仲買商人のぶらり飯2
再挑戦!!
俺の名前はハワード・ガーネット。32歳の独身で商人をしている。
商人と言っても自分の店は持っていない。
世界を飛び回って自分が納得した武器や防具にアイテムを仕入れて知り合いの店に卸したり、お得意様に直接売ったりして生計を立てている。
「最近はめっきり涼しくなったな。秋もど真ん中ってところか?」
今日俺が訪れたのは世界でも北に位置する『ブルーフォレスト』と言う町だ。
ここは独自のポーションが製造されていると評判な町である。
ポーションを飲む事で外傷が治るのはこの世界の常識である。
とても便利なもので冒険者には必需品と呼べる代物と言える。
しかし、そんなポーションにも欠点があった。
とにかく苦いのだ。
その苦さを嫌って少々の傷では飲まない冒険者も少なからずいる程だった。
そこに目をつけたのがブルーフォレストに住んでいたとある開発者だった。
彼女はその苦味を解消すべく、ポーションの製造時に様々な素材を組み合わせてみたのだ。
100を超える試行錯誤の結果、辿り着いたのが『アップリン』と呼ばれるリンゴ型の魔物から抽出したエキスであった。
倒したアップリンはそのまま食べても酸味が強すぎるため実験する前は誰もが成功しないと思われていたのだが、出来上がったポーションを飲んでみると何故か酸味とポーションの苦味が中和され非常に美味しい物になったのだ。
試しにこのポーションを従来品より若干高めの値段で売ってみると。使用者からの口コミがあっと言う間に広がり飛ぶように売れた。
アップリンはブルーフォレスト近辺でしか生息しておらず、抽出されるエキスが比較的劣化しやすいためこの町でしかこのポーションは製造出来なかったのだ。
おかげでこのポーションはブルーフォレストの独占製造となり多大な利益を生み出すに至ったのだ。
そして今日俺がここに来たのはある情報を入手したためで——
「ここが例の魔女様の御屋敷か……ちょっと緊張するな」
俺の言う魔女とは例のポーションを開発した女性の異名である。
そして俺はその魔女の屋敷の前に立っているのだ。
門の前まで進んでいくと呼び鈴が置いてあった。
早速鳴らしてみる。
「どなた様ですか?」
少し年配目の男性が俺の前に現れる。
恐らく執事であろう。
「あ、本日商談のためにアポを取ったハワードと言う者ですが……」
「ハワード様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
執事に案内された俺は屋敷の中へ入る。
屋敷はとんでもなく広く、例のポーションでどれだけ稼いだのか思わず聞きたくなる程だった。
「お嬢様、お客様のハワード様でございます」
部屋の扉をノックする執事。
しかしこの執事は気になる事を言ったな……お嬢様だと?
てっきり魔女と言うからにはなんとなくだが年配の女性をイメージしていた。
会った事はないから完全に俺の偏見だったが。
「はい、どうぞ」
中から女性の声が聞こえた。
声からして確かに若そうな雰囲気だ。
執事が扉を開くと目の前には如何にも魔女っぽい服装をしている若い女性がいた。
……何でだろう?ただのコスプレにしか見えん……
「お待ちしておりました、ハワード様。私はクレアと言いますわ」
クレアと名乗る若い女性は礼儀正しくお辞儀をしてくれる。
てっきりもっと不遜な態度を取られると構えていた俺は少しだけ安堵した。
「初めましてクレア様。私の名前はハワードと言います。本日はよろしくお願いします!」
俺は勢いよく頭を下げた。
俺がここまで力が入っているのには訳がある。
どうしても手に入れたい物があったからだ。
「クレア様、単刀直入に言います。本日は新しく開発したポーションを売って頂きたく御伺いしました」
俺が今日ここに来た理由。
それはこの町で売られているポーションより更に回復効果のある新作のポーションを手に入れるためだったのだ。
「まぁ、よく御存知でしたわね。あれは本当に最近完成したばかりだと言うのに」
クレアさんは俺の予想に反して特に隠す訳でもなく微笑みながらその存在を認めた。
「ええ、ちょっといろいろな伝手を使いまして……」
と言うのもこの1,2カ月程この町では特定の素材を大量に仕入れていると言う情報を手に入れたのが発端であった。
何かあると思った俺は知り合いの情報屋を雇ってこの町を徹底的にマークしていたのだ。
その情報屋は優秀な反面依頼料も高く相応の出費となったが、ここの新作ポーションが真っ先に手に入れられるのであれば安い物である。
「ハワード様の言われた伝手と言うのも気になりますが……条件次第ではお譲りしても構いませんわ」
クレアさんから可能性のある言葉を聞いて手応えを感じながらも表情には出さない。
何より彼女の言う条件と言うのが分からないからだ。購入金額か?
