買い上げる契約を結ぶという事は、医療関係に対して大きな影響力を保持する事になる。
「どうした? 専売契約など珍しくもあるまい? それにギルドにとっても悪い話ではないだろう。どれだけ冒険者が集めて来ようとも、私の商会で全て買い上げるのだから、損はあるまい」
「えぇ、まぁ……」
それもまた事実だ。だからこそ断れない。
実際、他の採取物で専売契約を結んでいる物も少なくない。
美味だが調理が難しい爆裂果や、極一部の高級料理屋でしか扱わない絹魚などは、手に入ったら必ず買う、という契約がないと、冒険者も及び腰になるからだ。
「早く受理したまえ。それとも申請を却下する理由でもあるのかな?」
(この野郎……!)
勝ち誇り、見下した顔。その顔が病気に喘ぐ人や、治そうと必死になっている人に向けられるのかと思うと、コリグの中から怒りが込み上げてくる。
「何か問題がありましたか」
「プリム、先輩……!」
肩に置かれた手と冷静な声に、コリグの頭に昇った血が下がる。
「何だ上司か? 誰でもいい。早々に受理して貰いたいね」
「拝見いたします」
プリムは眼鏡を押し上げ、書類に目を通す。コリグは気が気でない。
(いくら先輩でも、これは受理するしかないんじゃないか? そうなったら……)
「ヤーゴ・チーエ様。恐れ入りますが一点追加して頂きたい書類がございます」
「何? 何が不足だと言うのか」
「御商会のここ五年の収支報告書の写しをご提出頂きたいのです」
五年分の収支報告と聞いて、ヤーゴの顔に面倒そうな色がありありと浮かぶ。
「何故だ。他の専売契約を持つ店や商会では、そんな話聞いていないぞ」
「量の違いでございます」
プリムは落ち着いた姿勢を崩さない。
「ギルドで専売契約を結んでいる物、例えば爆裂果。こちらは熟す期間が短く、採取できる数がさほど多くありません。また絹魚。こちらは釣り上げるのに腕が必要で、大量に納品される事はまずありません。しかし」
ヤーゴに反論の隙を与えない、切れ目のない説明が続く。
「夢見草は年中採集が可能で、かつ高山なら大抵の山に自生しております。御商会が専売契約を締結したと聞けば、冒険者が殺到する事も考えられます。その際に」
「分かった分かった! 安定して買い取れるかの確認がしたいと言う事なのだろう!?」
「ご理解頂き恐縮です」
プリムが頭を下げ、書類を返却する。ヤーゴは不満そうに受け取りながら、しかし下卑た笑みを浮かべた。
「それさえあれば受理されるのだな?」
「はい。それ以外に必要な書類はございません」
「ならば良い! 十日ほどでまた来るぞ!」
ヤーゴの背が見えなくなったのを確認して、コリグが溜息をついた。
「助かりましたよ先輩〜。でもどうしましょう。次来られたら夢見草の専売契約結ばされちゃいますよ?」
「当然です。書類上問題が無ければ、我々に断る権利はありませんから」
「でも夢見草は」
「コリグ」
プリムは静かにコリグを制する。
「私は少し書類仕事がありますので、窓口お願いしますよ」
「わ、分かりました……」
コリグは不満と不安を胸に抱えたまま、窓口業務へと戻った。
十日後。
「ふはは! どうだ! 持ってきたぞ五年分の収支報告だ!」
「お預かりいたします」
勝利を確信しているヤーゴと、いつもの通りのプリム。
「確認いたしました。それでは申請を受理いたします」
「では専売契約書を発行しろ!」
「承りました」
プリムは淀みなく書類と筆記具を手渡す。
「こちらと控えとにお名前を」
「よしよし……。な、何!?」
ヤーゴの目が見開かれる。
「な、何だこの『適正販売価格』と言うのは!』
「そのままの意味でございます。その価格以外での販売は原則出来ないと言う内容でございます」
ヤーゴは慌てた。この値段では利益はわずかしか出ない。目論見と違う。
「こ、こんなもの、今まで無かっただろう! 一体いつ出来た!?」
「五日前でございます」
狙い澄ました様な日取りに、ヤーゴは悪意を疑う。
「貴様が何かしたのだな!」
「はい。夢見草の専売契約については前例が無かったので、国の大臣様方にお伺いを立てた所、『医療関係への影響を鑑みて適正な価格を定めるべき』という令達が出ました」
「うぐぐ……」
悪びれる様子もなく答えるプリムに、ヤーゴは歯噛みするしかない。
「ヤーゴ・チーエ様。専売契約は御不要でございますか?」
「〜〜っ!」
ここまで情報を集めて、部下と共に準備を重ねてきた。利益が出ない訳でもない。ここで手続きを断念するのは、商会の長として受け入れられない選択だ。
「これで良いか!」
二枚の書類に殴りつけるように名前を書いて、ヤーゴは控えをプリムに押し返す。
「承りました」
控えを受け取り、頭を下げる。ヤーゴは苛立ちを隠そうともせず、ギルドを後にした。
「先輩! 本当にありがとうございました!」
「私は自分の仕事をしたまでです」
「いや、あれは仕事の範疇を超えていますよ……」
「大臣様方に現場の状況を知って頂く為に、資料を用意したまでです」
コリグとプリムの視線の先には、医務、農林、財務、そしてギルドを統括する特務と四人の大臣の承認印が押された書類。
その下に重ねられた辞書のような厚みの資料。
「書類は一枚、資料は膨大。しかも複数の確認となれば、大臣様方は他の方が見るだろう、と細かく確認せずに承認しますもんね!」
「承認印があれば、それは確認されたという事です。あまり失礼な事を言わないように」
「すみません」
プリムの嗜めにも、コリグの笑顔は崩れない。
「これでギルドは安定した夢見草の売却先が決まり、医療関係の方々も今までと変わらない価格で夢見草を仕入れられます。ヤーゴ商会にも少ないながら永続的に利益が出ますし、全面丸く収まりましたね!」
「最大多数の最大幸福は、我々冒険者ギルド職員の目指すべき到達点の一つですから。……と」
興奮するコリグを他所に、プリムは淡々と受付に立つ。
「お待たせしました。ご用件を承ります」
読了ありがとうございました。
トリプルチェック以上にチェックする態勢を増やすと、「他の人が見るから」と緊張感が減り、ヒューマンエラーを誘発しやすくなるという統計結果があるので、要注意です。
あと膨大な資料で相手を煙に巻く手は、凄く嫌な顔をされますので、多用しない方が良いと思います。
このシリーズでもう一本書けそうですので、書き上がりましたら是非よろしくお願いいたします。