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ワインレッドの記憶  作者: 雪と
一章 出会い
1/4

出会いの曽根崎殺人事件(前編)

文才に恵まれず、路頭に迷った《神崎 双舞》は、叔父の知り合いの私立探偵の助手を務めることになった。

これは2人の出会いとなる事件。

 9月28日

 午前4時13分

 カツ……コツ……と、足音が異常に大きく響くほど静かな早朝の館。


「これで、終わりだね」


 痛々しい音とともに。

 ワインレッドの血が舞った。







 午前10時30分

 煉瓦造りの街並み。

 まだ夏の面影が残り、半袖と長袖が混在している大通り。

 そのど真ん中で僕は嘆いていた。大きな恐怖に。

 前職で挫折した僕は、これから探偵の助手をすることになった。

 今日がその最初の仕事、顔合わせである。しかしながら、今回は相手が悪い。

 “血の探偵”

 そう呼ばれる人である。

「もう後には引けない……ここまで来たからにはやり通さねば!」

 言葉に出して己を鼓舞する。

「挫折した僕にも非があるが、勝手に話を進めた挙句海外に飛ばす方もどうなんだ……」

 しかし心は半泣きである。

 ここはイギリスのロンドン。

 かの有名なシャーロックホームズシリーズの舞台となった場所。

「うだうだしてても始まらない!朱華さんのところへ行こう!」

 そう言って僕は曰く付きの探偵事務所へ歩みを進めた。




 午前11時03分

「ここが……朱華(はねず)探偵事務所……」

 横並びに続くお店の中で、隠れ家のように看板が立っていない。

 煉瓦で組まれたその建物は、ロンドンの街並みに溶け込んでいた。

 短い螺旋階段を登り、ドアの前で頰に一発気合いを入れる。

 しかし心臓の鼓動しか聞こえない。

 カランコロンという軽快な音が心地よい。

 ……まるで飲食店。

「失礼します……」

 部屋の奥には落ち着いた茶色の机があり、その奥に回転する革の椅子があった。

 その机の前には、依頼人と話すための小さいテーブル。

 そして対面になった2つのソファーがある。

 部屋の中を見回していると部屋の中を掃除する幼い顔をした女性と目が合った。

 見た目からして学生だろうか。

 朱華さんの妹さんかな……?

 とりあえず聞いてみよう。

「あのさ、君、朱華 茜(はねず あかね)先生がどこにいらっしゃるか分かるかな?」

 少女はキョトンとした表情でこちらを見つめた。

 何か気に触ることをしたかな……?

「朱華とは、私のことだが?」

「え?」

嫌な汗が全身から吹き出してきた。

今、僕の就職への扉がカチャリと施錠されたような。

そんな気がした。



 11時08分

「先程は本当に申し訳ございませんでした!」

 僕は全力で頭を下げ続けた。

「まぁ、よくあることだ、気にすることはないさ」

 あれ、思ったよりもあっさりと許してくれた。

 暗い赤色に染まったチェスターコートに似合う暗めの茶髪姿の先生は、声も幼く、成人には見えなかった

「それよりもまぁ、まず自己紹介をしてもらおうか」

「は、はい!神崎 双舞(かんざき そうま)です。先生の助手を務めに参りました!」

「双舞クンか……珍しい名前だね」

「よ、よく言われます」

よく言われます……じゃないだろ!しっかりしろ!僕!

「私は朱華 茜(はねず あかね)だ、探偵をしている、宜しく頼む。ところで助手クン」

 先生は急に顔を近づけてきた。

「君は先程私をなんだと思って話しかけた?」

 やっぱり根に持ってた……!

「す、すみません!」

 すると先生はクスッと笑い、軽く言った。

「冗談さ、そんなちっちゃくなるなよ。君に非がある訳じゃないんだ。私が小さいのが原因だもんな?ぜーんぶ分かってるよ大丈夫」

 これは冗談の顔じゃない。目が笑っていない。獲物を刈り取る目をしてる……!