「ちなみに条件と言うのは……?」
十中八九お金絡みだとは思うが、中にはお金以外の変わった要求をする人もいる。
そう言う人に「お金ですか?」と聞くと結構な確率で機嫌を悪くさせる事があったので敢えて先回りせず質問するだけにしてみた。
「実は……ポーションを開発して以降周りが私の事を「魔女」と呼ぶようになったのです。最初は私にとって迷惑な話でしかなかったのですが、その……」
ん?どういうことだ?
とりあえずお金絡みではなさそうな話なので先程気を付けたのは正解だったかもしれんが……
「最初は冗談のつもりでこのような格好を始めたのですが、周りから「魔女様だ!」と言われると本当に自分が魔女になったような気分になって、その……今では満更でもなくなったのです。そこでもっと服装を……」
そこまで言うとクレアさんは顔を真っ赤にして黙ってしまった。恐らく自分でもそれ以上言うのが恥ずかしくなったのだろう。
ここが俺の腕の見せどころだ!!
「事情を察するに今お召しになられている御洋服よりももっと魔女っぽい服を調達すればいいと言う事でしょうか?」
「!!」
俺がそう言うとクレアさんは「我が意を得たり!!」とでも言わんばかりに何度も頷いた。
「分かりました。いくつか御用意致しましょう」
「本当ですか!?」
クレアさんは笑顔になる。
その後俺はクレアさんがどのようなイメージを期待しているのかを聞き出してメモしていく。
この話をしている時のクレアさんは本当に楽しそうに喋る。魔女の異名を持っていても中身はどこにでもいる若い女子と同じなのであろう。
魔女っ娘のコスプレにハマっているだけもしれないがそれを言う必要はあるまい。
「それではよろしくお願いしますわ。ポーションの方も準備しておきますから」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!!」
ポーションの話も含めて話がまとまると俺はクレアさんの屋敷を失礼した。
(よしっ!!商談成立だ!!しかもまだ出回っていないから利益率を高めにして販売しても確実に売れるぜ!!)
屋敷を出た俺は叫んで喜びたい気持ちを抑えて内心でガッツポーズをする。
しかし——
「は、腹が減った……」
力を入れ過ぎた俺のお腹から音が鳴ったのだ。
こんなところで恥ずかしい……とにかく飲食店に入ろう。
これ以上我慢出来そうにない俺は飲食店を探す事にした。
「折角ブルーフォレストに来たんだったらここの名産を食べたいところだが……」
そんな事を思いながら歩いていると換気口から出てくる煙が凄い店を見つける。
「これは……秋刀魚の匂いか。そう言えばここの側の海では秋刀魚がよく獲れるんだったな……よし!ここにしよう!」
そう決めた俺は目の前の店に入るが——
「けほっけほっ!」
「いらっしゃいませ!お客様大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……」
店に入った瞬間凄まじい煙に襲われて思わず咳き込んでしまった。
店内を見渡すと一面が薄白くなっている。
「お客様は1名様ですか?」
「はい、1人です」
「それではこちらのカウンター席にどうぞ!」
お店の女将さんっぽい人がカウンターに案内してくれる。
俺は案内された席に腰を下ろして少し寛いでいると女将がお茶とメニューを持って来てくれる。俺はそのメニューに手を伸ばす。
「ふうむ……秋刀魚以外にも色々なのがあるが……」
俺は思わず小声でそう漏らしていた。
やはり近くに海があると言う事もあって魚料理が豊富である。
秋刀魚以外にも鯵や鰹など俺の胃袋を刺激する様な単語が載っているが……
俺の胃袋はもう秋刀魚を迎え撃つ準備に入っているのだ。
揺るぎない決断をした俺はメニューを綴じる。
「すいません。秋刀魚の塩焼き下さい。それとエールも1つ」
「はい!秋刀魚の塩焼きとエールですね、ありがとうございます!秋刀魚塩焼き入りま~す!」
「はい、秋刀魚塩焼き一丁!!」
元気に復唱してくれた女将さんが料理人に向かって秋刀魚の塩焼きを告げると、料理人が返事をして秋刀魚の塩焼きを準備する。
いつもは白飯派の俺だが今日は酒を飲みたい気分だった。
やはりポーションの商談が決まった事で随分機嫌がいいのだと自覚している。
「はい、お先にエールになります!こちらはお通しです」
女将さんがエールと一緒にお通しの煮物を運んできてくれた。
まずはエールを流し込む。
「く~~!!染みるね~!!」
少し苦味のあるエールを喉に流し込むと俺は思わずそう口にしてしまう。
運んできてくれた女将さんは笑顔でこちらを見ていたので思わず恥ずかしくなってしまった。
「さて、お通しは……里芋の煮っころがしか」
俺は自分の照れを誤魔化すようにそう呟いて箸を伸ばして里芋に手を付ける。
口に運んだ俺は確信した。
この店は当たりだと。
