30話 シーラス攻防戦 その5
「きゃあ!」
「遅いわよ! この後に及んで、アーデルを斬れないなんて抜かすんじゃないわよね!」
ベルフェのエルガオンの太刀筋が速すぎて見えない。アーデルの力強い攻めとは対極的な攻め。然も、手数を重視したその攻めは、双剣独自の優位性をそのまま反映していて、エルガオンを最大限に活かした立ち回りとなっている。
これは最早、友を斬るだとか、斬れないだとか、そんな次元で語っていたら、ベルフェの操るアーデルの前に為す術なく斬られる!
「逃げる兎を、ただ追い回すだけじゃつまらないわね」
ベルフェは攻めを中断して、一時距離を取る。
「この娘の剣と私の炎を掛け合わせたら、どうなるのかしら」
彼女はエルガオンを頭上で交差させ、黒い炎を纏わせる。
あれはベルフェの最大級の技、ダークフレアだ。あんな強大な魔法をエルガオンに纏わせるなんて、正気の沙汰とは思えない。下手をすればアーデルの身体が燃え尽きる。
「あんた、無理が祟って燃え尽きるなんて考えてるだろうけど、そんなの私さえ守っていれば、無問題よ」
そう言ったアーデルの身体には、強力なバリアが張られていた。
「レイナとの駆けっこの時の応用ってところかしら」
ベルフェは巨大な黒い炎を纏った炎剣の双頭を振り翳し、そのまま振り下ろす。
「水の壁!」
幾ら強大な魔法といえど、火は水に弱い筈。
「ああ、言っておくけど………」
「⁉︎」
「そんな生温い水じゃ、私のダーリンへの愛がこもった熱い炎を消すなんて出来はしないわよ」
水の壁の方が押し負けている! そんな、火属性魔法が水属性魔法に勝るなんて有り得ない。
「あんた、どうせくだらないセオリーで物を見ているんでしょうけど、ここではっきりと現実を突きつけておくわ。私の炎はあんたの水に勝っているだけじゃない、優ってるの。圧倒的に………凡庸なお前と私とでは、天と地程の隔たりがあることを、身を以て思い知りなさい!」
「破れる! 私の魔法が!」
矮小な水の壁では、特大の炎の化け物の前に於いては、ただの安い食事でしかなかった。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
わたしは己の魔法ごと炎に飲まれ、意識を失った。
◆◇◆◇◆
「近頃の女神は口だけの雑魚ばかりね。浮ついた正義の上で踊り狂ってるから、真の悪であるわたしに敵わないのよ。そう、正義は所詮、悪の前では無力。わたしと並べるのは、同じ志を持つ者………ダーリンだけなんだから!」
私はアーデルの声で、高らかに叫んだ。しかし、ギャラリーのいない、無音の空間で私の叫びを聞く者など、誰もいなかった。
「つまんないことを、進んでするもんじゃないわね」
私は己を嘲笑う………自虐した後、黒焦げになっているブルーラに剣を突き立てる。
「一杯食わされた腹癒せに、憂さ晴らしでもしようかしら」
剣を振り上げ、ブルーラの首をはねようとする。
「待て!」
私は声を聞き、剣を振り下ろすのを止めた。
「スフィアまで来ていたの」
スフィア・イーグレッド………私を聖域において、惨めなものたらしめた張本人。
そんな奴が、多数の聖騎士と共に、再び私と相見える。
「誰に指図してるかわかっているの?私が気持ちよく斬りたいと思っているのだから、ここは黙って斬らせるのが、弱者として弁えるべき礼儀ではないのかしら」
「ふん、貴様の戯言は相変わらずだな。他人の身体とはいえ、まさか再び女神として、私の前に姿を現すとは思いもしなかったぞ」
「私も好き好んでアーデルの身体を使っている訳じゃないわよ。ただ自らの手で、今の女神の実力を図りたかっただけ。女神に戻ったのは、きっかけに過ぎないことなのよ。まあ、結果は拍子抜けなものに終わったんだけどね。あんたら一体どんな鍛錬をしたら、こんなに弱くなれるのかしら。つい聞きたいと思ってしまう自分が恥ずかしいわ」
