31話 シーラス攻防戦 その6
「ご主人様、自爆、ご主人様、自爆、ご主人様、自爆………ご主人様の為に自爆させろ〜!」
結界に捕らえられたアーデルが、結界の壁面に爪を立て、全身から血を流しながら、騒がしく叫んでいる。その痛々しい様は、棘へと形を変え、わたしの心に突き刺さる。
「自爆ぅ、ぁぁぁぁぁ! 自爆自爆自爆自爆自爆! ご主人様が自爆しろと言ったんだ! なんとしてでも自爆してやる!」
「アーデル………」
「感傷に浸るな。あれはもう敵だと割り切れ。戻って来ない奴を想っても虚しくなるだけだぞ」
「………………うぅ」
わたしはもう、アーデルを見ていられなくなり、玉座の間から飛び出した。
「アーデルを元に戻したい………彼女はわたしの唯一の友達だから」
外の誰も来ていない場所でポツリと呟くと、わたしはゆっくりと歩き出す。
「ベルフェを倒せば………もしかして」
淡い希望だ。倒したところで、宝具の魔力から解放されるとは限らない。でも、可能性が潰えた訳ではない。
「ベルフェを………倒す!」
わたしの矛先は、元凶であるベルフェに向いた。それは必然だ。やられたらやり返す。幼稚な理屈だけど、その怨嗟は、鎖を連ねて、どこまでも連なり、闇の世界を広げていく。
わかっているんだ。復讐なんて遂げたところで、咎の炎で、己の身を焼き殺すのみだ。でも、わたしはもう止まらない。恨みがわたしを後押しする限り、わたしは彼奴を討つと、決めたのだ。
『ふふふ、わかりますよ。私が憎いですよね』
「⁉︎」
脳に響く声………テレパシー。声の主は、声色は違えど、雰囲気から察して、ベルフェだ。
「何処ですか!一人になったら狙うとは、正しく卑怯者のそれですね」
『それでは、卑怯者らしく、私は手を汚さず、高みの見物でもしましょう。先ずは、捕られた駒を返してもらうとします。行きなさい………我が尖兵たち』
「「全てはご主人様たちの為に!」」
窓を破り、入って来たのは2人の子どもたちだった。
『手負いのあの女神は殺して構いません。アーデルを回収して来なさい』
「はっ!」
「ぐっ!どこまでわたしたちをこけ下ろせば!」
『どこまでも………というのが、回答として相応しいですね………やれ』
黒髪ツインテールとショートテールの少女たちが、ブレードを携え、凄まじい速さで突撃してくる。
「ぐぅ!………水の壁!」
前方に水の壁を張り、敵の出方を見る。
『彼女たちはただの奴隷ではありませんよ………私が特別に教育した、実戦型の奴隷たちです』
「斬る………」
少女の一人………ツインテールが、ブレードを構え、
「惨殺………」
ブレードを振り払い、水の壁を斬り裂く。
「こんな人間が! 女神の魔法を斬り裂いた!」
わたしは、絶対に有り得ない光景に驚愕している。特別な才能も感じない、ただの少女に、女神の強大な魔法を斬られた。
『彼女には魔法の簡単な斬り方を懇切丁寧に教えてあげました』
二人の少女は、崩れ去る水の壁の上からブレードを振り下ろしてきた。
だが、寸前のところで少女たちは光の魔法で吹き飛ばされる。
現れたのはスフィアさん。
「大丈夫か!」
『来ましたね………読んでましたよ! 貴女の動きを!』
二人の少女は目標を切り替える様に、玉座の間へと走り出した。
「ベルフェの目的はアーデルの奪還だ! 聖騎士たち! その二人を止めろ!!」
雪崩れ込む聖騎士たちを走る彼女たちが一瞥すると、ツインテールが再びブレードを構え、
「不殺」
「「「ぐわぁぁぁぁ!」」」
ブレードから放たれた剣圧で聖騎士たちを吹き飛ばした。
「正義は、脆いね、ノエル姉さん……」
「ご主人様の言った通り、正義なんて形だけのものだったんだよ。シエル」
ツインテールの少女、シエルは、アーデルの結界に手を置き、
「解放」
と、唱えた。
結界は効力を失って解けていき、中から件のアーデルが飛び出して来た。
アーデルは外に出られたのを喜んでか、手で、落ちている頭を抱え、小さく笑みをこぼしていた。
「人間に助けられるのは癪だが、ご主人様のお恵みなら、それも仕方ねぇか」
「アーデル、傷を治療します」
「チッ………早くしてくれよ、俺はまだ戦い足りねぇんだ」
ショートテールの少女、ノエルはアーデルの身体に手を当て、傷の治療を行い始めた。傷はみるみる塞がっていき、アーデルの辛そうだった顔にも、活気が戻っていく。
「何故こんなにも早くアーデルを回収しに来た………捨て駒にしたアーデルに戦力を投入する価値があるとも思えない。あまりにも不可解だ」
『見せしめですよ………』
「………なんだと!」
『虚飾に満ち溢れた、女神の無能ぶりを露呈させてみようと思い至っただけです。ほら、外を見てください………』
わたしたちは揃って城壁の外を見る。
「敵のスパイをあっさりと城に侵入させた無能の奴等が出て来たぞ!」
「用心棒を謳っておきながら、捕虜をむざむざと解放されているじゃないか!」
「エルフの国、シーラスが………侵略者の手に落ちる。もう女神なんていたところで焼け石に水だ! 俺はもう、こんな国から出て行ってやる!」
「何が正義の使者だ! わたしたちの国をここまで荒らさせやがって! お前らも同罪だ!」
シーラスの国民たちが、城門前に溢れかえっており、今にも問を打ち破り、雪崩れ込みそうな勢いとなっている。
中には、わたしたちに向けて、石やガラス片等の凶器を投げつけてくる者もいた。
『今に至る一部始終を彼等、彼女等にも、其処の魔力モニターで見てもらいました。勿論、アーデルは最初からスパイだったという流れでね。正義なんて上辺だけのものだと、私の想いを出来るだけ皆さんに知っていただきたかったのです』
「巫山戯た真似を! 裏切り者がぁ!」
『私は巫山戯てなどいません。逆に言ってあげましょう。巫山戯ているのは貴女方だということを!』
ベルフェの大声が木霊した後、魔力モニターが再び現れた。其処には、シーラス王女が敵に囚われている様が映っていた。
「シーラス王女まで………も………グァァァァ!」
「ククク、ソフィアさんは私と同じく、優秀ではあるのですが、甘いのですよ!詰めが!」
この言葉と共に廊下に新たな足音が鳴り響く。
満を持して、廊下を歩いてやって来たのは、一人の村娘だった。しかし、まともなのは見た目だけで、周囲からは邪気が溢れており、応戦する聖騎士たちが、放たれる邪気にあてられ、倒れていく。
「この姿でお会いするのは初めてですね。今の私のことは、ベルフェゴールとお呼びください」
真の絶望は、ここからだった。
◆◇◆◇◆
各地に散りばめられた魔法陣から放たれる奴隷たち。
「ふふふ、わたしの転移魔法で戦力の供給は完璧。さあ、詰めだよ! ご主人様!」
街の中心で、ルナは黒く微笑む。