17話 オセアンの守護者 後半
「此処が宝具が眠るとされる、宝物殿ですか」
周囲は外の海から染み出した、海水の溜まり場が沢山出来ており、潮の強い香りが鼻を刺す。そして、俺たちの目の前には、かの宝物殿へ繋がる扉が鎮座している。
黒き闇の下、ベルフェゴールは目の前に聳え立つ巨大な門を見上げ、小さな笑みをこぼす。
「キーは彼奴に教えてもらいましたから、こんな門は装飾同然。開かないとなると憎いものですが、簡単に開くとなると、開けるのが名残惜しくもなります。実に複雑怪奇な気分ですよ」
「そうですね、ご主人様! でも、開けないと宝具が貴女様の手に渡りませんよ。あ、奴隷なのに出過ぎた真似をしてしまいました………ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ベルフェゴールの陰から出て来た金髪碧眼の少女。彼女……奴隷にしたオセアンの守護者の一人であるルナを使うことで、扉は簡単に開けることが可能だ。彼女はヘルシャフトで完全に支配下に置いてあるので、命令に反発されることは絶対にない。
宝物殿の扉の解錠には、彼奴も含めて、極少数のオセアンの者の、指紋・声紋・瞳の照合、そして、特別にあしらわれた鍵が必要になる。鍵だけはこの娘は持っていなかったが、無論、鍵は彼奴がくれたから問題ない。
「別に謝らなくていいです。貴女の言っていることは正しいですから。陽動を寄越しているとはいえ、時間をかけると、見つかるリスクは高まります。早めに宝具を奪って退散するとしましょう」
「有難き御言葉、しかと心に響きました」
ルナは膝を着き、首を垂れた後、
「あー」
己の声紋と、指紋、そして瞳の照合をする。
すると、門の前に台座が突き出してくる。ここまでは順調のようだ。
「くくく、後はこの鍵をこれに差せば、ご主人様に新たなる力が………」
巫女とは思えぬ陰りのある表情をしているルナは、守護者としての使命や、敵の手に宝具を渡してしまう罪悪感などそっちのけに、遠慮なく最後のキーに手をかける。
「全てはご主人様の創造する世界の為に」
ルナは台座に差し込んだ鍵を右回しに90度回転させる。
これを皮切りに、固く閉ざされていた鋼鉄の門が、内向きに開いていく。
「あははは! 使命護るどころか、宝具を国に敵対するご主人様に献上しちゃうわたし悪い子! でも、わたし奴隷になっちゃったから仕方ないの! 国なんて棄ててご主人様に忠誠誓っちゃったから!」
俺の横目には、歪んだ笑顔と声が狂い咲いていた。
◆◇◆◇◆
「ご主人様、此方です」
俺たちは宝物殿に形成されているダンジョンの中を我が物顔で歩く。中は迷宮そのもので、此処の管理者であるルナの的確な案内がなければ、仮に最初の門を自力で開けたとしても、迷うことになっていただろう。
<ギャァァァァス!>
<ウゴォォォォォ!>
道中、合成獣や、石の魔道生命体等、ダンジョンへの侵入を拒む魔法生物に何度か出くわすも、
「邪魔よ」
「ダーリンと私の道を遮るな………」
ベルフェゴールとサタン、二人の娘が簡単に一蹴してしまう。
因みにアスモデウスとベルゼブブには外で邪魔者がここに入らぬ様、見張りに着いていてもらっている。
◆◇◆◇◆
「わたくしもダーリンと一緒に行きたかったですわ」
「この後に及んで泣き言はなしっすよ。じゃんけんで公正を期したんすから。しょうがないと諦めるしか、己を慰める手はないっす」
つまらない決め方で簡単に役割分担を終えてしまった結果、わたくしの心には大きな痼りが残っていますの。
どうして貴族である、ブリュンヒルデの血を継ぐ騎士のわたくしが、夫であるダーリンの傍らから離れ、こんな下等生物と同じ空間に居座らねばならないのでしょう。
ああ、早くもう一回ダーリンとくっ付きたい。ダーリン以外いらない。ああ、ぁぁぁぁぁ………
「聴こえているっすよ」
「なっ⁉︎馬鹿な!頭の声が漏れぬ様、セーブして呟いていたのに、一体何故ですの?」
「その声がダダ漏れなんす。至極、単純明快な答えっすよ。調整が下手なんじゃないっすか?」
「ぐぬぬ………妖精の癖に!」
わたくしは妖精に激怒しました。ダーリンはわたくしのものなのに、彼はさも自分のものの様な物言いでわたくしを煽り、剰えわたくしの揚げ足を取ってくる小賢しさ。
矮小な生き物など!
