5話 下級女騎士から始める王国陥落物語 起
アルカナ平原を抜け、切り立った崖まで辿り着いた、私たちバスティア一行。
「あー、ダリィ」
「やっぱり搾り取り過ぎたのがいけなかったんすね」
レイナさんが疲れ切ったダーリンに肩を貸しています。疲れたダーリン、私もおぶりたいです。狡い狡い狡い狡い狡い狡い………
「はっ………」
溢れ出る涎を服で拭い、性欲を深層に押し戻します。今は切り替えが肝心、今日は町を目指すのですから。
因みに今、ハイルの魂の影響が強くなっています。現在思考の中まで丁寧言葉なのはこれが原因ですね。ですが、私は女神ベルフェ。小娘なんぞに負ける程ヤワではありません。しっかりとハイルの魂を取り込み、少しずつ魂の情報を喰らっています。
「あれが町ですね」
崖を一通り見渡してみると、其れなりの規模の町が見えてきました。パーティメンバーが誰一人地理に詳しくない私たちには、情報を仕入れることの出来る絶好のチャンスに巡り会えたとも言えます。
「レイナさん、ダーリンを頼みますよ」
「自分に頼まれるのは相変わらず慣れないっすね、でも、了解っす!」
レイナはダーリンを抱きながら妖精の羽を使って滑空、私は例によって飛行魔法ウィンドを使い、共に町を目指します。
ダーリンは更に気分を悪くしたようで、顔色が青から紫に変色しています。これは町に着いたらしっかりと休ませないと大変なことになりそうです。
「ダーリン大丈夫?」
「吐きそうっす」
崖下に降りた後は、歩いて町を目指します。町には何があるかわからないので、一応念のためです。
「レイナさんは羽をしまって、人間に成りすましてください。レイナさんが妖精だとバレると、色々と面倒なことになりかねませんから」
レイナさんに羽を引っ込ませた後、彼女と共に草叢を掻き分け、町の入り口を目指します。
数分歩いていると、鉄製の門が見えてきました。私たちがそのまま門に近づくと、槍を構えた騎士二人が、私たちの正門の通過を阻害します。
「由緒ある王国、パルテに何の用だ」
町ではなく、誰かが主となって治めている国の様です。聖域でも似た組織形態の国が存在していて、中には訪れた国があったことを、私は今でも覚えています。
矢張りここでも簡単な入国審査をクリアしないとならないのですか。組織を護る為には致し方ないことではありますが、私たち旅人にとっては、鬱陶しいものに他なりません。
「私は小遣いに出ている村娘で、後ろの二人は、同伴者と、友達です。しかし、その最中このお方が身体を壊してしまいまして、その看病と、村に持って行く日用品と食糧品の買い出しの為に来た次第でして」
当たり障りのないことを言っておけば、簡単に通れる筈です。
「わかった。但し、滞在は一泊二日だけだ。今は少々慌ただしい時期でな、他所者を余り長く留めておく訳にはいかん」
うん、まあ妥当な結果ですかね。最初は少々ヒヤリとしましたが。
滞在期間をあんなに短縮されたのは予想外でしたが、なんとか入国に漕ぎ着けることが出来ましたね。結果オーライです。
「今日は国を巡回してみましょうか。レイナさん、宜しくお願い出来ますか?」
「ウチの扱い、荒くないっすか?ダーリンの為なら頑張るっすけど」
「私は宿でダーリンをガードしていますから」
「そう言ってまたダーリンを搾り取る魂胆っすよね」
「まあまあ、そんなこと今はしないですよ」
嫌々な顔をするレイナを半ば無理矢理路地裏から飛ばした後、私はダーリンを背負い込んで宿に入り、ダーリンをベッドに寝かせます。
飛行能力に長けた駒は使いやすいことこの上ないです。人間の私が未だ出来ない、魔法に依存しない恒久的な飛行手段を持つ妖精は、今のところ変えの効かない駒なんですよね。
さて、無駄話はさて置き、先ずは気がかりな王国総本山である、彼処に聳え立つ城の内情を調査しましょう。門番の言ったことからして、どうにもきな臭い感じがするんですよね。
それに、この王国で今後使えるであろう強い駒を増やせるかもしれません。人材の確保は欠かせませんね。
なんだか、面白いことになってきました。
私は窓から見える城を見つめ、軽く笑みをこぼすのでした。
「ん?ハイルの奴、次から次へとウチに面倒ごとを押し付けてくるっすね」
ハイルから飛んで来た指令は、城の内情の調査っすか。そんでもって、出来ればウチに続く駒の回収。同一人物がベースとはいえ、無茶振りも大概にして欲しいところっすね。
しっかしデッカい城、地上からの侵入はコンクリートの巨壁が阻み、上空からの侵入は………えっと、魔法結界の餌食というところっすかね。ウチみたいな特殊タイプまで対策を網羅しているとは、只者じゃないっすよ。
強度自体はウチにとっては破れないものでは決してないんすけど、壊す為にそれなりに派手な魔法や特技をぶっ放すとなると、それなりの存在感は示してしまうんすよね。
ウチの暗躍がバレたらハイルも動きづらくなるっす。下手にはボロは出せんっすね。
あぁ!もどかしい。痒いところに手が届かないっす!
