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ドクトルさんの最強白魔法  作者: 秋山 楓
ドクトルさんの日常集

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34/42

ドクトルさんのダイエット

『ドクトルさんの決意』よりも、だいぶ後の話。

 その日、ドクトルは経験したことのない幸福感に満たされていた。


「ん~! ケントさんの作ったプリン、すごく美味しいです!」


 ほっぺたが落ちるという比喩が現実にならないように、ドクトルは手で頬を押さえながらプリンを堪能する。さらには今口へ運んだばかりなのに、持っているスプーンの上にはすでに次の一口が待機していた。


「どうも……」


 向かい合って同じくプリンを食べている健人は、照れ臭くなりながらも冷静を装って受け答えた。


 ドクトルが街で治療するようになってから、金銭的にだいぶ余裕ができた。なので健人は甘い物好きなドクトルが喜んでくれるかと思って、実験的にプリンを作ってみたのである。


 結果は大好評のようなので、ホッと一安心だった。


「それにしても、まさかケントさんがプリンを作れるとは思いませんでした」

「ま、ジャムと同じで作るだけなら簡単だからね」


 健人も中学の家庭科で作ったのを覚えていただけだ。店で出そうと思わなければ、手順も材料もそんなに難しいものではない。


 一口一口幸せを噛みしめるようにしてプリンを運んでいくドクトル。もちろん作った本人としては、美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。作って良かったとも思うし、また作りたいとも思う。


 しかし健人としては、どうしても引っ掛かりを覚えてしまい、ドクトルほどの笑顔を浮かべることができないでいた。


「なあ、ドクトルさん」

「はい?」

「あ~ん」


 健人は自分の器から掬ったプリンをドクトルの前へと差し出した。

 一瞬だけきょとんとしたドクトルだったが、すぐに健人の意図に気づき大きく口を開ける。


「あ~ん。……んん! ケントさんの方のプリンも美味しいです!」

「……そりゃ同じ物だからね」


 まさかノッてくれるとは思わず、赤面した健人は顔を背けた。

 い、今の笑顔は最高に可愛かった……。

 ……じゃなくて。


 言おうかどうか迷っていたが、今ので疑惑は確信に変わったため、覚悟を決めた健人は重い口を開いた。


「ドクトルさんさぁ……」

「はい、何でしょう?」

「最近……太った?」


 ピシッ! と、空気が割れる音が聞こえたような気がした。


 そして幸せの絶頂だったドクトルの顔が徐々に沈んでいく。最終的には、スプーンに載っていた次の一口を名残惜しそうに器の上へと戻してしまった。


「そんなに……贅沢をしているつもりはないのですが……」


 なるほど。ドクトルの認識では、太っている=贅沢しているということになるのか。


 確かに太っていることは富の象徴だ。太るのは贅沢しているからに違いはない。しかも反応から察するに、今まで自分に質素な生活を強いてきたドクトルにとっては、贅沢は罪であると捉えているのかもしれなかった。


 ちょっと勘違いさせてしまったと思った健人は、慌てて取り繕った。


「ああいや、ドクトルさんが自分で稼いだお金なんだから、贅沢することは全然良いと思う。誰も咎めたりはしないよ。ただ今は大丈夫だとしても、あんまり太ると将来的にも健康に悪いからさ」

「け、健康に……なるほど」


 ショックから立ち直ったドクトルは、真剣に耳を傾けていた。


 気を取り直してくれて、健人は安堵する。せっかくドクトルが幸せそうだったのだ。健康面を気遣っただけの一言で水を差してしまったのであれば、本当に申し訳ない。


「確かに魔法でも健康そのものを得ることはできませんが……では、どうすればいいのでしょうか?」

「それだよ。ドクトルさん、日常生活でも無意識のうちに魔法を使ってるだろ? それを魔法に頼らないようにするだけで、全然違ってくると思う。実際にはけっこう出歩いてるし」

「魔法に頼らない、ですか」


 荷物を持つ時とかはもちろん、普段歩く時も軽い反重力魔法を使っているらしい。

 もしかしたら普通の人は魔法を使うだけでもカロリーを消費するのかもしれないが、ドクトルの魔力は無限である。仮に前提が正しくとも、痩せることはない。


 健人の指摘を重く受け止めたドクトルが、深く頷いた。


「分かりました。今日から少しずつ魔法を使わないようにしていきます」

「うん、それがいいと思う」

「ですが、そうなると目に見える目標が欲しいですね」

「目標?」

「痩せていくという実感があれば、もっとやる気が出るとは思いませんか?」


 確かにその通りだ。

 さすがはドクトル。健人が何も言わずとも、体重計と睨み合い一喜一憂する世の女性と同じ回答を導いたようである。


「でも体重計なんて無いよな?」

「タイジュウケイ? 話の流れからして体重を計る物でしょうが、そんな物はこの家にはありませんよ。でもケントさんの手があるじゃないですか」

「俺の……手?」


 訳が分からず呆然としていると、立ち上がったドクトルが急にローブを脱ぎ始めた。


 あっという間にインナー姿になる。目の前で脱衣するという行為に焦った健人だったが、別に裸になったわけではない。インナー姿は今までにだって何回も見たことがあるため、高鳴った鼓動は軽い深呼吸で落ち着かせることができた。


