11話 王国陥落 そして………
ベルフェゴールは涼しい顔をしていた。
「ぁ………ぁぁ………」
目の前で横たわっている、もう一人の………正義に散った女神を見下しながら。
「所詮、建前だけ並べ連ねただけの偽善者でしたか」
ベルフェゴールは手についた血を舐め、ぽつりと呟いた。百戦錬磨の風貌を今も語る後ろ姿は、正に伝説の女神ベルフェに相応しいものである。
「見えなかったっす」
「………………」
最後のぶつかり合い、その一部始終が全く見えなかった。
俺だけじゃなく、ベルフェゴールを除く全ての者が呆気ない終幕に絶句した。
◆◇◆◇◆
『グォァアアアア!』
宝具の力に飲まれ、暴走するセイナ王女。腕の一振りで周囲を薙ぎ、地に大きな傷をつくった。
「これはかなりの力っす!踏ん張ってないと、風圧で城の外まで吹っ飛ぶっすよ!」
最終決戦に赴くベルフェゴールの代わりに、非力な俺を抱えてくれたのはベルゼブブだ。皮肉なことだが、助けようとしている俺が重しになっていて、小柄で華奢なベルゼブブは飛ばされずに済んでいる。
アナスタシアという女騎士は、甲冑の重さが幸いして、地に這い蹲り、体重を地面に預けることで、風圧をやり過ごしていた。
そんな暴風の渦中でも、表情一つ変えないベルフェゴール。彼女のしている無表情からは、あまりあるゆとりが溢れているのがわかる。
風でベルフェゴールの黒髪が揺れる。髪は振り乱れ、それは言葉で表せない独特の風格を作っている。
今の彼女からは、自称していた感じの今までとは程遠い、本当の女神の気高さを感じる。
『これでトドメです』
変身してから、今まで身体の動きを止めていたベルフェゴールが、セイナ王女に左人差し指を向ける。
『うぐォォォォォォォ!』
王女は躊躇なく構えをとったベルフェゴールの命を狩り取ろうと、右腕を勢いよく振り下ろす。
『………………爆ぜろ、ネビュラ・エンド』
ベルフェゴールの指から一瞬、光の線の様なものが出て、それは王女の胴体を瞬く間に貫通していた。
◆◇◆◇◆
「ぁ………ぁぁ………」
「所詮、建前だけ並べ連ねただけの偽善者でしたか」
ベルフェゴールは血を舐め、勝利の余韻に浸っている。
そして、更に一言、
「力は扱えてこその力です。身に余る力は、己を滅ぼすのですよ。嘗ての同胞として、とても悲しいです」
冷たく吐き捨てた。
「さようなら」
涙ながらに少し余分に、別れの言葉を添えて。
ベルフェゴールは再び光に包まれ、本来あるべき、元のハイルの可愛らしい姿に戻った。
「ふぅ、初めて力を解放しましたが、制御は中々大変なものですね。今の段階では、精々5分持つかどうかといったところでしょうか」
ベルフェゴールはその場に座り込み、荒くなっている呼吸を整えようとしている。流れ出る汗もかなりの量だ。
ベルフェゴールのあの疲れ様、あの力は気安く使える代物ではないみたいだな。効き過ぎる薬には副作用がある。あのスキルはベルフェゴールを以ってしても、諸刃の剣足り得る、多大なデメリットを孕むものだったか。
俺はダウンしているベルフェゴールに駆け寄る。彼女は疲れ切っているにも関わらず、俺へ向ける笑顔作りに拘っているのが伺える、美しい笑みを見せてくれた。
「ダーリン♡私頑張りましたよ!」
「はいはい、もう無理すんな。相当身体に鞭打ったんだろ?」
ベルフェゴールを抱き上げ、ベルゼブブたちが固まっている場へと戻る。
「やったっすね、ハイル」
「レイナさんも役に立ちましたよ」
「なんすかその当てつけみたいな感じは。ウチに対する当てつけっすか?」
「………ふふふ」
「どいつもこいつもウチを馬鹿にして!むかつくっす!」
ベルフェゴールの話術に巧みに釣られ、操られるベルゼブブに、俺はやれやれと首を振りながら、彼女たちに清々しい笑みを向けた。
その数時間後、戦争は終結した。
