13話 抜け駆けハイルちゃん
今朝、パルテ王国を出たバスティア一行は、とある宝具が眠るダンジョンを管理する者たちが集う、オセアンの入り江を目指している。
「ダーリン、今日はこのきのみを料理しますよ」
だが、途中旅に疲れたベルフェゴールたちは現在、英気を養う為、現在地であるハイドラの森での小休止に勤しんでいた。
狙いは無論、宝具の奪取。他を寄せ付けぬ圧倒的な無双の力を手にすることが目的だ。力をつけるだけが、バスティアを独占することに繋がると思い込んでいるハイル・ベルフェゴールの発案から、この遠征が決まった。
最初はベルフェゴールを除くメンバーが、然程バスティア以外に執着がなく、旅の進捗が滞る有様だった。しかし、ベルフェゴールの破茶滅茶振りは何時ものことだと、全員諦めがつき、結果的に全員一丸となって事に取り組む事になったのが、遠征計画発案の顛末である。
◆◇◆◇◆
「ダーリン、はい!お昼は木に生っていたフルーツを具に詰めたサンドイッチです!」
「おお、すまないな、ベルフェゴール」
今日のお昼はハイルがお手製のフルーツサンドイッチを披露してくれたっす。ベースであるハイル・グランツの料理スキルは天性の才と称することが出来るものであり、腕前を活かして、かなりの出来の料理を慣れた手付きで幾つも作っていたっす。
目の前には、美しく三角形に整えられたサンドイッチが所狭しと敷物の中央に並べられているっす。美味しそうっす。
料理はあっという間に人数分完成し、みんなが囲む食卓に並んだっす。
「皆さんの為に腕によりをかけて作りました。どうぞ召し上がってください」
ハイルはニコッと小さくウチたちに微笑みかけ、料理を食して欲しいと勧めてきたっす。
だけど、ウチの妖精の感が言ってるっす。食うなって。
脳内ピンクのハイルのことっすから、前のテントの時みたいに何か仕出かすかもしれないっす。例えば………………あれっすよね。
「どうしたのですか? みなさん畏まってしまって、食べないのですか?」
どうやら考えていることは、皆同じというところっすね。
ハイルは料理を食べることを渋るウチたちの様子を伺っているのか、食事に遠慮なく食らいついているダーリン以外のメンバーの顔を一人一人丁寧に丹念に、入念に覗き込んでくるっす。
「おい、このサンドイッチも、黄色いスープも美味えぞ。みんな何してんだ。早く食わねえと、俺が全部食っちまうからな」
一番の被害者であるダーリンはなんでハイルを信用しきってるんすか。ダーリン、アレに二回も襲われてるんすよ。少しは危機感持った方がいいと思うっす。
しかし、この人もある意味、ハイルと同類ではあるんすよね。目先の欲に捕らわれやすい、典型的な単細胞なところっす。魔法の天才というのが聞いて呆れるっすよ。
「ベルフェゴール………これ……う………めぇ………」
あ、倒れた。やっぱり料理に細工していたっすね。
「⁉︎ ダーリン大丈夫?………身体が痺れています! これはサンダーフルーツの中毒症状。皆さんは手分けをして薬草を探してきてください!私は残ってダーリンの応急処置をしますから!」
「………わかったっす」
「ごめんなさい、ダーリン。私がしっかりとしていればこんなことには………」
「白々しい………呆れた女ね………ダーリンをあんなにしてまで一人占めしたいとは」
「ハイルは良くも悪くも欲に忠実なんすよ」
このままハイルに好き勝手されるのは、既にやられた二回の経験から、諦めはギリギリつきそうっす。でも、矢張り同じくダーリンを愛しているウチらとしては、これ以上ハイルの思惑通りにダーリンを一人占めされ続けるのはきつい面も勿論あるっす。
この諦めの気持ちと、矢張り諦めきれない気持ちが入り混じった二律背反な気持ち。
これはウチらのダーリンの愛を試す二択………ダーリンへの愛を潜め、ハイルがダーリンを抱き続けるのを遠くから眺めるか、それとも、ダーリンをあの淫乱な村娘から奪い取るか。
