15話 海の国〜オセアン〜
目の前に広がる、神秘に育まれた幻想的な世界。
探求者の端くれである、魔導師の俺は童心に帰り、嘗て捨てたときめきを取り戻していく。
一方で、ベルフェゴールら4人の女どもは、周囲の景観などそっちのけで俺の顔を捉えて離さないでいる。
どんだけ俺が好きなんだよ。
少々突っ込みたい気分になる。
俺が多種多様な湧き出しをしている滝が描く夢想のアートに見惚れていると、
「ダーリンは景色と私、どっちが好きですか?」
とまあ、ベルフェゴールらが景色に感嘆している俺の気を削ぐ質問を唐突になさる。
「そんなの、お前に決まってるだろ」
「はうぅ! ダーリンの声、可愛くて、カッコよくて、クラっとしびれてきちゃいますぅ」
昨日はお前にリアルに痺れさせられたよ。信用しようと、初めの一歩を踏み出した矢先にあれだった。
まあ、あのお茶目さが、可愛いハイルをより際立たせているから特別に許してやったが。
許してやった時、そう、あの時のベルフェゴールのマジ泣きはそそるものがあった。
『ごめんなひゃい! ダーリ、ウワァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!』
演技臭さも匂っているが、俺には瑣末なことだ。俺は可愛いハイルが見られればそれでいい。手段は問わないし、選ばない。女を愛でるというのは、それ即ち、結果がその全てに起因している。
過程や、方法を綿密に計画するよりかは、勢いのままに抱く方が良い場合もある。それで女が内の己を曝け出してくれたらそれで良し、という粗略な、考えと呼べない代物に全てを任せる。
というのも、戯言かもしれない。今のハイルは俺至上主義だ。俺の持論など、今までの展開で活かせた証拠は何も出てきやしない。
しかし、それも俺の持論には合致している。何故なら、結果的に、俺は昔から高値の花であった美人たちを、結果はどうあれ、我が物にしたのだから。
ベルフェゴールの掲げているハーレム計画。時折口に出していたのを俺は聞いていた。
ベルフェゴール、お前の計画は、最早ベルフェ個人に収まる計画ではないんだぜ。
◆◇◆◇◆
「集落が見えてきたっす」
ベルゼブブの指差す先には、オセアンの民の拠点であろう、集落があった。
「私の村同様、随分と小さくて寂れた感じですね」
「早く入らないの? 歩きっぱなしで疲れたわ」
「わたくしもですわ」
騎士の鎧はかなり重たいらしいからな。タフな騎士様といえど、重い鎧を常時身に纏い、オセアンに着いてから歩き続けていたサタンとアスモデウスはもう限界だろう。
「ベルフェゴール、此処で小休止を挿もう」
「そうですね、皆さん旅の疲れが残っているでしょうし、かく言う私も、少々疲れています」
俺たちは情報収集も兼ねて、少しこの集落に滞在することにした。
「にしても、放任主義なところですね。他所者にも寛容な国はないに等しいと文献で確認していたのですが。いやはや、この様な珍しい組織体も存在しているのですか。矢張り人間というのは十人十色で実に興味深い」
そういうお前もかなり珍しい反応を示しているな。普段は人間好きといっても、俺と、その他一部の悪にしか興味を示さないベルフェゴール。
俺からしてみれば、人間を組織単位で吟味するあたり、ベルフェゴールは一皮剥けたのかと思わせてしまう程だ。
元々ベルフェゴールは食わず嫌いの類ではなく、寧ろ悪食の権化だ。善悪関わらず、地上で得た知識は何でも喰らい、我が糧とするのが彼女の王道なのだ。大元の旅の目的も、知識をつけることを重視していた節がある。
今回の件についても、宝具以外に興味を持つ可能性は大いにある。ベルフェには、もっと沢山学んで欲しいと、俺は子持ちの親の様な母性的な感情を抱くことがある。
「これもまた面白いですね、ダーリン。大きな鍋を皆でつつき合っていますよ。妖精も、パルテやエルガの民もしなかった行動です」
そう言いつつ、ベルフェゴールが人混みに混ざり、手を振って俺にアピールする。俺も手を振って返した。
ベルフェゴールはにこやかな表情で、再び人混みに消えていく。
出来れば俺だけでなく、沢山の知にも目を向け、学びを養って欲しい。と、ベルフェの恋人以前に探求者である俺は切に願うのだった。
◆◇◆◇◆
滝に囲まれ、陸も苔など水源生の緑に生い茂った地を踏み、天を仰ぐ。
そろそろ宝具の探索に向かう時間だ。俺たちは一旦別れた後、俺が立っているこの地で落ち合うこととした。
此処までで有力な情報は得られなかった。現地の民ですら知り得ない、オセアンに眠る宝具。
実在するとするなら、宝具の情報を知り得るのは、この国のお偉い様方のみで下々には知らされていないと解釈するのが妥当か。
「あの、オセアンの秘宝を探している人は、貴方ですか?」
俺が声の聞こえてきた方向に振り返ると、其処には綺麗なお姉さんが立っていた。
「そうですが? 何か」
俺は無愛想に答えた。
「そう………」
彼女は悲壮で切なさに満ちた雰囲気を醸し出している。
「ならば………」
しかし、そう感じたのはほんの一時。
「死んでください」
顔も知らぬ彼女の突然の襲撃に、俺は驚愕することとなった。