「あっ………やめるっす! 羽を引っ張らないでくださいっす!」
羽を押さえて、このまま地面に這いつくばらせてやりますわ!
「あれ〜?気持ち良いのではないのですの?」
わたくしは飛んでいる妖精にしがみ付き、抵抗しようとわたくしに回してくる腕をロックしました。
「あれはダーリンだからこそっす。お前に触られたところで発情なんてしないっす!離すっす〜!ちょっ、ここまで固められたら!」
「ひゃ………」
「ひゃあぁぁぁぁぁぁ!」
「うにゃぁぁぁぁぁぁ!」
「「へぶぅ!」」
わたくしと妖精は羽の浮力を失ったことで、下向きに錐揉み回転をしてしまい、二人諸共地面と熱いベーゼを交わしてしまいましたの。
◆◇◆◇◆
「ダーリン、傷は大丈夫ですか?」
ベルフェゴールは俺の傷を巻いている包帯を少し捲る。
「ペロッ………美味しい、ダーリンの味だ」
「ひゃい!」
ベルフェゴールは俺の傷を直接舐め、口内で血液を嗜んだ後、ごくんと、咽頭を揺らし、それを体内に送り込んだ。
「あ、ごめんなさいダーリン。痛かったですか?」
「大丈夫だ。そういうお前こそ、頭は冷えたのか?さっきのあれは凄い怒りっぷりだったぞ」
「はい、皆さんのフォローと、ダーリンがずっと近くに居てくれたお陰で平静を取り戻すことができました」
やっぱり笑顔で、ダーリンダーリンと時折呟いているベルフェゴールが一番可愛い。この年相応のあどけなさを残しているのが一番いいのだ。女に燃え猛る業火の炎は手に余る。
「ダーリン、ありがとう。大好き」
「俺もだぞ、ベルフェゴール」
「惚気話も結構なことだけど、ダーリン、ハイル、着いたわよ」
遂に深奥までやってきた。今度も例によって、宝と俺たちを隔てる扉があった。今度は暗号式だ。しかし、ルナには関係ない。
「やってください」
「ご主人様、わかりました!」
前とは違う方式かつ、何億通りもの複雑な暗号でさえ、ルナは苦労なくちょいちょいと開けてしまう。ここの仕掛けから考えれば今まで襲い掛かってきた魔法生物は、管理人を無理矢理連れて来た部外者を、敵の手に落ちた管理人諸共葬る防御システムだったのだと思う。仮に仕損じても、管理人さえ亡き者にしてしまえば、扉は
一体此処のダンジョンを組み立てた奴はどれだけ用意周到だったのだろうか。だが、ルナも彼奴も詳細に知らない奴のことは知る由もなかった。
◆◇◆◇◆
扉の先には、誰もが心を惹かれるであろう、純金の黄金たちで溢れかえっています。
しかし、今回の目的は、飽くまで宝具。財宝は残念ですが、お呼びではありません。
道を阻む金銀財宝を掻き分け、深奥の更に深くまで歩みを進めます。
「あれか………」
巨大で厳つい斧が、深奥で息を潜めているではありませんか。
噂も、時に信じてみるものですね。