2話 マネーくれくれメンヘラ最速妖精と女神と分魂 前半
「そこの小娘とローブの優男! ここを通りたいなら金払うっす!」
「じゃ、別の道通るわ。行くぞベルフェゴール」
「小者を全く相手にしないダーリン素敵!」
俺たちは妖精を無視して別の道を通ることにした。俺は賢いから、無駄に喧嘩を買う様なことはしない。ここで忍耐を捨て、相手の態度にキレたら、互いの血で血を洗う血戦になってしまう。妖精を下手に逆撫でせず、上手く流すことが、快刀乱麻を断つことが出来る最大の選択だ。
次第に妖精から距離が離れる。
好奇心からちょっと妖精の様子が気になったので、振り返ってみた。
「あ………あ………」
妖精が涙を流しながら、身体を震わせ泣いていた。きっと構って欲しいのだろう。度々此方を見ては、泣き噦る。
あんなの見たら、構わない訳にはいかないじゃないか。見なきゃよかった。
好奇心が猫を殺すということをここで思い知った。
◆◇◆◇◆
時は少し遡る。
私はダーリンのお嫁さんのハイル・ベルフェゴールよ。私はアルタード村の村娘ハイル・グランツの身体を、転身宝具ヘルシャフトで奪い、ダーリンを貶した村にハイルとして反逆。ダーリンことバスティア・グレイス様共々村から逃げる形となってしまい、今日から旅を始めました。
昨日はダーリンと一発………してないぞ!
嫌! ダーリン! エッチ! 離して! あんっ。耳は………あぁ……素敵よダーリン。
ダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリン
こんなのが女神やってたのか………堕ちた女神とはいえ、世の末だ。
ごほん………俺たちは今、裏にある森から、町へ向かい南下している。町の位置は地図で軽く確認した程度なので、明確な位置までは特定出来ていない。俺はそもそも外に出ていないので、地理についてはてんで役立たずだ。
因みに空を飛べるのは現在ベルフェゴールの特権であり、かつ彼女もあまり長時間の飛行は無理とのことで、基本は徒歩で旅を進める方針で行こうと考えている。
ハイルも村周辺しか歩き回っていなかったらしくベルフェゴールの記憶も、先に行く程あまり頼りにはならないだろうという結論に至った。
今歩いている森は、ベルフェゴールもといハイルの庭みたいな土地で、彼女がほぼ網羅出来ていることが功を奏し、進捗状況は今朝の時点でもかなり良かった。
しかし、昼近くまで歩いたが、未だに開けた場所は見えない。道は地面から隆起した枝が邪魔となり、兎に角歩きにくかった。特にベルフェゴールは、スカートを短くしたとはいえ、矢張り膨らんだ部分に引っかかるので俺よりも歩きにくいと思う。
枝を掻き分けながら、数メートル先も見えない暗い道を進んでいく。
「あん、枝さんやめて!パンツ見えちゃうわ!」
枝の所為にしながら、自分の手でスカートをたくし上げ、履き替えたばかりの赤いパンツを見せびらかしてくるベルフェゴール。
痴女め(鼻血)。
「うふふ、心で誤魔化そうとしていても、身体はやっぱり正直ね」
俺の胸をエロい手付きで触ってくるベルフェゴール。俺の身体が迫る情欲に耐えられず、軽く痙攣を起こす。
彼女はもう女神じゃなくて淫魔だ。
俺たちの耽美な旅は、此処で一つの臨界点を迎える。
「ダーリン………見て見て」
「なんだ?またパンツか?」
「違うわよ。脳内ピンク色な貴方も好きだけど、時と場所は選んでよね!」
特大ブーメラン刺さってますよ。
抑揚のない言葉で喋る、ベルフェゴールの手引に従って、彼女の前に立つ。俺は其処に映る光景に言葉を失った。
「わーい」
「こっちこっち!」
「楽しいねー!」
見渡す限りの虹彩煌めく花畑の中、妖精たちが踊っていたのだ。
何ということだ。
妖精は、女神と並ぶ、聖書に記されていた伝説上の生き物だ。女神同様実在するとは、昨日に引き続き、今日の俺もツキがある。
「女だ………女ガイル………クサイ、クサイクサイクサイデリートデリートデリートデリートデリート」
ベルフェゴールの声に抑揚がないのは、俺の驚嘆同様、花畑の妖精の存在に起因していた。尤も、ベルフェゴールと俺の妖精の見方は別のベクトルなのだが。
