1話 ハジマリ〜ヤンデレ女神憑依村娘降臨〜
「ダーリンのあの香り、大好き。もっともっともっともっともっと嗅ぎたい、ダーリンのあの匂いを果てるまで嗅ぎたいの」
私、ベルフェは聖域の女共の追撃から、宝具の力を用いることで難を逃れることに成功した。彼奴ら神の狗にはわからぬのだ、扱い方が中々難しい新たな楽しみを見つけ、味わうことが。あんな金剛石を擬人化して出来た彼奴らに、唯一無二の天才である私の崇高な目的を理解することがまず、不可能に等しいのだけどね。
「あれが山、あれが森。へー、聖域より景色に多様性があって面白いわね」
下は雲に覆われて見えないが、一応雲がない部分から、かなり遠くの景色の一部が見えた。
聖域は広い。同じ景色、似た景色が無限ループで続き、仮に留まったとしても、固体で塗り固められた大理石擬きたちは恒久的に崩れたり変形したりしないので、趣きの欠片もない。つまらないったらありゃしないわ。
「でも、一番の楽しみは………」
「ダーリン」
私の究極にして最大の目的は私にとっての神であるダーリンに逢うこと。そして、二人きりでダーリンと旅に出て、聖域で見ることのできなかった未踏の地をたくさん見るの。
ふふふ、でも、夢は幾らでも見れるけど、見たところで痼りを残すだけで虚しいわ。私は現実の時間にしか興味はない。妄想に時間を割くスペースは存在しないわ。
「見えてきたわね」
雲を翼で掻き分け、聖域から覗いた、概知の地が見えてきた。緑生い茂る草原だ。遠くには、さっきも見えた山々や、森、そして、人間共が暮らしていると思われる小さな村があった。
体感で後数刻もしない内に着地するとわかる。
私は翼を着陸に備えていつでも使用できる様、構える。
「よっと」
掛かるGに抵抗しつつ、翼を広げる。翼に少々骨が軋む様な鈍い痛みが走ったけど、ダーリンに会うためなら、愛の鞭だと思って我慢出来た。
私は翼を翻すことで態勢を逆転させ、足から着地をするのに成功する。頭から落ちても、高速再生能力を有している女神が死ぬことはないが、傷の再生には、程度や規模に比例して時間がかかる。出来れば隙を見せたくない私には、ピンチに繋がるリスクは出来るだけ避けなければならないのが、身体をアクティブに使いたい私にとって辛いところだ。
「やっと地上に着いたわ」
翼を羽ばたかせ、異常がないかを軽く確認する。
特に問題は無いようだ。
確か、転移場所は上手く指定して来たから、見える村にはダーリンが住んでいる筈だ。
「早く迎えに行かなきゃ」
私は逸る気持ちを抑え、それでいて足早に、村の方へと歩みを進めていく。
「ダーリンダーリンダーリンダーリン」
無二無三に先を急ぐ私の視界は、己の願望から構築された幻のダーリンに覆われ、暗く歪んでいく視界の外で、汚く涎を垂らして不気味な笑みを浮かべている自分の姿が客観的に見て簡単に想像出来た。
「今日こそ我がハイルを完成させる」
俺は未だ世に出ず、自分の世界で己の欲望を満たす種の魔法開発に励む青年魔導師………バスティアだ。この地アウグスト大陸の南の末端に位置する最果ての村、アルタード村の外れにある一軒家に住んでいる。
俺の目的は村一番の村娘…ハイル・グランツを妻に迎えることだ。え?同意?そんな他人同士の思惑で勝手に決める安い契約なんかは俺とハイルの間には必要ない。
今開発しているのは、魔法を目で見ただけで、術者の虜にする特殊魔法、魅了の発展型だ。今までは近くに匂いが届く程度の、単体運用ではとても使いづらい魔法に、視覚から脳に直接匂いを植え付ける機構を採用することで効果範囲を爆発的に拡げ、かつ、効力の増大をも狙うものだ。これが成功した暁には、単体運用どころか、魔法のサポート関係の変革まで起こしかねない大魔法になるであろう。ハイルだってなんだって俺の虜になること間違いなしだ。
