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19話 絶望

「ショウ坊っちゃんと言えども、ご主人様方の障害となるならば、始末しなければならないの。悪く思わないで?」


 浮かべている明るい笑みに似合わず、僕に本気の殺意をぶつけてくるルナさん。


 ルナさんの周囲に光の刃が形成されていく。あれは、ルナさんの戦闘における常套手段の一つだ。


光陣の刃(フォトン・カッター)


 今の状況を全く理解出来ない僕。ルナさんが僕を始末………殺す? この時点で思考を拒む。あの優しかったルナさんがまるで別人だ。 僕を殺すことに、何ら躊躇いが見えない。


 僕は恐くなり、ルナさんから逃げ出した。


「ショウ坊っちゃん、逃げたところで、貴方を見逃すという選択はわたしにはないよ。ご主人様の計画が貴方から露見する可能性が孕んでいると、既に判断しているから」


「僕はそんなもの知らない!」


 僕は声を荒げ、自分は何も知らないと、ルナさんに伝える。


「そう、飽くまで空想論。貴方がそんなに鋭いとは思っていない」


「なら!」


「だけど………」


「………⁉︎」


 僕は言葉を詰まらせた。


「疑わしきは罰せよ、此処に来た以上、わたしにとって、貴方は黒だから、始末するの」



「目には目を、歯には歯を。疑念は芽吹く前に潰す」


 ルナさんはそう吐き捨てた後、地面に光で魔法陣を描く。描いた魔法陣に、彼女は手を置き、叫ぶ。


「転移魔法………引き寄せ召喚(アブソーブ・サモン)!」


 描かれた二つの魔法陣から、煙と共に人が召喚される。


「メラルバ、ご主人様の為、参上! って、誰だあんた」


「ウルガ、馳せ参じましたァ………誰? お前」


 召喚された二人の纏う鎧の左胸には、パルテの国旗に描かれる、3本の剣が交差する形で刻まれている。此れは姉さんから聞いた情報だ。姉さんは争いの絶えないパルテ王国を注視していたから。