「おい、ベルフェゴール。俺は他の女に靡いたりしないから大丈夫だよ」
このままだと、女神による無益な虐殺が始まるのが目に見えていたので、俺は機転を利かせてベルフェゴールを宥める様立ち回った。
「ダーリンはそうよね! ダーリンは私が、私だけいれば一生安泰よね! そうよ………そうよそうよそうよそうよそうよ」
よし、何とか精神は安定したな。これで妖精たちに血の雨が降ることはないだろう。
「うーん、虫どもが邪魔ね。彼奴らさえ消えればダーリンと二人きりでお花を楽しく眺められるのに」
そうでもない。
「おい!」
空気の読めない奴が話しかけて来た。身体が人並みに大きい妖精で、緑髪ミドルに碧眼、緑色の服にズボンと、美人で可愛らしいが、兎に角緑尽くしの妖精だった。
「そこの小娘とローブの優男! ここを通りたいなら金払うっす!」
「じゃ、別の道通るわ。行くぞベルフェゴール」
「小者を全く相手にしないダーリン素敵!」
俺たちは妖精を無視して別の道を通ることにした。俺は賢いから、無駄に喧嘩を買う様なことはしない。ここで忍耐を捨て、相手の態度にキレたら、互いの血で血を洗う血戦になってしまう。妖精を下手に逆撫でせず、上手く流すことが、快刀乱麻を断つことが出来る最大の選択だ。
次第に妖精から距離が離れる。
好奇心からちょっと妖精の様子が気になったので、振り返ってみた。
「あ………あ………」
妖精が涙を流しながら、身体を震わせ泣いていた。きっと構って欲しいのだろう。度々此方を見ては、泣き噦る。
あんなの見たら、構わない訳にはいかないじゃないか。見なきゃよかった。
好奇心が猫を殺すことをここで思い知った。
「もう知らない………あ………あ………かってにすれば………いいっすよ………」
今にも消えそうなか細い声で話す妖精を、俺は心底鬱陶しいと思った。しかも此奴、暫くこっちを見ていないと、纏わりついてくる。
今まで全く意に介さず、黙りを決め込んでいたベルフェゴールも、あまりのしつこさに顔をしかめ始めた。
「ダーリン、付き合ってあげましょう」
意外にも俺より先にベルフェゴールが折れた。Sっ気のあるベルフェゴールは、攻めが強いのに対し、逆に守りは弱い。攻撃こそが最大の防御という言葉を、見事なまでに体現しているのが彼女……ハイル・ベルフェゴールだ。
ベルフェゴールはその守りの弱さ故に、妖精のしつこい粘着に耐えられなかったのだ。
「わかったわかった。お前に付き合ってやるからよ。もう粘着するのはやめてくれ」
「じゃあ、おか………「他はないのか、今そこまで金持ってないんだ。出来れば別のことでお前の相手をしてやるよ」
「お金がないんなら、仕方ないっすね。じゃあ、駆けっこはどうっすか?」
駆けっこを提案してきた妖精は、立て続けに競技のルールについて話し始める。
「ルールは簡単、あそこに大木が見えるっすよね?あそこまで横道に逸れることなく真っ直ぐ行って、帰ってくるだけ。その速さを競うっす。魔法等の特殊技能の使用、対戦相手の妨害………何でもありっす。うちらは駆けっこをする時は何時もこのルールでわちゃわちゃやっているっすよ。以上っす、わかったっすか?」
「おう、やってやろうじゃねえか」
「あんた、如何にも体力ありませんみたいなローブの優男っすけど、本当に大丈夫っすか?」
そんなに余裕で大丈夫か? 驕りは破滅を招くんだぜ。余裕然り過信然り油断然り、敵の力を見誤ってるんじゃ、俺には勝てないぜ。
◆◇◆◇◆
スタート地点に並ぶ二人の選手。私は今回、ダーリンの勇姿を観戦します。敵は自信過剰で、これでもかと息巻いている、自分の実力に盲目な妖精さん。ダーリンが負ける要素なんてない。
「勝負前に名乗っとくっす。ウチの名はレイナっす。宜しくっす!」
「俺はバスティア・グレイスだ。宜しく頼むぜ」
「では、小妖精さん!カウント頼むっす!」
『3』
『2』
『1』
『GO!』
「ウィング・ダブル」
「ダッシュ」
スタートダッシュ、レイナがブーストを取り付けた機械の様に真っ先に飛び出して行ったわ。ダーリンはそれに比べて、堅実的なスタート。ダーリンったら、あの女と違ってちゃんとペースで走ってる。そういう気配りが出来るなんて、素敵よダーリン!
