22話 カエサルの懺悔 前半
「家の水晶に、ボクの見た全てが記録されている」
砂漠のど真ん中に形成されている小さな集落。礫で構成されたボロボロの家の群れが、俺たちの周りで無惨な姿を晒している。
ボロボロの家の中や、砂に塗れた路肩には、ガリガリに痩せこけた男どもが息を吹き、何の目的も持たない虚無の時間の中、生きているふりをしていた。
「髄分と寂れた集落ですね」
「詮索は無用。キミには関係ない」
カエサルはここに限り、冷たくベルフェゴールをあしらった。きっとこの村の事情には深入りして欲しくないのだろう。ベルフェゴールもそれ以降興味を示すことはなく、そのまま無言の空気に漂い、流されていった。
「ベルフェゴール、バスティア、此処がボクの拠点だ」
カエサルの住処も例に漏れず、周囲の住居と大差なく、側から見れば廃墟同然の窓も扉もない、礫が家の形を成しているに過ぎないものであった。
「これを見てくれ」
カエサルは奥の机に置いていた水晶玉を見ると、其処にはカエサルとマナ・リーガルの密談の様子が映されていた。
◆◇◆◇◆
『マナ………これからキミは今までの比にならない、巨大な悪と戦うことになる』
『漠然としていて、今までと比べてしっくり来ないぞ。具体的にはどういった相手なのだ』
『1人のフードの男と、後に災厄をもたらすであろう、4人の悪魔の化身たち』
この言葉を聞いて、マナは奇異の感情を抱く。今までの予言と違い、その規模の誇張的なまでの大きさに、彼女は少々信用を欠いてしまっている。
しかし、カエサルの顔は至って真剣だ。そういった威圧感での支配とは無縁な彼女の出す独特の気迫に、流石のベテラン戦士であるマナも無自覚だが、確実に怖気を走らせている。
『………お前が険しくなる程に、オセアンに未曾有の危機が迫っているのか』
『そういうことになる』
迫る危機を予言した張本人であるカエサルは頬杖をつき、苦悶の表情を浮かべている。
まるでマナの身を案ずる態度を見せているカエサルに対し、彼女は、
『私の力が信用出来んのか?』
机を両手で叩き、怒りを露わにした。
『そうとってもらえるなら、寧ろ有り難い限りだ』
態度を改めないカエサルのフリジディティーな返しで、マナの怒りの炎は殊更に燃え上がっていく。
『貴様、私を………オセアンの誇り高き守護者を侮辱するのか。私は何も、驕っている訳ではない。私はただ、国を、民を、家族を護りたいだけなのだ!』
『今回ばかりはそんな世迷言など捨てるべきだ。其奴らは最早オセアンの括りだけで捉えていい奴等じゃない………世界を喰らう、邪悪の権化そのもの。ここまで言えばわかるな。今は逃げるが勝ちだ………』
カエサルはマナが捲し立てた言葉を否定するかの様に、国を捨て逃げろと、漠然的な忠告を強引に押し付ける。当然、無理矢理従わされるマナではなく、
『お前の頼みでも、尻尾を巻いて逃げることは、戦士の意地に賭けても出来ん』
そう言い残して、マナはルナと共にオセアンに戻っていく。これがカエサルとマナの、最後の会話となった。
◆◇◆◇◆
『私のダーリンに、ナニシタノ?』
冷徹にマナに視線を定めるベルフェゴール。
ベルフェゴールの瞳には、バスティアを傷付けたマナしか映らなくなり、身体中が殺意により沸騰し、怒りと興奮と猟奇の入り混じった独特の感覚が、ベルフェゴールを活性化させる。
マナはカエサルの言っていたことを思い返す。フードの男に付き従う、4人の悪魔の化身。
ベルフェゴールの見た目はごく普通の人間。だが、戦闘経験の鬼である、国の英雄マナ・リーガルの目は誤魔化せなかった。彼女は相手の身体から僅かに漏れ出ているオーラを感じ取ることが出来る。
ベルフェとしての剛が染み付いていたベルフェゴールの内に潜むその僅かな女神の闘気を肌で感じ取ったのだ。
ーーカエサル、貴女の言った通り、私がやるには早過ぎた相手だった様だな。
マナは深層心理で悟った。ベルフェゴールの実力に、己は遠く及ばないことを。
ーーだが、私は言った。誇りがあると。負け戦でも、戦わねばならない時は必ず来る。
ーーそう、今がその時だ。
◆◇◆◇◆
『ウチらに散々歯向かっておいて、都合が悪くなったらトンズラとは、虫が良すぎるっすよ』
『カラダが………動……かな…………い』
マナの身体にはベルゼブブから受けた毒が回っており、指先一つも動かせない。
『妖精秘伝ー毒刺しーっす。毒耐性のあるエルフすら昏倒させる猛毒の刺突っすよ』
『なら………せめてお前だ……けでも』
『絶対零度』
ーーお前らの手にかかるなら、自ら死を選ぶ!
『ちょっ!これはマズイっす!ダーリン、助けてくださいっす!』
マナは捨て身の覚悟を決め、自分の身体を中心に、ベルゼブブごと氷の柩に閉じ込めようとする。
『溶解!』
『あ………そん………な』
が、バスティアの魔法をきっかけに、氷諸共、ベルフェゴールたちに彼女の全ては呆気なく溶かされていく。そう、これからも………