堕ちた女神
新世界のウサギさんです。取り敢えず、アイデアに浮かんだ、自分の好きなファンタジーとヤンデレの二つをを混ぜてみた感じの小説を投稿させていただきました。
グローバー・ドラッヘン……人間の支配する地上とは別次元に存在する火・水・風・土・雷・自然・光の7神を頂点とし、神々直属の女神たちが民を統率する神聖な地である。
「お前の悪運も此処までだな。破滅を呼ぶ魔女………ベルフェ・アルカディア」
「ふん、他人に一々構うなんて、相当の暇人よね、スフィア・イーグレッド。今日もあの人の顔が見たいの。早急に帰路に着いてもらうことを所望するわ。もし数刻以内にそうする素振りを見せないなら………ズタズタに引き裂いてコロシチャウカラ………」
天を司る女神達の住う聖域ドラッヘンの外れの、更に片隅にある、妖精が踊る青い泉が広がる地。そこで白き翼の女神が、妖精たちを有無を言わさず押し退け、泉の中心に我が物顔で漂っている元女神に神々の罰を受ける様、説き伏せている。
「どうせこの泉の下界が見える力を悪用し、あの汚らしくて下品な溝鼠共を見ているのだろう?お前の濁も、其れ程にも退転していると愚劣なものでしかない。見苦しい行状はもうやめて、我等が神々に跪くのだ」
黒色のネットフェザーを結わえた金髪のロングヘアーに碧眼、衣服として白いワンピースを着込み、背に二つの美しき白き翼を携え、武人然としている薄幸の女神スフィア・イーグレッド………彼女は数いる女神の中で、誰よりもドラッヘンの定則に厳しく、ルールを外れる者は徹底的に追い詰め、白日の下に晒す。ドラッヘンで培ってきた揺るぎない正義感と、どんな相手だろうが容赦しない冷酷さが、彼女を支える二色の柱となっている。
「あー、今日も欲に塗れていて……かっこ良くて素敵だわ。貴方を食べたら、どうなるのかしら、私も欲でいっぱい汚れちゃうのかしら。もしそうなら………貴方という無限の欲に汚されたい汚されたい汚されたい汚されたい汚されたい汚されたいヨゴサレタイナ、この翼の様に」
一方で、スフィアの演述を聞き入れようとせず、不躾な態度で黒き翼を撫でる元女神もまた、彼女とは相反する独自のオピニオンをアイデンティティとして備えており、考えを変える気など周りからは毛程も感じられなかった。
「全くもって身勝手で腐敗した思想だ。今や汚れを聖域に持ち込むお前と同じ女神であったことすら私は嫌悪しているよ」
「シコウガオカシイのはオマエダ………彼はタダシイ。正義に縛られて、凝り固まった頑固者の考えなどたかが知れている。貴女も人間の持つ広大無辺の欲を知ったら、あの艶やかで甘美な蜜の味に酔い痴れて離れられなくなってしまうわよ。特にあの人を見た後は。アノヒトサエイレバコンナバショイラナイノ」
元女神の周囲に広がる泉の水は、彼女から漂っている瘴気の影響で、腐り始めていた。
目から光が消えた彼女はスフィアに徐に手を差し伸べて、こっちに来い、と言わんばかりに彼女を誘惑という万有引力で此方の世界に引き込もうとする。
「お前の戯れ言に付き合っていられる程、私の気は長くないぞ!」
スフィアは元女神の腕を乱暴に振り払った。
「断ったの?そうなの?彼は私を愛してくれるのか、選んでくれたのか……やった!あはっ、ヤッパリ、聞き分けのナいホかのオンナは不要。あノ人の側ニは私だけがイレバいいヤ」
元女神の誘惑は、心理的に芯がしっかりとしているソフィアには、怒気を逆撫でするだけに終わってしまい、元女神の思惑通りにいくどころか、逆効果に終わってしまった。
だが、元女神………ベルフェ・アルカディアの思考は既にそのステージからは乖離している。
肩までかかる長いロングヘアーだけというシンプルな髪型に、他の女神にはない赤い色の瞳、長身のスフィアよりも一回り小さいぐらいの身体、そして、堕落の証である黒い翼。彼女こそが破滅を呼ぶ魔女…ベルフェ・アルカディアである。
