29話 シーラス攻防戦 その4
城の中マリンブルーの長髪をたなびかせる少女がいた。
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「おい………助けてくれ………」
シーラスの最奥に位置する居城。背後は断崖絶壁になっており、飛行魔法なしでは近づくことすらままならない。
しかし、その飛行魔法すら、仕掛けられた対空魔法陣の毒牙にかかってしまうので、事実上、背中への奇襲は不可能だ。
「敵が………雪崩れ込んでくる………俺……単騎じゃ…………止められなかっ……た」
玉座の間に現れた、血塗れのアーデル。息は絶え絶えで、翼もボロボロ。彼女は今にも崩れそうな身体を持ち前の精神力で支えていた。
「アーデル! 誰にやられたのですか!」
「ブルーラ、ベルフェで………ベルフェが………此処に………来る……」
わたし、ブルーラ・メイリはアーデルと同様、ベルフェを迎え撃つべく、シーラス王女から雇ってもらった女神だ。
「まさか! 一人でベルフェと戦ったのですか?わたしも一緒に戦うって言ったじゃないですか!」
わたしの叫びを聞いたアーデルは、わたしの手を力なくとり、微笑を漏らした。
「へっ………お前なんか要らねぇよ………」
「なんで………そんなにボロボロになって帰って来て何を!」
「そりゃ、決まってんだろ………」
「お前なんかと行ったら、ご主人様の奴隷候補が無駄に一人増えちまうだろうが!」
「アー………デル?」
アーデルのエルガオンが、わたしの胸部を深く斬り裂いた。
「ご主人様には俺だけを可愛がって欲しいからな。クゥ〜ン、クゥ〜ン、犬みたいに………地にへばり付いて………あははは! あはははははは!」
わたしは狂ってしまったアーデルを見上げ、その場に崩れ落ちた。
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「ご主人様、後は姫だけだ。ご主人様が手を汚す前に、ご主人様の奴隷である俺が方をつけるぜ」
アーデルは躊躇なく奥にある玉座を包むシルクのカーテンを焼き切る。
「あれ?」
だが、玉座はとっくにもぬけの殻であり、姫は脱出したあとだった。
「ブルーラ、姫をどっかへ行く様、手引きしやがったな?」
アーデルは血塗れの身体を庇いながら、踵を返し、此方のいる方へ近づいて来る。
そう………アーデルの言う通り。ヘルシャフトに味方が洗脳されて、スパイとして此処に潜り込んで来ることは考えられた。こう考えたわたしは、スパイの足止めとして、自分自身を此処に残し、敵のターゲットであるであろう姫様を城から逃がした。
ベルフェが此処に来ることはわかっていた。敢えてわたしたちの気配をちらつかせ、釣り上げようと目論んだのだから。
しかし、目論見はとんだイレギュラーを生み出すきっかけを作ってしまった。油断した友人の独断先行、そして、その友人が今、わたしの前に敵として立ちはだかっている。
「ご主人様のお手を煩わせてしまうじゃねえか。どう落とし前つけてくれんだよ!」
アーデルは怒りに満ちた表情で剣を振り抜き、此方に迫って来る。
『それじゃあ、今までと変わらないわよ、アーデル』
アーデルの剣がわたしの額を小突く時、聞き憶えのある女の声が城内に響き渡る。
「あ♡ ご主人様の声だ♡ 脳がビリビリして気持ちいい!」
アーデルは得物である双剣を興味を失った様に地に放り落とし、両手を耳に当ててベルフェの声を聞くことに執心する。彼女の頭に聳え立つアホ毛が、嬉しさのあまり、小さなダンスを奏でている。
『そう、頭が熱くなったら、私の言葉を思い出して。いいわね』
「はい、ご主人様!」
『いい子ね、今回は貴方の為に、特別な講習もしてあげるわ』
「え?どんな………うぐっ」
声が止んだと思いきや、苦しみだしたアーデル。喉に手を当て、踠き苦しんでいる。
「ふぅ………ふぅ………ククク」
少し経って、苦しみから解放されたアーデルの表情は、不気味そのものだった。
アーデルは以後は無言で、足元に落ちたエルガオンを拾い、それを眺め、ジロジロと吟味していた。
「こんなものか………」
そう吐き捨て、再び身構えたアーデルの纏う空気には、異様なものが流れていた。今までのアーデルのものではない、フィールド全体を支配する、幻視をしてしまう恐怖を生み出す程の力。見えない力に、わたしは今にも潰されそうだ。
「女神の身体も久しぶりね。やっぱり元同族の身体は馴染むわ。基礎能力が段違い。ほらぁ!」
アーデルは他人事の様に自分を評価し、双剣の片割れを地に疾らせ、巨大な火柱を横に吹き上げる。燃え盛る炎は、一帯の壁を燃やし、美しかった城を、無惨にも破壊してゆく。
「ねえ………」
アーデルは満足気な顔で此方に再び歩を進めて来る。いや、彼女はもう、アーデルじゃ………
「ベルフェ………!」
「ふん、元々隠す気なんかないから、同胞の変化ぐらい、直ぐに見分けられて当然よね」
「お前、地上の連中だけじゃなくて、わたしの友人まで弄ぶのですか!………とんだ外道に成り下がりましたね」
外道という言葉に反応してか、ベルフェはアーデルの顔で下卑た笑みを浮かべる。
「勝つ為なら何でもするのが私のモットーよ。汚い手だろうが、なんだろうが、勝った奴が全てを支配出来る!私を真似たつもりの戦略家気取りの女が、私に意見するなんて1000年早い!」
「確かに………お前を真似て戦術論を学んでいたのは事実です。ですが、わたしは正義の下に、蓄えた力を行使しています。対してお前は、己の欲に絆され、崇高な戦術論を穢し、不幸ををばら撒いている悪そのものです。わたしは悪になど屈しない!この窮地を、嘗ての英雄、ベルフェ・アルカディアを、ここで超えてみせます!」
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「バスティア様ぁ、ベルフェゴール様なんて置いといて、私と結婚してしまいませんかぁ」
「グランツの奴、また出て来たと思ったら、ダーリンを求めて、幻視、幻聴の中、徘徊しているっす」
「えへへ、ベルフェゴール様がいない間に、いいこと一杯しましょうね………」
「ベルフェゴール、早く戻ってくるっす………」