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第八話 ナビゲータは行く

 森の大木の幹に何匹かのスライムをフィオが察知した。

 スライムの生息地のようで本物を見たかったが、襲われるのも嫌なので、その一帯を迂回して歩いた。

 遠目で目視すると、半透明の液状ものがうかがえ昨日のポーションを思い出す。


「あのスライムって、欠損治療薬になるのか?」

「んっ、スライムポーション? あれならない。別種の緑色スライム、擬態する奴……なの」

「擬態スライム? ……へーっ」


 一瞬、あほの子のような声を上げてしまい、彼女に笑われた。


「擬態スライムから取り出した緑色の細胞を赤化薬に馴染ませて作る……の。傷口に流すと壊れた細胞を修復して、その部分に代わる……わ」


 欠損部分を遺伝子レベルで感知して、擬態すると馴染んでいくってか?

 ES細胞のような役目を果たす万能修復薬じゃねえか。


 すげーっ、異界。

 好きになってきた。


「赤のライフポーションってのも同じものか?」

「擬態スライムをもっと集約して濃縮したもの。私のオリジナル……なの」


 立ち止まり俺にむけて胸を張り、自信気に言い切る。


「ほおっ」


 自信満々の彼女に少し微笑ましく思ったが、実際すごいことだ。


「あっ、この先にもスライムの一群。右に迂回する……の」


 昨日から、ちっこい少女の索敵能力が、危険を未然に防いでいる。

 先ほどの狼は御愛嬌で、地面付近でしゃがんでたりして動かないと、わからないらしい。

 だが、俺は何もわからなく察知などできない。


「フィオは敵を見つけるのに何かコツでもあるのか?」


 彼女は立ち止まり少し首を傾け考えてから、俺に向いて話し出す。


「テオ。内緒話……するの」

「うん?」

「私の目、特殊なの。この目で確認できる範囲でオーラみたいなものが浮かんでくる。それらは野獣の強さを識別できる。人も……ね。ただ、さっきのスライムや昨日のタランチュラは、感覚で伝わってくる……ね」

「オーラとか見えないし、感覚とかもわからない。それって、俺だけ?」

「ううん。他の人も知らない……かな」

「魔眼って奴か?」


 フィオは嫌そうに俺に向いて言う。


「違う。それに魔眼って、響きが……やだ。言い方……ある」

「んっ、どんな?」

赤月眼(せきげつがん)……なの。でも、これ秘密……だよ」

「ああっ、そうか……昨日の契約を含めて、公言しない。約束するよ」


 俺の言葉に安心したかのように、笑顔を向けてきた。

 またフィオの固有スキルか? 


「そんな能力持っていて、奴隷になるなんてもったいない……その、なった経緯聞いていいかな?」


 前を歩きだしたフィオだったが、立ち止まり顔を下に向ける。


「もう一度話すことになる。でも、テオは忘れてしまったんだった……ね」


 この身体の前任者は聞いていたことだったらしく、彼女から笑顔が消え、二度手間に気落ちしたように話し出す。


「テオは奴隷になった私に気を使って、優しく接してくれてたから、そのときに最近の経緯をいろいろ話していた……の」

「そうか、テオドールって善人なのだな。うん、うん」


 俺が俺自身へ他人事のように評価することに、彼女は肩をすくめて話を再開した。


「西のティラリ王国の軍が、南のプーノ共和国のソラタへ進行して居座っている状態……よ。そのときの戦で、サクサン砦が西の王国軍に落とされ占領されたの。砦のプーノ兵は殺され、近くの村々から避難してきた者は捕虜になり、不用と思われた者は奴隷商人に売られた……わ。その中に私はいて、隣国のタワン民主国の都市スージュに運ばれている途中だったのよ。しいて言えば、自己保身で商人に密かに契約をしてたから、ビッグベアから遠ざけてもらって助かったんだ……よ」


 キス魔法を使って生き延びているのが正解か。


「いやっ、いや、いや、みんなキスしてるのか?」

「ん? もちろんキスはまれ……よ。奴隷商人の鍋汁茶碗に指の血だまりを数滴落としただけ……だよ」

「ああっ……そっ、そう言うことか」


 奴隷商人と間接キスしたのかと思ったが……そうか、まれなのか。

 契約とは言え、さすが女の子だ。

 そうか、そうか。


「テオ、顔がにやけて気持ち悪い……よ」

「うっ、うるさいな」


 前世の俺なら、フィオは恋愛対象外年齢なのだが、やけに気になってしまうのは、この十八歳の青春真っ盛りの身体だからか?


