18話 希望
「ただいま、ショウ、姉さんが帰って来たぞ」
僕の住むテントに入ってきたのは、水色の澄んだ長髪に、同じく水色の瞳、そして、トレードマークの白いレオタード。間違いない、姉さんだ!
「姉さん! お帰りなさい!」
僕はショウ・リーガル、将来マナ姉さんの守護者の仕事を引き継ぎ将来を背負って立つ漢だ。でも、まだ見廻りすらさせてもらえていない。姉さん曰く、まだ早いと。
オセアンの外縁部には、魚貝類を始めとする、様々な海洋生物が棲んでいる。正に海の宝石箱だ。基本は無害な生物が大多数を占めるんだけど、偶に凶暴な魔法生物が出現することがある。
姉さんは宝物殿の守護者として、巫女であるルナさんと共に宝物殿の管理・守護をする訳だけど、前述した魔法生物の襲撃に備え、外縁部の見廻りも兼任している。
さらに、見廻りや管理で培ってきた広い視野の他に、我流で修練を積んで会得した魔法と武術をもち、オセアンで最も戦闘力が高いと称されている。
嘗てその武の力で、オセアンに迫った数多の危機を救った、国の英雄なのだ。
「姉さん、今日も大丈夫だったの?」
「あ、ああ………何も異常はなかったぞ」
普段はハキハキと明確に話すのに、今日は何故か歯切れの悪い姉さん。
「姉さん大丈夫? まさか、オセアンに何かあったの?」
「こら、マナは長い見廻りで疲れているんだ。そんなに頻りに問い詰めるのは酷というものだ」
姉さんの態度に違和感をもち、しつこく問い質そうと躍起になったのが仇となり、兄さんにこっ酷く怒られた。
カイト兄さんは正義感に厚く、誠実な人で、姉さんと同じく守護者の任に着き、姉さん同様に、宝物殿と国防関連の仕事に励んでいる。
「今日はお前の為に大好物のカニを獲ってきたぞ。みんなで食べよう」
「そうだよ姉さん! 兄さんったらね、途中、獲ろうと手を伸ばしたカニに挟まれてさ!」
「ショウ、それは言わない約束だったろ」
あ、地雷踏んじゃった。口は災いの元だね。
「これが私の家族か。粗方記憶通りだ。ダーリンとハイルの計画は順調に進んでいる。この家族にはそれまで、私の相手をしてもらうとしよう。厄介な奴は縛り付けておくに限るからな」
僕ら二人の揉める中で、姉さんが怪しい笑みを浮かべているのを、僕らは見ることはなかった。
しかし、その時は直ぐに訪れる。
◆◇◆◇◆
「ふふ、やったか」
「姉さん?」
僕は姉さんの不敵な笑みを不審に思い、声をかける。
「ショウ、私はそろそろ見廻りに戻らねばならない」
「え?今日はもう交代したんじゃ」
「今日は雲行きが怪しくてな。私にも特別招集がかかっているのだ。杞憂である可能性は高いが、念には念を入れての措置だと、長から言伝を承っている」
姉さんはそう言い残し、そのまま外へと飛び出していった。
今日の姉さんは矢張りおかしい。家にいる時、家族を第一に大切にしてする姉さんは、僕たちの話を上の空で聞き流す、とどのつまり、心ここに在らずの状態だった。
絶対、絶対に何かあったんだ。
姉さんが行った後少し経つ。
外はすっかり暗くなり、大粒の雨が大地を濡らしている。
僕は構わず、姉さんの向かって行ったであろう場所、オセアンの宝物殿に向かったのであった。
◆◇◆◇◆
「これが三つ目の宝具、なんとも荒々しい一振りですね」
ベルフェゴールは斧を手に持ち、力任せにそれを振り下ろす。奔るけたたましい風圧に、俺たち雑兵は蹴散らされるばかりだ。
「はい、ご主人様。少し宜しいでしょうか」
「何でしょうか? ルナさん、手短に済ませてください。此方には時間がないのですから」
ベルフェゴールが耳を傾けた方向には、濁った目をしたルナが立っていた。ルナは再びベルフェゴールと俺に跪き、斧の概要を語り始める。
「はっ! 不肖、ルナが答えさせていただきます。この斧はオセアンの開拓者が振るったと言われる伝説の斧。名は宝具、捕食者。有象無象全てを喰らう、修羅の闘気の具現にございます」
端的で、そして、ご主人様の機嫌をとる、雄弁な語り掛け。全てを語り終えた後のルナは恍惚とした表情をしながら立ち上がる。
奪う者と護る者。相反する思想を持つ、二者が今、此処にいる。
本来ならば、決して交差する筈もない者が、二人肩を並べ、同じ目的を抱いている。
ヘルシャフトは、既存の関係を壊し、再構成したのだ。
敵と敵の関係から、ご主人様と奴隷の関係に。
血を流し合う関係から、片方がもう片方を恒久的に搾取する、一方的なwin - loseの関係に。
改めて、ヘルシャフトを敵に回さずに済み、安堵する。
もし俺がルナの様になっていたらと思うとゾッとしてしまう。
「大丈夫………」
「?」
「「私たち、ダーリンには酷いことしないから」」
醸し出される儚げな雰囲気の中、放たれたその言葉は、俺が聞き取る間もなく、幻想の彼方へ羽ばたいていった。
「………………⁉︎」
ルナが突然、ピクリと動く。
「ん?どうしたルナ」
「ふひひ、招かれざる客のご来場ね。今日は神聖なご主人様たちの貸切だというのに、なんと愚かで無粋な………!」
「ルナには宝物殿の守護者らしく、索敵に特化させる為に感知能力を極めている様ですね。それが今、彼方に牙を剥く形となり、仇になってしまうとは、何という皮肉なのですか。オセアンの連中も、流石にここまでは想定外でしょう」
「侵入者はわたしめが排除しに参ります。愚物如きにご主人様方のお手を煩わせる必要はございません」
「じゃあ、任せますね。私たちはゆっくりと、折り返しの探索を楽しむとしましょうか、ダーリン」
「では、行って参ります」
ルナは敬礼をし、地面に描いた転送魔法陣の中に消えていった。
「転送魔法とは、これまた便利なレアスキルだな」
「今回の目的の為だけの使い捨てにするつもりでしたが、案外、いい掘り出し物だったのかもしれませんね」
ベルフェゴールは暗がりの中、クスリと笑う。
◆◇◆◇◆
森の中、僕は走る。
よし、宝物殿が見えてきた。
目的地を捉えた僕の歩みは更に早くなる。
「えっ?」
だが、扉の全貌を目にした時、突然、身体が鉄の様に硬くなった。
「扉が、開いている………」
思わず口に出してしまった。オセアンにとって、神への供物を納める場である、宝物殿を荒らされることは死活問題だ。これを姉さんが予想していたとするなら、姉さんの不審な態度に全て合点がいく。
姉さんはきっとこの事態を察知したんだ! そうに違いない!
姉さんに小さな希望を託し、僕は止めていた足を再び進めようとする。
その束の間………光と共に、目の前に人影が現れる。
この魔法、見覚えがある。
「あれ?ショウ坊っちゃんですか?ご主人様に刃向かおうとする反逆者は」
目の前に現れたのは、変わり果てた風貌のルナさんだった。