お通しの美味い店でハズレを見つける方が難しいと言うものだ。
里芋の煮加減は完璧でねっとりとした歯触りが何とも言えない。
また、恐らく煮干しで取ったと思われる出汁を吸い込んで味わいも最高だ。
この里芋だけでエールが進み過ぎないように注意しなければ。
そうこうしている内に俺が注文をしたと思われる秋刀魚を焼き始めたようだ。
熱が籠った炭火の上に鉄網が敷かれ、その上で秋刀魚がパチパチと気持ちのいい音を立てている。
ゴクリ。
この音だけでエールが2杯は飲めそうだ。
また店内に煙が立ち込めるが、匂いになれた俺はもう咳き込む事もなかった。
(※あくまでイメージです)
「へい!秋刀魚の塩焼きお待ち!!」
丁度里芋を食べ終えた俺に料理人から皿に盛りつけられた秋刀魚の塩焼きが目の前に運ばれた。
今が旬の秋刀魚はやや大きめで表面は黄金色に焼き目が付いており、まだジュウジュウと音を鳴らしている皮にはたっぷりと脂が乗っているように見える。
そして脂っこさを中和させるために秋刀魚の手前には大根おろしも添えられていた。
うん、もう我慢出来ん。
「まずはそのまま一口……」
秋刀魚に箸を入れると皮がパリッと割れて身が現れる。
箸で皮ごと身を摘まんでまずは大根おろしをつけずに秋刀魚を口へと運ぶ。
「美味い!!」
先程のエールに続いて思わず声を出してしまう。
秋刀魚を焼いてくれた料理人は嬉しそうに俺を見ていた。
きっと料理人冥利に尽きているのであろう。
俺だって売った商品を客が喜んで使ってくれたら嬉しいのだから。
秋刀魚の話に戻るが、塩加減も焼き加減もバッチリの秋刀魚はとにかく美味い。
秋刀魚の身が口の中でホロリと崩れると、ふっくらした食感と脂が口の中で広がるのだ。
これだけで俺の口の中は涎の洪水でいっぱいになる。
口直しにエールを飲むと丁度ジョッキが空になってしまったのでお替わりを注文する。
直ぐにエールのお替わりが届くと俺は再度秋刀魚を食べ始める事にした。
この秋刀魚には内臓も付いたままである。
秋刀魚の内臓には寄生虫がいる可能性が高いので生では勿論食べられないが、これはしっかり火が通っているので問題はない。
鮮度の悪い秋刀魚なら内臓はあまり食べられたものではないが付いたままで出してくれると言う事は鮮度に自信ありと言う事なのだろう。
俺は内臓に手を付ける。
予想通り少し苦い。しかしこの苦さがまたクセになるのだ。
そしてエールとの相性もいい。
またエールが進んでしまうな。
そして残りの秋刀魚が片身になったところで、さっぱりさせるための大根おろしを使う事を俺は決断する。
「やっぱり大根おろしには醤油だな」
白雪のような大根おろしに醤油を掛けるとこれだけで白飯を食べたくなるが今日は我慢だ。
これを秋刀魚に乗せて口に入れる。
「……美味い!!」
俺は思わず目を閉じ噛み締めながらまた声を漏らしていた。
口の中が先程まで秋刀魚の脂でいっぱいで少しだれ気味だったのが一気に洗い流され新しい味が口いっぱいに広がっていく。
同じ1匹の秋刀魚なのにここまで味が変化すると凄く得した気分だ。
秋刀魚の身を箸で摘まんで大根おろしを乗せて口に入れる。
俺は一心不乱にこの作業を繰り返した。
「む、もう食べるところがない……」
秋刀魚を食べる事に集中し過ぎたのか、気付いたらもう頭と骨しか残っていなかった。
思わずもう1匹注文したくなるところだが、少し足りないと思うくらいが腹八分目で丁度いいと言うものだ。
「ご馳走様でした」
「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしています!」
俺がお店を出ようとすると女将さんと料理人が丁寧に挨拶をしてくれた。
とても気持ちのいいお店だ。
「あ~、食った食った!!」
思わず声に出してしまうほど今の俺は非常に気分がいい。
仕事も成功して美味い飯を食べられたのだから。
色々な場所を回って仕事をするのはそれなりに大変だが、その土地で美味い飯を食えばその苦労も報われる。
この仕事は俺にとって天職だ。
さて、帰ったら早速クレアさんに届ける服を探すとするか……
そして次にこの町に来た時にはまたこのお店に寄って他の魚料理を試すのも良いかもしれないな。
1ヶ月前に「仲買商人のぶらり飯」と言う短編を投稿したのですが、あまりにも思いつきのまま書いてそのまま投稿してしまったので、もう少し練り直して新作を作ろうと思ったのが今作になります。
前作も含めて「目指せ、飯テロ!」のコンセプトで作っており、どうせだったら画像も載せてみたいな……でも小説に挿絵ではなく画像ってありかな……?と悩んだ末Twitterでアンケートを取ってみたところ75%の支持を頂けたので踏み切ってみました。(72票中54票)
もし気に入って頂ければブックマーク、評価、感想を頂けると大変嬉しいです。
最後までお付き合い頂きありがとうございました!