術式は粗方組み終わった。今日はここまでにしよう。
俺は術式を魔法を保存する為の特殊な紙面に封印し、村が見える窓まで移動する。
さてと、我がハイルの観察でもするとするか。
俺は敢えて窓に赤いカーテンを掛ける。カーテンには、とある魔法を発動するのに必要な白い魔方陣が描かれている。此処には村人であってもまず誰も来ないので、俺にはある程度は大立ち回りが許されている。目立たぬ日陰者であるが故の小さな利点だな。
俺はそのまま魔方陣に指を置く。すると、白い光が魔法をなぞり、魔方陣内部が徐々に窓の外とは全く別の場所を映し出す。
ハイルの眠る家を映すことに成功した俺は誰も見ていないことをいいことに、両手に力を込めて、喝采をあげた。
俺は透視魔法ーサウザンドアイズーを使うことによって、この村ぐらいの広さを網羅することができる。この魔法は高等魔法に位置付けられる為、一介の魔導師に過ぎない俺とって、習得は難を極めた。俺は執念でこの魔法を習得し、5年の歳月を経てゆっくりとモノにしていったのだ。
「さてさて、ハイルはどうしているかな」
魔術の展開後、早速、家の中を覗き見るが、いたのはハイルの両親だけで、ハイルの姿は何処にもなかった。
「畜生! 俺に黙って何処行きやがったんだ!」
俺は折角魔方陣を描いたカーテンを引き千切り、残りカスとなったものを丸め、煮え滾る怒りに任せて木の床に叩きつけた。
「何処に行ったのだ! 何処に行ったのだ!」
「許せん! 許せん! 作品が一人歩きなど、許せん!」
俺は言葉にならない言葉を発しながら、先程手を止めた魔法開発を再開するのだった。
「しっかし、此処はのどかね」
私は木陰で一時溜まった疲れを癒していた。流石に移動詰めでは、女神といえど、体力には限界が生じてしまう。休息は必要だ。
私は黄昏れながら、空腹を満たす為、そこらに生えていた果実を毟り、だらし無く腕を動かして口へと運ぶ。
「食べないでください!それは!」
「ん?」
私は声に従って一旦手を止め、声が聞こえてきた方角に傾注する。
しかし、空腹からの刹那的な欲求に耐えかね、きのみを口の中に入れてしまった。
口の中で果実の甘い果汁が口一杯に広がる。同時に現れた雷に刺された様な痺れが、全身を刺すのを、私の感覚は余す事なく捉えていた。
「うぅ………」
私は痺れで身体の力が抜けてしまい、ぐったりと木の幹に背中を預けることになった。
「大丈夫ですか⁉︎」
声の主は、青い長髪に、青い瞳をした人間の娘だった。
まさか人間に心配されるなんて………
私は自身の女神として、あまりに格好がつかない、その愚鈍さを嘲笑った。
女神といっても、堕落した女神だけどね。
「貴女が食べたのは、サンダーフルーツという、強力な痺れ毒が含まれる毒の実です。このままだと呼吸まで出来なくなり、死んでしまいます。急いで応急処置をしますよ!」
まさか女神が毒で死ぬなんて、ブラックジョークにも程があるわね。
「あんた……こんな見ず…知らずの奴に手………を貸すなんて、随分とお人好し………よね」
「なんとでも言ってください」
私は欲望を羞恥心もなくひけらかす、悪い人間が大好きだ。逆に、つまらない虚飾の善を語る様な奴は、例え人間であろうと私は嫌いだ。大嫌いだ。
「嫌いだ………嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ」
善は悪にも劣る畜生だ。私の思想の第一観念はこのイベントから、より強固なものとなっていく。
私は目の前の娘に嫌忌の感情を迸らせる。同時に言い様のない悪の気が、私を再び理性というリミッターを外し、本能というエンジンをかけた。
