21話 占い師カエサル
「では、行きましょうか、ダーリン」
「おう、で、次の目的地は決めているのか?」
「はい、占い師のカエサルとやらを始末しに行きます。私の虚を突く者を放っておくのは、後々面倒なことになりそうなので」
ああ、レヴィアタンが教えてくれた占い師のカエサルって奴か。慎重派で、策略家のベルフェゴールにとって、動きを読まれるのはさぞ苦痛だろうからな。早めに決着を着けたいのは本音なのだろう。
「ルナさん、来てください」
ベルフェゴールが指を鳴らす。
◆◇◆◇◆
「あっ♡ 脳みそにビリビリが。ご主人様からの呼び出しです!」
ルナの身体がピクリと跳ねた。ベルフェゴールから離れた奴隷は主人からの電波を受信し、電圧の高さ等から命令を考え、独自に判断し、行動する。
命令を受信したルナは今までせっていたカインから跳び退き、地面に魔法陣を描き始める。彼女は主人の命令に従う奴隷に成り果てている。戦闘中でさえ、それは例外ではない。
「ルナ! 逃げる気か!」
カインが遠くのルナに向け、大声で叫ぶも、
「ご主人様の命令は絶対なので、先輩の相手はもう終わりにしなければなりません」
ルナにはあっさり流されてしまう。
「先ずは、回収」
ルナは木に予め描いていた魔法陣に手を置く。それに呼応し、倒れているメラルバとウルガの身体に光が灯り、浮かび上がる。
「はいはい、こっちに来てください〜」
メラルバとウルガは魔法陣に引き寄せられ、その中に吸い込まれていった。
「では、わたしもこれにて失礼しますね。先輩!」
ルナは描き終えた魔法陣から発せられる光に包まれていく。
「待て!」
「ひひひ、もう遅い………」
カインがルナに斬りかかるも、時既に遅し。ルナはとっくにワープを完了しており、残っているのは、効力を失った魔法陣のみだった。
「くそ!完全にしてやられた!」
マナのことも、今の戦いも全て良い様に奴等にコントロールされていた。
どうしようもないやるせなさがカインを襲った。
カインは怒りに身を任せ、木を殴りつけるのだった。
◆◇◆◇◆
「はい、到着です!………あれれ?マナさん倒れてませんか?ご主人様」
ベルフェゴールの指パッチンから1分後、ルナが光と共に、ベルフェゴールの側の魔法陣から現れた。ベルフェゴールの手には黒い手袋がはめられていて、其処にルナの魔法陣が描かれていた。
彼女の転送魔法は、マーキングした場所を行ったり来たりするものらしい。だが、効力は一回きりの様で、使った後の魔法陣は光が消えて、魔力を感じなくなっている。
「この駒はまだ未完成でして、構築した精神がマナ・リーガルの高いスペックに追い付いておらず、そこの子どもに敗北する大失態を犯したのですよ」
「え! 其処でへばってるショウ坊っちゃんに負けたのですか?あのマナさんの身体を使っておいて負けてしまったのですか?それは信じられない話ですね」
マナは驚きの様相を呈しながら、苦悶の表情を浮かべる。
「うーむ、マナさんの身体は流石のベルフェ様でも使いにくいのですかね。彼女、色々特殊ですから」
考えた末、マナは軽く、レヴィアタンが負けた仮説を立ててみる。
「よっと」
ルナは倒れているレヴィアタンを担ぎ上げ、再びベルフェゴールの元に戻って行く。
「では、話も程々に、行きましょうか。一先ず馬車まで転送してください」
「はっ! 魔法陣は予め人数分、彼方に仕掛けておきました。お安い御用です」
ルナの描いた複数の魔法陣の中に、俺たちは入っていき、次々とワープをしていく。
「おお、すごいな、これ」
あっという間に馬車の配置場所に着いた。
俺たちは其処で荷物を纏める。
ベルフェゴールはそんな中、ルナに尋ねる。
「貴女、カエサルという者を知っていますか?」
内容はカエサルの所在についてだ。マナ・リーガルと交流の深いマナなら、ある程度は知っていてもおかしくない。
「はい! 勿論です。彼女はマナさんの10年来の親友でして、定期的に交流を続けています。わたしも度々カエサルさんの予言を聞きに行きたいとマナさんに頼んで偶に連れて行ってもらいましたよ。肝心の居場所も把握済みです。ここから南南東に位置した、バルバール砂漠という所にある、バルーダ村でひっそりと占い稼業をしております」
「ふむ、そこまでマナさんとカエサルの関係が深いとは思いませんでした」
「因みに、彼方にも2、3つ程魔法陣を残しておりますので、わたしを除き、他に2人程直ぐに連れて行けますが、メンバーはどうしますか?」
