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2/5

元魔王と世間知らずのエルフ少女

(ここまで来れば大丈夫か……?)


 翌日の昼。

 グインドールは木々の生い茂る森の中でようやく足を止めた。

 人間の限界を遥かに越えた速度で走り続け、悪魔城から国境を2つ越えた場所まで来た。

 ここなら"救世主"と出くわすことはないだろう。


(にしても……この身体、マジですごいな)


 休憩も取らずに一日ブッ通しで走ったのに、体力にまだ余裕がある。

 さすがは魔王の肉体だ。


 いまだに信じ切れないが、魔王として転生したことは……現実だろう。

 吹き付ける風の冷たさも、悪魔にとっての心臓である魔核の鼓動も、リアルに感じ取れた。

 こんなことは夢ではありえない。


 だが自分の頭の中にあるのは、プレイヤーとしてRPG『バイブリック・ファンタジー』を遊んだ時の知識のみ。

 魔王グインドール自身の記憶や人格は残っておらず、なぜ転生したかは見当もつかない。


(まずは……状況を整理するか)


 ゲームでの設定によると、この世界は創世の女神エルシアによって生みだされた。

 地上では人間や亜人が繁栄して、地獄にはかつて神に敗れた悪魔たちが蠢めいている。

 何百年かに一度、悪魔の『魔軍』が地上に攻め込み、そのたびに大戦争になっている。


 グインドールは『魔軍』の現在の総指揮官だ。

 ドラゴンのブレスでも傷一つ付かない不死身じみた肉体と、城を一撃で消し飛ばす圧倒的火力。

 歴代魔王の中でも最強と謳われ、かの七大悪魔をも叩きのめして配下にした、地獄の覇者。


 そんな魔王の侵攻に、地上の国々は連合を組んで対抗。

 神に選ばれた"救世主"を育て、決戦に挑もうとしていた……。


(……そこで、俺が魔王に転生して。役目を放棄して、今にいたると)


 これからどうするべきか。

 地獄の部下のところに戻るのはナシだ。

 太陽のない地獄は、少ない資源を巡って殺し合う修羅の土地だ。

 そんなところに行きたくないし、ただの社畜の自分に悪魔の王が務まるとも思えない。


 地上で暮らしたいが……侵略者である悪魔は、当然忌み嫌われている。

 世界最大の国家・メディラーマ帝国は豊かで治安もいいが、対魔王連合の盟主国だ。

 悪魔根絶やしを教義とする、神聖エルシア教国は論外。


 穏便に過ごせそうな国はなかなか思い浮かばない。

 どうしたものかと、悩んでいたところで。


 甲高い悲鳴が耳に届いた。



(これは……女か!?)


 声は前方、立ち並ぶ木々の奥から聞こえてきた。

 考えるより早くグインドールは走り出す。

 一歩ごとに大地を震わせるほどの、凄まじい脚力で駆け続けると、すぐ声の主が視界に入った。


「いや……いやぁ……」


 地面に尻餅をついているのは、金色の髪と長い耳を持つ、小柄なエルフの少女。

 人間でいえば年は16才くらいだろうか。

 幼さの残る可愛らしい顔立ち。

 一方で身体は肉付きがよく、特に胸が山のように膨らんでいる。

 そんな少女の表情が、今は恐怖に歪んでいた。


 少女の前に立ちはだかるのは、全長5メートルほどの巨大なモンスター。

 アレは……マンティコアか。

 ライオンを数倍大きくしたような肉体に、人間に似た頭部と、先端に大量の毒針が生えた尻尾を持つ怪物。

 そこらの騎士では敵わない中級クラスの魔物だが、グインドールにゲーム通りの力があるとすれば、問題はないはずだ。


(……助けるか)


 悪魔の姿のまま行けば、敵扱いされてしまうだろうが……。

 擬態している時間はなさそうだ。

 グインドールは超速で駆けて、少女とマンティコアの間に割って入る。


「え…………!?」


 背後からエルフの女の子の驚く声が聞こえてくる。

 そんな中、マンティコアはグインドールを敵とみなしたのか。

 先端に毒針のついた尻尾を振り上げ、叩きつけようとしてくる。


(確か……こうすればいいんだよな)


 城を出て移動している最中に、魔法やスキルの発動方法については、軽く試してある。

 グインドールは片手を持ち上げ、短く告げる。


「深淵魔法――――『炎獄魔弾』」


 地獄の悪魔だけが使える、強力無比な深淵属性の魔法。

 その中でも最上級のものを発動させる。

 たちまちグインドールの手の先に、炎の玉が生まれて……。


(って、おいおい!? デカすぎないか……!?)