「ヒヒ………やろう」
理性を無くした私は、善の人間に助けられるという恥辱を逆手に取った、外道にも劣る背徳的な悪魔から提案を受けたのだった。
「終わりましたよ」
娘の応急処置の甲斐があってか、痺れで指一本動かせなかった身体は、少しだけなら動ける程度に回復した。
「……………」
「取り敢えず、もう少し痺れが取れるまでは安静にしていましょう」
「………………もうその必要はないわ」
「それは何故ですか?」
「私が貴女になるからよ………来い! ヘルシャフトよ!」
私は宝具ヘルシャフトを再び地に顕現させる。
彼に私の女神姿を見せびらかしたかったが、私の落ち度だ。少し予定外ではあるが、人間になってしまおう。
「我 古き翼を捨て 新たなる美しき翼を獲んが為 大地を蹴る 我は新しき器で 神と盃を交わすであろう 光よ 闇よ 我に今こそ 未来へ飛び立つ翼を与え給え!」
これで詠唱の全てが終わった。後は、私の魂を、貴女の肉体と合致させるのみ。
私と娘は、ヘルシャフトが創り出した引力により、本来の重力を無視して遥か上空に浮かぶ。
「あ、ああああ!」
恐怖で言葉も出ないのね。でも大丈夫、苦しみはほんの一瞬………直ぐに快楽で一杯になるから。
私は胸に手を突き刺し、内から黒い光の物体を取り出す。これが魂………悪に魅入られ、闇に染まりきった、美しく、麗しい魂。
徐々に動かなくなっていく身体から魂を切り離し、娘に放る。私の身体は魂と訣別した瞬間、糸が切れた人形になった。
古き身体などもう枝葉的な存在だ。そのまま私は娘の肉体に入る。
「うっ………」
魂が入った一弾指の間に、娘の身体は海老反りに痙攣した。娘の最期の抵抗………だがその程度の悪足掻きで私を追い出せはしないわよ。
次第に娘の身体の力は抜け、痙攣は治まっていく。眠る様に目を閉じ、ヘルシャフトの浮力に身を任せて、暫く流される。
娘は目をゆっくりと開けた。微睡みから覚めた様な心地良さが、娘の新たな身体を迎え入れてくれる。
「ヘルシャフト、もういい」
ヘルシャフトは命令に従い、空っぽの器と娘をゆっくりと地に降ろす。
娘は己の姿を全身丁寧に触って確認する。
大きな黒いリボンを頂点に備えた黒のカチューシャに滑らかな青い髪。そんな自分に合わせてか、服も青の服に青のスカート、その上にエプロン状のシルクというシンプルなチョイスだった。
「おっほん、私の名前はハイル・グランツ。アルタード村一の美少女と称される村娘。前の私は謙遜してたけど、今じゃそれは心地いいもの。今の私が大好きな人はアルタード村の外れに住む魔導師バスティア様。他の奴等は愚かな人………|私の愛を邪魔する愚かな奴等。ああ、バスティア様バスティア様バスティア様バスティア様………アイシテイマス」
まずはハイルに眠る魔法を全て引き出そう。
ハイルは無造作に魔法の連打を始める。
「スライス」
ハイルの魔法……強い風圧の刃を飛ばし、辺りの木々を全て切り裂き、薙ぎ倒す。ハイルは高台のきのみや枝木を落とすのに使っていた。
「ブラスト」
ベルフェの魔法……風の奔流で、周囲を吹き飛ばす魔法。倒した木々が舞い上がる。
「フレア」
ハイルの魔法……周囲に炎の壁を生み出す、火炎魔法。美しかった緑の草原が黒の焼け野原と化した。ハイルは肉や魚等の料理の加熱に使っていた。古い身体はこれを使って序でに燃やしておいた
「エッジ」
ベルフェの魔法…鋭い岩の破片を飛ばす、遠距離攻撃型の魔法。素の命中精度が悪く、遠くの敵を正確に撃ち抜く技量を術者に求めるが、その分火力は高い。ベルフェは聖域で一番の、この魔法の使い手。
「ウィンド」
ハイルの魔法……空を飛ぶ為に習得した、純粋な飛行魔法。
「ミラー」