「長話は不要だ。悪は私に斬られてこの世から消滅しろ」
私の話はあっさりと断ち切られ、周りを聖騎士にそのまま囲まれてしまった。
「アーデルは既に敵の支配下にある。奴の身体ごと、ベルフェを斬って構わん!」
「残念だけど、あんたの相手はまた今度にするわ」
私はアーデルの身体から抜け出て、ハイルの元に帰ることを選んだ。
「貴様!また逃げる気か!」
『今回は面倒に巻き込まれたくないだけ。姫がいない以上、ここであんたらの相手をしていても無駄だしね』
『ふふふ、ちゃんとお詫びのプレゼントは置いていくから、それで許してね。アーデル、後始末は宜しく』
私はそう言い残し、傷だらけのアーデルを残して飛び去っていく。
「はい! ご主人様の為に! アーデルは自爆しま〜す!」
アーデル自爆用の魔力を、周囲から自身に掻き集める。
「ベルフェーーーーーー!」
あんたは其処で私と戦うこともなく、汚らしく野垂れ死するのがお似合いよ、スフィア。
◆◇◆◇◆
「エヒャヒャヒャヒャ! 俺はご主人様の為に自爆してくたばるぜ! ブルーラも、スフィアも、聖騎士も、皆一緒に死んで楽になっちまえ!」
アーデルを中心に風は渦を巻き、周囲には魔力光が粒子となり、彼女に取り込まれていく。
「アーデルを撃て! 自爆をなんとしてでも阻止するのだ!」
聖騎士たちはアーデルに魔力弾を集中させるが、高い魔力濃度の中にいるアーデルに、低濃度の魔力弾は届きもせず、エネルギーに還元されるばかりだ。これでは火に油を注いでいるに過ぎない。
どうすれば………
私は周囲を見渡した。
「スフィアさん………」
一人のマリンブルーの髪の女神が、肩を庇いながら、此方に向かって来るのが見えた。
………ブルーラだ!思い付いた!ブルーラの魔法なら。
「ブルーラ!怪我人に鞭を打つ様な真似をしてすまんが、アーデルを止める為に手伝ってくれないか?」
「はい………スフィアさんたちを……わたしの……魔法で………救えるなら」
◆◇◆◇◆
「彼奴に魔力を吸われても構わない! 思いっきり撃つんだ!」
「はい!水円陣!」
アーデルの周囲を、水の壁で覆う。
「あ? テメェ何しやがる気だ? その程度じゃ俺の自爆は止まらねぇ!」
案の定、アーデルの魔力吸収によって、わたしの魔法の魔力も吸われている。それにより、あっという間にアーデルの蓄積魔力はピークに達し、自爆の準備が整う。
「派手に散ってやるぜ! ご主人様! 俺の散り様、しっかりと拝んでくれよな! ………大爆発!」
アーデルの身体に光が灯る。
が………爆発はせず、光も直ぐに消え去った。
「なっ!何故だ!魔力は十二分に集めた筈だ。爆発が成功しない筈がねえ!」
アーデルは手を震わせ、気力を失い、そのまま四肢を地面に預ける。
「お前の自爆魔法の弱点は湿気だ、アーデル」
「俺の自爆が湿気に弱いだと!魔力光は問題なく集められたのに!」
「魔力の回収は問題ないだろうな。別に、私たちも、魔力吸収を妨害するつもりはない。寧ろ、早めたかった」
「⁉︎」
「自爆魔法の原理は、恐らく、魔力で己の身体を強力な爆発性の物質に変え、それを原動力に自爆を行うものだろう。原理があるなら、止められないものはない。お前の場合は、湿気らせてしまえば、それで終わりだ」
「ギィィィィィィ!」
アーデルは私に向かって、小さな火の玉を投げるという悪足掻きをしようとしたが、突撃を開始した聖騎士に取り押さえられ、それすらも無駄に終わるのだった。
「何とかこの場は収めましたね」
「アーデルは捨て石だ。まだ私たちはベルフェになんら手をかけてはいない。未だ踊らされているに過ぎないのだ」
◆◇◆◇◆
「そうですよ」
皆さんはそうやって、私の手のひらの上で永遠に踊っていてください。
「さて、手は揃いました」
「動くとしましょう」
「「「「はい、ご主人様!」」」」
「見えるよ………彼奴らが悶え、苦しむ様が、ボクには見える」