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ワインレッドの記憶  作者: 雪と
一章 出会い
3/4

出会いの曽根崎殺人事件(回想)

 12月25日

 午後7時38分

 ここはロンドン、ベイカーストリート。

 クリスマスということもあって、賑やかな通りは、街灯や、店の明かりで輝いていた。

「お〜い!」

「あっ!明徳(あきのり)さんっ!」

 男は全速力で女性の元へ向かった。

「はぁ……はぁ……ごめん……待ったかな?」

 女性は無邪気な笑顔で答える。

「全然っ!」

「じゃあ行こうか、初華(いちか)さん」

 2人の男女は腕を組み、進んでいった。

 2人は、飲食店で夕食を食べたり、衣服店に立ち寄ったりしていた。

 そして、大きなクリスマスツリーの元にたどり着いた。

「あ、あの!初華さん!」

 いきなり男性が声を大きくしたので女性は驚いていた

「は、はい!?」

 男性は高級感のある黒い箱を取り出し、緊張したような顔で言った。

「け、結婚してください!」

「っ……!」

 女性は、涙を浮かべながら、それでも笑顔で答えた。

「はいっ!」







 数週間後

 午前11時13分

 あれからの2人の生活は、今まで以上に幸せなものだった。

 まだ、結納どころか親への報告すらしていないが、結婚を誓い合った仲となると、もうアッツアツのアッチッチである。


 こんなことが起きるまでは



 14時16分

 ウィリアムズ邸 応接室

「私の娘と結婚しなさい」

 それは、こちらに来てから初めて勤めさせてもらった会社の社長からのお誘いだった。

 社長は、彼らを会わせてくれた恩人でもある。

 けれど、そんな彼にはもう結婚を誓った相手がいる。このお誘いは断るしかなかった。

「すみません、それはできません……」

 この言葉を発した直後、恩人は怒りの表情を浮かべ、こんなことを言ってきた。

「この私の娘と結婚できないと言うのか!ふざけるな!お前の家とも話はついてる!お前に決定権はないんだ!」

 恩人は、今何を言ったのだろう、と男性は理解が追いつかない様子だった。





 午後10時03分

 男性は女性に相談していた。

「断るならキャンセル料を請求するって……あの人どうしちゃったんだ……」

「ちなみに、キャンセル料ってどれくらいなの……」

「日本円で……300万……」

「それって……私たちの貯金ですら足りないじゃない……」

 2人の顔には、暗い表情が浮かんでいた。





 翌日

 13時17分

 男性は、旧友に呼ばれ、例のクリスマスツリーがあった場所へ行った。

「よっ、徳ちゃん」

「銀ちゃん……ごめんちょっと忙しくてさ……」

「金だろ?」

「えっ……」

「徳ちゃん今、金が足りねぇんだろ?奥さんから聞いたぜ?」

「なんでそんなこと……」

「俺さ、これでも今、会社の社長やってんだ」

 ほい、と銀は男性に名刺を渡した。

 そこには、スポーツをあまりしない男性でも知っている大手スポーツメーカー「ヒノ」の文字があった。

「その金、出してやるよ」

「……すごくありがたい話なんだけど、返す方法がないから……」

「返すのなんていつでもいいんだよ、ほれ、小切手」

 銀は荒々しく小切手を突き出した。

「あ、ありがとう……!」

 男性は、これで救われたと思っていた。





 午後8時00分

「ウィリアムズさん!ウィリアムズさん!」

 男性は、例の恩人の元を訪ねた。

「なんだね、騒がしいぞ」

 とても無愛想だったが、男性はそんな事気にせず話を続けた。

「返せます!今すぐに!お金が!」

 天国にでもいるかのような、晴々しい表情を浮かべる男性に対し、恩人の顔は曇っていた。

「そ、その事なんだがね、計算から除外していた分があって、それを足すと、倍になるんだよ、倍に」

「倍……ですか……」

 男性は、あまりのショックに、力無くその場に座り込んだ。

「そんな……倍だなんて……」

「ま、まぁ今ある分だけでも貰っておこう」

 そう言って恩人は男性の手から小切手を抜き取った。





 午後11時06分

 2人の表情は今まで以上に暗いものだった。

「どうしたらいいんだ……どうしてこんなことに……」

「もう……生きていける気がしないわ……」

 ひどい現実だ。

 男性に1通のメール

「ちょっと出掛けてくるよ……」

「うん……」

2人からは生きる気力なんてもの微塵も感じなかった




 午前0時00分

 またあの場所に、銀はいた

「いやぁ、すまねぇな、会社の経営が傾いてきて、あの金、返してもらわなくちゃいけないことになっちまったよ」

 のらりくらりと動きながら言ったその一言は、男性にとっては、重すぎた。

「嘘だろ……返済はいつだっていいって……」

「だからさぁ〜」

 男性の言葉に被せるように、銀は言った。

「会社が危ねぇって言ってんでしょうよ……あんたは俺の会社を潰す気か?」

「そんな……」

 もちろん、そんなお金、持ち合わせていないし貯まってもいなかった。




 午前1時57分

「……そんなこと……あるの?」

 女性は、涙を零しながら、その場にへたり込んだ。

「そんな……ことって……」

 どんどんと声がかすれていき、嗚咽が混じる。

「……初華さん……」

 男性は、決心したような表情を見せる

「初華さん、心中を……しよう」

「しん……じゅう……?」

「こんな腐った社会で生きるのはやめよう!来世でまた……結婚しよう」

 周りから見れば妄言だろう。

 けれど、この場に直面した2人だからこそ共有できた気持ちなのだろう。




 午前4時09分

 2人は、出会いの場であるウィリアムズ邸に忍び込んだ。

 カツ、コツという音だけが響く程静かだった。

 調理室からナイフを拝借した。

「初華さん……なぜロープを?」

「そのまま無抵抗より、抵抗ができない状況の方が罪悪感が少ないでしょ?」

 と言って、近くの柱を指差し、「ここに縛って!」と言った。

 そこは、僕らの出会った事務室の目の前だった。




 午前4時13分

 縛り付けた、あとは刺すだけだ。

 そのことを考えた途端、男性の目から涙が溢れた。

「あれ……?なんでだろう……」

 嗚咽混じりに男性は言っていた。

「明徳さん……」

 女性も、涙を流していた

「これで、終わりだね」

 溢れ出る涙とともに

 ワインレッドの血が舞った

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