ベルフェゴールは少し考え………
「ダーリンと私が行きます。野暮用ですし、駒は私がいれば十分でしょう」
「はい! 念の為、ご主人様方を送った後、此方と彼方に人数分の魔法陣を描く時間をいただきますが、宜しいですか?」
「構いませんよ。策は巡らせておいて損はありません。何事も、私一人で解決出来たら、こんなに駒は必要ありませんから」
ベルフェゴールと俺、そしてルナは描かれた魔法陣に立つ。景色が一瞬にして、再び切り替わった。
「あっちゃい!」
次に景色に映るは、見渡す限り砂だらけの、正真正銘の砂漠地帯だった。
◆◇◆◇◆
「暑いですね、これは」
ベルフェゴールが手を頭に当てて、それを簡易的なシールドにして太陽を見る。太陽は容赦なく俺たちを照りつける。
ここに来た一瞬で汗もダラダラ垂れてきた。このままじゃ干からびてしまう。
「俺に任せろ、冷却!」
俺は補助魔法、チルドを唱えた。俺たち3人の身体を冷気が覆う。
「えへへ、ダーリンの魔法が私を護ってくれています。あぁ、ダーリンの匂いがする。これ、ダーリンの魔力だからでしょうか。堪りません、くんくん」
ベルフェゴールは頭以外大丈夫の様だ。
ルナも問題なさそうだ。
「来ましたか、ベルフェ・アルカディア」
「お前は………」
砂漠の蜃気楼の揺らめきの中、俺たちの前に突如現れたフードの少女。彼女はなんと、ベルフェゴールの正体を完全に看破していた。
◆◇◆◇◆
「占い師カエサル………態々私を迎えに来るとは殊勝な心がけですよ」
女神として長い時を生き、肝が据わっているのがデフォルトになっているベルフェゴールは、これしきの瑣末事では大して動じてはいない。
「互いに素性はお見通しという訳。其方のソースは、其処にいる、洗脳されたルナか」
カエサルはダボダボの袖から指を出し、俺の隣のルナを指す。
「カエサル様、わたし、洗脳なんてされてませんよ? 自ら望んでご主人様の奴隷になったのです。あははは、カエサルもご主人様のものになれば、わたしとこの気持ちを共有できますよ。一緒に気持ちいいところに行きましょう、さあ!」
「…………あの誠実だったルナをここまで狂わせるか、宝具の力は」
「ヘルシャフトも存じているなら、話は早いですね」
理性を失ったルナは焦点の合わない目となり、興奮している。カエサルはそんなルナの姿を見て、フードの陰から一筋の涙を流した。
「カエサル、私に始末されるか、我が軍門に下りなさい。私にとって目障りなお前のこれから歩む道は、力無く歯向かって私の目の前から完全に消え去るか、私に身体ごと貴女の力を献上するかの二者一択です。身の程を弁えているなら、何方がお利口かは、判断がつく筈ですよ」
照り付ける太陽は容赦なく地を照らし続け、吹き荒れる風で大量の砂が舞い上がる。自然の巨大な猛威に晒されながらの、二人の小さなやり取り。
「…………」
ベルフェゴールの理不尽な申し付けに、カエサルは黙り込む。
少しして………
「わかった。ボクはキミのものになるよ………ボクは単体の実力はキミには遠く及ばない。正しく、キミの言う通り、これがお利口な選択だ」
「よろしい」
カエサルは意を決し、ベルフェゴールに下ることを選んだ。てっきり、マナの弔いの為、ベルフェゴールに仕掛けて来るとふんでいた俺にとって、カエサルの選択は拍子抜けそのものだった。
単純にベルフェゴールの強さを認め、諦めたのか。それとも、ただ死ぬのに恐怖し、形骸的でもいいから兎に角与えられた生に縋り付きたいだけの臆病者なのか。腹の探り合いなど専門外な俺には、彼女たちのやり取りは終始理解の外にあった。
でも、彼奴の腹の内など、ベルフェゴールに乗っ取られてしまえば何の意味もなくなる。もう関係ないことか。
「了承は得ました。それでは第6の身体、いただきますよ」
「待ってくれ」
カエサルは両腕を広げ、仁王立ちの構えをとった。この行動は、彼女の意思の強さを表しているのだろう、彼女は微動だにしない。
「この期に及んで私の神経を逆撫でするつもりですか?」
「いや、違う。ボクがボクでいるうちに、キミにボクの全てを伝えたい。それからでもいいかい? 元々はその為に来たのだから」
「記憶を読み取れる私には無駄なことですが、まあいいでしょう。強者には余裕がなくてはなりませんから」
ベルフェゴールはニヤリと、邪悪な笑みを浮かべる。