表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドクトルさんの最強白魔法  作者: 秋山 楓
ドクトルさんの日常集

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/42

ドクトルさんと散髪

日常集はすべて本編エピローグ後の話です。

時系列はバラバラです。あらかじめご了承ください。

「ケントさん。今日は髪を切りましょう」


 いつも通り顔を突き合わせて朝食を取っていると、ドクトルが唐突に宣言した。


 なんだ藪から棒にと思いつつも、健人は反射的に自分の前髪に触れる。そういえば、この世界に来てから一度も散髪をしていなかった。


「あー……だいぶ長くなってるもんな。何ヶ月くらい切ってないんだろう」


 前髪は目にかかり、襟首は完全に隠れてしまうほどだ。


 ドクトル以外の人間とそう頻繁に会うわけでもないし、今のところは邪魔と思うほどでもない。もう少し放っといても問題ないが、まあ覚えているうちに切った方がいいだろう。というか、長くなってきたと思ったからこそドクトルも言い出したのだろうし。


「そういやドクトルさんって、散髪はどうしてるんだ?」

「ふふ。実はこの前、カーシャさんから良いハサミをお借りしました」


 そう言いながら、ドクトルは得意げにハサミを取り出した。

 健人の目の前で、これ見よがしにチョキチョキと刃を開閉させる。


「ハサミ……」


 なんだか嫌な予感がした。

 そして残念ながら、その予感は運命だったが如く的中する。


「私が切ってあげます」

「マジか……」


 理容師以外に髪を切られた経験なんて、物心つく前に父親にバリカンで刈られたくらいだろう。プロでもない人に髪を弄られるのは、やっぱりちょっと抵抗がある。


 いや、もしかしたらドクトルはカリスマ美容師並みの実力があるのかもしれない。

 そんな一縷の希望へと縋るように、健人は訊ねた。


「ちなみにドクトルさん。散髪のご経験は?」

「修道院にいた頃、弟の髪を何度か切ったことがあります」

「ですよねー」


 カリスマのカの字もなかった。


「大丈夫ですって。失敗しても、ちゃんと治しますから」

「それは髪を? それとも傷を?」

「せっかく切った髪を元に戻すわけないじゃないですか」


 あ、自分が失敗することを微塵にも思っていない人の発言だ。


 こうなったドクトルが(てこ)でも動かないのは、この何ヶ月間の共同生活で把握している。もう諦めるしかない。


「先に言っておくけど、いくら治せるからっていっても痛みは普通にあるからね? そこはちゃんと理解しといてね?」

「ほんの一瞬じゃないですか。男の子なんだから、そこは我慢してください」


 やれやれ、俺に反論する権利はないのか。

 と、健人は深いため息を吐き出したのだった。






「それじゃあ、いきますよ」

「お、おう……」


 ぽかぽか陽気の昼下がり。テルテル坊主のように全身に布を纏った健人は、ログハウスの軒先で椅子に座りながら戦々恐々としていた。


 背後に立つのは白い悪魔……ではなく、最強の白魔導士である。どんな傷をも治せる実力を秘めてはいるが、残念ながら散髪の腕前は不明だった。


 一応手鏡はあるのだが、自分の姿が部分部分でしか映らないほど小さい。そのため頭部全体を確認するにはドクトルの部屋の姿見を利用するしかなく、つまりは成功しようが失敗しようが終わるまでは出来栄えを確認できない劣悪仕様だった。


 そしてついに始まる断髪式。

 ジョキッというハサミの稼働音とともに、一房の髪が布の上へと落ちる。


 床屋だったら普通の量なのだが、どうしても緊張は隠せない。だってこちらの気も知らず、鼻歌まで交じり始めるのだ。素人のはずなのに、どこにそんな余裕が……と、心配した矢先だった。