ウチはステルスとかの、スピード系以外の絡め手は元々苦手なんすよ!
せめて絡め手の達人であるダーリンが居てくれたら別なんすけどね。
「もう、わたしには才能なんてないのかしら………」
ん? なんすかね? あれは………
「おお、神よ! 妖精よ! 哀れな下級騎士であるわたしを御救いください!」
「妖精に何か用っすか?」
「妖精さん? 本当に妖精さんなの! 随分大きいのね」
金髪ポニーテールに青い目、そして透き通る白い肌の女。それに鉄製の銀の騎士甲冑に剣っすか。重そうっすね。軽快さを信条としている妖精には考えられない重武装っすよ。信じられないっす。
「ちょっと待ってて、うあ!」
「………………」
騎士甲冑の重さに耐え切れず転んだっす。
見たところ王国騎士みたいっすけど強い………とは言えないっすね。それどころか、寧ろ此奴は弱そうっす。でも、意外に使えそうな駒になるかもしれないっすよ、ハイル。
「如何にも、ウチは伝説として、みんなから崇められている妖精っす。名前はレイナっす。よろしくっすー」
「妖精さんって予想以上に人懐っこいのね。貴女たちのことが綴られている本には、気難しくて、人間には決して心を開かないって書いてあったけど」
迂闊に取り入ろうと柔和な態度をとったのが裏目に出たっすね。妖精は人間にはそうとられていたっすね。しかし、そんなのウチには想定内っすよ。
「妖精だってみんながみんな気難しい奴等じゃないっすよ。風評被害が甚だしいっす」
「あら、御免なさいね。本の情報ばかり重視して、貴女のことを見ていなかったかもしれないわね」
「わかればいいんすよ」
「わたしの方からも名乗っておくわ。わたしはアナスタシア・レオパルド。妖精さんに会えるなんて感激!わたし、妖精さんと神様みたいな神聖な存在に憧れているの」
「………へぇ、そうっすか」
ウチが嫌いなのは虚飾の塊であるその神聖さで馬鹿な客引きをしている其奴らっすよ。
「どうしたの、妖精さん」
「いや、なんでもないっすよ。軽い考え事っす」
まあ、その信仰心のお陰でウチを疑うことなく信頼しているのが成り立っている訳っすから、此れは此れで良しとするべきっすかね。
ウチは複雑な気分っす。忌み嫌っている存在に計画遂行を手助けしてもらっているって、とんだ皮肉っすね。
「そういえばあんた、強さで悩んでいるっすよね」
この一言で、無理矢理明るく気丈に振る舞う此奴のトラウマ、強くなりたいという欲を引き摺り出すっす。
「ああ、やっぱりそこも聞かれていたか。妖精さんは地獄耳なのね」
アナスタシアは暗い顔で俯き、ウチに思いの丈を話し始めたっす。
「わたしは弱い。数年前、必死の想いで念願のパルテ騎士団に入ったは良いけど、それから肝心の騎士団の厳しい訓練は振るわず、何時もメンバー中最下位の成績。そんな成績で実戦なんて出来る訳もなく、わたしだけ騎士でありながら魔導師たちに混じって後方支援に置かれることもザラだった。そんな経緯から、仲間たちには馬鹿にされ、虐げられる苦渋の日々を散々味わったわ」
「それは大変っすね」
天を仰ぎながら、口から哀愁漂う、儚げな声で言葉を吐き出すアナスタシア。
どう対応すればいいかわからないっすね。
取り敢えず、適当に相槌を打っておくっす。此奴に求めるのは、そんなところじゃないっすから。
「わたしは強くなりたいの。騎士学校に通うための学費を一生懸命工面してくれたお母さんとお父さんの為にも、敵国からみんなを護れる最強の騎士に!」
「………………」
アナスタシアはあがりかけた息を整え、作った笑顔で言う。
「妖精さん、わたしの話、聞いてくれてありがとう。嬉しかったよ、悩みを聞いてくれる人に会えて………今日のこの日を糧に、わたし、もうちょっと頑張ってみるよ」
「話を聞くだけって、それだけで満足なんすか?」
「妖精さん?」
此処だ………此処を突くっす!