これもハイルの魔法……目の前に反射板を召喚する。ハイルの顔を見るのに使った。瞳が青から、女神の頃の私の様な赤い瞳に変化していたのは驚いた。ハイルも自分の顔を整える補助として使っていた様だ。
他にも色々試した。
ベルフェが使えていた魔法の火力はやや落ちているけど、全て実践レベルで扱え、かつ新しい身体であるハイルの魔法も使えるから、総合的なコンビネーションアビリティの質は上がっているわね。
早速ハイルは間接的に習得仕立てのウィンドで楽々と宙に浮き、空からアルタード村を目指すことにした。
「生まれ変わった私も見てくださいね。バスティア様バスティア様バスティア様バスティア様バスティア様バスティア様」
この時のハイルの顔は、他人に見せられない程、大きく歪んでいたと思う。
「ああ………もう少しで逢える」
村の近くまで到達し、気分が高まった私は甘い息を漏らした。
アルタード村は間近で見ても小さな村だ。ウィンドで着地した近くの物見櫓から見たが、あんまり広くない土地に数世帯数十人が暮らしている程度。聖域とは比べ物にすらならない。
夫はこの村では爪弾きにされて、外れにまで追いやられているという情報が、ハイルの記憶から得られた。
「ユルセナイ………」
私はつい目を見開いて、歯軋りしてしまった。女の子になった私がこういう真似をするのは可愛くない。私は思い出した様に目を細めて一笑する。怒気は消えた。
殺意は消えないけど。
「………………」
「おお、帰ったかハイル」
私は正々堂々と村のど真ん中に降り立った。ジジイや他の村人たちが出迎えてきた。
挨拶なんて要らない。バスティア様の居場所を言えよ。
「バスティア様は何処に住んでいるのです?」
「「「………………」」」
私のこの言葉を聞いて、村中が凍り付いた。
「ハイル、彼奴のことをいつ知ったのだ?」
ジジイがシドロモドロとした様子で聞いてきた。
「お父様には関係ありません。さっさと言ってください。尤も、言葉ではなく、臓器や吐瀉物を吐きたいのなら、無理に言わなくてもいいですよ」
私は眼光を光らせて、素っ気なく、それでいて冷たくジジイに言い放った。流石のジジイも怒り狂ったのか、私に罵詈雑言を浴びせかけ始める。
「お前はあんなイカれた狂人に絆されたのか?この大バカ者が!彼奴はな!お前をどんな手を使ってでも手篭めにしようと画策している卑怯者だ!明日村人総出で彼奴を潰しに行こうと考えていたが!何てことだ!」
だが、キレるジジイからの教戒なんて、今の私には片腹痛い内容であり、聞く価値を見出せなかった。
「バスティア様が狂人?バスティア様は欲に忠実なだけです。お前、さっきから下手に出ていたら調子付きやがりますね」
私もジジイに同調した。怒りですっかりハイルの丁寧口調が崩れ、喧嘩腰になった。
「スライス」
私はつい唱えてしまった切断魔法をジジイの型に掠めさせる。我ながらナイスコントロールである。肩から血が少し飛び、私の頰にかかった。肩を切断魔法で掠めたジジイは手で肩を抑え、畏怖している様な、血の色が引いた顔で私を見た。
「ハイル………?」
「次は二度と喋れない様に顔面を斬りましょうか。それとも痛くて喋ることすらままならなくなる様、腕を斬り落としましょうか?私は貴方の娘らしく、貴方のオーダーに則ってその口を黙らせてあげます」
「あ、ああ………ひぃぃぃ。あっちの山に行け! もう家の敷居は跨ぐでないぞ!この親不孝者が!」
私の周りの村人は、血相を変えて家内に逃げ出してしまった。お父様がバスティア様のお家に行くのを許してくださったので、後は向かうところに向かうだけである。
「私に刃向かうなんて万年早いのよ」