「ルナさんがパルテの騎士を………どうして………」


 最早頭で理解出来る範囲を超えている。オセアンの守護者が他国家のパルテと結託して、僕を殺そうとしている。


 現実離れした現実が僕を殺そうとする現実。


 あまりに理不尽な事実は、着実に僕を殺めようと迫って来る。


「あれがターゲット、殺して」


「何処の誰か知らんけど、メラルバはお前の指図なんて受けないよ」


「ウルガもォ」


「わたしはご主人様………ベルフェゴール様からアレをやるよう、仰せつかっているの。文句ある?」


 最初はギスギスしていた騎士たちとルナさん。


 しかし、ご主人様というワードが彼女らに聞こえた瞬間、


「君も、ご主人様の軍門に? クク………ご主人様の命令なら」


「聞かない訳にはいかないねェ」


 騎士たちの態度が豹変する。3人の目が、一斉に此方に向いた瞬間………死を覚悟した。


 必死に逃げようとするも、スピードの早い赤髪の騎士と、転移魔法の使い手であるルナさん、青髪の騎士の泡魔法に囲まれ、一瞬で退路を断たれてしまった。


 駄目だ………殺される。ほんの少し前まで、優しかったルナさん。そんな彼女が、得体の知れない何かに操られて、今までの関係を無茶苦茶に破壊しようとしている。


 僕は壊れていく崖で足踏みをしている。


 そんな無意味なことをしている暇はないのに。


「バイバイ、嘗てのわたし」


「三枚おろしだ!」


 光の刃とブレードによる斬撃の十字砲火。成す術なく、その場に縮こまり、死の運命を待つだけの僕。




その時だった………


「あれ程子ども一人で行動するなと口酸っぱく言ったのだがな」


 目を開け、現実を直視する。


 再び広がる視界に映ったのは、剣と盾を構えた、大きな背中だった。


「どうやら、相当な事態になっている様だな」


◆◇◆◇◆


 僕の窮地を救ってくれたのはカイン兄さんだった。兄さんはバリアの魔法で全ての攻撃を弾いてみせた。


「ルナか………」


 兄さんは変わり果てたルナさんを見て呟く。


「あはっ! カイン先輩、貴方も死にに来たのですか?」


「兄さん! ルナさんは………」


「わかっている」


 国を姉さんと同じくらい愛していたルナさんがオセアンを裏切るなんて思いもしなかった。僕は大粒の涙を溢れさせる。


「泣いている暇はないぞ!切り替えろ!」


 兄さんはタフだ。普通の人なら、泣き叫ぶこの状況でも、至って冷静だ。


 薄情ととられてもおかしくない行動。しかし、兄さんの行動には、明確な目的がある。僕みたいに、どうにもならないと諦めて、無意味に泣いたりはしない。


 救う道があると、最後までポジティブな行動で模索するのが兄さんだ。


 諦めなければ道はある。兄さんが掲げる行動理念であり、原動力。


 そんな兄さんの背中を見ているだけで、さっきまでの恐怖が嘘の様に鎮っていく。


「立てるか?」


「うん! 兄さん!」


 身体に力強さを取り戻した僕は、臆することなく引けていた腰を持ち上げる。


 兄さんは肩を僕に預け、耳元で囁いてくる。


「俺が道を切り開く。お前はチャンスが来たら脇目を振らず走り抜けるんだ」


 僕はこくんと、小さく頷いた。


 降る雨は、以前にも増して激しくなり、横殴りの暴風雨へと姿を変えていく。


「ルナ、最後に聞きたいことがある」


「此処までもつれ込んでいるのに、今更語らいなど無意味ですよ、先輩。わたしはご主人様の為なら止まれませんし、止まるつもりもありません。それが尽くす者の矜持というものです」


「………何がお前を変えたんだ」


 ルナさんは兄さんの問いかけに対して、


「光です」


と、意味深な言葉を発した。


「ご主人様がわたしに光をくださったのです。それからです、わたしがご主人様の忠実なる僕に生まれ変わったのは」


 ルナさんは木に左手をつけ、残った右手で髪を搔き上げる。


「光………」


「ご主人様が守護者としてのわたしの力が欲しいと言ってくれた。始めは何故か嫌な気持ちになっていたけど。段々とそれは消えていき、ご主人様への忠誠心へと変わっていった」


「………………」


「今は寧ろ心地よいです。今まで積み重ねた積み木を崩しても構わない程に、わたしはご主人様がくれる心地よさに縋っていたい。わたしはご主人様がくれる微睡みの中にいたい。その為なら」


 ルナさんは脇差しに差していた剣を引き抜きながら、ニヤリと笑い、此方に歩み寄ってくる。


「過去を全て清算するのも厭わない」


「そうか……」


 兄さんは緩めていた構えを強固なものに戻す。


「お前はオセアンの敵になった。敵は斬り伏せるまで………!」


◆◇◆◇◆


「行け!姉さんの元に急ぐんだ!事はもう、俺たちだけの規模では収まらない!」


 ルナさんと剣を交える最中、兄さんの言った言葉を胸に、僕は風の中を走る。


「メラルバたちをシカトするな!」


「殺すゥ」


 残った騎士たちは、当然丸裸である僕に狙いを定め、追ってこようとする。


「お前たちも俺の相手をしていろ!」


「………⁉︎」


 兄さんは周囲に広域型の防御結界、球体(スフィア)を展開していた。既に閉じ込められていた騎士たちは、結界に攻撃するも、出る事は適わず、結果的に森を隠れ蓑にして逃げる僕を、完全に見失った形になった。