「ハイル、ちょっと聞きたいことが………」
「何ですか?レイナさん………ムグゥ!」
そんなもの、当然………
「やったわ」
「やりましたわ」
「シビ………レ…ル」
ダーリンを奪い取るに決まってるじゃないっすか。あの雌から♡
幾らベルフェの切れ端といっても、ウチら一人一人にも、ちゃんとそれぞれ、独立した気持ちがあるっす。
そう簡単に、何回も出し抜かれてたまるか。
シビレサンドイッチをハイルの隙を突き、口に突っ込むことに成功したっす。
サンダーフルーツの痺れ毒に侵されたハイルは身体を震えさせながら倒れ、地面に突っ伏したまま動かなくなってしまった。
策士策に溺れる。
「ブリュンヒルデはハイルを監視していてくれっす。その間、ウチとアナスタシアでダーリンを看病しておくっすから」
倒したハイルはブリュンヒルデに任せ、ウチとアナスタシアは、ハイルに策に嵌められたダーリンの解毒をする為に、薬草探しに向かうことになったっす。
◆◇◆◇◆
「これっすか?シビレナクースって草は」
「ええ、周囲の雑草を優に超える茎の、高い背丈が唯一無二の特徴だから、間違いはない筈よ」
解毒草って全体的に珍しい部類とは聞いたことがあったっすけど、実際は意外と生えてるもんっすね。10分ぐらいで二、三本見つけたっす。
おっと、そんなに時間に猶予はないっす。
早く持って帰って、ダーリンに煎じて飲ませるっす。
◆◇◆◇◆は
「帰って来ましたの」
「この草を磨り潰してダーリンの口に流し込めば、毒は抜けるわ。ブリュンヒルデ、器用なあんたに任せるわ」
「はい」
ブリュンヒルデは馬車から薬研を取り出し、アナスタシアから受け取ったシビレナクースを早速乳鉢で磨り潰し始めたっす。
「欲に目が眩んだ阿保の所為でとんだ道草を食ったっす。言い出しっぺが勝手したらおしまいっすよ」
「もう何を言っても無駄なのよ。阿保なんだから」
アナスタシアも中々辛辣っすね。てっきり心変わりして、ハイルのことを賞賛し始めたと思っていたっすけど。ハイルが反面教師の鑑として君臨しているのを間近で見て、気持ちが冷えきったんすかね。
「あ………あ…ダーリン♡ ダーリン♡ ダーリン♡ 直ぐに看病してあげるから待っていてください」
朦朧とはしているっすけど、もう意識を取り戻しているっす。きっとハイル・グランツが家の手伝いの関係で身に付けた毒への耐性が変なところで活きた形っすね。頼むから1日丸々へばっていて欲しかったっすよ。
微睡みの中にいるハイルの呻き声に耳を悩まされながらも、ウチらは、一日丸々献上して、ダーリンの看病に専念したっす。
結果、ブリュンヒルデの調合の甲斐あって、ダーリンの痺れは何とか解毒することが出来たっす。よかったっす。
しかし、その頃にはみんな疲れきっていて、ウチを含めて、みんな夢の中に倒れていったっす。
◆◇◆◇◆
「う、うーん、よく寝ました」
私は手を広げ、目を大きく開きます。
気がつくと、太陽が山の彼方からはみ出しかけているのが見えました。すっかり日が変わっているではありませんか。昨日は全員丸め込んでサンダーフルーツで私以外機能停止にした後、ダーリンから再び子宝を戴こうとしたのですが、今回は抜かりましたね、レイナさんたちに邪魔され、昨日半日を夢うつつのまま無駄に潰してしまいました。
自分の用意した策を逆手に取られるとは。少し粗雑だったとはいえ、一杯食わされましたね。
「ダーリン、朝ですよ。起きてください」
私は寝ているダーリンを摩り、起きる様語り掛けます。もぞもぞしてるダーリン可愛いです。
麻痺していた時は青白くなっていた皮膚も、すっかり血色が良くなり、行きた人間らしい赤みを取り戻していました。レイナさんたちによって解毒はされた様ですね。
「ダーリン………」
自分が蒔いた種とはいえ、安堵した私は、ダーリンのおでこに頭を合わせ、
「好きですよ………」
ダーリンの頬っぺたに軽くキスをしました。