ベルフェはある時を境に地上に住まう一人の人間に異常に執着してしまい、その病的なまでの執着が、彼女をこうして闇へと堕ちる扇動となったのだ。
「あははは!スフィアなんて、女神なんて、神なんてもうどうでもいい。あの人さえいてくれれば、他は何にも要らないのよ!」
「堕ちるところまで堕ちてしまったか……」
ルシフェはほんの数年前、聖域に於ける、優秀な女神の一柱として数えられていた。
しかし、彼女は地上に住む、ある男性を見染めてから………変わった。
その時から、ベルフェは男性を中心とし、人間たちの悪を覗くことに腐心する様になる。
ベルフェにとってどうであれ、隔絶された正義という、聖域のシステムは、少なからず、自由奔放を生業とする彼女の心を、長年をかけて縛り付けていた。人間の欲を見たことは、彼女にとって一種の効きすぎる麻薬となってしまったのだ。
聖域のシステムの管理に関して、精魂尽き果てていたベルフェは、形骸的であろうが何であろうが、変化さえ見出せればそれで充分だった。彼女は迷うことなく、悪という"変化"に手を出した。
翼は黒くなり、前は品行方正であった性格も、粗暴でエゴイスティックなモノに成り下がってしまった。
悪に染まることは、正義を信仰する聖域の定則に背くこと。ルールなど枝葉末節の要素としか考えられなくなったベルフェにとっては既に瑣末なものであったが。
『彼に会わせろ………彼に、彼に逢いたい………アイタイ』
ベルフェは闇と彼に身を完全に捧げて、愛という狂気に洗脳し尽くされた後、聖域の様々な場所を転々とし、彼が見える場所を血眼になって探す様になり、その度に周囲のものや民を傷付け、破壊した。
こうして女神として邪智暴虐の限りを尽くすようになった彼女は、民や他の女神から破滅を呼ぶ魔女と恐れられ、遂には聖域の外れに追放されてしまった。自ら闇へと歩んだ彼女にとってそれは正に因果応報であった。
そこまで身を堕としても尚、ベルフェの彼への愛は留まるところを知らなかった。彼女の魂は完全に彼という楽園に囚われてしまったのだ。遺った抜け殻は彼を求め、暴走を止めなかった。
結果として、ベルフェの堕落は女神を聖域の象徴として崇めていた民たち、加えて、ベルフェと深いつながりをもっていた者たちをも、大きく震撼させた。
これ以降、女神が人間に干渉することは戒律により、禁忌とされるようになる。
「暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、傲慢……私は人間の持つ、歪んだ感情が好き。特に彼は全部持ってる。スキ………ワタシ、モッテナカッタ………だから全部手に入れたの。何度も人間を観察して、実践したの」
ベルフェは満足そうに頬笑をし、自分の悪を語った。
「………貴女はもう人間に毒されてしまっているのだな」
スフィアは吐き捨てる様にベルフェに言う。正義感を重んじる彼女は、聖域の民が忌み嫌う存在に執着しているベルフェを理解できなくなっていた。
「フン、私からしてみれば、聖域の連中の方が、正義とかいう浮ついた曖昧な存在を盲信している、阿保の集まりにしか見えないわ。その点彼は、私に優しく囁いてくれる。人間に染まれ………正義を偽ったまやかしを滅ぼせって言ってるの。つまり、欺瞞だらけの聖域を壊せって言っているのよ」
「なんと愚かな………!ベルフェ、そこまで乱心したか!」
「チガウ………オマエラがセンノウされているのだ!」
聖域をかつて中心に立って守護してきた伝説の女神が、人間という、女神にとってはちっぽけな存在にいとも簡単に心を奪われ、今や聖域に仇をなす悪に成り下がっている。
スフィアはそんな事実を許せなかった。そして、その事実で聖域の正義に泥を塗ったルシフェを許せなかった。
