27話 シーラス攻防戦 その2
見渡す限りのエルフ。
今までの静かな森とは対照的に、大衆蔓延る町は賑やかなものだ。
「おい、人間がいるぞ」
「あの紋章、強国パルテの騎士か? 美人だ………でも、どうしてこんな辺境にまで………」
「水色の髪の女、あれはマナ・リーガル………オセアンの英雄がこの地に足を運んでくれるとは光栄だ。
「もう一人は光の転送魔導師ルナだ。オセアン三大守護者の二人が揃ってこの町を闊歩する日に巡り会えるなんて、俺は感涙にむせぶぜ」
俺たち、主に後ろの3人が注目の的となっている。だが、3人とも町人の視線などそっちのけで俺しか見ない。彼女たちの黒ずんだ瞳孔が俺を捉えて離さないでいるのだ。
「ダーリン、此奴ら気持ち悪い。私はダーリンにしか見られたくないのに」
「バスティア様………彼らを斬り殺す許可をください」
「わたしの剣が唸るわね。血が吸いたいって嘆願してくるわ。早く殺して、ダーリンに食らいつかない様に抑えないと」
3人とも俺にぞっこん過ぎて、俺の為なら、この場で虐殺とか平気でやりかねない雰囲気をビンビンに押し出している。変なところで奮起されても、それは計画の失敗を意味することに他ならないのだ。
「お前ら落ち着け。ここで無闇矢鱈に剣を振り回したら、敵の首領に此方の所在を気取られる。後でお前らを一杯愛してやるから、ここは落ち着いてくれ」
俺は精一杯に怒りと我慢のリミッターを解除してしまいそうな3人のじゃじゃ馬たちを宥めた。
結果、何とかこの場を離れ、状況を諌めることに成功した。
ベルフェゴールがいないと、俺への愛を3人は簡単に暴走させてしまう。彼女がいてもあんまり役に立たないと言わないのはお約束だ。
◆◇◆◇◆
人目を盗んで、路地裏まで逃げてきた俺たち。
「落ち着いたな」
「ああ」
「はい」
「ええ」
俺は落ち着きを取り戻した3人の中で、転送魔導師であるルナに命令を与えた。
「ルナは城下町を虱潰しに走り回り、目立たないところに魔法陣を張ってこい」
「はい♡ ご主人様!」
命令を聞くや否や、ルナは屋根伝いに飛び去っていってしまった。
「サタンとレヴィアタンは俺の護衛をしながら、町巡りに興じるとでもしよう。働き詰めのルナには悪いけど」
「奴隷に人権はないから、気に留める必要はないんじゃないかしら。彼奴自身、命令の喜びに打ち震えて、快楽のるつぼにいる訳だし」
「私としては、ルナを酷使するのは可哀想だと思うがな」
レヴィアタンは物悲しげな表情を浮かべ、言った。
「………⁉︎ いや! そうではないぞ! 奴隷の身体を気遣うのも、上に立つものの使命だと考えているに過ぎない」
サタンの冷ややかな視線に精神の痛みを憶えたからか、咄嗟に言い訳の口を開くレヴィアタン。
「そうか………これが全て終わったら、彼奴もゆっくり休ませてやろう」
「ダーリン♡ 器量が大きいダーリン、私は大好きだぞ!」
レヴィアタンは顔を赤らめ、俺にジャンプして抱き着いてきた。大人のお姉さんの全体重を乗せたタックルは、幾ら細身とはいっても、受けるダメージは大きい。彼女たちはもう少し限度というものを弁えて欲しいと切に願った瞬間であった。
「こら、ダーリンが苦しがってるわよ? ダーリンを傷つけるなら、分身体でも許さないんだから」
「ヘルシャフトは多人数に憑依させることも出来るって、本当だったんだな。薄汚い裏切り者のベルフェの魂が人間に宿ってやがるぜ」
「⁉︎」
「よう! 人に愛されたいが為に人に憑くなんて、伝説の女神ベルフェも地に堕ちたもんだな」
「アーデル・ペルオックス………久しぶりね」
俺たちの目の前に現れたのは、聖域からベルフェを滅する為に遣わされた、現役の女神だった。
◆◇◆◇◆
「貴様の腐った根性!俺の双剣エルガオンで断罪してやるぜ!」
「相変わらず暑苦しい奴ね、ダーリン!」
「あんまり長くは保たんぞ」
わたしはダーリンに人避けの結界を展開する様に頼んだ。
「封気結界!」
結界に隔絶された世界の中、互いに剣を構えるわたし……アナスタシアとアーデル。
「あんたは手を出すんじゃないわよ。こんな奴程度、わたし一人でお釣りが来るから」
「はいはい、私はダーリンにくっ付いて待っているぞ」
「あんまりくっ付いたら、あんたの首もはねるわよ。本当の妻はわたしだから………」
「あ? あんまり調子に乗るなよ? 本当の妻は私に決まっている。お前が選ばれるなど、天地神明に誓って有り得ん」
「はぁ! お前なんか! 」
「お前など………!」
「おい………」
「何よ!」
「何だ?」
「俺様を無視して一人芝居なんかしてんじゃねー!」
アーデルの翳す双剣が炎を巻き上げ、私たちを襲う。
「次元障壁!」
私の剣で目の前の次元を斬り裂き、炎の渦を飲み込ませる。
「別にあんたから意識を外していた訳じゃないわよ」
「その技は見たことがねぇな。新技か? それとも、その人間の技か?」
「この娘の能力はわたしが開花させたんだけど、貴女の基準で考えるなら、後者かしらね」
「んな御託はいい。とっとと始めようぜ。どうやら微温湯に浸かっていた訳ではないみたいだしな」
「そうね。わたしも久々に強い獲物に出逢えて、心底満足しているわ。元同胞だからって、手は抜かないわよ」
わたしは剣を振り翳し、
「お前はわたしには勝てないわ」
と、高らかに宣言してやる。
「………ハハハ! 面白くねぇ冗談だ。人間の身体で女神を倒そうだなんて! 地上にいるうちに、俺様の強さを忘れちまったのか。確かに、女神のお前なら、俺があんたに勝てる余地は万に一つもねぇけどよ。人間に身を堕とした貴様なんぞに、神聖な女神である俺が負ける道理はねぇんだよ!」
アーデルは怒りを魔力に還元し、双剣を地に突いた衝撃で、地面から大量の火柱を生み出した。辺りは焔の蜃気楼に覆われ、身を焼く熱気を感じた身体から、汗が滴り落ちる。
「そんなチンケな挑発に乗る単細胞だからこそ、わたしが勝つと断言出来るのよ」
「………速い!」
「ほら、この一振りでジ・エンド」
わたしは無慈悲に、心無い冷たい鉄の塊を振り下ろした。