「此奴、メラルバの狩りの邪魔を!」


「先輩も中々粋なことをしてくれますね。あの子を行かせる為に、わたしたち3人の相手を一手に引き受けるとは」


「ウルガ、気分最悪ゥ」


「そんなに気を落とすな………俺は」








「強い」



◆◇◆◇◆


 僕はぬかるんだ道を走る。ドロドロの泥の中、足は力を吸い取られていく。だけど、希望がある限り、僕は走るしかない。


 神聖な宝物殿が何者かに荒らされ、あろうことか守護者の一人が敵に与している。絶望的な状況だ。


 だけど、姉さんがいる。


 姉さんなら、卑しいコソ泥なんて直ぐにやっつけてくれる。姉さんさえいてくれたら、オセアンにとって、怖いものなんて何もないんだ。


 宝物殿は直ぐ其処まで来ていた。最後の力を振り絞り、泥のぬかるみの中を突き進む。


 木々の繁殖は途絶え、岩の地面が続く。その先に開いてしまった門が見えた。


「………えっ?」


 しかし、驚愕すべきは、門の解錠だけではなかった。もっと、もっと絶望的な光景が、僕の不安定なメンタルにトドメを刺したのだった。


◆◇◆◇◆


「先輩ってマナさんに乗っかるの大好きですよね」


 全身傷だらけになり、追い詰められたルナは尚もニヤつく。


「…………」


 カインは挑発と思い、聞く耳を持たずに、追い込みを更にかける。


「余所見するなぁ!」


「仕込みブレードとは大層なものだ。剣の筋もいい。だが」


「⁉︎」


「受けなければいいだけだ」


「ぎゃっ!」


 追撃に来たメラルバを蹴り落とし、


「バブル!」


「お前の魔法と剣技も中々のものだ、だが」


「しまっ………⁉︎」


「魔法に傾倒するあまり、剣を振るう時、踏み込みが浅くなっている」


「がはぁ!」


 ウルガを盾で殴り飛ばした。


「へへへへ、他力本願の癖に、矢張りお強いですね。強国パルテの騎士をまるで赤子扱いだ。優秀とはいえ、ひよっこの下級騎士では、貴方の相手は荷が重かったかな」


「最後はお前だ。ルナ」


 カインは枝の上で高みの見物を決め込んでいるルナに剣先を向ける。


「わたしの話を聞く気は無い様ですね」


「最初、聞く耳を持たなかったのはお前の方だ。聞く義理などない」


「ふふふ、じゃあ勝手に話しますね」


「言っていろ。その()に斬り伏せる」


 カインは迷わずルナの元に飛び、剣を振り下ろす。


「貴方方、いや、オセアンという組織は、マナさんに少々頼りすぎではありませんか?」


「………」


「上に立つもの一つに全てのことを任せ、自分たちは甘い蜜を吸う。つまり、貴方たちはマナさんに依存・寄生している。マナさんに責任を全てなすりつけた挙句、オセアンはマナさんが護る国だと勝手に思い込んでいるのですよ。可哀想な人です。貴方も、マナさんも」


「俺はマナをそんな都合のいい様には………」


「いいえ、先程の会話で既に立証されています」


 今まで耳を貸さなかったカインが反論を始めた。


 一転攻勢となったと判断したルナは踵を返し、すれ違い様に、カインに語りを続ける。


「会話を要約すると、マナさんに全てを託す体で、彼女に全てを伝える様、弟さんに先に行けと言ったという感じでしょうか。違います?」


「くっ………」


「図星ですかぁ? ふひひひ」


 ルナはカインの周囲を転々とし、彼を煽る言葉を吐く。


「黙れ!」


「キャハッ! 焦ると当たるものも当たりませんよ。先輩」


「はぁ………はぁ………」


 絶えぬ言葉の責めに、タフなカインも心が折れる寸前まで来ていた。ルナはカインにトドメを刺そうと、最後の語り掛けを始める。


「依存するだけの関係は、脆い。片方を潰すだけで、もう片方も呆気なく崩れ落ちる」


「お前の主従関係とやらも、似た様なものだ」


「あれ?遂に否定しなくなりました?」


「………」


「まあ、特別に教えてあげます。崇拝と依存は似て非なる別物です。崇拝は、ご主人様の為に、どうすればいいか、どう頑張ればご主人様に尽くせるか、頭を使って考えに考え抜くもの」



「対して、依存は対象にただ乗っかり、寄生する畜生の所業。先程言いましたが、対象に縋り、甘い蜜を吸うのみ。相手を己にとって、ただの都合のいい存在としてしか見ていない。わたしたちと違い、貴方方の関係は、一本の糸が互いを紡ぐだけの、薄っぺらいものということですよ!」


「どういうことだ………」


「直ぐにわかりますよ、全て」


◆◇◆◇◆


 僕は目の前の光景に愕然と立ち尽くした。


「ダーリン、私はやり遂げたぞ。褒めてくれ」


 宝物殿から出て来た侵入者と思しき連中。姉さんは彼等に立ちはだかったかに見えた。


だけど、違った。


「ダーリン、ご褒美、ご褒美、あんなキツイ演技させたんだから、ご褒美くれないと割に合わないぞ」


「はいはい、よくやったな、わしゃわしゃ」


「にゃぁぁぁぁん! えへへへ、ダーリンのエナジーが頭を通して流れて来るぞ。気持ちいい、気持ちいい………」


 姉さんまでもが裏切っていた?どうして………


 僕の疑念を余所に、姉さんは顔を蕩けさせ、フードの男にスリスリと顔を擦り付けている。


 希望から一転、僕は絶望の淵に突き落とされた。

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