対して、ルシフェはスフィアの表情にも既に表れている、このような態度を気に留めることもせず、話を続ける。
「彼を馬鹿にしタ罰ダ………1匹残らず殺しテやるわ。死体から残酷に、丁寧に、羽を一つ一つもぎ取って、それらでの彼の家用のカーペットでも作ってプレゼントしましょう」
ベルフェは赤く輝く瞳で、スフィアを鋭く睨みつけた。
ベルフェとスフィア……互いに一触触発の空気だったが、好戦的なベルフェにより、均衡は一瞬にして崩れる。
刹那、ベルフェは身を翻し、爪から召喚した紅き魔力のブレードを構えながら突っ込んでいく。
「……………⁉︎」
「そこまでだ!」
現れたのは、女神と並び称される聖域の守護者、聖騎士たちだ。数はベルフェから見て、数十人ほど。現れた聖騎士たちは躊躇うこともなく、嘗ての同胞であるベルフェに浄化の槍を打ち込む。槍がベルフェの黒いドレスの裾が触れた瞬間、その部分は槍の秘める悪を浄化する力によって塵になった。
浄化の光は全ての悪を等しく、平等に無にする。例え元女神だろうが、神だろうが例外ではない。
「くっ………浄化の槍だと?貴様ら、彼に寵愛を受けた私を滅ぼす気か!」
聖騎士の突然の乱入により虚を突かれたベルフェは一旦聖騎士たちから離れる様に飛び退いた。少し落ち着いた彼女はボロボロになったスカートの裾に手を当てる。ベルフェが手を添えた部分は、光を浴びる以前の状態へ再生した。
ベルフェは一度は広げた翼を畳む。一度取り乱した心身を完全に落ち着かせる為に無意識に行った、手続記憶的な行動だ。
仕切り直しとなった段階で、聖騎士のトップである女騎士団長セインが騎士たちの隊列の頭に立ち現れた
「ベルフェ、貴様は女神でありながら人間の悪意に触れた挙句、あろうことか洗脳されて人間共の手先となり、我々に牙を剥いた。お前はもう、我々の目に余る大罪人だ」
「私は彼を愛しているだけだ!オマエら神の狗にナニガワカル!」
ベルフェを覆う闇はより靉靆たるものとなり、聖域の光を深々とした暗闇へ沈めていく。
「カレヲマモルカレヲマモルカレヲマモル」
「最早話すら通じぬ魔物と成り果てたか………」
ベルフェの精神は人間への執着心に取り憑かれ、崩壊の一途を辿っている。
「堕落したお前をこの聖域にのさばらせておく理由はない。こんな悪魔を神々の御前に突き出すことすら烏滸がましい。我々の手で直に処分してくれる」
「ヒヒ………これは勝てないわね」
ベルフェはこの数の手練れを突破する妙策が何かないか、周囲の地形や、敵との位置関係をも加味して考えた。
結果、困難だという結論に至る。敵の数が多く、味方はいない。
ベルフェは戦闘の天才だ。多少無理をすれば何とかなるという目算はある。しかし、ベルフェに戦おうとする気力は全くない。
別に命を粗末に捨てるという、馬鹿な考えは一切持ち合わせていない。
ベルフェには策があった。それも、スフィアたちを完全に欺き得る、最高の策が。
「イヒヒ………」
「罪人、何がおかしい」
「これを見ても、あんたら正気でいられるかしら」
ルシフェは小さな球を一つ召喚した。簡単に握り潰せそうな小さな、小さな球。しかし、それは大昔、古代の大戦争で使われ、一国を潰したとされる程、そこらの兵器とは比べ物にならない超兵器だった。
「それは!」
ルシフェの召喚した球を見て、聖騎士たち、そしてスフィアは恐怖に慄く。
「あれはこの世界に伝わる宝具の一つ、ヘルシャフト………あれは聖域の深奥に厳重に封印されていた筈………いつの間にベルフェの手に渡ったのだ!」
狼狽えるセインは力が抜けてしまい、槍がすっぽ抜けてしまう。
宝具ヘルシャフト………所有者の魂を森羅万象、ありとあらゆる万物に移し替えることができる………死者蘇生に次ぐ究極の禁忌、転身を可能とする宝具。
