25話 動き出す者たち
「復讐シテヤル………」
「レヴィアタン、さっきから煩いっす!」
「わたしたちの前であんな恥かいたんだもの。無理はないんじゃない?」
「馬車が狭いですわ。声を反響させないでくださいまし。耳に響きますの」
「バスティアに迷惑をかけるお前はイラナイ………殺すしかないね」
「カエサルやめるっす! 狭い中で暴れるなっす!」
「邪魔するな! ………さては、お前もバスティアに酷いことをしようとしているな!コロスシカナイ………」
「話が支離滅裂っす! 何でウチまで狙わなきゃいけないんすか!」
ギャアギャア!
◆◇◆◇◆
「ご主人様、駒たちの数が増えてきて、賑やかになりましたね」
「煩すぎるのも困り者ですがね」
馬車を走らせるルナがにこやかに話しているのを、屋根の上で足を振って口笛を吹いている私が聞く。
「馬の上もいいな、風を直に感じられる」
肝心のダーリンは、手を広げ、馬の上で流れて来る風を感じ取っていました。
「バスティア様! しっかりと捕まっていないと振り落とされてしまいますよ」
「大丈夫だって! 少しくらい」
新しい感覚を満喫しているダーリンにはルナの言葉は聞こえておらず、楽観的に自分が楽しんでいる様を享受しています。
「ウォォ!」
それも束の間、ダーリンは馬の振動に身体を持っていかれ、平衡を失った身体は、硬い土へと、今にも叩きつけられそうになっていました。
「ダーリン!」
馬から落ちそうになったダーリンを、屋根から飛び出した私が受け止め、そのまま馬車の横に転がり落ちました。
「変なところで大怪我するとこだった………」
顔面蒼白で身震いするダーリンを、私は優しく抱き締める。
「怖がらないで? ダーリンは私たちが護るから、満足いくまで人生を謳歌していいんです。今みたいになっても、妻の私が貴方を受け止めます。だから、安心して旅を楽しみましょう」
私はダーリンの頭を撫で、包容してあげます。ダーリンは赤子みたいになって、私の胸に寄り添ってきます。
「ふふふ、可愛いですよ、ダーリン………貴方を抱けるのは、私しかいません。思う存分私に縋ってください」
◆◇◆◇◆
「あの! すみません! これ買っていただけませんか?」
「日用品を此処で補充しておくのはいいかもしれないわね」
旅の途中、商人の娘に呼び止められる。商人は町や村を出て、こういった旅人が通りそうな場所でも商いをすると聞いたことがある。獲れそうなところなら凡ゆるところを巡る、商人の直向きな精神には感服させられる。
「おっ、可愛いな、あの娘」
だが、そんな精神は、俺にとっては、彼女に備わっているオプションの一つに過ぎないと感じている。
「ダーリン、あの娘がいいのですか?」
俺の気持ちに勘付いたベルフェゴールが、俺の耳元で悪魔の囁きをしてきた。
「また奴隷にでもするのか?」
「はい、ですが、今回は少し趣向を変えて………」
言いかけたところで、さっきまで普通に立っていたベルフェゴールが崩れ落ちる。
「あがっ………!」
「ハイルの奴、また良からぬことを」
同時に苦しみだす商人の娘を見て、相手をしていたサタンは呆れた表情で、苦しむ彼女を眺めている。
「……………ふぅ」
漸く苦しみから解放された娘だが、顔は穏やかではなく、それは魔性の様相を呈している。
栗色のサラサラの髪の両端に、ピンクのリボンをいくつか付けていて、トレードマークとして、黒色のキャップを被っている女性は、さっきまでは絶対しないであろう、高い跳躍を見せ、俺の元に飛び込んで来た。
「この女の名前はラン・イリス、近くの、エルフが治める国で商いをしていた帰りに、わたしたちに出逢ったみたいだよ」
まるで他人事の様に、自らの足跡を語り出した彼女、ランは直ぐ様、
「ねえ……」
「………………」
話を俺に振ってきた。
俺は彼女の振りに答えなかった。展開が頭の外へと飛び出してしまっていて、思考回路が整理の為に出張を余儀なくされているからだ。
「わたし、今日一杯商品持って来たんだよ? わたしの家、雑貨屋だからさ、日用品から携帯食料まで、幅広く、ね?」
ランは恍惚とした表情で、俺に右肩から擦り寄ってくる。衣服から肩まではみ出している肌が、俺に当たる度、興奮は高まっていく。
「何が欲しい?んふ………聞くまでもないかぁ」
俺の口に指を当て、その指をそのまま舐めるラン。そんな妖艶な雰囲気を醸し出す彼女を見ていると、気が情欲でどうにかなってしまいそうになる。
