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ドクトルさんの最強白魔法  作者: 秋山 楓
本編

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30/42

エピローグ

「あの……ケントさん?」

「ん? なんだい?」

「本当にこんなことでよろしいんですか?」

「こんなことって?」

「お礼の話です。もっと他に何でもしますよ」

「何でもするって言われちゃうと、男心としてはちょっとむず痒くなるけど……今はこれが一番なんだよ」

「はあ。それなら私は構いませんが……」


 逆にもっといろいろしてあげたいという願望を滲ませながらも、ドクトルは健人の要望に素直に応えていた。


 健人がこの世界に残ると決断したことに対して、ドクトルがお礼をしたいと申し出たのだ。先ほどみたいに何でもすると言い出した時は健人もちょっと戸惑ったものの、さすがにあまり踏み込んだことは言えず、彼はドクトルの膝枕を所望したのである。


 いつも水汲みをする沢の大きな岩の上で、うららかな木漏れ日を浴びながら、健人はドクトルの柔らかい太腿を堪能していたのだった。


「あの……ケントさん、そろそろお訊きしてもいいですか?」

「ああ、いいよ」


 眠ってしまいそうな意識を、ドクトルの優しい声が繋ぎ止めた。


「ケントさんも、その……悪魔と契約してしまったんですよね?」

「そうだよ。ドクトルさんと同じで、俺も恩恵を二つ受けた」

「もう、カーシャさんったらおしゃべりなんですから……」


 少し怒ったように、ドクトルは鼻を鳴らした。


 とはいえ、カーシャからドクトルの話を聞いていなければ悪魔の契約など突っぱねていたかもしれないし、そもそも悪魔も契約を持ちかけてこなかったかもしれない。そのおしゃべりで命が救われたんだとしたら感謝しなきゃいけないなと、健人は思った。


 ふと健人の言葉が引っかかったのか、ドクトルは「二つ?」と問い返してきた。


「うん。まず、ドクトルさんが受けた致命傷は全部俺が請け負うことになった。俺の心が折れない限り、ドクトルさんが死ぬことはない」

「やっぱり。あの不思議な現象は、悪魔との契約によるものだったんですね」


 ドクトルはウェルリア東区での戦いを思い出していた。


 無傷な自分と、あるはずのない健人の怪我。治療のために健人の身体を診断していたドクトルには一目瞭然だ。ドクトルを貫いた根っ子と同じ場所に、不可解な負傷があったことは。


「もう一つは何でしょうか? 思い当たる節がないのですが……」

「俺は絶対にドクトルさんを忘れない、って言えば分かるかな?」

「……あっ」


 こちらも思い出した。確か健人は、同じことをうわ言のように呟いていたはずだ。


 ドクトルは記憶まで修復することはできない。脳を復元したとしても、実際に記憶が戻るかどうかは完全に運任せだ。しかし健人は何度頭を潰されようとも、記憶を失った様子はなかった。


「俺は、二度と同じことでドクトルさんを悲しませたりはしない」

「ケントさん……」


 大切な人に忘れ去られるのは辛い。さっき自分自身が言った言葉だ。


 だからこそドクトルは心苦しく思ってしまう。健人が契約した内容は、すべてドクトルのためにあるようなもの。悪魔との契約などという業を背負わせてしまったのは自分のせいだと気が咎めた彼女は、ふと顔を背けた。


「ドクトルさんが気に病むことはないよ。俺が勝手にやったことなんだから」

「そうだとしても……」


 問題はその次だ。自分も悪魔との契約者だから知っている。悪魔は対価無くして人間に手を貸したりしないことを。


「健人さんが悪魔に支払った対価は……もしかして私と同じ死後の労働ですか?」

「あー……そういえば何も言ってなかったな。あの時はドクトルさんさえ助けられればいいと思ってたから、対価のことは後回しにしちゃってた」

「ダメじゃないですか! そんな大事なこと、しっかり話し合わないと……」

「大丈夫。悪魔も労働力が欲しいって言ってたから、たぶんドクトルさんと同じだよ」

「…………」


 呆れた。と言わんばかりにドクトルの顔が曇る。

 その表情の意味を取り違えた健人が、慌てて頭を起こした。


「あ、あれ? もしかして死んだ後も俺の顔を見るのは嫌だった?」

「そんなことありません!」


 自分の振る舞いがどう捉えられているのか気づき、ドクトルも慌てて否定した。


「すごく、嬉しいです。この世界に残ると、健人さんが言ってくれた時と同じくらい」

「そっか。その言葉が聞けて俺も嬉しいよ。ドクトルさんが嫌だったらどうしようかと不安だったからさ」

「そんなこと……」


 言いかけると、健人がドクトルの頬へと手を伸ばしてきた。

 そして真剣な眼差しで問いかける。


「俺はドクトルさんに命を救われた。この借りは一生を懸けて返し続けるつもりだ。でも、そのためにはドクトルさん自身の協力も必要なんだ。だから……ドクトルさんさえよければ、ずっと俺の側にいて、ずっと俺を治し続けてくれないかな?」


 ドクトルの目尻から溢れた涙が、滴となって健人の頬へと落ちる。

 だが何も心配はいらない。ドクトルは今にも弾けんばかりに微笑んでいるのだから。


「はい、喜んで」


 心の底から紡がれた返事に満足した健人は、彼女の白魔法(ひざまくら)に包まれながら穏やかな眠りへと落ちていった。

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