エルガ王国をなんとか撃退することに成功したパルテ王国。
粘り勝ちという、パルテ王国にとって前代未聞、長期戦の中、兵力の削り合いの泥仕合の末、辛勝に終わった。
「ハイル、この女はどうするの?」
「憎たらしい此奴に崇高な私の魂を与えるのは反吐が出ますね。身体を奪うのは辞めにします」
「え? じゃあ殺すの、勿体無いわよ。ここまでの猛者をみすみす手放すなんて」
「早とちりしないでください、アナスタシアさん。この女には勿論、他の使い道を用意してあります」
◆◇◆◇◆
数ヶ月後………
それからのベルフェゴールたちの王国の統制は急速に進んだ。弱肉強食の猛者を上に立てるのが掟であるパルテ王国では、タイミングや出自はどうであれ、王を下した者が、次の王に担ぎ上げられるのだ。
よって、パルテ王国の次代の王位は、シェキナーガを下したハイルのものとなった………筈だが、
ハイルはシェキナーガから王位を引き継ぐのを放棄したので、結局元の木阿弥となった。
現状維持にした理由は、ダーリンである俺とまだまだ旅を続けたいから。
しかし、黙ってシェキナーガを解放するベルフェゴールではない。シェキナーガには、死よりも恐ろしい屈辱が待ち受けていた。尤も、彼女がそれを自覚していればの話だが。
「ご主人様! 今日の人柱候補です! どれが宜しいでしょうか!」
シェキナーガはあの戦いの後にベルフェゴールが教えてくれた、ヘルシャフトの第3の能力で記憶を彼女の都合のいい様に改竄された挙句、奴隷にされてしまった。ベルフェゴールを彼女からみて神格化させ、性格面でも彼女の自我を支える柱であった誇り、尊厳の部分に徹底的に手を加えて破壊している。彼女の瞳には、もうベルフェゴールにしか映っていない。今や完全にベルフェゴールの傀儡である。
そんな背景があり、事実上、現在の王国の全権を掌握しているのは、ベルフェゴールとなっている。
奴隷となったシェキナーガは、ご主人様であるベルフェゴールの駒集めに奔走し、民をベルフェゴールの前に連れてくるのが日課になっている。
「うーん、どれも強そうですね」
「私たちをどうするつもりだ!」
「最近の王女様は横暴ですわ………さっきからジロジロと、誰ですの? そこの変な娘は」
今回連れて来られた女騎士二人はかなり気が強そうだな。因みに、今のところはベルフェゴールのお眼鏡に叶う逸材はいなかった。基準は俺にはさっぱりわからんが、今度はどうなんだろうか。
ハイルは自分への罵詈雑言を気にかけることもなく、女騎士たちの品定めをしている。
「此奴は強そうですね。騎士団長アナスタシア・サタンさんはどう思いますか?」
新たにベルフェの駒に加わったアナスタシアには、俺がサタンの性を与えることにした。
アナスタシアは今回の戦争を勝利に導いた功労者であると同時に、開花させた実力が功績に伴っていたこともあり、騎士団のトップ、騎士団長へと大躍進を遂げた。
「ハイルの好きな様にすればいいんじゃないの? もうわたしは強いあんたの下に着くと決めてるから、反論も何もしないわ」
「騎士様はお固いですね。んー、では、このお嬢様がいいかもしれませんね」
「ご主人様! お目が高いです! この女は我が王国が誇る由緒ある名家の出のエリート騎士なんですよ! 実力もわたしお墨付きなので、役に立つ、いい駒になってくれると思います!」
「さっきからなんのことですの! 説明してくださいまし!」
これは惨いことになりそうだ。
ベルフェゴールが外道をやることはもう日常茶飯事なので、多少は耐性は出来たが、実際に俺が彼女の行為を目にするのは初めてだ。行動を共にする以上、いい加減受け入れるべきなのだがな。
「お前が知る必要はありませんよ」
ベルフェゴールが無情にもそう言った瞬間、宝具ヘルシャフトの光が玉座を包み込んだ。