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ドクトルさんの最強白魔法  作者: 秋山 楓
本編

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26.カーシャの葛藤

 健人の作戦は高確率で成功し、それと同じくらいの確率で失敗するだろう。というのがカーシャの見立てだった。


 まずは西側、つまりドクトルと魔人の攻防が繰り広げられている門の反対側から砦の内部へと侵入する。無人となった砦内にて、魔王軍が持ち込んでいた『宝氣石』を回収。先ほどのやり取りを見ていたため、その『宝氣石』に容量限界までドクトルの『宝氣』が溜まっていることは知っていた。


 普通の人間が稼働させると、一度に大量の『宝氣』が体内に流れ込み、先ほどの魔人みたく死に至る。しかし健人は異世界人。『宝氣』を溜め込む機構が無いので、そのまま最大出力で放出することが可能だった。


 そこへサラマンダーの『炎石』を組み合わせることにより、一時的にギルティ・ローズの攻撃すらも防ぐほどの火力を得る。術者の身体や服には燃え移らない、炎の鎧の完成だ。


 とはいえ、一時的といっても実際はほんの数秒間のみ。ただ垂れ流すだけの『宝氣』は、一瞬で枯渇してしまう。炎を纏ったままギルティ・ローズに特攻したとしても、倒せるほどの時間は無かっただろう。


 だから健人はドクトルの盾になることを選んだ。彼女の逃げる時間を稼ぐために。

 これが作戦の全容だった。


 事実、ギルティ・ローズは城門の上から飛び降りてきた火だるまの男に戸惑い、攻撃の手を止めていた。なんせ己の渾身の一撃が、手も触れず焼かれてしまったのだ。正体不明の敵を見極めるための時間は必要だっただろう。


 そう。健人の作戦通り、ドクトルが逃げる時間は十分にあった。


 しかし、彼の頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。自分がドクトルに死んでほしくないと思っているのと同様、ドクトルの方もまた、健人の身を案じていることに。どんな天変地異が起ころうとも、ドクトルが健人を見捨てて一人で逃げ出すなんてあり得ないのだ。


 その事実に至れなかったことが、健人の敗因である。


 水晶玉で一部始終を眺めていたカーシャが、現実から目を背けるように頭を抱えた。


 あまりにも自分が思い描いていた通りの展開だった。健人が助けに行ったところで、どのみちドクトルは助からない。忠告した通り、どうあがいても無駄死にだ。


 でも行かせた。無理やり引き留めはしなかった。

 なぜなら――。


『やあ、カーシャ。まったく、余計なことをしてくれたものだね』


 今ここで不意に声を掛けられるのも、想定していた通りだったから。


 顔を上げたカーシャが書斎内を見回すも、当然のように誰もいない。しかし彼女は声が届いているという前提で、虚空に向けて言葉を返した。


「女性の部屋を覗き見しているなんて、相変わらず趣味の悪い男ね」

『弱虫カーシャに煽られたところで、僕の心が動くことはない』

「…………」


 訳の分からない返しをされ、カーシャの中で嫌悪感が満たされた。


 自分の考え方が偏っているのか、それとも人間と長く接していたからかは分からない。しかしこうやって他の悪魔の思考が理解できないことも、カーシャが悪魔の世界から逃げ出した一因だった。


『想定していたよりも早かったけど、僕と契約した少女が今にも死にそうだ。けどキミはそれを妨害しようとした。何か申し開きはあるかい?』

「誤解よ。私はただケント君に手ほどきしてあげただけ。貴方の邪魔をしたわけではない」

『その結果、少女が生き延びていたらキミはどうしていた?』

「仮定の話は無意味よ。事実、もう数分もしないうちにドクトルは死ぬじゃない」

『そうだね。でも、それとこれとは話が別だ。キミも覚悟はできているのかな、と思って』

「…………」


 目を細め、カーシャは口を噤む。


 健人に語ったことは、決して大げさではない。他の悪魔からすれば、カーシャなど指先一つで消せる脆弱な存在だ。彼女自身、しっかりとそれを認識している。


 にもかかわらず、カーシャは逃げる様子を見せるどころか妙に落ち着いてすらいた。

 まるで未来が視えていると言わんばかりに。


『ところで話は変わるけど、カーシャはあの少年と契約を交わしたわけではないんだよね?』

「ええ、していないわ。私とケント君は、ただの友達よ」

『そっか。なら、文句は言わないよね?』

「もちろん」

『オーケー。じゃあこの件は不問にしよう』

「……感謝するわ」


 言うやいなや、声の気配は完全に消え去っていった。


 静まり返る書斎の中で、カーシャは再び水晶玉へと視線を移す。

 こうなることは最初から分かっていた。もとい、二人とも今を生き延びるためには、これくらいしか方法が浮かばなかった。


 自分の選択が本当に正しかったのか、それは『万能の魔女』ですら知り得なかった。

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