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詐欺師と泥棒と殺し屋と  作者: yomuyomu
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狸穴の光さん4

「蜂谷さん、すでに先生からお聞き及びかもしれませんが、実は今、弊社は大きな事業への投資を行っています」

「投資……ですか」 

 やはり、と思った。

「そうです、投資です。しかし未公開株を買えなどと、怪しげなものではありません。きちんと事業実態を伴った将来性のある事業への投資です」

「それは、いったい……」

「蜂谷さんは、マグロがお好きですか」

「は? マグロですか」

「ええ、そうです。マグロです」

「もちろん……大好物ですが」

 いったい何の話をするつもりなのか。さっぱり想像がつかなかった。

 薄葉が満足そうな笑みを浮かべ、二度三度と頷いた。

「蜂谷さんに限らず、我々日本人はマグロ、特に太平洋クロマグロが大好物です。実に世界で捕獲される八割が日本で消費されています」

「そんなに……」

「そうなんです。ところがですね――」薄葉が上体を倒し、顔を近づけてきた。「今や太平洋のクロマグロは生存量が激減しています。つい先日も、IUCNが絶滅危惧種に指定をしてしまいました。この現状を受けて、米国をはじめとする各国もクロマグロの漁獲高調整を日本に強硬な態度で迫っています。今のところ、何とか日本は踏ん張っていますが、遅かれ早かれ大幅に漁獲高が制限されてしまうのは間違いがありません。そうなってしまえば、何百年と続いてきた日本の伝統的な食文化が失われてしまう。環境の保護は理解できますが、何とも悔しくはないですか」

「はぁ……」

何となくわかったような、分からないような話だった。そもそもIU何たら、って何だ。その話がなぜ投資につながるのか。

だが、薄葉という男のひととなりは何となくわかったような気がしていた。印象よりもはるかに熱い男なのだろう。

「マグロ、中でもクロマグロは日本人の国民的な食物です。これが奪われてしまうのはクジラとは別次元の話です」

「蜂谷さん、なかなか実感が湧かないかもしれないが、日本のクロマグロは今、大変危機的な状況になっている。薄葉さんが投資しようとしているビジネスはその状況を根底から変えうる可能性を秘めたものだ。何より日本の食文化を守るという使命がこの投資には、ある」

 黙って聞いていた正木が口を開いた。薄場の熱意が乗り移ったのか、選挙演説を聞いているような強い口調だった。

 薄葉が正木に頷きかけ、また光生に顔を向けて続けた。

「従来クロマグロは完全養殖は技術的に不可能でした。ところが最近、日本国内の大学が世界で初めてクロマグロの完全養殖を成功させました」

 その話は光生も聞いたことがあった。確か銀座にその養殖マグロを食材として出すレストランもあったはずだ。

「しかし、いかんせん値段がまだまだ高い。量産体制が整えば価格はもっと手ごろになると思われますが、日本で生産をしている限りはコストの削減にも限度があります。今や世界の生産基地はアジアです。少し前までは中国がそうでしたが、今や完全に東南アジアに移りつつあります。これは何も自動車や機械ばかりでなく、食品の世界においても同様です」

「薄葉さんはね、そのクロマグロの完全養殖をフィリッピンでやろうとしているわけなんだ」

「それなら、その大学と提携をしておられると?」

 薄葉はゆっくりと顔を左右に振った。

「いいえ、提携はしていません」

「ならば、その……特許だとか、そういうところで問題があるんと違いますか」

 光生も正木の投資話に乗っているうちに、随分と勉強をしたつもりだった。投資と特許などの権利関係は切っても切れない関係にある。

「私たちが投資しようとしている養殖方法は日本の大学とは全く異なった方法です。しかも、より抵コストで、効率がはるかにいい」

 そんなにうまい話が本当にあるのか、光生の正直な感想だった。

「ご覧ください」

 そういって、薄葉が足下に置いていた鞄から書類を取りだした。光生はそれを受け取る。新聞記事のコピーのようだった。

 ディアマンテ化粧品(東京都港区 代表薄葉万起雄)は、このたびマグロ卸売り業として国内第二位の売り上げである㈱光秀と提携し、フィリピンでのクロマグロ完全養殖事業への投資を行うと発表した。クロマグロの完全養殖は先に近畿水産工業大学が成功させているが、薄葉氏によれば、全く別の技術を使っているとしており、この事業が成功すれば将来的に現在の国内クロマグロ価格の二割以上の低価格化が見込めるという。

 小さな記事だったが、れっきとした毎朝新聞の記事だった。日本を代表する大手新聞社の記事だ。

「これは……」光生は驚きを隠せなかった。これは、本物……かもしれない。

「三か月前の記事です。株式会社光秀は国内シェアこそ二位ですが、大手スーパーへマグロを納めている卸売り業者です。ですから、この事業が成功すればすぐにでも国内大手スーパーに品物が並び始めるわけです。大学の銀座のレストランとは、事業スタート時点での物量が天と地の差です」

 薄葉がじっと光生の目を見つめてきた。光生も視線を合わせた。切れ長の目に、熱い光が漲っているように見えた。

「どうだね、蜂谷さん」

 正木がいった。ソファの背に片腕を載せ、脚を組んでいる。

「す、素晴らしい……と、思います。でも――」事業そのものへの疑問はなくなりつつあった。だが新たな疑問が湧いてきた。「何でウチみたいなトコに。こんな事業なら、もっと大手の企業が投資をしたがるんと違いますか」

 ふむ、と正木が頷き、薄葉に視線を向けた。

「当然の疑問だと思います。事実、会社にも日本を代表する商社や食品メーカーから問い合わせの電話がひきも切りません。だが僕はそれらを全て断っている」

 薄葉が言葉を区切った。光生の言葉を待っているような雰囲気だった。

「それはまた、どうして」

 光生の問いに薄葉が白い歯を見せた。

「僕のエゴです」

「はい?」

「欲なんですよ。事業から得た収益をできるだけ自分の会社のものにしたい、っていう。だが大企業と提携をした時点で、ウチみたいな零細企業は呑みこまれてしまうのが目に見えている。ほんの数億の現金と引き換えに、その後に発生するだろう何百億、いや何千億円っていう売り上げは全部彼らのものだ。僕にとって光秀との提携すら最大限の譲歩なんです」

「蜂谷さん、薄葉さんは熱い男なんだ。君もそうだが、私は熱い男が大好きでね」

 正木が言葉を継いだ。

 薄葉がソファに浅く座り直し、テーブルに両手を置く。

「失礼ながら蜂谷さんも、僕と同じ中小企業の経営者だ。自分の立ち上げた会社を社員とともに大きくしていきたい。その気持ちは理解していただけるのではないでしょうか」

「まあ、それは……」

 光生は言葉を濁した。本音をいえば会社を大きくしたい、それも従業員とともに、などと真剣に考えたことは全くなかった。ただ何とか家族や社員たちが食っていければいい、その程度にしか考えていなかった。

 だが、確かにこれなら……。

ウィスキーの入ったグラスを見つめた。この事業への投資が成功すれば、先の見えない蜂谷設備の未来が開くのかもしれない。もちろん具体的なイメージがあるわけではない。けれど、薄葉の話には、光生を引きつけるとてつもない魅力があった。

 光生は顔を上げた。

「ちなみに薄葉さん、その投資額というのは幾らですか」


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