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16話 オセアンの守護者 前半

「私のダーリンに、ナニシテルノ?」



◆◇◆◇◆


「ひぇ!」


「我等が守護する神聖な宝具に他所者が触れようとするか! このうつけが!」


 俺は今、俺が宝具を狙っていると知るや否や、突然襲い掛かってきたお姉さんの攻撃を、必死になっていなしている。


「お前の様なうつけは追い返したところでまた同じことをするに決まっている。それならば」


「?」


「二度と粗相を仕出かさない様、滅するしかなかろう………」


 その言葉を聞き、俺の肝が恐怖で冷えきるのは瞭然たることであった。




「邪なる者よ、早くこの世界から消えてしまえ!」


 彼女が連発する氷魔法の破壊力に押され、俺は一方的な防戦を強いられている。とどのつまり、反撃も何もあったものではないということだ。


 当然、反撃しないのには理由がある。


 俺は魔法の天才と息巻いているが、たった一種、苦手なカテゴリーがある。


 それは、攻撃魔法だ。


 俺は攻撃魔法を一切習得していない。というより、出来ないという方が正しい。


◆◇◆◇◆


 嘗て魔法学校に通っていた時期が俺にはある。その時専攻していたのが、バフとデバフ。要するに、敵の弱体化や味方の強化に重きを置いた、特殊な魔導師を目指していたのだ。当時、成績優秀だが、問題児でもあった俺は、ただでかいことをしたいが為に、命を賭して病原性のウィルスをばら撒く魔法を精製した時期があった。


 俺の学校生活は終わりを告げた。


 これが決定打となり、俺は学校連中に散々干された挙句、退学を勧告されてしまった。


 家からも勘当され、その後は行く宛もなく彷徨い歩き、偶然行き着いたのが、ベルフェゴールもとい、ハイルと出会ったアルタード村だ。


 しかし、成り行きで未知の村を訪れたことにより、俺の倫理的倒錯への欲求はより深まることとなった。


◆◇◆◇◆


 俺に上手く扱える魔法は今も昔も、バフ・デバフが主であり、あれから数年経った今でも、自衛用の防御魔法を習得するので精一杯であった。


「もう逃げ場はないぞ、神の聖遺物に汚い手を出そうとした愚か者が」


 防戦一方から、一向に傾かず、撤退戦を強いられていた俺は、下がることに終始していたのが祟り、壁際に追い込まれてしまう。背を向けた一帯は、壁、壁、壁と、何処までも苔の茂った壁が連なっている。逃げ場なんて見当たらない。


