空の女王
「つまり親御さんは、イルタス村に行ったのか」
「はい……はむ、むぐぐっ……そう言ってました」
グインドールの問いかけに、もぐもぐと咀嚼しながらプリシィが返答する。
両手で持った木の実にかじりつく姿が、リスみたいで可愛らしい。
失敗作の丸焼き肉は廃棄し、食べられる木の実を調達して、渡してあげたのだ。
「じゃあまずは、そこに行ってみるか」
イルタス村は、マスナ樹海を南に抜けた先にある。
ゲームでも、森でレベル上げした後によく補給しに寄ったから、場所はなんとなく分かる。
「でもわたし、家から出たことないので……。村までどれくらい掛かりそうですか?」
「数分だな」
「え? そんなに近いんですか?」
「こうすれば、すぐ着く」
グインドールはプリシィの腰に手を回す。
それから、ぐぐぐ……と膝を曲げて。
思いきり地面を蹴った。
砕け散る地面。
魔王の脚力はただのジャンプでも、爆発魔法じみた破壊を引き起こす。
反動で、グインドールとプリシィの身体が上方へと吹き飛ぶ。
「きゃ、きゃああああっ!?」
凄まじい勢いで上昇する高度。
グインドールはプリシィを片手で抱えたまま、一気に上空100メートルまで飛翔していた。
(――『飛行』)
頭の中で念じるとスキルが発動して、大きく広がった漆黒の翼が風を捉える。
『飛行』――羽のある生物なら、大半が持っている能力だ。
魔物だらけの森をプリシィを守りつつ進むより、空を飛んだ方が早く目的地に着けるだろう。
「わーっ、すごい! 飛んでる、飛んでます……ッ!」
プリシィは興奮に頬を赤くしながら、左右の空を見回している。
いきなり飛行に付き合わされたら、普通は怖がりそうなものだが……。
本当に変わった子だ。
「外の人って、みんな飛べるんですか!? わたしも鍛えたら、飛べますか!?」
「いや……プリシィは羽根ないだろ?」
「……そうですね……」
しゅん、と落ち込んでしまうプリシィ。
質問に答えただけなのだが、なんだか悪いことをした気になってくる。
「……まあ重力魔法を究めれば、羽根がなくても飛べるかもな」
「ホントですか!? 頑張ります!」
引きこもりだった反動か。
自由な空の旅を、プリシィはいたく気に入った様子だ。
そんなエルフの少女の姿を、微笑ましく思っていた時。
正面の空から飛来してくる、なんらかの群れがあった。
「……!」
グインドールは『身体強化』のスキルにより、視力を倍加。
すると、接近してくる相手の姿が鮮明に見て取れた。
醜悪な老婆の顔と身体。
両腕は存在せず、代わりに肩から羽根が生えている。
下半身は鷲のような足で、先端には鋭い爪が生えている。
「グイドさん、なにか来てますよ……!?」
「ハーピーだな」
来襲者の正体は、ハーピー。
しかも20体を越える大所帯だった。
特に目立つのは、集団の中央にいる一体のハーピーだ。
身長は3メートルほど……通常のハーピーの倍近いサイズがある。
『偵察眼』のスキルを使って、能力を確かめる。
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NO NAME
種族:ハーピー・クイーン
LV:70
HP:2800/2800
MP:900/900
SP:1420/1420
筋力:410
敏捷:900
魔力:310
魔耐:290
スキル:風魔法LV4 格闘LV4 遠見LV3 風獣LV4
カリスマLV3 身体強化LV2 飛行
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(……ハーピーの女王か)
ハーピーは山岳地帯に住み、クイーンを中心とした群れを形成する。
リーダー格だけあって、クイーンの戦闘力はなかなか高い。
他のハーピーも『偵察眼』で確認したところ、レベル50はある。
マナス樹海のモンスターよりは、段違いに厄介だといえるだろう。
だからこそ、自分たちの強さに自信があるのか。
悪魔であるグインドールの姿を見ても、ハーピーたちは逃亡しない。
先頭にいるハーピーが加速して、一気に突っ込んできた。
「きゃ……ッ!?」
弱い方から仕留めようと思ったのか。
ハーピーは、グインドールの腕の中のプリシィに噛みつこうとする。
その判断は、絶望的なまでに間違いだった。
「……やるってことでいいんだな?」
伸ばされたグインドールの手が、、ハーピーの頭部を鷲掴みにする。
ハーピーがバタバタと暴れているが、魔王の握力から逃れられるはずもない。
今のグインドールの目的は、プリシィの父親捜しを手伝うこと。
ハーピーの群れなんて、放っておいてもよかった。
だけど女の子から狙うなんて、クソみたいな真似をされたら別だ。
「『ドレイン・タッチ』」
エルダー・デーモン種の初級スキルを発動。
一瞬でHPを吸いつくされたハーピーは、骨と皮だけの肉体になって絶命する。
グインドールはハーピーの亡骸を森へ投げ捨ててから、手招きをする。
「掛かって来いよ。醜い鳥もどきが……!」