私は人間を恐怖の底に陥れたのを心嬉しく思い、頰にかかった血を指で掬って舐めた。聖域では味わったことのない、独特の味がした。生暖かい鉄の味。
「美味しい」
私は再びウィンドを唱え、今度こそバスティア様の御前へと向かうのであった。
「それにしても、良いこと聞いちゃったわ。バスティア様がハイルを好きだったなんて。これで私とバスティア様、両思いね。ふふふ」
「できた……」
遂に魔法を完成させた俺は、早速ラットで実験することにした。
俺は魔方の特性を最大限活かせるであろう野外へ、久々に足を運ぶ。
「はあ!」
俺は魔法陣をかなり離れた、牢に閉ざされているラットに向ける。魔方陣からは紫の煙が立ち、ラットのいる方向とは徹底的なまでに違う上空方面へと昇るのであった。
「それで構わん」
俺は煙が何処へ行くことに関しては、介意していない。
煙がある程度立ち昇った後、俺はラットの近くに向かった。錠を外し、ラットを牢から出す。すると、ラットは俺の顔に擦り寄って来て、あろうことか口付けをして来たのだ。
魅了は物の見事に成功の日差しを浴びたのだ。
「遂に、遂に遂に! 完成したぞ!」
俺は自分のキャラを忘れ、盛大に大はしゃぎをした。これでハイルを我が物にできる、そう考えると居ても立ってもいられないのだ。
俺は人間に聞く様に魔法の効果範囲を調節し、魔法を一時封印した。
「明日が楽しみだ」
今日は疲れたので、風呂に入って寝るとしよう。
俺は後片付けを軽く済ませ、家内に入ろうとした。
「待って、バスティア様!」
俺が背後から聞こえて来た声の方へ振り向くと、そこには愛しのマイスイートハートのハイルが、光の消えた目をしながら立っていた。それに加えて、目が据わっていて、トランスしているかの様に周りを見ようとしない。俺だけに視線を合わせている。まるで、俺を求めんが為に来たみたいだ、なんて淡い期待を抱いてみる。
しかし、バスティア様とは、これ又大層な尊敬のされ方だ。俺は褒められる様な村への貢献等は一切していない。寧ろ、村の顔に泥を塗りたくっていると言っていい、村の悪党だ。
小馬鹿にしに来たのか、将又俺を本当に尊敬しているのか。
いや、待てよ………
あの目、俺の魔法の作用で現れる特徴的な催眠状態の証だ。あの状態なら、俺の所に来るのはおかしくはない。だが、未だハイルにはアレを試していないのも、又事実。一体どうやってかかった、否、かけたのだ?かけたシチュエーションが一切浮かんでこない。
やっと逢えたわ、マイダーリン。
惚れてからの道のりは果てしなく長かった。結果的に故郷を捨てることになったし(これは割とどうでもいいけど)、こっちに来た早々、酷い目に遭ったりもした。でも、やっとこうして、物理的に巡り会えたわ。
これも運命の赤い糸が私たちを結んでいるからこそ、成せる業よね。
それに、ああ、良い匂い………此処はなんていい匂いなのかしら。気の所為か、ピンクの艶やかな霧も見えるわ。彼が出迎えてくれている証拠ね。
もう彼しか見えない……彼しか愛せない……
ダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリン。
食べちゃいたい………
私は無意識に舌舐めずりをしてしまった。なんてはしたない真似をバスティア様の目の前で!
きっと未だ愛が足りていないのね。愛が足りないから、こんな失礼で汚い行いが出来てしまう。
「もっと愛を高めないともっと愛を高めないともっと愛を高めないと………(以下二時間強)」
ハイルがなんか怖くなってきた。同じ言葉の羅列を長い時間復唱している。今までのハイルがこんなことをしているのは見たことないし、況してや今起きているであろうトランス状態でも、あそこまで狂った状態になる筈がない。加えてキュートな風貌であんなことを延々としているので、それがかえって恐ろしさが増す要因となっている。ギャップ萌えならぬ、ギャップ狂いだ。