「あっ!」


 ドクトルが唐突に声を上げたのだ。

 その一瞬は、健人の人生の中で一番肝を冷やした瞬間だった。


「どうした!?」

「ふふ、失敗したと思いましたか? 大丈夫ですよ」

「……マジでやめてくれ。寿命が縮んだよ」

「私に対しては冗談にもなってませんよね、それ」


 ドクトルがいる限り、どんな病でも治るのだ。寿命などあってないようなものである。


 それからは特に何事もなく散髪は進んでいった。

 大丈夫と豪語していた割には、ドクトルのハサミ捌きは慎重そのものだった。ということもあり、最終的にまずまずの仕上がりとなる。


「こんなものでどうでしょうか?」

「うん、いいんじゃないか?」


 小さな手鏡で所々を確認しながら、健人は一安心の息を漏らした。

 細かい所は後で調整するとして、思っていたよりは良い出来栄えだった。


「さっぱりしたよ。ありがとう」

「はい。では、交代しましょう」


 ちょっと理解ができなかったので、健人は目を瞬かせてしまう。


「交……代……?」

「私もそろそろ短くしようと思っていましたからね。ささ、どいてください」


 健人が唖然としている間にも、髪の毛が散乱した布を剥ぎ取られ、ドクトルは自分の身体へと巻き付ける。そして健人にハサミを渡して強引に背後へ立たせた後、さも当然のように椅子に座ってしまった。


「えっと……」


 マジでやるのか? と、逡巡しながらドクトルの後頭部を見下ろす健人。

 確かに、出会った当初よりかは長くなっているようだが……。


「今日のところは襟足の辺りで揃えるだけでいいので、それほど難しくはないかと」

「でも、ちゃんと街に行って切ってもらった方がいいんじゃないか?」

「せっかく二人いるのですから、わざわざ切りに行くのはもったいないですよ」


 変なところで倹約家だった。


 ドクトルの髪と自分が持っているハサミを交互に見比べる。内心ではめちゃくちゃ拒否したかったが、ドクトルはすでに準備を整えて散髪される気満々だし、何より自分の髪を切ってもらった手前、無碍に断ることができなかった。


 仕方なく、ドクトルの髪へと触れる。彼女の髪には何度か触れたことがあったが、ここまでじっくりと観察したのは初めてだった。


 自分の髪とは比べ物にならないほど一本一本がきめ細かく、まるで液体のように柔らかくて軽い。さらに色素が薄いためか、濡れてもいないのに輝いているようにも見えた。


 ドクトルの髪の美しさを認識した途端、先ほどとはまた違った緊張感が芽生えてくる。

 本当に切るのか? 自分が? こんな美しい髪を?

 だがドクトルは自分を信頼してハサミを渡してくれたのだ。やらねばならない。


 覚悟を決めた健人はドクトルの後ろ髪を手の平に載せ、ハサミを……入れた。


「ぐわっ!」


 一ミリ。たった一ミリだ。胡麻にも満たない長さを切っただけで、健人の心は罪悪感に押し潰されて血を吐きそうだった。


 全国の美容師さんは、どうして躊躇いもなく女性の髪にハサミを入れられるのか。もう会うことのない職業の方々へ、今さらながら尊敬の念を抱く健人だった。


 とにもかくにも、自分にはできない。ドクトルの髪を切れるわけがない!

 観念した健人は、肩を落としてドクトルへと謝罪した。


「ごめん、やっぱ俺には無理だ。髪を切りたいなら、街へ行った方が……」

「すー……すー……」


 正面に回ってみて初めて気づいた。なんとドクトルは呑気に居眠りをしていたのだ!

 あまりのマイペースに、健人は脱力してしまった。


 ただ気持ちは痛いほどに共感できた。心地の良い気候に包まれた昼下がり。陽気な気分にあてられて、ついつい眠気に負けてしまうのも無理はない。ハサミを持っていたのがプロだったら、健人も間違いなく眠っていただろう。


 だが自分はプロではない。ずぶの素人である。


 相手の力量も知らずに、よくもまあ自分の大切な髪を預けられるなと呆れつつ、無防備に寝顔を晒しているドクトルをまじまじと見つめた。


 長い睫毛に筋の通った形の良い鼻。誰が見たところで間違いなく美人なのだろうが、こうして眠っていると普段よりもさらに幼く見える。とても年上には見えなかった。


 そして特に注目してしまうのが、呼吸とともに上下する瑞々しい唇だ。

 意識がなかったとはいえ、あの唇で人工呼吸されたこともあるんだよなぁ。


「……っと、いかんいかん」


 危うく変な気分を起こすところだったと、健人は慌ててドクトルから目を逸らした。


 せっかく気持ちよく眠っているのを邪魔するのも気が引けるし、かといってそのまま放置しておくわけにもいかない。迷った挙句、健人はログハウスの玄関前に腰を下ろして、心地良さそうに眠るドクトルをじっと見守ったのだった。




 ちなみに彼女が目を覚まして髪形を確認した際、「全然変わってないじゃないですか!」と怒られたことは、言うまでもない。

時系列的には本編終了から数ヶ月後くらい? でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