 だが、今回ばかりはそれで終わりではなかった。

 なんとドクトルはさらにインナーの裾を捲り上げ、自らのお臍をお披露目させたのだ。


「ちょっ! ドクトルさん、何やってんの!?」

「さあ、ケントさん。測ってください」

「測るって?」

「私のお腹周りをですよ」


 ああ、なるほど。そういえば体重の話だったなと、健人は思い出した。

 咳払いで無理やり気持ちを抑えた健人は、目のやり場に困りながらも答える。


「痩せる目安でお腹周りを測るってのは分かるけど、メジャーとかも無いよね?」

「めじゃー? いえ、ですから、ケントさんの両手があるじゃないですか」

「両手?」

「ケントさんが私のお腹に手を回して、その感覚を覚えておくのです」


 混乱するも、彼女の言わんとしていることを徐々に理解していく。

 要は数字で記録を残すことができないから、感触で覚えろということだ。


「うぇえっ!?」

「うぇえ、ではありません。何をそんなに驚いているのですか?」

「いや、だってそれはさすがにマズいんじゃ……」

「何がマズいんですか? ケントさんが言い出したことですよ?」

「そりゃそうだけど……手じゃ正確には測れないと思うんだ……」

「だいたいで良いんです、だいたいで。数日後にまた測ってみて、前よりも細くなったとか太くなったとか、感覚でいいんです」

「…………」


 ひどく困惑しているためか、健人もそれしかないよなぁと納得してしまった。


 チラチラと白いお腹へと視線を向ける。それと同時に梃でも動きそうにないドクトルの顔を見てしまっては、退くことなどできるはずもなかった。


「じゃあ、失礼して……」


 ドクトルの正面に屈み、健人は自分の両手で彼女のお腹周りを包んだ。

 その時点で、健人は自分の指摘が半分間違っていることに気づく。


 確かにドクトルは出会った頃よりも太った。間違いなく肉が増えた。だがしかし、それはあくまでも出会った時と比べての話である。むしろその頃は、病的と言っても差し支えないほどに細すぎたのだ。


 それがそれなりの贅沢をすることにより、ようやく普通の女の子の体型へと変わり始めたのである。はっきり言ってしまえば、標準にはまだまだ足りないくらいだった。


「どうです? 覚えましたか?」

「ん? ……まあ、なんとか」


 いろいろと考えてしまって、それどころではなかったのだが。


 というか今後も何回かこうやって測定すると思うと、気恥ずかしさやら変な期待やらが今から押し寄せてくるようだった。


「ついでに二の腕も測っておきましょう」

「に、二の腕ね……」


 言われるがまま、健人はドクトルの二の腕を掴む。


 女の子の柔らかい感触に思考能力をすべて費やしてしまい、結局二の腕の太さなど手を離した瞬間に忘れてしまっていた。


 概ね満足したドクトルが、再びローブを着て宣言する。


「それでは、痩せるために今日から頑張りましょう!」


 やる気満々みたいだった。

 まあ、進んで運動してくれることは良いことではあるが。






 とはいえ、普段から魔法を使っていたドクトルは運動とは無縁の生活を送っていたのだ。意気込んだまではよかったものの、早々に根を上げた彼女は自分の体力の無さに打ちひしがれているようだった。


「ケ、ケントさん。これが終わったら……一度休憩にしませんか?」

「ん? ああ、そうだな。そうしようか」


 健人が了解すると、ドクトルは安堵したように胸を撫で下ろした。


 水汲みの途中である。いつものように沢と家を往復していたのだが、魔法を使っていないドクトルにとっては相当辛かったようだ。逆に言えば、如何に普段から魔法に頼りっきりなのかがよく分かった。


 そう考えると、息一つ乱さない健人はずいぶんと成長したものである。


 ログハウスに到着すると、ドクトルは一目散にソファへと身体を預けた。ぐったりとした様子を見るに、口では表現しようのない疲労感がのしかかっているようだった。


「ドクトルさん、大丈夫?」

「まさか魔法を使わない生活がここまで大変だとは思いませんでした」


 この様子だと、無限の『宝氣(マナ)』を手に入れる前も魔法に頼りっぱなしだったに違いない。ちょっとした勘違いだったとはいえ、運動させることができてよかった。


 水汲み再開まで適当にくつろごうとしていると、不意にドクトルから声が掛った。


「ケントさん。私は頑張りました。ケントさんもそう思いますよね?」

「え? ああ、まあ頑張ってるとは思うよ」

「ならば、それに見合うご褒美を頂きたいと思うのです」

「ご褒美? 何か欲しい物でもあるの?」

「とりあえず、こちらに来てください」


 何のこっちゃと、誘われるがままドクトルの隣へと腰を下ろす。

 すると彼女が身体を横に倒してきた。電池が切れた人形のように、健人の太ももへ頭を預けてくる。


「あっ、膝枕ってこんなに心地の良いものだったんですね。ケントさんが真っ先に所望したくなる気持ちが分かりました」

「……俺だけ堪能してて悪かったよ。これからは言ってくれればいつでもするからさ」

「ふふ。では、痩せることに成功した時はまたご褒美としてお願いしますね」

「ああ、分かった」


 するとドクトルが一度だけ大きく呼吸をした。たぶんひと眠りするつもりなのだろう。


 まあ、たまにはこういうのもいいか。と、健人は愛おしそうにドクトルの頭を撫でる。彼女も特に嫌がっているわけではなさそうで、くすぐったそうに肩を揺らした。


 健人も疲れが溜まっているためか、徐々に意識が遠くなっていく。

 何もない平穏な空間。

 二人だけの幸せな時間。

 今のここにある幸福を噛みしめながら、健人も心地良い眠気へと身を投じていった。



「それはそうと、ドクトルさん。後で交代しない?」

「はいはい。いいですよ」

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