ありとあらゆるものに転身できる、ということ、それすなわち、世界の事象を完全に支配下に置くことができる、ということに等しい。
全てを支配する力を所有者に与える。正に支配者………ヘルシャフトの名に相応しいものである。
ヘルシャフトの力は、使用者の魔力に依存するものの、そのあまりに強大過ぎる力故に、聖域の深奥にて、厳重に封印されていた。
しかし、ここから数日前、ヘルシャフトは何者かによって盗まれたのだ。聖域はこの日より、未曾有の大混乱に陥ることとなる。
ヘルシャフトを盗んだその犯人こそ、この場でただ一人、不敵に嗤う堕天使………ベルフェだった。
「はん………あんな警備の煩雑なところ、私の能力を利用してあっさり攻略できたわ。正義面する割には、忌み嫌ってる悪の良い様にされるなんて、全然大したことないわね」
ベルフェは己の愚行を、隠そうともせずに目の前の者たちに堂々と暴露する。
「あの聖域の7柱の一人とされたベルフェ様が………なんと嘆かわしいことか」
騎士の一人が呟く。彼もまた、かつてのルシフェに憧れを抱く者の一人だ。彼の手に持つ槍は、静かに震えていた。
「あれはもうベルフェでも何でもない。ただの薄汚い罪人だ」
セインはその騎士の肩に手を乗せ、一喝した。騎士は彼の一言で我に返り、槍を構え直す。
「我 飛翔し 彼の地を駆ける 全てを焼き この身果てるまで 我 留まることなし」
そんなセインの隙を突き、ルシフェはヘルシャフトへ向けて、呪文の言葉を連ねる。
「我 光を浴び 闇を切り裂き 開闢の新天地を見る」
「転移魔法だ。詠唱完了前に潰せ!」
セインの機転により、騎士たちの隊列は、切羽詰まったこの状況でさえも一糸乱れぬ動きを見せている。直ぐにベルフェを取り囲み、包囲の陣形を完成させた。
しかし、ベルフェにセインの小細工は一切通用しない。
彼女はセインすら凌ぐ、戦闘の天才。この程度の修羅場は何度も経験し、対処法も独自に構築した魔法結界にて完備していた。
包囲の陣形が完成した直ぐ後、ルシフェの周囲に予め用意してあった魔方陣が起動する。魔方陣からは土の壁が隆起し始める。
騎士たちが隆起した壁を砕いていくが、壁は瞼を瞑る暇もなく再生する。セインやスフィアといった実力者を始め、壁の圧倒的な再生能力に完全に攻めあぐねていた。
「戦慄せよ 我は不死 我は不屈 我は不敗」
シールド・オブ・ウォール……ある程度のセンスと鍛錬があれば容易に習得可能な、汎用魔法。だが、ベルフェの魔法センスは、聖域最高峰の一人に数えられた程だ。故に彼女の操る魔法は、汎用魔法ですら広範囲を掌握する広域魔法の域に達していた。
「我は喝采を浴び 血塗られた大地の上 王に君臨す」
ベルフェの壁を騎士たちは破れないまま、時間だけが過ぎていく。
騎士たちには、岩の微妙な穴から中の様子が僅かながら確認できている。
ルシフェの掲げたヘルシャフトから発せられる光は眩くなり、次第に彼女を包み込んでいた。
「はははははは!彼に会える!新天地だ!私は新天地、否、桃源郷に到達する!ざまぁみろ!私をダーリンから遠ざけようとした悪魔共め!」
光はやがて収束するが、その頃には既に手遅れ………ベルフェはその場から完全に蒸発していた。
岩の壁が崩れ落ちる。岩の崩壊の音と共に、人々のすすり泣く声が聞こえる。
同時に、聖騎士たちはほぼ全員が崩れ落ち、自分たちの失態を嘆いた。
「まさかあんな手を隠していたとは、反逆者め……」
聖騎士長も例外ではなく、己の失態を悔やみ、反逆者ベルフェ、そして反逆者をみすみす逃した己への怒りを拳に力いっぱい込め、近くの大木を殴りつけた。
「神に逆う大罪人が!地の果てまでも追いかけて仕留めてやる!正義の名の下にな!」
ベルフェの嘗ての親友………スフィアもまた、静かなる決意の炎を燃やすのだった。