空の地獄絵図
空に羽ばたく漆黒の翼。
最強の元魔王が片腕でプリシィを抱えつつ、獰猛に笑う。
それを挑発と受け取ったのか。
ハーピークイーンが、黒板を引っかいたような、不快な叫び声をあげる。
途端にハーピーの群れが、加速してこちらに突っ込んできた。
「わわっ……!? なんかいっぺんに来ましたよ……!?」
「問題ない……『サークル・プロテクト』」
初級の結界魔法を発動。
たちまち球状のバリアが、グインドールとプリシィの周囲を覆った。
だが、構わず突っ込んでくるハーピーの群れ。
まずは上下から同時に一撃、続けて前後からの一撃、更には左右から挟み撃ち。
ハーピーの群れはタイミングを合わせた攻撃により、バリアを少しずつ削ってくる。
その様子を見ていたグインドールは、思わず感心する。
(……ゲームと違って、連携を取ってるな)
RPG『ウルティマ・ファンタジー』ではターン制のバトルで、敵が複数でも1体ずつバラバラに攻撃してくるだけだった。
だがこの世界では、集団戦はまるで別物だと考えた方がよさそうだ。
そんな風に分析してた時、ハーピークイーンが咆哮をあげる。
直後に、クイーンの身体を竜巻が包み込み、その状態のままこちらに突撃してきた。
アレは……風属性の上級打撃スキル『トルネード・クラッシャー』か。
直撃すれば、ワイバーン級のモンスターでも屠れるくらい、高威力の技だ。
「ひ、あぅぅ……!」
迫る破壊の嵐を前にして、グインドールの腕の中で震えるプリシィ。
だがグインドールの表情には、焦りの色はない。
いかな上級スキルであろうとも、元魔王にとってはなんの脅威にもなりえない。
(……アレを試してみるか)
わざわざ敵の女王が、自分から近付いてきてくれたのだ。
仕留めるための魔法は、もう決めてあった。
「『サモン・テンタクル』」
深淵魔法により空中に魔法陣を発生させる。
直後にそこから飛び出してきたのは――――。
ヌメヌメと粘液をまとった無数の触手だった。
触手は凄まじい速度で伸び、竜巻を突き破ってハーピークイーンを捕獲。
もがく女王の身体を締め付けていく。
「ヒァッ!? クピィッ! ァァァン……ッ」
触手のまとう粘液に快楽成分でも含まれているのか。
ハーピークイーンの老婆のような顔が、快感に歪む。
目は情欲に潤んで、だらしなく開いた口からは赤く湿った舌が垂れ下がる。
(うげ…………)
その光景を前に、げんなりするグインドール。
悶えているのが普通の女性なら、眼福かも知れないが……。
醜い顔をしたモンスターにやられても、ただのグロ動画だ。
「ピギャァァァァン……………」
ハーピークイーンは快楽の鳴き声をあげながら、魔法陣へと吸い込まれていった。
リーダーを失ったハーピーたちが、呆然と硬直。
その間にも地獄の触手生物は、容赦なく攻撃を仕掛ける。
「クャァンッ! ンアアッ、クァァ……っ」
「ピャッ!? ピギャァァァッ」
触手に縛られ、気持ちよさげに全身をピクピク痙攣させながら、次々に捕食されるババア顔のハーピーたち。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
グインドールが召喚したのは『テンタクル・オブ・アビス』。
全体攻撃かつ非常に命中率の高い拘束技を持つ、地獄の触手生物だ。
素早いモンスターの集団を狩るのに良さそうだと思ったのだが……。
こんな惨事になるとは予想できなかった……。
グインドールが後悔に沈む中、ハーピーは一匹残らず食べ尽くされた。
「すごいですッ……今のは召喚ですよね!? なんか不思議な形の生物でしたけど、とっても強かったです!」
「……まあ、強さは確かだったな……」
プリシィには尊敬の眼差しで見られたが、グインドールとしては失敗した気分でしかない。
とにかくこれで邪魔者もいなくなったし、後はイルタス村に行くだけだ。
ただ、グインドールには一つ疑問があった。
(……あいつら、なんであんな大所帯だったんだ?)
ゲームでは、ハーピーの巣にでも行かない限り、あんな大集団と出くわすことはなかったのだが……。
不思議に思いつつも、グインドールはプリシィを抱えて飛び続けるのだった。
◆ ◆ ◆
(ここらでいいか)
イルタス村を眼下に捉えてから、近くの森の中にグインドールは着地する。
それから、スキルを発動した。
(……『擬態』)
するとグインドールの身体が光に包まれ、羽根と角が消失していく。
同時に皮膚も、肌色へと変化。
光が収まった時には、完全に人間の青年の外見になっていた。
その一部始終を眺めていたプリシィが、驚きの声をあげる。
「え、え……!? 今の、なにしたんですか!?」
「スキルで擬態したんだ。俺が悪魔ということは、誰にも言うなよ」
「分かりました。二人だけの秘密ですねっ」
出会った時、悪魔であるグインドールを、プリシィはあっさり受け入れてくれた。
だがそんなものは例外中の例外で、普通は怪物扱いしてくるはずだ。
自分が悪魔であることは、極力隠した方がいい。
準備を終えたグインドールは、移動を再開。
数分後には、イルタス村の入り口に辿り着いた。
「あんたたち、旅人か!? 悪いことは言わねえ、今すぐ立ち去れ!」
村の中から、住人らしき男が駆け寄ってくる。
服装的に農民のようだが、なぜか手には弓を持っており、物々しい雰囲気だ。
「隣村がハーピーの群れに滅ぼされたらしい! 次はきっと、この村に来る!」
焦りの色に染まり切った表情で、男は言葉を続ける。
「敵にはクイーンもいるらしい! この村の戦力じゃ、とても守り切れねえ!」
(ん、んん……? それって……)
クイーンのいる、ハーピーの群れ。
ひょっとしなくても、さっき倒した魔物たちのことだろう。
ババア顔のモンスターを触手責めしたら……。
いつの間にか、村を一つ救っていたようだ。