結論………今のハイルは異常だ。狂人と揶揄されている俺がビビる程だ。その怖さは狂人お墨付きである。
逃げた方が良さそうだ。
俺は先程迄の予定通り、ハイルは無視したものとし、家内に入って風呂に入って寝ることにした。唯一つ付け加えるとすれば、家の鍵は、魔法でしっかりとコーティングすることぐらいか。
よし、帰って寝るか。
俺はハイルを無視して家内の扉を開けた。
中にはハイルがスタンバッていた。恐怖以外の何物でもなかった。
「ハイルちゃん…どうしてここに?」
「テレポーテーション」
ハイルがそんな魔法を扱えたなんて知らない。見たことない。俺はそれから黙って踵を返す。
ハイルから逃げないと………好きな娘から恐怖で逃げるというよくわからんことになった。俺は足を動かす。が、運動能力に乏しいインドアな俺は、毎日逞しく村外に出ているアウトドアな彼女に、体力的なところで勝てる筈もなく、家内へと引き摺り込まれるのだった。
「ダーリン美味しそう」
家内に引き摺り込まれた俺は、ハイルに耳朶をしゃぶられる。かなり長い時間しゃぶられた。耳から口を離された頃には、耳はすっかりハイルの口内の湿気と涎でふやけてしまっていた。
「んっんっ………プハァ」
「ん〜〜〜〜」
次は口内を舌を使って舐め回される。ハイルと俺の分泌する涎が、俺の口内で大洪水を起こしている。
17歳の女の子になす術なく遣られたい放題にやられる20歳の俺。
「次は、胴体と下半身ですよ」
ハイルは一言言ってシルクと服、それにスカートを脱ぎ捨てる。彼女の身体に残すはパンツとブラジャーのみとなった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ」
この娘絶対何処かで毒きのこかなんか食べたでしょ。だからラリっているんだ。クレイジーなんだ。
そう思わなければ、こんなおかしい状況を享受することは到底敵わない。
次に考えたのは、偽物説だ………こいつはハイルに化けた偽物だ。そう思ったりしてみる。
世の中変身系統の魔法や能力を所持している人間や魔法生物は腐る程いるのだ。きっと誰かが俺を嵌めようと画策しているんだな。そうに違いない。
「アナライズ」
俺は迫る快感に耐えつつ、残りの力を捧げて解析魔法ーアナライズーを使う。目の前のハイルの正体を看破しようと、俺は必死だった。アナライズの効力を得た目で、ハイルを凝視する。
そこには、驚愕の二文字しかなかった。
目の前の女は、ハイルであって、ハイルでなかった。彼女には現在、魂が二つあり、その内の一つ、何者のものかわからない黒い魂が、恐らくハイルの青い魂を喰らっているのだ。魔法開発の過程で魂の在りようについても勉強していた俺には理解出来ない魂の状態だ。
魂は一つしかないのだ。魂が二つあるハイルは現在何者かの干渉を受けていて、操られているか、身体を乗っ取られている。そうでなければ、聡明な彼女がこんな奇行をするのは有り得ない。俺がそう思うのは彼女を長年にわたり見てきたことによる、当然の帰結だ。全くもって自慢出来る話ではないがな。
「お前」
「ダーリン、な〜に?」
「ハイルじゃないだろ。何者だ」
「は?何言って………」
「お前の魂、見させてもらった」
この一言で、ハイルの態度が豹変する。
「………………えへへ、バレちゃった」
俺は目の前の女の正体を暴くことに成功した。だが、ハイルはそんなことはどこ吹く風、あまり気にしていない様子だった。
「私、ある意味ではハイルじゃないわ。まあ、今となってはハイルでもあるんだけどね………ダーリン」
つまり、どういうことだ?