 直径5メートル……10メートル……15メートル……20メートル……!

 炎の玉はどんどんサイズと熱量を増していく。

 まるで小さな太陽だ。

 これ以上はマズいと感じたグインドールは、完全に魔力を注ぎ終える前に、『炎獄魔弾』を発射した。


 吹き荒れる熱風。

 マンティコアは避ける暇もなく、一瞬で消滅。

 地獄の魔弾は軌道上にある木々を焼き尽くし、なおも猛烈な速度で直進。

 森に潜んでいたトロールも、ワーウルフの群れも、巻き込まれて蒸発していく。

 やがて炎の玉が消滅した頃には、直線状の破壊痕が地平線の先まで伸びていた。


(威力ありすぎだろ……)


 上空から見下ろせば、森全体が左右に両断されたようになっているはずだ。

 魔王だから強いだろうとは予想していたが、ここまでとは思わなかった。

 よほどの敵が相手でもない限り、最上級魔法は控えた方が良さそうだ。


(というかコレを上回るって、どんだけチートなんだよ救世主……)


 ゲーム上では周囲の被害は描写されていなかったが……。

 実際に戦えば、城そのものが消し飛びかねない。

 救世主って、杖を振り上げるだけで海を真っ二つに割るような化け物だし。


 グインドールがそんなことを思っていると、背後から声が聞こえてきた。


「あ、あぁぁぁ…………」


 振り返ると、エルフの少女は地面に尻餅をついて、か細い声を漏らしていた。

 人類の宿敵たる悪魔がいきなり現れ、あんな天災級の破壊を見せつけたのだ。

 怯えるのは当然だろう。

 安全な場所まで無理やり運んでから、とっとと退散するべきか。

 そう考えていた時、エルフの少女が言葉を漏らす。


「す…………」


 少女はガバッと立ち上がると、グインドールの手を握ってきた。


「すごいです! あんな大魔法、初めて見ました!」


 どういうわけかエルフの少女は怯えるどころか、興奮した表情となっていた。

 

「わたしの使う魔法とは、全然違います! お強いんですね!」

「あ、ああ…………まあな」


 だって魔王だし。

 転生で勝手に得た力だから、自慢できるものでもないが。


「というか、悪魔が怖くないのか……?」

「え?」

「ほら……俺、悪魔だろ?」

 

 そう言ってグインドールが、頭部の角を指差す。

 少女はそんなグインドールの姿をじっくり眺め、納得した表情となった。


「言われてみれば悪魔みたいですね。でも、わたしを助けてくれた恩人さんです。怖くなんてありません」

「そ、そうか……」

 

 語るプリシィの眼差しには怯えの色は一切なく、本当に怖がっていないようだ。


 悪魔たちは過去に何度も地上へと侵攻して、そのたびに人類と激しく争っている。

 圧倒的な力で、多くの人間、それにエルフなどの亜人も屠ってきた怪物だ。


(そんな悪魔をあっさり受け入れるなんて……物分かりが良すぎないか?)


 グインドールの疑問をよそに、プリシィは顔を近づけてくる。


「わたし、プリシィっていいます。エルフです!」


 ニコリと笑顔を浮かべて、エルフの少女――プリシィが自己紹介してくれた。

 こちらも名乗るべきだが、魔王だと正直に明かすのは、さすがに良くないだろう。


「ええと……俺はグイドだ」

「グイドさん、ですね。よろしくお願いします!」


 とっさに思い付いた偽名を口にする。

 素直に応じてくれたプリシィに対して、罪悪感を覚えていた時。

 

 

 プリシィの腹が、ぐぅぅぅ~~~っと音を鳴らした。


 

「腹、減ってるのか?」

「は、はい……」


 さすがに恥ずかしかったようで、うつむいてしまうプリシィ。


 少女の赤く染まった頬を、汗が伝う。

 汗はそのまま顎から落下して、大きな胸の谷間へと衝突。

 飛び散った汗の欠片が、乳白色の胸の丘陵を濡らす。


 そんな光景に、中身が社畜童貞のグインドールはドキドキするしかない。

 

「と、とりあえず……飯にするか」


 腹が減っては戦はできない。

 まずは空腹を満たしてから、今後のことを考えればいい。

 グインドールはそう結論付けた。


 こうして元魔王は、世間知らずのエルフの少女を保護したのだった。


読んでくださってありがとうございます。

次話は明日、4/28(日)の22時頃に投稿予定です。

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