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この世界が終わる前に:エンドワールド・グレヴィラント  作者: ミルクココア氏
第2章:重なる因果
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不幸は願いの通過点

 黒の塊が脈打つ。

 神秘的な魔力を纏っていながらなんとも禍々しいエネルギーなのだろう。

 これは王族派の全て、計画の要である。


 かつて神の園に存在していた不幸を司る神。

 現王族派が発足してからすぐ〈エデン〉とかいう怪しい組織からコンタクトがあった。

 そこのリーダーを名乗る少女からこの黒塊を渡された。

 世界を絶望に染め上げたければその神に力を与えよという言葉と共に。


 初めは両手で持てるほどの大きさだったものが今では見上げるほどにまで成長した。

 恐らく孵化はまもなく、しかしそれでも多くのエネルギーを与える必要がある。

 いざとなればこの身を捧げてでも不幸の神とやらを出現させる。

 そして若き同胞と共に豊かな未来を創ってもらうのだ。


「アザルア様、時間です」


 背後に控えている選抜された数人の王族派の中でも特に優れた能力を持つのが、たった今声をかけてきた彼女である。

 本性では常に冷静であり決して感情に流されない。

 それがキュデアという女だ。


 アザルアは長い間キュデアを見てきた。

 それはまさに淫魔族ユリュナの歴史上伝説と称される部類に値し、本気の能力で見れば現在の王族派や友好派の誰にも劣ることはまず無いだろう。


 例として下級の王族淫魔が同時に数人からしか吸精できないのに対して、アザルアは小国程度の人口からは簡単に吸精できる。

 だがキュデアの本気はそれを超えるものだとアザルアは見ている。

 それなのにキュデアは1人からしか吸精しない。

 これは王族淫魔からすれば非常に効率が悪いのだが、ここからが彼女の本性の恐ろしいところなのだ。


 キュデアは定期的に人間を1人捕まえてきて監禁している。

 その際に相手の脳にダメージを与えて記憶を欠落させ、まるで行き倒れていたところを救出したかのように騙す。

 優しく触れ合い、相手が完全にキュデアに心を許したその時に食らう。

 覚めない夢の中に閉じ込め、その外側から性欲を増幅させる魔法をかける。

 すると相手はその身の限界まで夢の中で自ら精を絞り出し、最期はキュデア自身が夢に入り込みその手で逝かされる。


「なんですかじろじろと」


 本人曰く『人道的かつ最小限の犠牲で最大限の恩恵を得られる最良の手法』らしいが、それはアザルアも間違ってはいないと思う。半分くらいは。

 だがそれだけでは明らかに王族淫魔に必要なエネルギーを補填できていないはずなのだ。

 それなのに彼女は強い。

 アザルアはキュデアがそれ以外に吸精しているのを知らない。

 一体彼女の力はどこから湧いてくるのだろうか。


「いいや、なんでもない」


「これよりそこの神を目覚めさせるための最後の計画を始めます。が、どうやら友好派には強力な味方が付いたようですね」


「どういうことだ」


「昼間に出た部隊が誰一人として帰ってきてません。今までこちらの小隊が友好派に奇襲を仕掛けられた事は何度もありましたが、全滅というのは未だかつてありえなかった事です」


 昼間に出た部隊と言えば、食料として人間を捕獲してくるように頼んでいたはずだ。

 こういったさほど重要でもない任務は大体キュデアの管轄なのだが、確認としてひと通りアザルアも内容は把握している。


「まさか例の」


「奴はこの前自爆して瀕死になっているはずです。そうすぐに復帰できるとは考えにくいですが」


「だが実際何度も姿を現しているではないか。『不死の自爆特攻者』はこれまで幾度となくこちらに痛手を負わせてきた」


『不死の自爆特攻者』とは我ながらなんとも言えないネーミングセンスだ。

 意味は伝わるから別に良いが、確かにあんなに自爆特攻をしてきて未だに死んでいないとは恐るべき女だ。


「とにかく、相手に味方がついた以上こちらも早急に対処する必要があります。王族派の持てる魔力の全てを彼に捧げ、アザルア様にその力を宿していただくのがこちらの希望です」


 そう、この黒き神を目覚めさせるのだ。

 不幸の神をこの肉体に降ろし世界を変える。

 人間族などという出来損ないの種族が支配する間違ったこの世界を唯一正せるのは我々しかいない。

 一度は絶望に落ちても良い、しかしその後は王族派による統治で世界は本来の道へ戻るのだ。


「そうだな、全てはまだ始まっていないのだからな」


 キュデアは不幸の神を一瞥し、またアザルアを見た。


「次の朝が来る黄昏時、儀式を始めます」


「それまでに身清めをしておけ。だろ」


「用意は済んでいます」


「いつも悪いな」


「それが側近の使命です」


 幼い頃から仮面のような表情は変わらない。

 ここに来た当初の過激な抵抗はいつしかしなくなっていた。

 それはまるで人形のように。

 幼少の頃王族派の手により死別した姉についてアザルアを恨むこともしない。

 キュデアの心は今、何を拠り所に生きているのだ。


「キュデア、少し話がある。他の奴は先に戻っていろ」


 それを聞いてキュデア以外の者は立ち去った。


「話とはなんですか」


「お前は今も姉を想っているのか?」


 その直後キュデアの肩が震え、一瞬呼吸が乱れたのをアザルアは見逃さなかった


「過去は振り返らない主義ですので」


「……そうか、引き止めて悪かったな」


「失礼します」


 やはりその表情は微塵も崩さなかったか。

 キュデアはスタスタと部屋を出て行った。


 現王族派の首領アザルアは少し老いているが判断能力や観察眼は鈍っていない。

 口では否定しながら、彼女の意識のどこかには今も忘れられない姉がいる。


「ふむぅ……」


 重く低い唸り声をあげて不幸の神へ近づく。

 アザルアから滲み出す魔力に反応して塊は脈打つ。


 終わらせよう。

 そして世界から人間族を排除するのだ。


 淘汰されてきた数多の種族の為に無力無能の劣等種族をこの手で滅ぼす。

 それがアザルアの望み、そして消えて行ったみんなの願いだから。

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