「言っときますけど、食物付着は薄まるから一時しのぎだけど、キスの効果は絶大だから……ね」

「うん? ちなみにどれくらいの効果があるんだ?」

「ちっ、ちっ、ちっ、秘密」


 フィオは人差し指を立てて、左右に揺らしながら皮肉気に笑う。


「あっ、そうか、血の契約だから……体内の沈殿のみの効果なら数週間、いや、数日か?」


 立ち止まった彼女は驚愕の顔を向けた。


「当たり?」

「全然違う……の」


 顔を背けてまた歩き出した。

 どっちだよ。





 しばらく歩いているうちに、プーノ共和国はテオドールの生まれた国だったことを思い出す。


「そうなると、俺は自国の人間を奴隷にした商人一行を護衛してたってことか……非国民だよな」


 俺が元気なく言葉にしたら、フィオは俺をじっくり見たあと小首を傾げる。

 何だ、今の間は……。


「前も悩んでた……の」


 ――おっ、同じなのか。似た思考しているな、前の俺。


「うーん……でもな。他の冒険者たちはどうだったんだ?」

「冒険者は国単位で見てないし、プーノ出身者は参加してない……よ」


 ――何? やはり俺は……戦争回避で出た口か。


 フィオは微笑むように頭を上げて、上の木々を見ながら思い出すように話し出す。


「ギルドは中立を保っているけど、勢いのある西の王国軍勢力には逆らえなく、占領地になった都市ソラタのギルドは傭兵を派兵したり、護衛をだしたりして、その一環でテオの所属グループが強制的に後方支援に回されたって言ってた……よ。覚えない? そう。だから、奴隷のみんなに優しかった。それにこの領土戦争に愛想が尽きたとも言ってた……わ」


 そうだろう。

 護衛ついでに隣国へ移動するつもりだったのかもしれないが、俺も戦争している国にいたくはないからあやかろう。


「でもプーノ共和国は、都市国家の集まりだから国民意識少ない……の。領土が違えば、別の領土の民などなんとも思わない……よ」

「そうなのか」

「それに、ここはもうイラベ王国。こっちではもう、奴隷の私見てもなんとも思ってない。奴隷は奴隷……なの」

「イラベって……戦争ってのはどこなんだ?」

「んっ、南のプーノ共和国と西のティラリ王国……なの。私たちの幌馬車は、プーノ共和国の落とされたサクサン砦から来た……の」


 大体だが、戦争場所と現在地の地図が頭に浮かんでわかってきた。

 そこに頬に冷たいものが当たり、顔を上に向ける。


「雨だ」


 木々の間から、霧状の雨が葉っぱをかさかさと響かせてきた。

 だが、フィオが唐突に後ろを振り返る。

 これはまた何かある?


 歩いてきた森の奥に目をやっていて、虫や鳥の声がなくなっているのに気づく。

 何かその方面から枝が折れる音と振動が聞こえてきた。


「ビッグベアだ……わ」

 


   

       

 次第に巨体が走ってくる振動が、地面を伝わってきた。


「ビッグベアって、幌馬車襲ったやつか?」

「たぶんそう。隠れる……わ」


 言うな否や、フィオは真横に駆け出した。

 俺も急いで付いて行き、盛り上がった土の横にはいつくばる。

 今まで俺たちがいた場所に、厳めしく獰猛な黒い塊が足を緩めてやってきた。


 大きい。

 2トントラック並みである。

 その驚くほど大きな野獣(マンイーター)は、足を止めると口から何か吐き出した。


「人の腕だ」

「また、誰か食ったの……よ」


 口を赤く染めた野獣が鼻をひくつかせ、唸りながら周りをいちべつしだした。

 俺たちの匂いでも残ってたのか?

 って言うより、何か怒ってね?


「手負い……なの」


 フィオの小声で、注意して見ると確認できた。

 背中に矢や槍が刺さっている。

 ビッグベアが鼻をひくつかせると、突然俺たちの方へ突進してきた。


「見つかった!」


 近づく大野獣の鋭い熊歯(ゆうし)とキバには血が付着して、映画で見たティラノサウルスを彷彿させる。

 そのビッグベアが咆哮(ほうこう)を上げた。

 心の底から恐怖が湧き出てきて、地面に顔を擦りつける。


「逃げる……よ」


 フィオが立ち上がり斜め後ろに駆け出したが、俺は足がすくんで立ち上がれない。


「やべっ。……動けねえ」


 ビッグベアに踏み潰される。

 だが、先に動いたフィオに目標を変えた大野獣は、俺の横を地響きと草土をかき上げて通り抜けていった。


 恐怖が去って安堵しながら、遠ざかるビッグベアを見る。

 木々の間をすり抜けて蛇行するフィオを、二トン車が森の枝木を倒し後輪を滑らせて追っているように映った。


 ――やばい、やばい。


 このままでは、フィオが捕まって殺されてしまう。

 だが、まだ体が震えて立ち上がる気力が出てこない。

 フィオが死んでしまえば、俺も契約不履行で死。


 だが腰の剣で、あの大野獣なんかに太刀打ちなどできない。

 ビッグベアが近くをかけ抜けると、地面が響き俺の焦りを引き出す。

 ここに居ても踏みつぶされる。


 ――動け、とにかく動け。


 また激しく地面を叩く音が森に響き、振動が伝わる。


「いやーっ、テオッ!」


 ついにフィオが倒れて、恐怖のまま俺を叫んだ。

 その声で体が立ち上がっていた。

 そして我を忘れ、革袋を投げ捨てて、剣を抜き、声を上げて、走り出す。


「うおおおおーっ」

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