あっという間にダーリンとレイナは見えなくなった。私は小妖精から予め借りた、千里眼ーサウザンドアイズーが内蔵されている水晶から、試合の状況を観察する。
「レイナの奴…中々スピードが落ちないわね」
私がレイナのスピードを見て抱いた第一印象がそれだ。ダーリンがどんどん突き放されている。少々レイナの力を、妖精如きと、侮っていたか。
その後もレイナのスピードが落ちることはなく、あっという間に大木まで来ていた。ダーリンは未だ行きの半分辺り。中々やるじゃない………
結局ダーリンはレイナとの差を詰めることが出来ず、圧倒的な差の下、大敗を喫するのだった。
ダーリンが負けた? 天文学的な確率で負ける筈なのに、何故、何故、何故、何故。
「人間って遅いっすね! これなら仲間とやっていた方がまだ張り合いがあるってもんすよ」
「正直お前を妖精だからと舐めていた。見かけによらず強いな! 負けたよ負けた」
ダーリンったら、負けたのに全く不貞腐れずことをせず、相手を賞賛までするなんて、本当にカッコいい!私が惚れちゃう訳よ。
「さぁて、勝負に負けたんすから、それなりの代価は戴くっすよ」
「わかった。勝負の世界、敗者に反対する権限はない。素直に従おう」
「まあ、つまらなくはなかったっすから、当初要求してた金でいいっすよ」
ダーリンは金の入った袋を取り出し、レイナに手渡した。
ダーリンが折角いい空気で締めようとしていたのに、どうしていい空気を壊すのかしら。私は悪いことは大好きだけど、あんたみたいな汚くて小狡い奴は嫌い。つまり、レイナ……あんたが嫌い。ダーリンを円熟無礙な聖人を汚す悪い虫は、私が潰してあげないとね。
「待ちなさい」
「なんすか?」
「まだ私が残っているわ。ダーリンのパートナーである私も倒さなきゃ、その金をやる訳には行かないわね」
レイナは目を閉じ、首を傾げる。少しして鎌首を持ち上げ、目を開いた。
「それもそうっすね。徹底的に向かってくる敵を叩き潰さなければ、戦争に勝ったとは言えないっすから」
レイナはドヤ顔でそう言った。ムカつく女だ。
「御託はいい。早くやりましょう」
「そんなに息巻いてていいんすか? 出来れば泣かないうちに帰った方が身の為っす。うちは女の子を泣かせるのは好きじゃないんすよ。うち、こう見えて淑女っすから」
「最初の自分を鏡で見てから言いなさいよ。このメンヘラビッチ」
「……………」
「おい、勝負は着いたんだ。俺たちが引けば、無駄に争う必要はもうないんだぞ」
私は一触即発の空気に水を差したダーリンを睨み付ける。
「バスティアは黙ってて。これは女同士でつけるケジメだから」
ごめんねダーリン。私だって引けない時があるの。
「んじゃ、時間も開けたっすから、第2ラウンド、早速始めるっすよ」