 発する言葉から感情というものが消え去っていた。

「君は今日からここで働くつもりみたいだが、己が何もせずに働くことができるなんて、そんな都合の良いことはまずない……だろ?」

「それは……どういうーー」

「私は君の実力を知らないんだ。だから今から事件現場に行って君の入社試験を行う。詳しい情報は移動中に話す、付いて来なさい」

 先生はそう言ってスタスタと早足で歩いて行った。

「ちょ、いきなりですか!?先生!」

「いきなりもお稲荷もないさ、事件は事前にオコリマスヨー!なんて言ってくれないぞ?」

「そうですけど……」

 螺旋階段を降りた先には馬車があった。

「馬車……?」

「あぁ、そうだ、さっさと乗りたまえよ」

 なぜ……馬車?

 僕は訳が分からないまま乗車した。

 すると、小さな紙切れを渡された。

「それを見て確認しておいてくれ」


 事件が起こったのは早朝。成金大富豪のウィリアムズ邸。

 遺体の正体は恋人同士だった曽根崎 明徳(そねざき あきのり)さん28歳と雪川 初華(ゆきかわ いちか)さん27歳の2名。

 雪川さんの周囲には、事件で使われたと思われる凶器が落ちていた。


「助手クン、君はどう推理する?」

「……この情報だけでですか?」

「単なる仮説だ、私の推理の足しにするわけでもない気にせず言え」

これはもうただの嫌味ではなかろうか。

「僕は、心中か他殺のどちらかであると思います。2人の間での口論が発展したか、片方の異性関係での逆恨みかーーあれ」

 やけに静かだった朱華さんは話を横目に眠りについていた。

「マイペースの塊かよ……」

 ますます訳が分からなくなった。



 12時27分

 事件現場、ウィリアムズ邸に到着。

 そこはパトカーや立入禁止を示す黄色いテープで囲まれていた。

 広い庭は木で囲まれており、住宅街でありながら他の家と全く違う雰囲気を醸し出している。

 真ん中には噴水があり、そこから続く道は外壁の門と玄関を繋いでいた。

 首を横にスライドさせなければ、とても全貌が確認できない。

「異様に広い上に美しい……」

「まぁ、家主がとんでもない大富豪だからな……っしょと」

 テープをくぐった先は、まるで別世界。

 空気の重さが段違いだった。

「なにボケーっとしてんだ?さっさとついてこい」

「は、はい!」

 僕らは事件が起こった調理室近くの廊下へ向かった。

 床一面の大理石、そこに敷かれた赤い絨毯。柱一つ一つもとても立派だ。

 みんな靴で出入りしているはずなのに塵ひとつ見つからないとは、恐ろしいほどである。

 豪華絢爛って言葉がよく似合う……。

「チッ……性格が出てやがんなあのナリキンだぬきが」

「ん、今なんてーー」

「警備員クン、ここは事件発生時からなにも変わってないね?」

「はい!一切手を加えておりません!」

「そうか、ありがとう」

 遺体を見た瞬間、心を強く打たれたかのように、ズシンッと何かが重くのしかかってきた。

 先生は、先程とは打って変わって真剣な表情になった。

「女性は柱に縛られ、心臓に一発か……」

「男性は自ら心臓をナイフで刺し、自殺したようです。女性を拘束しているので、無理心中でしょうか?」

「……その可能性も考えて調査してみよう。無理心中をするような予兆も感じ取った人がいるかもしれない」

朱華さんは、より真剣な表情で僕の正面へ来た。

「入社試験はここからだ。自分なりにこの事件を推理してみるんだ。夕方の5時、もう一度ここに来い。以上だじゃあな」

朱華さんはそれから何も言わずにその場から去っていった。

僕はその場に一人取り残され、いきなり突きつけられた条件に唖然としているだけだった。

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