「頑張るって、どう頑張るんすか?」
「それは………」
「根拠のない精神論なんて、自分をますます惨めなものに追いやっていくだけっす」
「うぅ………」
「お前、また惨めになりたいんすね」
「………………」
身体が震えている。もうちょいっすね。あと一押しっす。
「折角強くなる方法を伝授しようと考えていたのに………アナスタシア、お前がいいって言うなら、無理強いはしないっすよ。ウチは用済みみたいっすから帰るっす。じゃあなっす! 惨めな金髪お姉さん!」
「待って………」
「ん? 聞こえないっす」
「待って! 妖精さん!」
「はい? なんすか? 答えるっす………」
「わたしを強くしてくれるの?」
「………そうっすよ。騎士様がそれを望むなら」
アナスタシアは涙目になってウチに擦り寄ってきた。そんなに追い詰められていたんすね。親の為、国の為、みんなを護りたい強過ぎる欲求………興味深いじゃないっすか。
前言撤回、気に入ったっすよ、アナスタシア。
「騎士様、ウチに着いて来るっす」
「うぁ!」
ウチはアナスタシアを引っ張り上げ、人気のないところへ誘導していくっす。
もう少しっす、これも全てダーリンの為の尊い犠牲っすから………
ワルクオモワナイデクダサイッス………
「妖精さん! 何? いきなり無理矢理引っ張って」
「ヘルシャフト! 現れるっす!」
今までと同様に、宝具を召喚し、詠唱を開始したっす。
「妖精………さん?」
「クフフ………もうお前の意思には用はないから教えてやるっす。ウチは妖精であって、もう妖精ではないっす」
「言っていることがわからないわ」
「ウチは堕落した女神ベルフェの化身、レイナ・ベルゼブブ。王国騎士の立場を利用する為に、これからお前の身体を戴くっす」
詠唱を終え、ヘルシャフトが覚醒するっす。
ヘルシャフトが眩い光を発し、ウチとアナスタシアを呑み込んでいくっす。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!お父さん!お母さん!助け………」
苦しみは一瞬………直ぐに楽になるっす。
◆◇◆◇◆
光が消え、吐き出される二人………
カチッカチッ………
鉄の甲冑が音を立てて、一人が起き上がる。アナスタシアだ。
立ち上がった彼女は今までの清楚なイメージが崩れかねない、鋭い角度で口角を釣り上げた邪悪な顔でニヤニヤとしている。
「ククク、今のパルテ王国は戦争してるのか。慌ただしい理由はこれだったのね。わたしの睨んだ通り、面白そうじゃないの」
「おお、下衆い下衆い! さっきまで無邪気だった金髪お姉さんが邪悪な顔をしているっす!」
「妖精さん………わたし、強くなったわ」
アナスタシアに続き、起きたウチは彼女の変化をばっちし捉えていたっす。アナスタシアの記憶がウチに流れてきているこの時点で成功っすから、そこまでする必要性は皆無っすけど、背徳感に駆られ、身体を震わせる瞬間がまたたまらないっすよね。
「わたしは強くなった、ほら、見て?」
前までの覚束なかった動きから、見違える様に慣れた動きで移動し、剣を振り抜くアナスタシア。
振り抜いた剣を近くに木に向け、薙ぎ払ったっす。
「まじっすか………」
白い衝撃波と共に、一瞬で切り裂かれる木々。魔術等の異能に精通する妖精のウチだからこそ確認できるっすね、これは、
「空間を切り裂いたっす………」
「ダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリン………うヒヒ、強くなったわ、わたし、ダーリンの為に強くなったわよ………」
強い欲求が叶ったことで振り切れておかしくなっているっす。制御しきれるっすかね………