「参ったな、こりゃ」


 俺の全身は強張っている。


 今まで感じたことのない恐怖。身体が言うことを聞かない。心なしか、周りの時間がゆったりと進んでいる。これが死の瀬戸際に味わう恐怖。


 逃れられね死への恐怖を、心行くまで味わえという、天からの啓示が、俺だけの世界を遅延させ、タラタラと引き伸ばしている。


 まさか、修羅場をこの間潜ってきた後で、突然死が訪れるとは思いもしなかった。


 俺はこの時、悟った。


 もう逃げ場はない。


 覚悟を決めるしかない様だ。


 落ち着きを取り戻した俺は、己の身体を見る。敵の手によりできた、荒々しい生傷が散見され、外見は血だらけの様相を呈している。


 だが、もう、そんなことは瑣末なことだ。


 俺は此処で、恐らく天に召されるのだから。いや、地獄か。


 散々悪事を働いた俺だ。きっと神様からの天罰が、引っ張りに引っ張って落ちて来たのだ。そう諦めれば、未練なんてすっぱり切り捨てられた。


 背水の陣の精神が極まって出来た、インスタントな百錬精巧の心を括り付け、俺は壁から飛び出そうとした。


「私のダーリンに、ナニシテルノ?」






 俺の死の覚悟はどうやら無駄に終わった様だ。


◆◇◆◇◆


 目の前に落下してきた人影。見知った顔、見知った青髪、見知った声。それら全ての情報を統合した時、一人の人物が投影される。


 ベルフェゴール……


「私のダーリンに、ナニシテルノ?」


 ベルフェゴールは無表情に首を傾げ、対峙している女性を睨め付ける。彼女の身体中からは俺を傷付けた彼女に対する怒気が溢れ、漏れ出ている。


「貴様には関係ない。失せろ」


「私には関係アルノ」


「ぐっ⁉︎」


 ほんの一瞬だった。ベルフェゴールが俺の前から消えたと思ったら、女性の懐に潜り込んでいた。


 そのまま足のバネを使い、右手のアッパーカットで女性の顎を砕こうと、腕を振るう。


 女性は咄嗟に顎を引き、ベルフェゴールのアッパーカットを掠めさせるに留める。


 ベルフェゴールは魔力を込めた左手を、アッパーカットの態勢を崩さず、身を引こうとしている彼女の胸部に押し当てる。


「ダーリンを傷付ける奴は、妻である私の手にかかって死ななきゃいけないの。それが運命」


「私は死なん!宝具を守護する戦士として、私は負けられんのだ!」


 女性は崩れた姿勢を逆手にとり、サマーソルトでベルフェゴールの左腕を蹴り上げる。


 互いに弾かれた形になり、二人の距離が開いた。


「ああ、ダーリンダーリンダーリンダーリン………早く、早くこの世界から、ダーリンのいるこの世界から、アレをデリートしなければならない」


 ベルフェゴールは壊れた操り人形の様に、身体を震わせ、目を見開きながら、女性に対して呪詛の言葉を呟いている。


「………やれ、こうなったら総力戦。骨も残さぬ塵にする」


 ベルフェゴールは女性を指差す。女性の背後からワームホールが現れ、中から二人の騎士たちが、満を持して飛び出して来た。


 騎士たちの瞳からも光が消えていた。ベルフェゴール同様、


 彼女たちに積もった殺気が露わになっているのは、外に纏う雰囲気から丸わかりであった。


「ダーリンを傷付けたのはお前?消さないとダーリンが駄目になっちゃうわ」


「ダーリンを虐める人は、死あるのみですの」


「鎧に刻まれた国旗の刻印……戦の国パルテの騎士……何故此処に………⁉︎」


 サタンは剣を、アスモデウスは大槍を、それぞれ女性の首に突き付けた。


「伏兵の存在を見落とすとは。己の強さに酔い、甘んじたのですわね。気を抜いた奴から負けるのは、この動乱の時代では世の常ですの」


 これでゲームセットかと思いきや、女性は手を広げ、魔法を唱えようと詠唱を開始する。捕らえられたも同然の状態では、魔法詠唱など苦肉の策に過ぎないが、実力者である彼女が考えなしにやるとは俺は思えない。


「呑気に魔法の詠唱なんかして、わたくしが逃すとお思いですの?」


 アスモデウスはトドメを刺そうと、槍を構え、不用意に飛びかかる。


「焦るな! ブリュンヒルデ!」


「大丈夫ですわ!手負いの雑魚など、エリートであるわたくしにかかれば!」


 アスモデウスはサタンによる静止も聞かずに突っ込んでいく。


「どうやって誇り高き騎士を従え、顎でコキを使っているのかは知らんが、これしきの浅知恵で、私を………戦士を倒せると思うな」


 女性は飛びかかってきたアスモデウスの鎧に手を置き、


「永久凍土ーエターナルフリージングー」


 とある魔法を唱えた。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!」


 アスモデウスの胴体は上る氷の柱に捕らわれ、凍りつく。


 氷の柱は天高く聳え立ち、その頂点にアスモデウスがいる形となっている。


「このアマぁ!よくもエリートのわたくしを!ムキィィィィ!」


 氷に捕らわれていることは割と堪えておらず、バタバタと屈辱に悶えているアスモデウス。俺たちはそんな彼女を注視するあまり、女性のことを見失ってしまう。


「チッ………生きている。身体が凍結する前に熱魔法か何かで本体の凍結は免れたか」




「どうやら油断していたのはブリュンヒルデの方だったわね。自分で自分の言ったことを体現していたら世話ないわ」


 サタンはブリュンヒルデが、自身の言葉を自らの身体で有言実行してしまった失敗について滑稽と思い、彼女を嘲笑っている。


「お黙りなさい! 元下級騎士の分際で生意気ですわ!」


「可愛さ余って憎さ100倍ね。貴女のことは割と気に入っていたのだけど」


「………ふん、わたくしにお世辞など」


◆◇◆◇◆


 私は数的不利を重く見て、一旦岩陰で様子を伺っている。


 パルテの騎士に、魔導師と少女。カエサルの占いから敵の存在は予測出来たけど、奴等の全貌は依然わからない。


 パルテの騎士は基本的に気位が高い。他国の連中に易々と手を貸したりする程、人は出来ていない。パルテの騎士が忠を誓うのは本国の王族だけだ。裏切ったなら別だが、高貴なパルテの騎士がそんな薄汚い真似をするかと言われると、些か疑問が残る。


 また、パルテには純粋な魔導師が存在しないと聞いた。そこまで考慮すると、敵の構成には不可解な点が多い。


 一体彼奴らは何者なのだ………!




 だが、今は考えるのは後だ。矢張り一先ず集落に戻り、事の顛末を皆に伝えるのが確実。これ以上不確定要素の蔓延る中、やり合うのはリスクが高いと判断する。


「殺しきれなかったとはいえ、敵は一人戦闘不能。逃げ切るなら「逃げ切るなら………?」」


 まだ騎士が………


「どうもっす!」


 妖精?


「そして」



 まさか………!


「じゃあなっす………全てはベルフェ(わたし)とダーリンの為に」


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