自問自答をする彼女を余所に、俺は自分の侵されていく精神の狭間で、彼女に手を出してしまいたいという、耽美な欲と理性的な自分とで、激しい葛藤を繰り広げていた。
「勿論、わ・た・し………だよねぇ」
ねっとりとした声色から発せられたこの言葉を聞いた瞬間、俺の中の何かが弾けた。
「ォォォォォォォ!」
「うぅん、やっぱりそうかぁ。わたしは非売品なんだけど、ダーリンがそこまで興奮してくれるなら、売らない訳には、いかないよねぇ」
「うぅ………」
◆◇◆◇◆
俺は一旦我に返る。
俺はある光景を見ていた。
「………バスティアさん? ヒィ! 来ないで!」
ベルフェゴールがキョトンとした顔で、辺りを見回している。先程までの凶悪な笑みは消え失せており、今の彼女は、まるで、乗っ取られる前のハイルそのものだ。
「お前、ハイル・グランツか?」
有り得ないことだろうが、取り敢えず聞いてみた。
「何を言っているんですか?わたしはハイルです!それより此処は………」
「ククク、場は整ったね」
ランはここですかさず、指を鳴らした。
「うっ!頭が、痛い!」
突如苦しみだすハイル。どうなってんだ?さっきから頭が追い付かないことばかりだ。
「うぁぁ! 私が、私が! ぁぁぁぁぁ!」
苦しみのピークに達したハイルは、その場に再び倒れ込んでしまった。
「ハイル!」
俺は倒れたハイルの側に駆け寄った。だが、ハイルはそんなことなかったかの様な様相を見せながら、ゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫だよ?ハイルはただ………」
「ククク………おはようございます、ベルフェゴール様」
「わたしと貴方好みに生まれ変わっただけだから」
「あはっ!バスティア様、バスティア様は私のことが好きなのですか?私は大好きですよ!ほら、こうやっているだけで、身体が火照っちゃいます。こうなっちゃうぐらい、貴方が好きなのですよ?」
ハイルは正気を失った瞳で俺を直視し、視線的、物理的に高い体温を押し付けてくる。
話の流れから推測して、ベルフェゴールの精神はハイルから、ランに移っている様だ。
「どう? 気に入った? 新しいハイル・グランツは。では、わたしも、お邪魔してっと」
ハイルと俺の間にランも加わり、フェーズはよりケイオスに染まっていく。
「ふふ、ベルフェゴールはわたしと違って、ほんと、やんちゃなんだから。女は落ち着きが大事なのに。それでも、節操のないアレがリーダーを務めているのは、最早形では言い表せないものが、ベルフェゴールにあるからかしらね。クスクス」
場外から俺たちを傍観するサタンは、陰でひっそりと笑っていた。
「あ! ベルフェゴール様狡いです! 其処はわたしの特等席ですよ! 勝手にとらないでください!」
「あら? 奴隷はご主人様に従うものではないの?」
「バスティア様が好きなのはこのハイルです! 奴隷とご主人様の関係といえど、此処は譲れません!」
「ちょ! お前ら苦しいって!」
ギャアギャア!
3人ぐるみのくっつき合いは、激しさを増す一方であった。
◆◇◆◇◆
「どうでした? 新しい趣向も悪くないものでしょう」
ハイルの身体に戻ったベルフェゴールが疲弊した俺の元で語りかけてきた。ヘルシャフトの始祖は身体を取っ替え引っ替えすることが出来るらしい。抜け出た身体にも魂の種を植え付け、奴隷化出来るので抜かりはない。但し、対象が魂の侵入に抵抗力を持ち合わせていないことが条件となる様で、相手が一定以上の戦闘力を有していると出来ない手法だという。
「ご主人様! わたしの持って来た物資、全部貴女様に差し上げます♡ その代わり、たっぷりとわたしを可愛がってくださいね!」
ベルフェゴールとの会話の横では、奴隷になってしまったランが、運んでいる商品をベルフェゴールに献上しているのが見えた。
「物資と馬車の確保は出来ました。行きましょうか!」
「相変わらずえぐいよ、あんた」
俺はベルフェゴールに毒突いたが、ただ虚しく、そんな無意味な声は消え去るのみだった。
◆◇◆◇◆
「おうおう、ベルフェの奴、地上でも暴れ狂ってんなぁ!」
「こんな短期間でここまで勢力を………神も黙っていられなくなった訳ですね」
「彼奴も動いてくれている様だし、こっちも用心棒の仕事、果たさねぇとな!」
「あの場で彼女たちを迎え撃ちましょう」
「へぇ………神も重い腰をあげましたか。ですが、全て無に帰してあげますよ」