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彼女は高速帰宅部生

『アラフィフおっさんと異世界少女』のおまけ的なお話で、本編から数年後のお話になります。シェラ達が高校1年生の6月の話で、ヒロインはマリエラさんです。

 なお設定を知って読むのと知らずに読むのとでは、§3のお話の内容が少し変わります。

 ラブコメでも現代ドラマでもなく現代ファンタジーのジャンルにしてあるのはその辺の理由からです。

 秋本君から見た台詞の考察と、マリエラさんから見た台詞の意味の両方を感じていただければ幸いです。


 7月初めの午後の蒸し暑い教室。

 この学校は気温が28度を超えないと冷房が入らない。

 不快指数が90を超えていようと、気温が27度だと冷房は入らない。

 校舎は立派なのにケチな事だ。

 僕は本日何度目かのため息をつく。


 今は古文の授業中。

 昼休み後の5時間目という事もあって色々調子は最悪。

 ぐっすり寝るのが気分的体調的には一番正しい。

 でも生憎古文担当の河内先生は居眠りを許すほど余裕のある性格をしていない。

 寝ているのがバレたら間違いなく質問され、答えられなかったら嫌みを3つくらいたたき込まれるのが相場だ。

 だから仕方なく授業に合わせて教科書や副読本を開いておく。


 授業がどこを進んでいるかを確認しつつ僕は左側に視線をやる。

 左斜め前の席に無表情で副読本を読む少女がいた。

 濃茶色の髪と白い肌は日本人離れしているが今の問題はそこではない。

 副読本は授業と明らかに違うページ。

 つまり授業とは関係なく読みたいところを読んでいる訳だ。

 確かにつまらない授業を少しでも有意義に過ごすには有効な方法だ。

 ただその行動にはリスクはつきまとう。

 少なくとも僕には真似出来ない。


「はいそれではシェラさん。今の一文を訳して下さい」

 ほら来た。河内先生は授業はだるいのに目聡いのだ。

 彼女は無表情のまま立って教科書を見ずに答える。

「はい。昔、左大臣がいらっしゃった。です」

「この『いまそがり』はどういう意味ですか」

「このばあいは『居る』の尊敬語で、いらっしゃる、という意味です」

「その活用は」

「ラ行変格活用で、らりりるれれ」

「他にラ行変格活用の動詞は?」

「あり、おり、はべり」

「よろしい」

 彼女は席に座る。

 そして平然と副読本の全く関係ない部分を再び読み始める。


 実はこのやりとり、古文の時間には必ず1回はあるお約束だ。

 全く関係ない処を見ている彼女を河内先生が見とがめて質問する。

 彼女は平然とほぼ完璧に答える。

 河内先生もそれを確認するとそれ以上何も言わない。

 うちの学校はリベラルアーツとか気取っているので、そこまで出来るなら後は各自の自由だと先生も文句を言わないのだ。

 でも彼女は何故毎回ああ完璧に答えられるのだろう。

 完璧な予習をしているのか実は授業にきっちり気を配っているのか。

 その答えは彼女自身しか知らない。


 彼女は鈴木シェラさん。

 ここ美野原中等学校の4年、高校なら1学年に4月から転入してきた。

 途中転入は極めて珍しいのだけれど、僕らの学年には3人いる。

 シェラさん含めて3人とも知り合いらしい。

 

 さて、僕は再び意識を教科書へと戻す。

 僕には彼女のような力は無いのでせいぜい授業を聞いておこう。

 残念ながら僕には彼女ほど完璧に答えられる実力は無いからな。


 ◇◇◇


 6時間目が終わると放課後だ。

 鐘が鳴り礼をした後、左斜め前を見る。

 既にシェラさんは教科書等が入った鞄を持って立ち上がっていた。

 回りの女子と二言三言話しつつ既に帰り始めている。

 彼女は常に帰るのが早い。

 いつもあっという間に消える。


 今日も会話は出来なかったなと思いつつ、僕も鞄に教科書等をまとめる。

 まあ別に話す内容も無いのだけれどさ。

 そんな事を思いつつ立ち上がって教室を出る。

 渡り廊下を通って専科教室棟の1階、視聴覚室へ。

 ここは僕が所属している文芸部の拠点。

 活動内容は微妙だけれど名称はあくまで文芸部だ。

 どう微妙なのかはまあそのうち。


 中にはまだ誰もいなかった。

 僕はいつも使っているパソコンを起動し、オンラインストレージから書きかけの小説を呼び出す。

 なかなか話が進まないんだけれど今日はきりのいいところまで書けるかな。

 そう思いつつエディタの画面をにらんだところで。


「どーも。お疲れ」

 マリエラさんがやってきた。

 

 彼女はシェラさんと同じ転入生で隣のクラス。

 シェラさんとも知り合いで出身も同じ東欧の方だと聞いた。

 でも一緒にいるのは見た事が無い。

「今日もシェラ、もう帰った?」

「ええ、いつも通りです」


「そっか」

 彼女はため息をひとつつく。

「少しは皆と遊ぶなりすればいいんだけれどね」

「何か用事があるんですか」

「あるというかないというか」

 マリエラさんはそう言って苦笑いする。

「最愛の彼氏の所に早く帰りたいから、って言ったら信じる?」

 えっ、どういう事だ。


 最愛の彼氏がいる、というのはまあ仮定としてありとしよう。

 でも会いたいから帰るというと……

「途中で逢い引きでもしているんですか?」

「逢い引きとは古い言葉を使うね、秋本は」

 彼女は液タブをセットしながらそんな事を言う。

 マリエラさんの日本語はずっと海外にいたとは思えないほど流暢だ。


「残念ながら逢い引きとか待ち合わせとかじゃないよ。まっすぐ家に帰っているんだな、間違いなく」

 家に帰る、最愛の彼氏、となると。

「義理のお兄さんか何かがいるんですか」

「いい線行っているね秋本。でもちょっと違うかな」

 彼女のパソコンでクリッ●スタジオが起動した。

「さて、おしゃべりはここまで。続きは宿題ということで。作業開始だよ」

 彼女はラフスケッチが描かれたノートを広げ、漫画描きを始める。


 これがいつもの文芸部の風景。

 実質上僕とマリエラさんの2人だけの部だ。

 幽霊部員は十数人いるのだけれど。

 そして文章を書くのは僕だけで、マリエラさんは漫画専門。


 何故マリエラさんが漫研でなく文芸部で漫画を描いているかというと、

『漫研の作品を見たけれど、内輪受けばかりで話として面白いのが無くてね。ストーリー製作系の研究会では秋本の書いたのが一番よかったかな』

という理由だそうだ。

 僕の話を気に入ってくれたというので邪険には出来ない。

 それに文芸部員で活動しているのは今では僕1人だし。

 そんなこんなで彼女はここに居着いて、今は文芸部員だが漫画を描いている。

 ちなみに今描いている漫画は以前僕が書いた小説が原作だ。


 しかし義理のお兄さんとちょっと違うという事は相手は誰なんだろう。

 義理の弟じゃひねりが無いよな。

 義理の姉とか義理の妹とか百合の世界なんてのはどうだ。

 確かにシェラさんは百合も似合いそうではあるけれどさ、多分違うだろうな。

 さて、シェラさんの事を考えるのはここまでにして僕も自分の作業を始めよう。

 そう思ってもマリエラさんの言った事が頭に残って、なかなか画面上の物語は進まない……

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