殺し屋 須崎1
7
横浜駅西口にある飲食店街の細い路地を曲がって、須崎は目的の場所に着いた。
両側を飲食店の入った細長い雑居ビルに挟まれた、三階建てのビルだった。一階はシャッターが下り、二階と三階のブラインドの隙間から蛍光灯の明かりが見える。煉瓦の壁に『大総興業』と金文字で表示してあった。
腕時計に目を落とし、周りに顔を巡らせた。午前十時。ネオンの灯が消えて灰色に沈んだ通りに人影はない。須崎は庇をつまんでキャップを目深に被りなおし、インターフォンのボタンを押した。鉄扉の上に設置された監視カメラがこちらにレンズを向けている。
――はい。
「木村貞勝さまにお届け物です」
――誰からだ。
「大胡総業の大胡正康さまからです」
――ちょっと待て。
しばらく時間があって、ロックの外れる機械音がした。須崎が手袋をはめた手をノブに伸ばす前に、扉が奥に開いた。
中から、まだニキビ跡が顔に残っているような二十歳前後の男が顔を覗かせた。
須崎は唇の両端を上げ、キャップの庇をつまんだ。
「すいません、ハンコお願いします」
「おお」
男が扉の陰に手を伸ばした瞬間、須崎は身体を沈めた。手に持った段ボールに右手を入れ、ナイフを握る。
横を向いたままの男の首の前で、右手で弧を描いた。
ひゅう、と笛のような音。遅れて喉元から噴き出す血。須崎は身体を退かせた。
男が飛び出さんばかりに目を見開き、口をぱくぱくと喘ぎながら首に手を当てた。指の間から溢れた血がしたたり落ち、みるみる足下に血だまりができる。
須崎は男の顔をじっと見つめた。その目に浮かんだ恐怖を感じ取り、背中がぞくぞくした。死を間近にした奴は皆、面白いほど同じ顔をし、同じ反応をする。
手応えからすれば、あと三秒。
いち、に、さん、ほら――。
男がゆっくりと前のめりに倒れていく。須崎は入れ違いで中に脚を踏み入れた。まずひとり。
うつ伏せに倒れた男の両足を持って中に引き入れ、扉を閉めた。せまい玄関の正面に短い廊下があり、その先に階段がある。右手には扉があった。中を確認してみる。ガレージだった。黒いベンツが停まっている。木村の車だ。
物音に気が付き、扉を閉めた。
階段を降りてくる足音、ひとり、ふたり――全部で二人か。須崎は階段の下に立った。
「あっ」
最初に降りてきた男が踊り場で立ち止まった。坊主頭で身体が大きく、ジャージの上下姿だ。後から続いた男が勢い余って坊主頭にぶつかる。
「コウジっ!」
唾を飛ばして叫び、テメエ、と須崎を睨みつけた。ゆっくりと階段を降りてくる。筋肉の盛り上がった肩を怒らせ、首をコキコキと左右に鳴らす。後ろについている男も同じようなジャージを着ているが、痩せてどす黒い顔色に目だけをギラギラと光らせていた。
須崎は右腕を身体の後ろに回し、左脚で床を蹴った。
同時に男の右足が飛んでくる。左に避け、男の身体を支えている左足首の腱を切った。
ぎゃっ、と悲鳴を上げて男が倒れ込んでくる。階段を蹴り、すれ違いざま首の頸動脈を切った――ふたり。
直後、ナイフを放って握りなおし、先の男に振り下ろす。
心臓にナイフを突き立てられた痩せた男は,声も出せず、その場に崩れた。階段の上を、自ら流す血で滑るように、ずるずると落ちていく。
――三人。
息は全く乱れていない。相手の動きもよく見える。よし、何の問題もない。
須崎は踊り場に立って階段を見下ろした。
階段の下に倒れているジャージ姿のふたりは、ぴくりともしていない。玄関先の男のうつ伏せの背中がまだ痙攣気味に揺れていた。
須崎はちっ、と舌打ちして階段を降り、ふたつの死体をまたいで玄関まで歩いた。倒れている男を足で仰向けに転がし、ナイフを心臓に突き刺した。肉を通す感触、先端が固い床に届いた。
ナイフを引き抜き、尻ポケットに入れたハンカチで刃についた血と脂をぬぐい取った。
血に塗れた男の歪んだ顔を見下ろしながら、須崎は思った。
いつから、こうなった――?
前はこんなことはなかった。狙った場所は狙った深さで、一撃で致命傷にできたはずだ。
気配に顔を上げた。階段がみしりみしり、ときしんでいる。
黒いシャツとパンツ姿の肥った男がそろそろと降りてきて、踊り場の所で立ちどまった。須崎と目が合う。笑いかけてやった。男がおびえたように顎を引き、急いで階段の上に戻っていった。
須崎も走る。階段を駆け上がり、廊下を走る男の後ろ襟を掴んだ。
ひい、と声を上げた男の首の後ろにナイフを刺した。噴き出した血が目に入った。視界が赤く滲む。
同時に両側の扉が開き、怒号と伴に人影が飛び出してきた。ぼやけて前がよく見えない。
くそっ。
あっという間に前後を挟まれた。何人いる? 須崎は気配だけで後ろに二人、前に三人とあたりをつけた。臭覚に神経を集中させる。鋼の臭い、火薬の臭い――はしない。よし、銃は持っていない。
右手のナイフをもういちど強く握った。視界が戻るのを待つ余裕はなかった。
床を蹴る。スライディング、前の三人の足元を刈った。
バランスを崩した男たちが倒れ込んでくるのを、横に転がりながら避け、立ち上がる。同時に、手前の男の首の後ろにナイフを刺し、残りの二人の頭を思い切り蹴り上げた。
がくんと不自然な形で、頭が後ろに曲がった。
七人――、
須崎は倒れた男の首からナイフを引き抜きながら、残る二人に顔を向けた。坊主頭で背の高い男とパンチパーマのがっちりした男。坊主はグレーのトレーナに迷彩柄のパンツ、パンチはスカジャンにだぶだぶのジーンズをはいている。視界は完全に回復していた。
「テメエ、どこのモンだ」
低い声で坊主頭がいった。右手に金属バットを持っている。血走った目の奥に微かに怯えの色が見て取れた。
須崎はどうにも可笑しくなり、笑い声をあげそうになった。
「なに笑ってやがるっ」
今度はパンチパーマが叫んだ。弱い犬ほどよく吠える。
開いた両側の扉の奥に目を向けた。どちらの部屋も、パイプ椅子にスチールの長テーブルがあるだけだった。テーブルの上には雑誌やコーラーのペットボトル、灰皿が載っている。部屋の中には誰の姿もない。やはり木村は三階か。
ふたりに目を戻した。同時に男たちの肩が揺れた。須崎はゆっくりと脚を前に進めた。
わけのわからない叫び声を上げながら、坊主頭がバットを振り上げて突っ込んできた。半身になって躱しながら脚を引っ掛けると、男はそのまま横を通り過ぎ、上半身から床に突っ伏した。続いて掴みかかってきたパンチパーマの腕を躱すと同時に、首の頸動脈を切った。
血が吹きだす前に、身体を回転させて走った。立ち上がろうとしている坊主の背中に飛び乗る。顎に手をかけ、一気にナイフを横に引いた。
がっくりと首が前に折れる。顎から手を離すと、ゴンと音を立てて頭が床に落ち、顔の下からじわりと血が床に広がった。
――九人。




