26話 シーラス攻防戦 その1
「次に目指す地が決まりました」
馬車の中、ベルフェゴールが皆の前で、次の目的地について語り始めた。
「エルフの国、シーラス……カエサルにはさぞ、懐かしい国でしょう」
カエサルはベルフェゴールの言葉を聞いた途端、閉じた口を締め付けていられなくなり、ベルフェゴールに容赦なく反発する意思を見せた。
「ボクはあんなところにはもう、未練はない! ボクを追い出したあんな国なんて、今でも滅びろと、願ってやまない日はない。でも………バスティアが行きたいって言うなら、何処へでも着いていくし、何でも壊してあげられるよ」
ルシファーは俺に引っ付き、淡々と自分の意見を述べる。
彼女の話を聞き、
「ダーリンが行くのなら、私も賛成だ。丁度いい。ショウに負けた憂さ晴らしでもしたかったところだったからな」
「八つ当たりなんて野蛮ですわ。しかし、ダーリンが行くのなら、わたくしもその護衛として、着いていかない訳には行きませんわね」
「わたしも構わないわよ。この騎士の身体になった以上、これも宿命だと割り切ってる。敵の首をはねるのは任せて頂戴」
「此処まで来たなら、ウチも引く気はないっす。ベルフェゴールたちとの付き合いはウチが一番っすから、従わない理由なんて、今更持ち合わせてはいないっすよ」
満場一致でベルフェゴールの意見は可決され、進路が固められた。
◆◇◆◇◆
「シーラスはあの辺りですか」
ベルフェゴールは木の枝の上から、遠目に見えるシーラスを眺めている。
「この戦力なら、このまま強行突入しても良いでしょうが、私が提唱する攻めの論理としては、美学に反するところがありますね」
縦横無尽に駆け回り、戦場を掌握していくことの出来る力を持ちながら、決して驕らないあの姿勢。あの佇まいから感じ取ることの出来る、聖域の戦女神としての片鱗。
恐らく遊びたいという子どもらしさも、言い回しからは汲み取れる。しかし、キリキリと精神が焼き切れてしまうまで、精神の深く深くで物事に喰らいつくよりは、時々水面に顔を出し、息抜きすることも大事だということも、ベルフェゴールは俺に示してくれた。
「ご主人様!失礼します!」
ゆったりと悩むベルフェゴールの為に立ち上がったのはルナだ。
奴隷でありながら、既に参謀級の活躍を見せているルナは、リーダーであるベルフェゴールの片腕として相応しい位置にあった。
「ルナさんの働きは目覚しいですからね。今回も期待しておりますよ」
「はっ! シーラスは個人的に訪れたことがありましたので存じております。あの国は正義感の強いエルフが仲良く暮らしている、実に平和ボケした国です」
「つまらない正義という皮を被り、善意を気取る愚か者は何処にでもいるものですね」
「全く、ご主人様の言う通りですよ。………話を戻すと、耳寄りなことに、シーラスにはブリュンヒルデ家の庇護下にある孤児院が存在していて、其処にいるランさんは、あそこへの物資の運搬も兼ねていたそうですよ。これを利用しない手はありません」
「他国に滅多に干渉しないパルテが、珍しいな」
俺がそう言うと、待っていたと言わんばかりに、ブリュンヒルデ家の娘であるアスモデウスが立ち上がった。
「ブリュンヒルデ家の策はパルテの政策とは一切関係ありませんわ。我がブリュンヒルデ家は、その勢力を広げる為に、各地に散らばる様々なジャンルに率先して手をつけてきましたの。その孤児院も、シーラスにブリュンヒルデの名を広める為に造った様なものですわ」
語り終えた後のアスモデウスの顔は、実に誇らしげであった。ベルフェの魂に支配されていても、ブリュンヒルデ家としての誇りは、本能的に彼女に根付いているのだ。
「今回は敵地に根を張っているも同然ですね。では、そのアドバンテージを最大限に引き出すことにしましょうか」
策を固めたベルフェゴールは、記憶共有でメンバー全員に作戦概要を伝える。記憶共有が出来ない俺は、何故かねっとりとした声で、ゆったりと耳に言葉を染み込ませられた。
今回は2チームに分けての作戦。アスモデウスとルシファーにベルゼブブ、ラン、そして、リーダーのベルフェゴールが固まって1チーム。もう一つのチームは、俺とサタン、レヴィアタンにルナという組み合わせだ。
「早速、動き始めるとしましょうか………」
ベルフェゴールと別れた俺は、サタンたちと一緒に、シーラスの西門へ向かうのだった。