「私とハイルの魂が融合しているのは見ているでしょ」
融合?ハイルの魂を喰っているだけにしか見えなかったが。
「黒い魂が今この身体の主人格をさせてもらっている、堕落女神のベルフェ、青いのは、まあわかるだろうけど、この身体の元の持ち主であるハイルよ」
あの喰っている黒い魂がベルフェとかいう女神(?)か。女神など、魔法開発の手助けになるだろうと、変な先見をして買ってしまった聖書に書いてあるヤツでしか見たことがない。魔術フェチの俺としては、実在したらいいな、ぐらいの認識でしかなかったが、まさか本当に実在していたとは………
「私が何故、この人間の身体を奪ってまで聖域やって来たかわかる?」
わからん。
「知りたければ教えてあげるわ」
知らんくてもいい。
話を勝手に進めるでない。
「ハイルのパンツ見せてあげるから聞いて」
イエス・マイ・ロード………
「貴方が好きだからよ」
突然の告白。まあ、態度でそれらしいことはしていたから、察することは出来るけどな。
「貴方が好きだからよ」
2回言わんでもいい。
「貴方がスキダカラヨ」
壊れた。
「私はね、貴方の欲深い所に惚れたの。貴方の魔法に対する頑固一徹な執着欲、そして、聖域で見た時は誰だかまではよくわからなかったけど、このハイルに対する、異常な迄の独占欲。見ていて清々しくなったわ。私を差し置いて、他の女に媚びようとしたのは少しお痛なところではあったけどね」
確かに俺は魔法に対する執着心があって、かつ、ハイルが好きでもあり、何とかして独占したいとは思っていた。その過程で女神様を堕とす程、惚れさせていたのは知らなかったが。
「何がともあれ、これからは一緒に一生、暮らしていきましょうね」
誰が上手いこと言えと。
「うーんハイルと一緒に暮らせるのは嬉しいけど、中身が別人だとなんか白けるな」
俺はつい、地雷を踏み抜いた。俺の中では、かなり冗談交じりの言葉だ。別にハイルとの思い出は特にないので、中身については、割とどうでもいい。ベルフェの闇を深めるだけの、本当に余計な言葉だった。
「ナンデ?」
「?」
ベルフェは光の無い、据わった目をしながら俺を家の隅に押し込み、心身共に強烈な圧迫感を与えてくる。
色んな意味で苦しい………
「私ダーリンの為に頑張って会いに来たのよ私ダーリンの為にこの娘の身体、捨てずにプレゼントしに来たのよ私、ダーリンの為に村の奴等を黙らせて来たのよ私ダーリンの為に魔法練習して来たんだよ私ダーリンの為にスカートの裾短くしたのよ私ダーリンの為にニーソックス履いて来たんのよ私ダーリンの為に髪整えて来たのよ………(以下3時間)」
ベルフェのダーリンの為アピールが終わった時には、既に0の刻を、家の時計は指していた。日付が変わる程の想いを受け取ったことで、俺の何かが吹っ切れた。
「私、旅に出たいな」
「唐突だな」
「ふふ、唐突だよね。でも私たち、もう此処に居場所なんてないよ」
何故?
「村から追われる身になったから。まあ、ダーリンの日頃の行いが悪いから、自業自得なだけなんだけど」
ああ、俺の所為か。
「だから、私たちが楽しく生きる為には、もう旅に出るしかないんだよ」
「俺の所為なら、別に構わない。早めに身支度を整えて、この場からとんずらするとしよう」
「さっすがダーリン!」
俺たちは、追っ手が来ない内に、とっとと荷造りをし、ここから脱出することに決めた。そんな中、灯も何もない、暗い部屋で、俺はポツリと呟いた。
「なぁベルフェ………」
「何? 急にかしこまっちゃって、ダーリン熱でもあるの?」
「お前の名前、新しく決めないか。その………ハイルとベルフェって、二つもあるとややこしいからさ………
「私は別に………ダーリンが好きなように決めていいよ」
「うーん………ハイル………ベルフェ………少し捩って…ハイル・ベルフェゴールなんてどうだ?」
「ダーリン、中々いい趣味してるじゃない。名前を合わせるなんて!」
「はは、気に入ってもらえてなによりだよ、宜しく、ベルフェゴール!」
「宜しくね、ダーリン!」
あ、そうだ。俺の名前はまだ言っていなかったな。ベルフェゴールは知っていたみたいだけど、こっちからも名乗った方が様になるな。
「お前は俺のこと知ってたみたいだけど、なんか不公平な気もするし、俺からも名乗っておくよ。俺はバスティア・グレイス。ハイルをマジック・ストーキングしていた助平魔導師だ」
「今度のダーリン………なんかカッコ悪い! でも、そんなダーリンも大好きよ」
「さあて、荷造りも佳境に入って来たし、夜中の内にさっさと出よう」
俺たちは、魔道書や食糧、武器等、生活及び魔法生物との戦闘に最低限必要なものを纏めて、家を出る。
「こうなったら、外の世界でたっぷりと探究の毎日を送るのも悪くないな」
「ダーリンったらそればっかり」
助平魔導師とヤンデレ女神に憑依された美少女村娘は、夜の闇に消えていった。